第92話 勅命
ある日、俺とアルフレッドはマルゴワール伯の館に呼ばれた。
「伯爵様をお呼びしてまいります。しばしお待ちください。」
執事が恭しく一礼するとマルゴワール伯を呼びに部屋を出ていった。
「何の用事だろうね?」
俺はそう言いながら用意されたハーブティを口に含んだ。
「うーん、何だろうね。」
「何かロクな事じゃないような気がするんだよねえ。」
そんな予感がする。こういう時の予感は当たるものだ。
「アルエット姫…いやアスカ、お待たせして済まなかった。」
そういうしてるうちにマルゴワール伯ジョルジュが応接間に入って来た。
「あ、伯爵様…」
俺は立ち上がって挨拶しようとした。
「ああ、そのまま。楽にして頂きたい。」
マルゴワール伯は俺を制止した。
「は、はい…!」
俺は再びソファに腰を下ろした。
マルゴワール伯はそれを見届けると、向かいのソファに座った。
「入り給え。」
マルゴワール伯がそう言うと、応接間に一人の男が入って来た。
「よう、久しぶりだな。アスカ・エール・フランクール。」
入って来た男はバルデレミーだった。
「バルデレミーさん!?」
「っと、いけねえ。アンタは姫様なんだってな。姫様におかれましてはご機嫌麗しく。」
バルデレミーがわざとらしく一礼した。
「バルデレミーよ。姫をお呼びしているのだ。早く用件を言え。」
マルゴワール伯が憮然とした表情でバルデレミーを見た。
「そうですな、これは失礼。」
バルデレミーは歩みを進めた。
「単刀直入に言いましょう。私はギュスターヴ殿下からの勅命を持って参りました。」
「お兄様からの…?」
「その通りです。ギュスターヴ殿下は準備が整い次第、ナイザール王国王都バイゼル城奪還への行動を起こされます。」
バルデレミーが地図をテーブルの上に広げた。
地図には現在の勢力図、軍の位置などが書かれていた。
「地図をご覧いただきたい。既にギュスターヴ殿下の、いえ、正統なるナイザール王国軍は街道の要衝スダン城を奪還、バルストネットでは賊軍第2軍の主力と対峙しており、これを討ち破れば王都への道が拓ける事となります。」
「ふむ…。さすがはギュスターヴ殿下だ。当代きっての将と言われることだけあるな。」
マルゴワール伯が感嘆の声を上げた。
兄ギュスターヴは魔導士というよりは魔法戦士と言うべき人物だ。
また謀略ではなく、正攻法での指揮を得意としているそうだ。
それゆえ、兄レオポルドは魔道砲で長兄を消し去りたかったのだろう。
「このバルストネットで対峙している敵を討ち破りバイゼル城への侵攻する準備が出来次第、我がバルデレミー商会擁する魔法通信網で連絡が入る予定です。その際には伯爵様。マルゴワール軍も街道を上り、王都へ侵攻して頂きたい。」
バルデレミーがマルゴワール伯を見た。
「心得た。我がマルゴワールの総力を持って、王国への忠義をお見せ致そう。ギュスターヴ殿下にはそうお伝え願いたい。」
「畏まりました。さて、ギュスターヴ殿下の勅命はもう一つ御座います。」
「む…、もう一つだと…? それは何なのだ?」
マルゴワールが表情を変えた。
「それはアルエット姫とその従者に対して、であります。」
バルデレミーは俺の方を見た。
「え、私に対して…?」
俺は顔を上げた。
「如何にも。ギュスターヴ殿下はアルエット姫殿下及び従者アルフレッドら3名に対して、バイゼル城奪還作戦に従軍せよと命じられました。」
「え…、それは…?」
「それはどういうことなのだ!?」
俺がバルデレミーに問い掛けようとする前に、マルゴワール伯が先に立ち上がった。
「ギュスターヴ殿下は姫様に戦争に参加せよ! と言われるのか?」
「分かりやすく言えばそういうことですな。」
バルデレミーがわざとらしく肩をすくめた。
「何故だ? 姫様はまだ17歳であらせられるのだぞ? 我々大人が祖国の為に戦うのは当然であるが…」
「何の問題がありましょう? ギュスターヴ殿下は姫殿下のAランク冒険者にも迫る実力を認めておいでです。そして既に、“貴方様の領内に幽閉されていた国王陛下” 救出作戦に参加された実績をお持ちだ。何の問題もありますまい。」
「ク…!」
マルゴワール伯が口をつぐんだ。
マルゴワール伯は俺を守ろうと言う想いがあったのだろう。
苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「それにこれは国王陛下の代理であり王太子であるギュスターヴ殿下の命であります。いくら名門であらせられるマルゴワール伯と言えども、異を唱えることは出来ますまい。さて…」
バルデレミーが俺を見下ろした。
「宜しいですな? アスカ・エール・フランクール。」
「畏まりましたと、お兄様に伝えてください。」
俺は目を逸らさずに見返した。
「私は王族でありアルフレッドは王家に使える身。お兄様の命に従うのは仕方ないでしょう。ですが貴方のいうアルフレッド以外の従者というのは、カールやリディの事を指すと思います。彼らは私よりもさらに子供です。彼らを巻き込むのはやめてもらいたい。」
それに対して、バルデレミーは冷たい視線を返した。
「それを決められる権限が私にはありません。まぁ、ギュスターヴ殿下にはお伝えしてみましょう。」
バルデレミーはそういうと視線を外し、再びマルゴワール伯を見た。
「私の用件は以上であります。皆様方は来る日への準備を怠ることなき様お願い致します。それでは失礼いたします。」
バルデレミーは恭しく一礼すると部屋を出ていった。
なんてこった!
俺達は戦争に参加しなくてはいけなくなってしまった!




