1.黒翼
気づいたら、闇の中にいた。
──ここは、狭間?
靄がかかったような思考で、最初に思ったのはそれだった。なんだろう、頭がはっきりと働かない。目が覚めてすぐの時のような半覚醒の状態で、のろのろと周囲を見回す。わたし……眠ってたんだっけ? それさえもよく思い出せない。
自分の身体を見下ろしてみる。
わたしはセーラー服を着ていた。どこも破れてもいなければ、汚れてもいない。暗闇の中で、リボンの白だけが浮き上がって見える。
わたし、どうしたんだっけ?
セーラー服を着ているということは、学校に行こうとしてた? それとも、帰るところだった? じゃあ、今は夜なのかな? 部活が遅くなって、こんなにも真っ暗になっちゃったの? だったらお母さんがきっと心配してる。連絡くらいしておかないと──
記憶が混濁していた。まるで頭の中を、誰かの手でめちゃくちゃに引っ掻き回されたみたいだった。何ひとつ、筋道立ったことが考えられない。真っ先に思いついた「狭間?」という疑問は、あっという間にどこかに消えて、学校から家への帰り道であるような錯覚に陥っていた。
ただ強く思っていたのは、
──帰らないと。
それだけだった。
混沌の中、錯乱しながらも、焦りに似たその気持ちばかりが心の中に湧き上がる。
帰らないと。早く。……でも、どこへ。
どこへ?
ふらふらと覚束なく動いていた足が、ぴたりと止まった。
ぼんやりして虚ろだった目が、ようやく次第に焦点を合わせはじめた。同時に、霧が晴れるようにして、茫洋と拡散していた思考が一点に絞られ、明瞭になってきた。
「ここは……」
自分の口から声を出すことによって、意識がより鮮明になった。はっとして、改めて周囲に顔を巡らせる。闇に包まれているのは変わりないけれど、その漆黒の中に、いくつもの、ぼうっとした白い明かりが、ふわふわと漂うように浮かんでいることにも気がついた。
「……ここ、どこ?」
狭間、ではない、ような気がする。よく似ているけれど、なんとなく雰囲気が違う。
「わたし──」
口許に拳を持っていって考えた。確か、兵の恰好をしたメルディさんにナイフで切りつけられて、そのナイフには毒が塗ってあって、ひどく苦しくなって……
トウイがこちらに向かって駆けてくるのを見た。それがわたしの記憶にある最後の光景だ。
トウイは何かを叫んでいた。もう聞き取れなかったけれど、口の動きはわたしの名前を呼んでいるようだった。わたしは彼のその顔を見て……見て……
ほっとした、んだ。
これでやっと、終わらせることが出来る。わたしがいなくなれば、プレーヤー離脱でゲームは放棄されるはず。トウイは、ようやく「主人公」から解放される。わたしはもう彼を失わずに済む。彼の記憶にも留まっていられる。
これこそが、きっと、正しい答えだったんだと。
……じゃあ、ここは「死後の世界」ってこと? なんかイメージしてたのと違う。というか、死んだら無になるものと思ってたけど、わたし結構クリアにいろいろと考えているような気がするし。天国や地獄に行きたいと思ってたわけじゃないけど、こんなに何もない世界であるとも想像していなかった。
それとも案外、実際にここが地獄なんだったりして。他に何もなく、誰もいないこの真っ暗な場所に、はっきりとものを考えられる状態で放り込まれるのは、確かに恐怖であるに違いない。
何もかもを呑み込んでしまいそうな闇の中、たった一人、永遠に彷徨い続ける。
なるほど。
──これが禁忌を犯した咎人に下される罰、というわけか。
そう納得して、思わず少しだけ苦笑してしまったら、後ろから、やけに聞き慣れた声が聞こえた。
「……ここで笑うか。発狂したのではないとしたら、君はどこまでも神経が図太いと見える」
眉を寄せ、むっと口を曲げてしまったのは、条件反射というものだ。
振り返ると、そこにはやっぱり、ぽわりと全身から燐光を発している、いけすかない子供の姿があった。
それを目にしたらますます忌々しい気分になって、これみよがしなため息をつく。
「あんた、地獄にまでくっついてくる気?」
「ここは地獄などではない」
わかってるよ。あんたの声が聞こえたその瞬間に、その可能性はきっぱり捨てたよ。むしろ、あんたの顔を見ずに済むのなら、せっせと釜でお湯を沸かす真面目な鬼のいる地獄に行ったほうがよかったよ。
「で、ここは何なの、神獣」
「僕はあれではない」
それもわかってるよ。その無愛想な顔を見たらひと目で判別できたよ。ただの嫌味だよ。
「わたし、死んだんじゃなかったの?」
幻獣がいるということは、どうやらここは死後の世界ではないらしい。自分は有能だと言い張るメルディさんのことだから、その点は失敗なんてしないはずだと思ったんだけどな。
「いろいろと手違いがあったようだ」
「手違い……」
誰に、どんな? と思ったけれど、幻獣は相変らず、そのあたりを説明してくれるつもりは毛頭ないようだった。
「じゃ、ここはどこ?」
「ここは狭間だ」
「狭間……でも」
わたしは訝しげに首を傾げて、きょろきょろとあたりを見渡した。
どこもかしこも真っ暗だ。けれど闇の中には、白くて淡い、ランプの灯火のような小さな輝きが、無数にある。
狭間というと、出口と扉があるだけで、あとは何もないただの暗闇だった。こんなものは、今までに一度も見たことがない。
この明かりは一体何なのだろう。不思議なことに、それに対して、気味が悪いという感情はまったく湧かなかった。むしろ、いつまで眺めていても飽きないくらい、奇妙に強く惹きつけられた。
なんていうか、その輝きは──
ひとつひとつが、とても優しく、温かいものに思える。
ここが狭間だとしたら、どうしていつもと様子が違うのか。そもそもトウイが死んだわけでもないのに、どうしてわたしは狭間にいるのか。あの、ガシャン! という不愉快な音も聞こえなかった。大体、なんでここに、神獣ではなく、幻獣がいるの?
諸々の疑問を顔に浮かべて幻獣に目を向ける。幻獣はぴくりとも動かない無表情でわたしを見返し、淡々とした口調で言った。
「──ここは、『生と死の狭間』だ」
***
「生と死の狭間……」
幻獣の言葉を復唱するように呟いて、わたしは周りに目をやった。
「じゃ、あの狭間とは違うんだ」
「僕とあれはそれぞれ異なるものを司る、そう言っただろう」
「うん」
「あれは運命を。……そして僕は、生命を」
運命と、生命。
それが「世界の管理者」の手に委ねられているもの、ということ?
「とすると、この場所に、神獣は」
「司るものが違うのだから、あれはここには来られない」
神獣が好き勝手できるのは、世界と世界の狭間のほう、ということらしい。同じように、幻獣もあちらには干渉できないのかもしれない。
あちらの狭間は、どこの世界にも属さない、境界であり、通路のことだった。するとここも、それと似たようなものなのだろうか。
生にも死にも属さない、中途半端な場所。
「ということは、わたしはまだ、生きてるってこと?」
「呼吸をし、心臓が動いているという状態をそう表現するのなら、そうだ」
「……ふうん」
幻獣の回りくどい言い方を、半分くらい上の空で聞き流す。そうか、わたしはまだ、死んでいないのか。今の自分に痛みや苦しみはまったく感じないから、つまりセーラー服を着ているこの身体は、実体ではない、ということなのだろう。魂とか、霊魂とか、そういう感じ? だったらどんな格好をしていても別に不思議じゃない。
わたしの肉体のほうは、まだ王ノ宮にあるのかな。あれからどうなったんだろう。
……トウイは。
そこまで考えかけて、わたしはそれを、お腹の中に呑み込んだ。
視線を移すと、ずっと前方に、白い光があった。いつもトウイが死んでから落とされる狭間の中で見る、「狭間の出口」そっくりだった。
世界と世界の狭間にあった出口は、わたしが暮らしていたもとの世界に通じている。神獣は、そう言っていた。じゃあ、生と死の狭間での、出口らしきあの白い光の向こうは……
「あそこから出ると、君は完全に死ぬことになる」
幻獣の言葉に、わたしは無言で頷いた。
それから、顔を動かして、白い光の反対側に目を向けてみる。世界と世界の狭間の場合は、こちらの方向に、「やり直すための扉」があるはずなのだけれど。
この狭間には、何もなかった。
白い光はひとつだけ。それ以外に出口らしきものは存在しない。扉もない。
「生から死へは、不可逆だ。よって出口は一つのみ」
淡々と事実を告げるように、幻獣が口にする。なんの感情も乗っていない口調と顔つきだったけれど、わたしはそれに対して特になんとも思わなかった。
黙ったまま、もう一度頷いた。
生と死の狭間における出口は一つ。生から死への通路は一方通行、ということだ。ここに入ったら、決して戻ることは出来ない、と。
「怖くはないのか」
「さあ……どう、かな」
幻獣の問いに、わたしは闇に目をやりながら曖昧に答えた。
自分の死を前にして、ちっとも怖くない、といえばそれはやっぱり嘘になる。だって、わたしは死んだことなんて一度もないんだから。あの出口の向こうはどうなっているのか、想像も出来ない。あそこを通ったら、その瞬間から、こんな風に思うことも考えることも喋ることも出来なくなるのかと思えば、足許から冷気が忍び寄ってくるような気持ちにもなる。
存在が無になることへの恐怖は、もちろんあるけれど。
「……でも、もっと怖いことは、いっぱいあるって、知ってるからね」
ぽつりと呟く。
「そうか」
幻獣は無感動に、それでも何かを理解したように、返事をした。
「君にとっては、死ぬことよりも、現実世界で生きることのほうが、よほど怖いことであったか」
「…………」
わたしは口を噤んだ。それはわざわざ肯定するほどのことでもない、当たり前のことだったからだ。
毎日毎日、トウイが死ぬんじゃないか、また大事なものが失われるんじゃないかと、そればかりを怯えて過ごした日々。ずっと、つらいこと、苦しいことの連続だった。わたしにとって、あの世界で「生きること」というのは、一日ごとに自分の心を削り取り殺していく、ということとまったく同じだった。
何度も嫌な夢を見て、うなされたり飛び起きたりしたけれど、眠りから覚めれば夢は終わる。目をこすっても自分の頭を叩きつけても消えない現実のほうが、よっぽどわたしには、息苦しくてたまらない、恐ろしい悪夢だった。
「君にとって現実は、嫌なものでしかなかったと?」
「…………」
幻獣の言葉に無言を続ける。今度は、「当たり前でしょ」と思ったからではなかった。肯定か否定か、どっちをすればいいのか、よく判らなかったためだ。
あの世界での毎日は、つらく苦しいことばかりだった。いつもいつも、怖くてたまらなかった。それは本当。でも。
……でもそれは、イコール、「嫌なこと」ではない、ような気がする。
だって、あの世界では、嬉しいことや楽しいことだって、確かにあったはずだもの。人の愚かさ浅ましさを何度も見せつけられて、けれど、人の優しさ温かさに触れたことだって、間違いなくあったはず。汚く醜いものはたくさんあったけど、美しく綺麗なものだって、数えきれないくらいあった。
「わたしは──」
両手を拳にして、ぐっと強く握りしめる。でも、だって、だけど。
わたしは、もう。
その時、周囲をふわりふわりと浮遊していた白い明かりのうちのひとつが、わたしの間近まですうっと近寄ってきた。
びっくりして、目を見開く。
鼻先くらいまで寄ってきて、ようやくはじめて、その明かりから、かすかな音が聞こえてくることに気がついた。パタパタというような、何かが動くような音。なんだろう、これ──鳥の羽音、みたいな。
そう思った途端、白い明かりは、ぱっと白い小鳥に姿を変えた。
えっ、と驚いて、咄嗟に手を出す。するとその小鳥は、何度か羽ばたいて、まるで警戒する様子も見せずに、ちょこんとわたしの手の平の上に着地した。
まったく何も感じないくらいに軽い。いや、そもそもここにいるわたしは実体ではないのだから、何も感じないのは当然なのかもしれないけど。というか……というか、なにこれ、どうなってるの?
小鳥を落とさないように手の平は水平にキープしながらも、わたしはすっかり混乱していた。幻獣はともかく、どうして生と死の狭間なんて場所に、他の生き物がいるのだろう。
──と。
わたしにまっすぐ目を向けていた小鳥が、嘴を開いた。
「シュゴサマ」
全身に衝撃が走った。
鳥が喋った、ということにショックを受けたのではなかった。いや、それももちろん、驚きはしたけど。まるで人間語を理解するように話す、ということも、びっくりしたけど、あまり問題ではない。
一歩よろめいてしまうほどわたしが驚愕したのは、小鳥が発したその声が、聞き覚えのあるものだったからだ。
この、声。
「──サリナさん?」
震える唇からその名を出すと、小鳥は手の平の上でぴょんと軽く飛び跳ねた。そうです、そうです、と同意するように。
「な……なんで?」
茫然自失して呟く。小鳥は、「シュゴサマ」とサリナさんの繊細そうな声でもう一度言ったけれど、それ以外の言葉を出すことはなかった。
小鳥を凝視して、それから幻獣のほうに目を向ける。
根本的なところで神獣とよく似ているその生き物は、もちろんわたしに丁寧な説明なんてしてくれるわけがなくて、冷めた目で見返してきただけだった。
「君は過去、それについて耳にしたはずだが」
「え……」
それって何? わたし、何を聞いたっけ?
白い……白い、小鳥。
困惑しながら必死で自分の頭の中を探る。その時の記憶を見つけ出すのに、時間はそれほどかからなかった。閃くようにして、脳裏に甦る。
あれは、サリナさんの耳飾りを、神ノ宮の敷地内に埋めた時。
──残された者がいつまでも嘆き悲しんでいると、空に還った死者が心配して風になりきれず、白い鳥に姿を変えて様子を見に来るらしいですよ。
トウイが、そんなことを言っていた。
「じゃあ……」
塞がりそうな喉から、無理やり声を引きずりだす。鳥を載せている手の平が、不安定に揺れた。
この白い鳥は、風になりきれなかったサリナさん?
わたしが、いつまでも彼女のことを引きずっていたから?
金縛りにあったようだった。身じろぎさえも出来ない。思考さえも、雁字搦めになったように止まってしまい、びくとも動かなかった。
新たに、パタパタという音が聞こえて、ぎくりとする。ぽうっとした白い明かりが、ふわふわとまたこちらに近寄ってきていた。
淡い光を放ち、白い鳥の姿に変化する。
今度のその鳥は、わたしの右肩に止まった。
「シイナサマ」
鳥が歌うように朗らかに、わたしの名を呼んだ。
手と足がぶるぶると大きく震えた。奥歯を強く喰いしばる。それでも、目から零れ落ちる涙は止めようがなかった。ぼとりぼとりと大粒の滴が落下して、闇の中に消えた。
「ニコ……!」
呻くような声が、歯の間から洩れ出る。
白い小鳥は、わたしの肩の上に止まったまま、何度もパタパタと翼を広げて動かした。
まるで、ニコが両手を上げて喜んでいるみたいだった。
涙で濡れたわたしの頬に、小さな頭をすりつける。シイナサマ、シイナサマ、と繰り返すその声は、愛しいあの子供の無邪気な響きを伴っていた。
「ニコ……ごめ」
謝罪の言葉は、最後まで続けられずに途切れた。喉が詰まって、どうしてもそれ以上声が出てこない。目をぎゅっと瞑って、下を向く。
ごめん──ごめんね。
守ってあげられなくて。
わたしのせいで、風にもなれず、こんなところにいたんだね。
こんなにも真っ暗な場所で、寂しかっただろうにね。
その時、また羽音が聞こえた。
目から涙を零しながら、顔を上げた。すぐ前には、白い鳥。この鳥は、誰なんだろう。
左手にサリナさんを載せて、右手を差し出す。小鳥は少しためらうように空中をうろうろと飛んでから、手の平の上に大人しく降り立った。
迷うような間を置いてから、鳥の嘴が開く。
そこから出てきたのは──
「……ノゾミ」
トウイの声、だった。
今度こそ、頭の中が痺れて一切ものが考えられなくなった。がくがくと顎が動く。足許がぐらつくのをこらえるだけでやっとで、声も出せない。どうしても、目の前で起きていることが受け入れられなかった。
だって、そんなはずない。そんなこと、あるわけない。
これまで、たくさんのトウイを失ってきたけれど。
わたしをその名で呼ぶトウイは、一人。
たった一人。
最初の──
「ノゾミ」
小鳥はもう一度そう言って、じっとわたしの顔を見つめた。真ん丸でつぶらな、赤茶色の瞳がまっすぐにこちらを向く。他の二羽とは違って、その鳥は跳ねたり羽を動かすこともしなかった。
「……ト、ウイ」
あの世界にいた時、たまに、鳥の鳴き声が聞こえることがあった。けれど、見上げても、その姿は見えなかった。
──風にならずに、わたしの近くにいたの?
もう我慢できなかった。
子供のように大きな声を上げて、わたしは泣いた。みっともないくらいに激しく泣き続けた。今まで必死になって押さえつけてきたものが、堰が切れていっぺんに溢れだしたようだった。壊れた蛇口みたいに、涙は次から次へとわたしの目から噴き出して、止まることがなかった。
泣き声の合間、トウイ、と、ごめんなさい、とを交互に何度も繰り返す。
ずっとずっと、このトウイに言いたくて、言えなかった。
ごめんね。
会いたかった。
***
わたしの泣き声が収まると、三羽の小鳥は翼を広げて、手の平と肩の上から飛んだ。
闇の中、ほんのりと淡い光を自ら発して、わたしの周りを巡るようにパタパタと舞う。
わたしは腕でごしごしと自分の顔を拭った。
そして、前方にある「出口」を見やった。
「……行こうか」
静かに声をかけると、小鳥たちは何かを訴えるように羽音を大きくした。鳥たちが話せるのは、一言だけと決まっているらしい。名前以外の言葉が、小さな嘴から出てくることはなかった。
「行くのか」
だから、そう聞いてきたのは鳥ではなくて、幻獣のほうだ。
わたしはそちらを振り返らなかったし、返事もしなかった。
だって、生と死の狭間の出口はひとつ。戻り道は存在しない。行くしかないじゃない。
これでいいんだ。いいはず、なんだ。わたしがいなくなれば、あのトウイは助かる。この先の未来を生きられる。
それが、それだけが、わたしの望みだったんだから。
一歩、足を踏み出した。
でも、その動きはそこで止まった。握りしめた拳が小刻みに震える。なんでさっさと進めないんだろう。ためらう必要はどこにもないはずなのに。
飛んでいた鳥が一羽、肩に止まった。「ノゾミ」と名を呼ぶ声は、最初のトウイのもの。どうして、そんなにも心配そうなの? 平気だよ、わたしは間違えてない。これがきっと、正しい答え。そうに決まってる。
帰りたかったのは、最初のトウイがいるところ。
そのトウイが、今はここにいるんだもん。
迷うことなんてない。
わたしはみんなみたいに白くはなれないけど。翼は真っ黒に汚れてしまったけど。
今度こそ、一緒に──
「……っ」
さっきあれだけ絞り出したのに、また視界がじわりと滲んだ。
足が動かない。
どうして。やっと、望みが叶うのに。
帰りたい、帰りたい。ずっとそう思っていた。
なのに。
今も、そう思っている自分に気づく。目を閉じたら、涙がはらはらと落ちた。
帰りたい。
帰らないと。
──どこへ?