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2.両端



 空気が凍った。


「……し」

 俺の口から出た声はそれだけで、言葉になる前に途切れて消えた。他のみんなも二の句が継げないようで、その場に立ち竦んでいる。


 ──神獣だって?

 この子供が?


 守護人と子供は、さっきから同じ態勢を維持したまま、睨み合いを続けていた。

 いや、正確に言えば、右手を押さえ、炎を噴き出しそうなほどの黒い瞳で睨みつけている守護人に対し、子供のほうは最初から眉ひとつ動かすことなく椅子に座っていた。

「どういう、ことなの」

 守護人はもはや、俺たちがいることすら忘れたように、子供に全神経を集中させている。喉から絞り出される声はどこまでも低く、食い入るような眼差しは目の前の人物から一瞬でも逸れることがない。その目に宿っているのは──こんな表現が許されるのかどうか判らないが、憎悪、とでも呼べそうなほどの荒ぶった感情だ。

 伝わってくるのは、激しい怒り、それだけ。その波動がビリビリと全身の肌に突き刺さって、痛いほどだった。

 変な話だが、麻痺していた俺の頭は、それでかろうじて冷静さを取り戻した。

 神獣の剣は守護人の手から離れ、真っ白い床の上にひっそりと横たわっている。もしも彼女が直接子供に手や足を出すような素振りを見せたらすぐに止めないと、と思ったのだ。

 どういう理屈なのかはさっぱり理解できないが、剣を弾き飛ばした様子から考えるに、そんな事態になったら、子供ではなく守護人のほうが危ない。

「なんであんたがここにいるの、神獣」

 守護人の足が一歩前へと踏み出す。子供は、まるで面を被ったかのように動かない無表情で、それを見ているだけだった。同じようにその場所から動きかけた俺のほうには、一片の関心も払わない。

 白い肌、銀色の髪、黄金色の瞳。

 ニーヴァ国だけでなく、他のどの国にも、そんな色の髪や目を持った人間がいるなんて話、聞いたことがない。硬玉のようなその金色の目は瞬きもせず、感情というものが完全に欠落している。

 冷血で非情な眼差しは、どちらかといえば、人間よりも妖獣を想起させた。

 この子供が本当に神獣であるとしたら、最奥の間という人の目には触れない場所に押し込めて、世界のどこにも絵姿や像が存在しないのも頷ける。

 もしもその姿を見てしまったら、言葉や説明がなくても、一目で判ってしまうだろう。

 神獣が──神と同等とされるその生き物が、慈悲や慈愛というものを一切持ち合わせていない、ということを知ったら、人々は絶望しかねない。


「僕は、あれではない」

 子供が口を開いた。


 出てきた声は、その見た目にそぐって子供のように高かったが、子供にはない冷ややかさと無機質さを備えていた。

 決して大きな声ではないのに、静まり返った部屋の中で、重みをもって響き渡る。うなじのあたりの毛が、ちりちりと逆立つような気分になった。こめかみに汗が滲む。この感じ、なんだか覚えがある。

 そうだ、神ノ宮の現れの間で、「絵の扉」が開いていくのを見た時と同じなんだ。神威を目の当たりにして、心臓が縮むような思いをした、あの時と。

 これが、畏怖というものか。

 が、すぐさま言い返した守護人の口調には、まったく畏れは含まれていなかった。

「わたしがあんたを見間違えるとでも思うの?」

 一見、神獣と守護人の絆の深さを思わせるような台詞だが、その尖った目つきは、まるきり憎い仇に向けるもののようだ。

 神獣の傍らにある時、守護人はいつもこんな調子なんだろうか。彼女がこんな風に感情を露わにするのだから、それはそれで、親密な関係と言えなくもない……のか? だめだ、ますます混乱しそうだ。

「あれは今も神ノ宮にいる。愚かな娘だ、これほど長い間あれと関わっていながら、僕とあれとの区別もつかないか」

 無表情のままの子供に切り捨てるように言われて、徐々に、守護人の顔が訝しさに占められていった。

 全身から発散させていた怒気が消える。前に出しかけていた片足を、滑らせるように後方へと戻した。

 左手を右手から外し、まじまじと目の前の子供を見つめる。

「……あんた、だれ」

 ぽつりと出されたその問いに、子供はまったく波のない平坦さで応じた。


「僕は、世界の管理者だ」



          ***



「世界の、管理者……」

 舌の上で転がすように、ゆっくりと復唱してみる。

 どちらの単語も理解はできるが、両方合わせるとちっとも咀嚼できた気にならない。なんだそれは、と途方に暮れるばかりだ。

「つまりあなたは、神、ということなのですか」

 そう訊ねたのはメルディだった。表情はさすがに少し強張ってはいるが、この「子供の形をした何か」に対して必要以上に怖れたり怯んだりするような様子はない。それよりも、本当のところを知りたい、という探究欲のほうが上回っているようだ。密偵の性、ってやつだろうか。

 子供は、手に顎を乗せた姿勢のまま、顔は動かさずに目線だけを動かしてメルディを見た。

「人間の定義する『神』というものに、僕は関知しない」

 にべもない返事に、メルディが鼻白む。この相手はどうも話が通じないと思ったのか、彼女は今度は守護人のほうを向いて問いかけた。

「シイナさま、神ノ宮におられる神獣は、この子……いえ、こちらのお方と同じ姿をされているんですか」

 守護人は子供に視線を向けて、眉を寄せた。

「そうですね……容姿は、まったく同じです。雰囲気も似てる……いえ、酷似してると言ってもいい。違うのは、笑っているか、いないか。それくらいです」

 神ノ宮の神獣は、こんな無表情ではない、ということか。だとしたらそちらはこんな冷たい感じではなく、もっと優しい性質を持っているのかな。目の前の人物を見ていると、この顔がニコニコと愛らしく笑うところを想像するのは難しいのだが。

「同じ姿をして、しかし別の存在である、と。それは……」

 メルディが難しい顔つきで続きを呑み込んだ。何を考えているのかは、俺でも判る。きっと、この場にいる全員が、同じことを頭に浮かべているだろう。

 思い出すのは、湖の国の民や、テトの街の男の言葉だ。


 神ノ宮にいる、まがいものの神(・・・・・・・)


 ここにいるのが本物の神獣で、神ノ宮にいるのは神を騙った偽物──まさかそんなことがあるとは思いたくはないけど、でも。

 部屋の中を、重い沈黙が支配する。

 もしもそうだとしたら、ニーヴァという国が根本から引っくり返るような事態になりかねない。

「あんたが世界の管理者だとしたら、神ノ宮にいるのは何なの」

 眉を寄せて黙っていた守護人が、いきなり核心を衝いた問いを口にしたので、俺たちは揃って硬直した。

 さらっと聞いた!

 固唾を呑みながら守護人を見て、子供に目を移す。そちらはそちらで、まったく微動だにしない。

「あれも世界の管理者だ」

 これまたさらっと返ってきた言葉に、は? とぽかんとする。


「僕とあれは、それぞれ異なるものを司り、共に世界を管理する。対であり、双極であり、同根の存在だ。ずっとこの場所で世界を見ていたが、八百年ほど前、『世界の綻び』が出来た時に、あれはここから出ていった。それだけの話だ」


 突然、ぐらりと守護人の身体が前のめりになった。驚いて、急いでその腕を取って支える。

「大丈夫ですか」

 と顔を覗き込んでみれば、彼女は口許を手で押さえ、ぶつぶつと何事かを呟いていた。

「……あの性悪な生き物が二匹……気持ち悪い……」

「…………」

 本気で気分が悪そうなその顔を見て、俺は戸惑った。なに言ってんだ? というか、神獣とか世界の管理者とかを、一匹二匹で数えていいのか?

「世界の綻び、というのは何でしょう」

 ロウガさんが固い口調で訊ねる。ぐぐっと両眉が中央に寄せられているのは、今のこの状況と、目の前にいる子供の姿をした何かと、その口から紡がれる内容を、どう捉えるべきなのか、懸命に考えているらしい。

 子供は冷え切った目を今度はロウガさんに向けた。

「綻びは綻び、そのままだ。狭間に通じる穴だ」


 下を向いた守護人が、ビクッと大きく身じろぎしたのが伝わってきた。


「狭間……?」

「世界に綻びが出来て、次元と空間に歪みが生じ、別の世界に繋がる通路となった。そういう事例はまったくないわけでもない。放っておけば普通は塞がる。世界とは、そうやって自らを修復していくものだからだ」

 当惑するロウガさんの言葉を無視して、子供は淡々と話を続けた。詳しい説明をしてくれる気は毛頭ないようだ。

「……しかし八百年前、正しくは八百と十六年前のその時は、予想外のことが起こった。綻びから、別世界の人間がこちらに迷い込んできたのだ」

 別世界の人間、と呟いて、俺は自分の手で支えている少女に目をやる。彼女は白い床に目を据えつけて、蒼褪めた顔をしていた。

 触れている腕が、小さく震えている。

「そんなことは本来ならあり得ない。あってはいけないことだった。可能性にしたら、万にひとつほどしかない。しかしその万にひとつのことが起こり、別の世界の人間がこちらの世界に入り込んできた。世界の理を乱すもの。まさに、異物だ」

 子供の変わらない顔と語調からは、それに対してどう思ったのか、を推測できるものが何も見つけられなかった。

「世界の管理者はすべての事象、すべての帰結、すべての道理を把握する。この世界において、知らないものなど存在しない。しかし、それはあくまでこの世界の中のこと、別の世界と別の世界の住人についてはその限りではない。この世界に入り込んだ異物は、ひとつ行動を起こすたびに、僕とあれでさえも知らない結果をもたらした。……それで、あれはすっかり夢中になってしまった」

「夢中に……」

「あれは言った。『異物は、自ら運命を作り出す』と」


 自ら、運命を──


「僕とあれの管理から外れた運命を、ということだ。異物が動くたび、世界の管理者たる自分すら予測できない成り行きとなっていくのが、あれには楽しくてしょうがなかったらしい。その時点で、管理者としての立場から逸脱していた。──あるいはそれよりもずっと以前から、あれは管理者であることに飽きていたのかもしれない」

 子供の金色の目は動かない。普通の人間なら、ここで怒りや寂しさが見えるところなのだろうが、そこにはやっぱり何もない。

「異物は短期間で死んだ。この世界に馴染めなかったのだろう。あれは異物の死に失望した。再び世界のすべてが把握できることに、さらに深く失望した。……そして、とうとう道を踏み外した」

「道を踏み外す?」

 問い返すハリスさんの声には緊張が滲んでいた。守護人は青い顔で唇を噛みしめたまま、ずっと下を向いている。

「あれは、放っておけば自然に消滅するはずの綻びを、この世界に定着させてしまった。別世界へと通じる道、歪みの元となるものをだ。綻びが消えないように、扉を作った。その扉を囲む、建物を作った。そして、建物を囲むための、国を作った」

「な……」

 全員が絶句した。

 子供が醒めた目を俺たちに向ける。


「……愚かだな、人間。君たちは、自分が住んでいる国がどうして出来たのかということも知らないのか。二ノ国と三ノ国の間に一ノ国が入っているという不自然さに、なぜ疑問を持たない。それだけでも、もともとこの世界にある国は六つであった、ということを明白に示しているのに」


 俺は眩暈を覚えそうになった。

 じゃあ、ニーヴァは、たまたまそこに(・・・・・・・)世界の綻びがあったから建国された、というのか。

 あらゆる意味で、神獣のために存在している国──

「あれは、扉を作って綻びを定着させると、別の世界から人間を引っ張り寄せることをはじめた。何人も、何人も。あれの期待に沿う人間が現れるまで」


 それが、神獣の守護人?


 神獣の守護人と呼ばれるには、なんらかの資格が必要なのではないか、というのは、星見の塔での一件から俺がずっと考えていたことだ。

 神獣の期待に沿える人間だけが、守護人になれる。だったら、神獣が守護人を守護人として認める理由、選別の基準はそこにある。

 きっとそれこそが、現在の守護人が背負っているものなのだろう。

 壊れかけても、なお、手放そうとしないもの。

「その、期待っていうのは」

「運命を──」

「神獣っ!」

 守護人の鋭い怒鳴り声が、子供の台詞を遮った。

 そちらに向ける顔はまだ青いが、瞳には切羽詰まったような焦燥が現れている。

 子供は口を閉じた。感情のない目でちらりと守護人を見る。

「僕は、あれではない」

 無表情で、同じ言葉を繰り返した。

「あんた、わざわざそんなことを言うために、わたしたちをこんな場所まで呼びつけたの?」

「もちろん違う。君たちが草原地帯を荒らそうとしていたから止めた。この静かな場所を掻き乱すな、迷惑だ」

「ただ入ろうとしてただけでしょ。荒らすも掻き乱すもへったくれもない」

 守護人は素っ気なく言い放ったが、後ろでロウガさんとハリスさんがものすごく苦々しい顔をしていた。草原地帯に入ろうとするなんて無謀なことを、そんな軽く言って欲しくない、と思っているんだろう。気持ちはわかる、とうんうん頷いたら、二人に同時に睨まれたので、首を縮めた。そうでした、俺も同罪でした。

「それが迷惑だと言っている。君は、妖獣の住む草原地帯に、あんなものを持ち込むことの意味をまるで判っていない」

「あんなもの?」

 ここでようやく、子供が動いた。手の上から顎を外し、頭をゆっくり巡らせる。

 その目線の先にあるのは、床に転がった、神獣の剣。

 守護人もそちらを見た。足を動かし、痺れの収まったらしい右手でそれを拾い上げる。

 抜き身の刃をしげしげと眺めてから、子供に目を戻した。

「これが?」

「君はそれがただの剣だと思っているのか。まさかそんなものを人間ごときが作り出せるとでも?」

「神獣が作ったの? あの生き物に生産的なことが出来るとは思えないけど」

「それは、僕の牙で出来ている」


 牙あ?


 俺は目を見開いた。

 じゃあ、この子供の姿は、仮のもの、ってことなのか? だったら本来はどんな姿をしてるんだよ。剣が作れちゃう牙ってどんなんだよ。大体その牙は、削ったり抜いたりしてもまた生え変わるのかよ。

 頭の中は疑問の洪水状態だ。

「ここにあったものをあれが持ち出して、契約のしるしとしてニーヴァの王に渡した。どうせ人間に使いこなせるはずがないと考えたのだろう」

「それを、わたしに教えたってことは……」

「無論、君にも使いこなせない。いいや特に、守護人に選ばれる人間(・・・・・・・・・・)の手にあっては、決してその剣の真の力は発揮されない。普通の剣としての働きをするだけだ。……しかし、そこの子供」

 また子供が頭を動かし、目線をこちらに戻した。

 それがぴったりと、俺に向けられる。

 後ろからも一斉に視線が集中して注がれるのを感じて、背中に冷や汗をかいた。

 え。


 ……俺?


「そこの子供は、まだしも可能性がある。守護人が一人で草原地帯に入れば、さらにその可能性が跳ねあがる。迷惑だ。だから使いをやって全員を入れた」

「……トウイのほうが、神獣の剣の持ち主として相応しいってこと?」

 守護人の呟きに、俺の冷や汗が倍加する。やめてくれ。滅相もないことを言うのはやめてくれ。

「相応しい、相応しくないの問題じゃない。極限状態に追い込まれた時に、剣の力を引き出せる道を選択する可能性が他より大きいのがあの子供、という話だ」

「意味がわからないんだけど」

「愚かな人間に合わせるすべを、僕は必要としていない」

 守護人の眉が上がった。カッチーン、という盛大な音が鳴った気がした。幻聴だと思いたい。

「で、この剣の真の力っていうのは何なの」

「その一端を、君はもうすでに知っているはずだろう」

「シキの森で──」

「妖獣を滅した」

 あっさりと言われて、心臓が止まりそうになる。

 滅した?

 じゃあ、あの時、白い光の後で目を開けたら妖獣の姿がなくなっていたのは、飛び立ったわけではなく、文字通り、「消えた」ということだったのか?

 あんなにも大きく凶暴な妖獣が、あの一瞬で?

「あの剣に宿る力は膨大だ。それくらいは造作ない。持ち主が未熟であれば、その力はそちらにも跳ね返るが」

 剣が白い光を発してから、ごっそりと体力が奪われていたことを思い出す。立つのがやっと、何かを考えることもままならなかった。目の上の他に傷を負ったわけでもないのにずっと意識が戻らなかった、とロウガさんもしきりと首を捻っていたっけ。

 守護人は自分が持っている剣を見下ろした。


「……この剣は自分が選んだ持ち主だけを守ろうとする、ということ?」

「剣に意志などない。ただ共鳴するだけだ」

「何が、どういう風に」

「なぜ僕がそれを説明せねばならない」

「そのために呼んだんでしょ」

「違う。無知な人間が見境なく妖獣を滅してしまわないようにだ」

「これからこの剣はトウイが持っていたほうがいいの?」

「それでは永久にその剣の真の力は発揮できないままだな」

「…………」


 まったく噛み合うことのない会話に、守護人は相当苛々しているようだった。それがはっきりと判るほど、顔に出ている。しかもおまけに、足がとんとんと床を叩いている。どうやらこの子供の前では、いつものように感情を抑えつけることが難しいらしい。

「あ、あの、神獣」

 床を叩いている足が、今にも子供に向かって振り上げられそうだったので、俺は慌てて口を挟んだ。

「僕は、あれではない」

 お決まりの台詞が返ってきて、困って頭を掻く。そんなこと言われたってなあ……

「どう呼べばいいんですか」

「呼ぶ必要はない」

「でも……」

 これじゃ、話をすることもままならない。あちらに話をする気があるかどうかは別として。

 ちらっと守護人を見る。俺の言わんとしたことは通じたのだろうが、彼女は腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。

「シイナさま、どう呼べばいいですか」

「どうしてわたしに聞くんですか」

「決めてもらえませんか」

「どうしてわたしが決めないといけないんですか」

 完全にむくれてるな。

「今この場に、それを出来る人はシイナさま以外にいないでしょう」

 なにしろ相手は、神獣と同じ姿をした、世界の管理者、などという存在である。

 守護人は口を曲げ、世にもイヤそうな顔で、子供を見た。

「……じゃ、ダッシュなんてどうですか」

「だっしゅ?」

「A・Aダッシュのダッシュです。あっちが神獣、こっちが神獣ダッシュ」

「…………」

 何を言っているのかさっぱり判らないが、守護人がこの件を心の底から「どうでもいい」と思っていることだけははっきり判った。

「せ、聖獣なんて、いかがでしょう、ね……?」

 子供の無表情は変わらないものの、なんとなく空気が悪くなったのを察してか、ミーシアがおずおずと控えめに守護人に提案した。

 俺はほっとした。そうだよな、神獣の対というのだからそんな感じがいいよな。牙があるってことは、本性は獣ということなのだろうし。

「霊獣、とか」

「珍獣とか、害獣とか?」

「……シイナさま」

 不機嫌なのは判るけど、そういう子供じみた発言はやめましょうよ。

「──幻獣と呼べ」

 とうとう子供の口からその言葉が出た。放っておくと、本当に勝手に珍獣呼ばわりしかねない、と思ったのだろう。正解だ。

「ありがちだね」

 守護人がせせら笑う。子供──幻獣は、「君たちの程度にまで下げるとそうなる」と冷たく返した。なんだか妙に気が合っているように見えてくるのが不思議だな。

「では、幻獣」

 改めてロウガさんがその名を呼ぶ。幻獣は今度は、「僕は、あれではない」とは言わずに、黙ってそちらを見返した。守護人は顔を顰めて明後日の方向を向いている。

「お聞きしてもよろしいですか」

「答えるとは限らないが」

 幻獣はにべもないが、ロウガさんは引き下がらなかった。

「あなたが管理者であるというなら、現在、この世界で起こっていることは把握しておられましょうか」

「無論だ」

「では」

 ロウガさんがひとつ呼吸を挟む。真っ向から幻獣を見て、真面目な声で問いかけた。

「この世界は──ニーヴァという国は、これからどうなりますか」

「滅びる」

 幻獣は、一言で言いきった。





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