3.逆罰
翌朝は早起きして、ニコと一緒に宿屋を出た。
陽が昇りはじめる手前、というくらいだから、外はまだまだ薄暗い。それでも、下のほうから徐々に白んできた空は、ゆっくりと景色を明るく浮かび上がらせつつあり、街の中を歩く分にはさして不都合はなかった。
人々のほとんどは未だ眠りに就いているのか、トルティックの街は全体的にしんとした静けさに包まれている。けれど、やや遠慮がちにガタンゴトンと物を動かす音もどこかから聞こえてくるから、もう起きだして準備をはじめている人もいるようだ。
ミーシアさんも隣のベッドでよく寝ていたから(メルディさんは相変わらずいなかった)、簡単な手紙だけを残して部屋を出たのだけど、目を覚ましたらやっぱり心配するかもしれない。なるべく早く戻ろうね、とニコと話した。
ちなみに手紙は、こちらの文字が書けないわたしに代わって、ニコが書いてくれた。「シイナさまは読み書きが出来ないのか……」となんだか残念な目をされた時に、なけなしの年上の威厳がガラガラと崩れる音が聞こえたので、わたしもこれからは、少しずつこちらの文字を覚えていこうと思っている。
「この時間だと、少し冷えるね」
口から吐いた息がわずかに白くなるくらいには、今の気温は低い。陽が完全に昇りきった頃にはそんなことはなくなるし、昼間にはちょっと動くだけでも汗ばむくらいになるのだけど。
そもそもニーヴァは、あまり寒暖差がない土地なのだそうだ。それでも一年の間に、もっと寒くなったり、暑くなったりすることはあるらしい。雪が降ったり、太陽がガンガンに照りつける季節には、いろんな景色も今とは変わって見えるのかな、と思う。
思ってから、だからなんだ、と自嘲した。
……そんなの、どう変化したって関係ないのに。
わたしはどちらにしろ、ほんのいっときしかこの世界にいられないのだから。
トウイが死んでしまえば、そこでおしまい。短い時には、三十日にもいかないところで狭間に戻されたこともある。再び扉を開ければ、そこはまた最初のスタート位置、時間は一向に進んでいくことはない。閉じた輪の中を、ぐるぐると巡っているようなものだ。
トウイを生かすことが出来たとしても、期間は100日。
わたしにとって、その先は存在しない。望みが叶ったら、トウイに別れを告げて、自分の世界に帰る。帰った後は──
「…………」
わたしはそこで、ピタリと動かしていた足を止めた。
手を繋いで隣を歩いていたニコが、突然立ち止まったわたしの動きについていけず、前につんのめって転びそうになる。その小さな身体を引き戻して、ごめんねと謝ってから、わたしはまたゆるゆると足を動かしはじめた。
前方に顔を向けて歩きながら、少し眉を寄せる。
──帰った後は、どうなるんだろう?
狭間に落ちて、こちらの世界にやって来た人は多くいる、と神獣は言った。
けれどそのほとんどは、もう一度扉を開けることはせずに、自分の世界へ戻ることを選んだ、と。
それを選んだ時点で、彼らは、神獣のけったくそ悪い基準で決められた審査から落ちたと見なされた。だから、「神獣の守護人」と呼ばれることはなかった。守護人とはならなかった人々は、もとの世界へと戻り……こちらの世界の人々の記憶から存在を消された。
じゃあ、守護人となった人間は?
神獣は、二回目に扉を開けた人間は、「ほとんどいなかった」と言ったのだ。まったくいなかった、とは言っていない。そう、再び扉を開ける選択をした人だって、わたし以外に何人もいたはず。
その結果、クリアするか、リタイアするか、道は二つ。
守護人となって、途中でリタイアした人はいるだろう。勝手に神獣に主人公とされてしまった、自分にとっての「大事な人」を守りきれず、もう一度扉を開けるのを諦めて、断腸の思いでもとの世界に戻った、という人だ。
その場合……どうなるの?
守護人は異世界に帰った、ということで決着がつくのだろうか。それとも──それとも、守護人にはならなかった人々と同様に、この世界から存在の痕跡が消えてしまうのだろうか。
最初から、「神獣の守護人はいなかった」、そんな風に。
守護人の大事な人は死んだまま、そして守護人の記憶は人々の頭から抜け落ち、世界が続く、ということなら。
クリアした時は?
たとえばわたしが正しい答えを見つけ、トウイを100日間生き延びさせることが出来て、もとの世界に帰ったとして。
その時は、やっぱりこの世界の人々の頭から、わたしの記憶は消えるのだろうか。
一方的に押しつけられた主人公の立場からようやく解放され、自分だけの人生を生きられるようになったトウイも。ミーシアさんも、ロウガさんも、ハリスさんも、メルディさんも、ニコも。
みんな、わたしのことを、神獣の守護人の存在があったことすらも忘れて、神ノ宮で、王ノ宮で、または生まれ故郷で、それぞれの生活に戻るのだろうか。
でも──でも、待って。
それはそれで、おかしくないか。今現在のこの世界で、「神獣の守護人」は、なにもわたしがはじめてというわけじゃない。前代の守護人、というのがちゃんと伝承として残っている。数百年も前に遡らないといけなくて、今となっては記録も文献もほとんどない、という話だけれど、いた、ということは確からしいのだ。
つまり、クリアしたにしろ、リタイアしたにしろ、前代の守護人の記憶は、人々の頭からは抜かれなかった、ということではないか。
「…………」
どういうことなんだろう、と考えていたわたしの耳に、「あっ、いたよ!」と明るく弾むニコの声が入ってきた。
***
トウイたちは、わざわざ街の外に出て、早朝訓練を行っていた。
身体をほぐしたり筋トレのようなこともするのかもしれないけれど、やっているのは剣の扱いが中心であるようだ。だから住人たちがまだ寝静まっている明け方に、街中でうるさい音を響かせるわけにはいかない、という配慮なのだろう。
今も、向き合っているトウイとロウガさんの手にあるのは、剣ではなくて木刀のようなものなのだけど、それでさえ、刀身の部分にくるくると布が巻きつけてあった。これなら打ち合ってもあまり音がしないし、身体のどこかに当たっても被害が少なくて済む。なるほど。
現在、トウイがロウガさんに稽古をつけてもらっているところらしい。木刀を振っているのはトウイのほうだけで、ロウガさんはわずかな動きでその攻撃を受けたり流したりしている。
その傍らで腕を組みながら見学していたハリスさんは、門から出てきたわたしとニコを見て、やれやれ来ちゃったか、という顔でため息をついた。
トウイの攻撃を受けているロウガさんも、その状態でもまだ余裕があるのか、こちらにちらっと視線をやって、器用に目礼した。一人気づかないトウイは、よほど集中しているのだろう、前にいるロウガさんとその動きから、一瞬も目を離そうとしない。
トウイは、こうやって剣──今は木刀だけど──を握っている時は、本当に別人のように精悍に見える。
敏捷で、しなやかな動き。木刀を操る引き締まった腕には、いささかの迷いも見られない。彼の剣は、自由で果敢だ。その時々の状況に応じて戦い方を変える。相手の隙を見逃さず、守勢に立っていてもすぐさま攻撃に転じることが出来るのは、それだけ反射神経と瞬発力が優れているからだ。
そして、なにより。
トウイはこういう時がいちばん、生き生きしている。剣を手にしている時が、なにより楽しそうに見える。あちこちを跳ね回り、素早く身をかわし、鮮やかな一撃を振り下ろすその姿が、野生の獣のように美しく映るのは、きっとそのためだ。
綺麗な動き──と、彼の一挙手一投足に見惚れながら、わたしは思う。
これに比べれば、やっぱりわたしのしていることなんて、ただの猿真似でしかない。神獣の剣を手にするようになってから、トウイのように自由自在に、風みたいに動けるようになれればいいなと何度も思った。でもどれだけ努力したって、こうやって実物を目の当たりにすると、自分の力のなさを痛感させられる。
彼がとても、眩しく思える。
「……トウイって、すごいね」
わたしと同じように、声もなく眺めていたニコが、ほうっと大きな息と共に、感嘆の言葉を吐きだした。
その声で、やっとトウイはわたしたちの存在に気づいたらしい。こちらに目をやり、同時に、振り上げようとしていた木刀の動きが、ぎしりと不自然に固まって止まった。
え、とうろたえた声を出し、ロウガさんにぽかんと木刀で頭を叩かれる。
「いてっ!」
「気を逸らすな。集中力が足りない」
ロウガさんに叱られ、二人はまた訓練をはじめたのだけど、トウイの剣筋はさっきと比べ、明らかに乱れていた。顔は前を向いているものの、なんとなく心ここにあらずというか。時々、ちらりとわたしたちのほうに目線を飛ばしては、そのたびにロウガさんにぽかんぽかんとやられている。
……そんなに、ギャラリーがいると落ち着かないものかな。剣闘訓練では、あれだけ見物人が大勢いた中でも、見事にタネルさんに勝利していたのに。
気のせいか、またトウイの耳が赤い、ような。
「つかぬことをお聞きしますがね」
いつの間にか、わたしの隣にやって来ていたハリスさんが、ロウガさんに遠慮なく攻撃されているトウイを眺めながら、ぼそりと言った。
「はい」
わたしは身長差のある彼の横顔を見上げた。
「トウイが何かしましたか」
「何かというと」
「……ひょっとしてあのバカは、シイナさまの前で、なにか寝言のような変なことを口走りませんでしたか」
「…………」
寝言のような、変なこと。
それなら、心当たりがある。すごく、ある。
「はあ。昨夜、ちょっと」
わたしがそう返すと、ハリスさんは露骨に渋い顔つきになって、額を手で押さえた。今にも、あちゃあ、と舌打ちしそうな雰囲気だ。
「言いましたか」
「まあ……」
曖昧に首を傾げる。
あれ、寝言だったのかなあ。このところ寝不足だったみたいだもんね。変、といえば、確かにかなり変だったよ。
ハリスさんはこちらに向き直り、急に真顔になった。
「シイナさま、こんなことに口出しするのが野暮だってのは俺も重々承知なんですが」
「はい」
「あいつが何をほざいたのか知りませんけど、それは一時の気の迷いだと思ってもらえませんかね」
「一時の気の迷い……」
そうなの?
「やっぱり、疲れが溜まってるんでしょうか」
「まあ、それもあるんでしょうけど」
「だから護衛から転職したいと迷ってるんでしょうか」
「……転、職?」
ハリスさんの声がほんの少し裏返る。わたしは小さく頷いて、トウイのほうに視線を向けた。
「ハリスさんは、トウイさんの趣味について知ってましたか」
「…………。趣味、っていうと」
「ガーデニング、じゃなくて、園芸」
「え……園芸?」
ハリスさんはちょっとの間無言になってから、「初耳ですけど」と茫然とした調子で呟いた。
だよねえ。わたしも、はじめて知ったよ。新たに目覚めた趣味なのかなあ。それとも疲労のあまり、可愛い花に癒しを求めてる、とか? そのうちトウイが花に向かって話しかけるようになったら、わたしどういう顔をすればいいんだろ。
「あの……差し支えなければ教えていただきたいんですが」
ごほんとわざとらしく咳払いしてから、ハリスさんが口を開く。
「トウイは昨夜、シイナさまになんて?」
「花を育てる職人に憧れる、みたいなことを言ってました」
「…………」
あのアホは一体何を言ったんだ、とハリスさんは真剣に悩むような表情で、ぶつぶつ言った。
途中何度かロウガさんにボコボコにされたものの、最終的には集中力を取り戻したらしいトウイが一通りの訓練を終えたところで、二人はこちらに向かって歩いてきた。
ロウガさんはいつも通り真面目な顔だけど、トウイは妙に固い顔で、おまけに目線を明後日の方向に向けている。もしかして、わたしたちが早朝訓練の邪魔をしたから、怒ってるのかな。
「二人だけでここまで?」
ロウガさんに問われて、ニコが「うん!」と元気よく返事をする。ロウガさんはたぶんその後で、危ない、とか、不用心だ、とかのお小言を並べようとしたのだろうけど、その天真爛漫な、かつ、あけっぴろげに嬉しそうな笑顔に何も言えなくなったらしく、口を噤んで黙ってしまった。すごい威力だなあ。
「見学にいらしたんですか」
と、今度はわたしに向かって訊ねる。
「わたしも剣の訓練に参加しようと思って」
「見学ですね」
ロウガさんたち三人は、揃ってわたしの返事を無視した。ちぇっ、やっぱりダメだったか。
「じゃ、剣以外のところで少し教えてもらえませんか」
そう言うと、ちょっと警戒混じりだけど、今度はちゃんと「何をでしょう」と耳を傾けてくれた。
「……たとえば、わたしのように力のない女の子が、男性相手に素手で対抗できるすべがあると思いますか?」
「…………」
ロウガさんがまじまじとわたしを見返してくる。こちらの本意がどこにあるのか測りかねているようだ。
「サザニの街で、タネルさんと向き合った時、剣を弾かれてしまったんですが」
トウイがぴくりと反応して、やっとこっちを向いてくれた。
「わたしはその時、剣がなければ自分には対抗する手段がまったくない、ということを嫌というほど思い知りました。これからも、ああいうことがないとは言いきれません。トウイさんのようにとは言いませんが、剣を手放しても少しは抵抗できるやり方があれば、教えてもらいたいと思って」
「……なるほど。護身術ですか」
ロウガさんに納得したように言われ、わたしはこくんと肯った。
神獣の剣はわたしにとって頼りになる唯一の武器だけれど、いつも必ず身近にあるとは限らない。いざという時に、自分のほうが敵に捕まってしまっては、またトウイを危険に晒すことになる。
「そうですね。この機会に、そういったことを多少は覚えてもらったほうがいいかもしれない」
考えているロウガさんに、そう言ってくれたのはハリスさんだった。わたしの身体を頭のてっぺんから足のつま先までざっと検分するように眺めて、うん、と頷く。
「あの得体のしれないリンシンってやつを追いかけるっていうなら、余計にね。これから何が起こるか予想もつかないんだから、手の打てるところは打っておいたほうがいい。ま、いちばんいいのは、危ないことに巻き込まれる前にさっさと神ノ宮に引き返すことだが、ご本人にそのつもりは一切ないようだし」
もちろんないよ。今、神ノ宮に引き返したら、おそらく災厄は誰にも止められないほどに大きくなって、トウイの上に降りかかる。
そうなる前に、潰さないと。
「そうだな……」
ロウガさんが、顎に手を当てて呟いた。
「じゃあ、試しに少しだけやってみましょうか。トウイ、シイナさまの身体に、後ろから手を廻せ」
えっ、とトウイが動揺したように声を上げる。ロウガさんは不思議そうに首を傾けた。
「いつも馬上でやっているのと同じようにすればいい。わかるだろう?」
「あ、ああ、はい、わかります。……じゃあその、失礼します」
なんだか遠慮がちに、背後からトウイの両腕がわたしの腰のあたりに廻された。
ロウガさんが淡々とした口調で指導してくれる。
「たとえば、こうやって後ろからいきなり抱きつかれて、身体を拘束されようとした場合」
「痴漢がよくやるやつですね」
「痴漢って!」
後ろからトウイが抗議の叫び声を上げたけど、ロウガさんとわたしは聞き流した。
「こんな場合は、その手をまず固定し」
「こうですか」
トウイの手の上に自分の手を重ねてギュッと強く握る。
……なんか、後ろにくっついてる身体がやけにポカポカしてるような気がするんだけど。トウイ、熱があるんじゃないよね?
「相手の指を取って」
「こうですか」
「思いきり、逆に捻りあげる」
「いててて!」
ロウガさんの言うとおりにしたら、後ろのトウイが悲鳴を上げた。へえー、意外と簡単だ。
次にハリスさんが、面白そうなニヤニヤ顔で続けた。
「で、その態勢で腕を固定したまま身体をずらして、みぞおちに勢いよく肘を入れる」
こうかな?
「ぐえ」
「相手の腕が離れたところでもう片方の腕を掴んで持ち上げ、脇の下を通って自分の身体を抜き、そのまま関節技を決める、と」
こう?
「いてえ!」
ふうん。これってけっこう、有効みたい。トウイが涙目になってるよ。
「…………」
じっと流れを見つめていたロウガさんとハリスさんは、数秒沈黙して、お互いの顔を見合わせた。
「これは……案外、いいセンいってるな」
「かなり、筋がいい。こちらの説明に対する反応が素早くて的確だ」
ぼそぼそと二人で言葉を交わしてから、ロウガさんが改めて正面からわたしに向き直る。
「……シイナさま、もう少ししっかりとやってみましょう。あなたご自身の身を護るために、これは良い方法かもしれません」
「はい」
誰かを護るためには、まずは自分自身の安全を考えること。
トウイにそう言ったのは、わたしだもんね。
「よろしくお願いします。ロウガ先生、ハリス先生」
「…………」
ぺこりと頭を下げたら、ロウガさんとハリスさんが、頭を寄せ合って、「……悪くない」「悪くないな……」とまたぼそぼそ言った。
「なんかずるくないですか?! 立場の違いにものすごい不公平を感じるんですけど! 俺もしかしてこれからずっとやられ役ですか!」
トウイが喚いているけど、それはしょうがないんじゃないかな。だって身長的にちょうどいい相手が、この中ではトウイしかいない。
「やっぱりいちばん手っ取り早いのは、目潰しと急所を狙うことなんですがね」
「はい」
「はいじゃない! ちょ、どこ見てんですか! ハリスさん、楽しんでるでしょ?! 言っておきますけど、それだけは絶対イヤですからね! 」
結局、「急所蹴り上げ」の実践練習はさせてもらえなかった。
***
なんだかんだと時間を取ってしまって、宿屋に戻ったのは、予定よりもずいぶん遅くなってからだ。
もちろん太陽はすっかり顔を出しきって、食堂には心配顔のミーシアさんと、いつの間に戻ったのかメルディさんの姿もあった。シイナさまよりも遅く起きるなんて恥ずかしい、とミーシアさんはさんざん恐縮していたけれど、ニコが楽しそうに今までのことを報告するのを聞いて、やっと笑顔になってくれた。
対して、話を聞いたメルディさんは、ちょっぴりイヤな顔をしていた。
「これ以上凶暴になるのはいかがなものかと思いますけどねえ」
「誰のことです?」
「誰のことやら。……でっ!」
テーブルの下で何かがあったらしく、メルディさんは美しい顔を盛大に顰めて呻き声を上げた。他の人たちが不思議そうにそちらに目を向けるのには構わず、わたしとハリスさんは知らんぷりでパンを取る。
「で、これからどうしますか」
と、ハリスさんがわたしに向かって言った。
「昨日一日使っても、リンシンの情報は何も掴めなかった。これ以上この街に滞在しても得るものはないでしょう。すると次の目的地を、どうやって決めたものか」
「そうですね……」
わたしはテーブルの上に肘を突き、考えを巡らせる。昨日の夜まで、とりあえずはまた軌道修正して、ニコの故郷、グレディールに向かったほうがいいだろうか、と思っていたのだけど。
「……王ノ宮も一応、リンシンさんの行方については探ってくれるんでしょうか」
メルディさんは、少しむくれながらも頷いた。
「まあ、そうなりますよね。なにしろどう考えたって危険人物のようですし。ただ、どうしても時間差が生じますからねえ、すぐにってわけにはいきませんよ」
電話のない世界は、こういう時が不便だよね。情報があちらに着いて、それから直ちに王ノ宮が腰を上げるかというと、そうでもないような気がするし。大体、テレビもラジオもないこの国で、一人の人を探し出すというのは大変な難事業だ。そもそもあの人、全国指名手配にしたって、簡単に見つかるようなタイプにはまったく思えない。
「…………」
真っ当なやり方で探しても、たぶんリンシンさんは、見つからない。
「もし、よかったら」
ぽつりと零すように言う。
「──わたしの前代の神獣の守護人について、調べてみたいんですけど」
わたしが出した言葉に、全員が、はあ? というように目を見開いた。
うん、驚くのはもっともだ。実を言えばわたし自身も、そのことに意味があるのかどうかよく判らない。
ただ、どうしても、気になる。
自分の願いのため、世界の理に逆らい、運命に抗って、罪を負い続ける神獣の守護人。
その存在は、自分の欲望を神に願って禁忌を犯し、かえって罰を受けることなった人々と、よく似ているのではないか。