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4.起点



 わたしたちが宿に戻ると、少ししてからメルディさんが、さらにもうしばらくしてからハリスさんが帰ってきた。

 そのハリスさんの耳下あたりには、口紅らしき赤色の痕がついていて、それを目敏く見つけたメルディさんは、何を聞くよりも前にがあがあと喧しく文句を投げつけた。

「んまあ、いやだわ、なんて不謹慎なんでしょうかしらこの男ったら。情報収集をしてきたんだか、女遊びをしてきたんだか、わかりゃしない。こっちは真面目に仕事してるってのに冗談じゃありませんよ」

 メルディさんの顔には、自分だって遊びたいのにあんたばっかりズルイ、という非常に個人的な憤懣が現れている。なるほど、最初からやけにハリスさんに突っかかるなあと思っていたけど、どうやらそれは、本来なら同じような「色男」であるにも関わらず、片や女性に不自由せず、片や女装姿の不遇な自分、という僻み根性からだったようだ。意外と、心が狭い。

「こっちだって真面目に仕事してたんだよ」

 ハリスさんは思いきりイヤそうな顔で、絡んでくるメルディさんを無造作に片手でいなし、ついでに耳の下の口紅をぐいっと拭った。

「ああーら、何の仕事だったんですかね」

「うるさい、ただでさえ疲れてるんだからこれ以上イライラさせるな」

「えーえ、そんなに疲れるくらい、さぞかしお励みになっていたんでしょうとも。こんなにも遅くなるまでねええ~」

 男のくせに言い方がねちっこい。よっぽど羨ましくて悔しいらしい。もう一回言うけど、心が狭い。

 最初のうちは多少の同情があったのか適当にあしらっていたハリスさんも、メルディさんのしつこさに、だんだん不愉快さを露骨に前面に出しはじめた。

「あのな、こっちはロクに飯も食べずにあちこちの店を廻ってたんだからな? 王ノ宮に報告の遣いを出してそれでお終い、っていう誰かさんとは違うんだ」

「んまあー、それこそ私とあなたを一緒にしないでいただけます? 大体、飯も食べずに、じゃあ一体こんな時間まで何をしてたんだって話ですよ」

「だから話を聞いて廻ってたっつってんだろうが!」

「やだ怖い、居直ったわこの男。ねえ、ねえねえシイナさま、お聞きになりまして? この護衛官ったら、大金をもらってすぐこれ幸いとあちこちの店をハシゴして、片っ端から女に声かけて手をつけたみたいですよ」

「──おい、ホントにいい加減にしろよ、密偵?」

 ぺらぺらと口の動きの止まらないメルディさんの頭をがしっと掴み、ハリスさんが据わった目つきで不穏な声を出す。

 面倒だったので、わたしは二人を無視してベッドの上に座り神獣の剣の鞘を布で拭いていたのだけど、ふと顔を上げたら、近くに立つトウイが非常に困惑したような表情で、ハリスさんとメルディさんを見ていることに気がついた。

 ……あ、そうか。

 どうやら実情を知らない人の目には、このバカバカしい光景が、ちょっと複雑なものに映ってしまうらしい。

 早い話、彼らを男女と信じきっているトウイにとって、二人のやり取りは、ズバリ「痴話喧嘩」にしか見えなかったらしい。

 ハリスさんとメルディさんはまだうるさく言い合っている。トウイは腰を屈め、わたしの耳に顔を寄せると、声音を抑えてぼそぼそと言った。

「俺、こういうことにはちょっと疎いみたいで……ぜんぜん気づきませんでした。けどハリスさんが相手じゃ、メルディも苦労するんじゃないですかね。あの、ほら、シャノンさんっていう存在もあるし。今のうちに諦めるよう、シイナさまから忠告してやったほうがいいんじゃ?」

 トウイの目には、ありありと「好きになってはいけない人を好きになったメルディさん」に対する同情と心配が浮かんでいる。

「…………」

 わたしはちょっと無言になって、その顔を見つめた。

「……放っておきましょう」

 なんと答えたものかしばらく迷い、結局そう返すしかなかったわたしに、トウイが焦ったようにこくこくと頷く。

「そ、そうですね、やっぱりこういうのは本人同士の問題だし、他人が口を出すことでもないですね。……でも、メルディがあとで泣くことになったら気の毒なんじゃ……うーん、けどな……」

「…………」

 本気で悩んでぶつぶつ呟く姿を見て、わたしはこっそりため息を落とした。

 トウイは優しい。

 そしてやっぱり、美人に弱い。

 とりあえず、あとで、メルディさんを殴っておこう。




「──ゲナウから少し行ったところに、テトの街っていうのがあるんですがね」

 ようやくメルディさんとの諍いを終了させて、水を一杯飲んだところで少し落ち着いたらしいハリスさんが、街でどんなことを聞いてきたかを話しはじめた。

 荷物の中から地図を取り出し、わたしが座っているベッドの上にガサガサと広げる。この世界全体のものではなくて、ニーヴァ国だけの地図だ。もとの世界のそれのように詳細でも精密でもなく、かなり大雑把に作られているその地図には、すべての街が記されているわけでもないという。

 実際、ハリスさんが「このあたり」と指し示した場所には、何も書かれていなかった。

「これがマオールで、これがゲナウです」

 こちらの文字が読めないわたしを気遣って、すぐ隣に座るミーシアさんが、地図の上で指を動かして教えてくれる。

 すると、マオールの近くに大きな文字で書かれてあるのは、「神ノ宮」だ。じゃあ、こっちにあるのが「王ノ宮」か。耳で聞くだけならわたしにもすんなり理解できる単語が、こうして文字になるとまったくちんぷんかんぷんなものになるのは、少し不思議な気分だった。

 ハリスさんが示す場所は、ゲナウの街から左横方向に位置していた。

「えーと……」

 額に指を当て、世界の形を思い出す。この地図によると上方向が中央の草原地帯だから……左というと、カントス寄り、ということか。地図の上が北、というわけでもないようなので、今度ちゃんと東西南北について確認してみよう。

「この点線は?」

「それは都市の境界を示す線ですね。街がいくつか集まって、ひとつの都市を形成します。神ノ宮、王ノ宮、マオール、ゲナウがあるのがセラリス。ニーヴァの首都になります」

 ゲナウは、セラリスを囲む点線のかろうじて内側、というところ。距離的には離れていなくても、ハリスさんの指は、その点線の外側にあった。

「テトの街は、ゲナウの近くで、セラリスの外にある、ということですね」

 そこまでを理解して頷いたわたしに、今度はロウガさんが首を傾げて「しかし……」とぼそりと言った。

「そのテトの街、というのは確か」

「もうございませんね」

 あっさりとそう続けたのはメルディさんだ。

 ない? と地図から顔を上げると、指を離して姿勢をまっすぐにしたハリスさんが、少し苦笑した。

「そうです。数年前に、大規模な火事がありましてね、街のほとんどの建物が焼失してしまったんです。もともと地図にも載らないような小さな街だ、ゲナウやマオールのように、再建するような資金力もなけりゃ有力な後ろ盾もない。住人は苦労してそこでやり直すよりも、街を捨てて離散し、あちこちの街に別れて移住することを選んだ。だからテトはもう、街としては機能していないんです」

「…………」

 わたしは口を噤み、再び地図に目を落とした。最初からそこには載っていない街。あってもなくても、地図上では何も変わらない、ということか。


 ──見ているだけでは、判らない。


「しかし、街として機能していないといっても、まだそこには、かろうじて消失から免れた建物がある。半分ほど焼け落ちてはいても、とりあえず雨露くらいは防げるような家も残っている。……それで、最近になって、どこかから流れて来た連中がそこに住みつくようになったというんです」

「テトに?」

 わたしが問うと、ハリスさんは頷いた。

「そうです、もうすでに廃墟にも等しいテトの街に。大人と……中には子供もいるらしいが、それが家族なのかどうなのかも定かじゃない。全体で何人いるのかもはっきりしない。連中はひどく警戒心が強く、テトの街の入口を勝手に封鎖して、余所から人が入り込まないようにしているらしいんでね」

「勝手に封鎖?」

 眉を寄せる。廃墟の街に住みつく人々とは、どういう事情を抱えているのだろう。

「このあたりに出没するようになったという盗賊たちが、一時的な住処としている、とか」

「盗賊が出るようになったのは、マオールに王ノ宮の兵がうろつくようになってからでしょう? テトの街に得体の知れないのが集まるようになったのは、それよりももっと前らしいから、計算が合わない。それに、そこにいるのはどうも、貧しい身なりをして痩せ細ったやつらばかりだ、ってことです」

「貧しい身なり……」

 貧困などで行き場を失った人々が、見捨てられた街に流れ着いた、ということなのだろうか。

「でも、街としてもう機能していないのなら、その人たちは、食べ物とかはどうしているんでしょう」

 飲み水くらいは手に入るとしても、基本的に衣料や食料はすべてお店で手に入れるという街には、畑などの自給自足のシステムは整っていないはず。離散していったという住人たちが、食料として使用可能なものを置いていくとも思えないし。

「さて、そこです」

 ハリスさんが皮肉っぽく口許を上げた。

「テトには、人が住める建物くらいはあるが、食料はない。金さえありゃ、このゲナウにまで買いに来たり、馬車商人から手に入れたりすればいいことだが、どうやら連中にはそれもあまりないらしい。だったら働いて稼げばいいものを、そのつもりもないらしい。するとどうするかっていうと」

「……盗むんですか?」

 苦い表情を浮かべてそう言ったのはトウイだった。

「ま、そういうこと。街から出りゃ、耕作された畑があるからな、夜の間にそこから持って行ったりするらしい。人を襲って強奪したり、っていう暴力的な方向にまで進んでないのは、まだしも幸いってことかね。近頃だと、盗賊が商人を襲って取りこぼしていった荷を掠めていったりもするそうだ」

 トウイの眉間の皺がさらに深くなる。そういった行為をして生きる人々に対し、憐れむべきなのか怒るべきなのか、本人にもよく判らない、という感じに見えた。

「──でも、まあ、そんなのはどの国にもよくある話ではあるけどな」

 ハリスさんはさらりと言ってから、顔つきを引き締めて、声の調子を厳しくした。

「ここからが本題だ。そういう次第で、テトの街に住みついた連中は、今ではこのあたりの住人にとっては、厄介な存在になっている。実質的に被害を蒙っている人間からしたら、なおさらだろう。それで中には、とっ捕まえて二度と悪事を働かないようになるまで痛めつけてやれ、って考えるのも出てくる。これまでに何度か揉めて、騒ぎになったりもしたらしい」

「騒ぎに……」

 ──それで、「あっちもこっちも落ち着かない」、か。

「この間も、畑から作物を盗んだやつを捕まえて、さんざん殴りつけた、ってことがあったそうです。捕まえてみりゃ、相手はまだ若い男だったそうだが、貧相な体格のいかにも弱々しい雰囲気だった。これなら一回酷い目に遭わせてやれば、もう二度と同じことはしないだろうと踏んで、足腰が立たなくなるくらいまで懲らしめて、放り出してやったそうでね。相手はまったく手向かいすることなく、ただ殴られるに任せていたんだが……でも、最後に、こう言った」

 血だらけ、痣だらけになり、目も口も腫れあがり、満足に立つことも喋ることも出来ないのに。

 ひっそりと、静かに笑って。


 ──お前らなんて怖くない。私たちには、神がついておられるのだから。


 トウイとロウガさんが、同時にはっとするような顔をした。

「ボロボロになってるのはあっちなのに、まるで勝ち誇るような顔をしていたらしい。捨て台詞にしては自信に満ちていて、目にも態度にも怯えたところは一切なく、むしろ見下すようだった、と。そういう話が噂として広まって、ゲナウでは、テトにいるやつらを追い出そうって意見よりも、気味が悪いからもう関わりたくない、って意見のほうが多いんだそうですよ」

「…………」

 わたしはしばらく黙り込んで考えた。

「……『私たち』と、その人は言ったんですね?」

「そうです」

「テトにいるという人たちは、頭に布を被っていますか」

「いや、特に。ですから髪の色はすぐに判別できます。青銅色ではなく、赤茶色だってことがね」

 つまり、そこにいるのはスリックの民ではなく、ニーヴァ国民ということだ。

「このテトまでは、ゲナウからどれくらいで着きますか?」

 地図を見ながら訊ねると、「一限くらいでしょうかね」という回答が返ってきた。うん、とわたしは頷く。

「明日、テトの街に向かいます」

 そう言うと、全員がこくりと首を縦に振った。



          ***



「こちらにも、新しく得た情報があります」

 わたしはそう前置きして、別行動をしていた間に知り合ったリンシンさんのことを、ざっと説明した。

 メルディさんがちょっと興味深そうな顔をして、顎の下を指でなぞる。

「へえ……灰色の髪の森の国の民ですか。どんな男でした?」

「それがもう、とにかく気障で鼻持ちならない、馴れ馴れしいやつでさ」

 と言ったのは、わたしではなく、トウイだ。身を乗り出してまで、ハリスさんとメルディさんに、リンシンさんがいかに図々しいやつだったか、というのを力説している。ハリスさんはなんとなく珍しいものを見るような顔をしてトウイの話を聞いていたけど、メルディさんは楽しそうに笑った。

「なかなか面白い御仁のようですねえ」

「面白いとか、そういう問題じゃないんだ、メルディ。ロウガさん、そうですよね」

「……まあ、馴れ馴れしいというのは同感だ」

「そうかしら。私は、穏和で、感じのいい人だと思ったけど」

「ミーシアにかかると、誰でもそうなるんだろ。あんな口先だけの男、いい人なんかであるもんか」

 イラついたように吐き捨てる。

 トウイがここまで他人に対して攻撃的になるのをはじめて見た。よっぽどあのリンシンさんと、ソリが合わないのかな。女の人が好きっていう点では、ハリスさんと大差ないと思うんだけど。それにトウイだって、わりと人のことは言えないと思うんだけど。

「ムッツリとオープンってだけの違いじゃん……」

「え、何か言いました? シイナさま」

「いえ何も。とにかく、リンシンさんという人の性格はこの際置いておくとして」

 わたしが言うと、トウイはむくれた顔で口を結んだ。

「そのリンシンさんは、このニーヴァに来るまでに、モルディムから、スリック、カントスを通ってきたそうです。それらの国のことをいろいろと話してもらって、まあそれはおもに女性の話ばかりだったんですが、その中でひとつ、気になることがありました」

「気になること?」

 わたしは顔を動かし、ハリスさんと目を合わせた。


「──この世界のどこかで、新しい神が目覚めた、という話があるそうです」


「…………」

 ハリスさんが言葉に詰まる。メルディさんは片目を眇めて唇の端を吊り上げた。

「リンシンさんも、噂の断片を耳に入れただけなので、詳しいことはまったく判らない、ということでしたが」

 まあ、笑い話ですよねえ、と軽い口調で話していたリンシンさん自身は、このことに何の意味も感じていないようだった。女性との他愛ない世間話で聞いたというのだから、ただの冗談や軽口の類だと思っているのだろう。実際、そんな話は昔からちょくちょくあったのだそうだ。


 神獣は、ニーヴァの王ノ宮と神ノ宮が作り出した架空の存在だ、とか。

 本当の「神の遣い」は別の国、別の場所で、人々をひそかに見守っている、とか。


 そういった話は、政治的な思惑が絡んでいることもあれば、ただのお伽噺のように語られることもある。ニーヴァ以外の国の人々にとっては特に、神が自分のすぐ近くにいて守ってくれている、というのはとても魅力的な夢想であるのだという。

「その話の真偽は判りませんが、真実であると信じている人はいる──ということかもしれません。そしてその信仰は、湖の国の穏やかな性質の人たちに思いきった手段を取らせるほどに、強くて固い」

 彼らの信念をそこまで強固にしたものは、何だったのか。


 今まではお伽噺で済んでいたものが、一気に真実味を帯びるような、「何か」があった、ということじゃないだろうか。


「じゃあ、あるいは、テトの街にいる連中も……」

 ハリスさんが考えるように言った。

「それを確認しに行きます。もしもそこの人が言う『神』というのが、その新しい神というものだったとしたら、リンシンさんの言っていた話は、すでにニーヴァの中でも浸透しつつある、ということになりますね」

「神獣のいるニーヴァで?」

 トウイが驚いたように目を見開く。わたしはそちらを向いた。

「姿を見せない神獣、です。神ノ宮にいたトウイさんでさえ、見たことがないでしょう?」

「それは……はい、そうですが」

 若干、うろたえたようにトウイが言った。

「だったらなおさら、神ノ宮の外にいる人たちには、存在を信じる根拠がない。この国にいるからこそ、そのことに疑問を抱く人が出てきても、不思議じゃないのでは?」

「──ずいぶんと醒めたご意見ですねえ」

 わたしの言葉に、メルディさんが薄っすらとした笑みを浮かべた。

「この際だからお聞きしましょう、守護さま」

 わざとだろう、はっきりとその呼び名を使った。

「神獣は、本当にいるんですね?」

「います」

「その存在は、人ではないんですね?」

「人ではありません」

「では神獣は、神なんですか?」

「わかりません」

 メルディさんとの問答に、一同の間に当惑が広がるのが伝わった。ミーシアさんは目に見えておろおろし、ロウガさんとトウイが無意識に周囲を見回す。ハリスさんは身動きせずにじっとわたしに視線を据えていた。

「でもそれは、神、というのがどういうものか、わたしにはわからない、という意味です」

 もとの世界で、わたしにとっての神様といえば、イメージだけで作られたどこまでもぼんやりしたものでしかなかった。神道やキリスト教についてだって詳しく知っているわけじゃない。なんでも出来て、なんでも知っていて、困った時には助けてくれて、祈りさえすれば願いを叶えてくれる──そういう、人間にとって都合のいい存在のように思っていただけだった。

 でも、神獣は違う。神獣は人間に興味がなく、助けるどころか手を差し伸べることもしない。

 神獣は何もしない。これから何が起こるか判っていても教えてくれない。神が人を救うと信じるなんて愚かだ、と笑う。

 わたしの願いも、祈りも、何ひとつ叶わない。


 神とは何か、と訊ねたいのは、わたしのほうだ。


「この世界の人たちが考える、神、というのもよくわかりません。ですから神獣が神なのかという問いに、わたしは答えられません」

 下を向き、ぽつりと呟いた。

「……たぶん、人の心の中にある『神』は、すべてが同じとは限らないんじゃないでしょうか。神獣よりも自分の中の神の条件に合致する何かがあれば、そちらのほうを信じてしまっても無理はないのかもしれません。湖の国の民が言っていた、『真の神』というのも、そういう存在だったんじゃないかと思います」

 彼らにとっては、その神のほうが、より彼らの救いであったのだろう。

 ……でも、じゃあ。

 どうして、あんな風に自ら死んでしまったの?

 あの人たちは、何が望みだったの?

 救いとしてわたしに殺されることを求めたサリナさん。穏やかな死に顔をしていた女の人。彼女たちは死ぬ間際、何を思っていたの?

 わからない。

 何度も何度も人の死を間近で見ていながら、そのすべてを助けられなかったわたしには、何もわからない。

「──その神を、探しに行きましょう」

 もしも本当にそれを見つけたら、答えを教えてくれるのだろうか。




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