3.接近
「大神官様をやっつけちゃったそうですねえ、守護さま」
諸々の用事を済ませたあとで、ようやくわたしの部屋に顔を見せに来たメルディさんは、ドアを閉めるなりそう言って、楽しそうに笑った。
ミーシアさんも知らない、昨日のわたしと大神官とのやり取りを、この密偵はちゃんと知っているらしい。役目上、そうでなければならないのかもしれないけど、それならそれでずっと知らんぷりで黙っていればいいのに、それもするつもりがないらしい。
「やっつけてなんていませんよ」
やっつける手前で止めたのだから、未遂だ。そう思って素っ気なく返すと、メルディさんは人の悪い顔でにやにやした。
こういうことをすると、美しい顔立ちが途端に胡散臭くなるのに、本人はそれを気づいていないのか、それとも判っていてやっているのか。どちらにしろ、トウイはちょっと趣味が悪いと思う。美人は美人だけど、メルディさんは性格があんまりよくないよ。男だし。
「またまたそんな。声も出ないくらいぎゅうぎゅう締め上げてやったそうじゃありませんか。まあお気の毒に、大神官様ったら、すっかり怖気づいちゃって寝台の中でぶるぶる震えていらっしゃいますよ」
ちっとも気の毒そうな顔をしてない。それに、人をイジメっ子みたいに言うのもやめて欲しい。
「ちょっとお話をしただけです」
「脅迫の間違いでは?」
「たまたま手に剣があっただけです」
剣を向けて、大神官が死んでも大した問題はない、と事実を述べただけ。
殺す、とは言っていない。
「まあ、見事な開き直り」
メルディさんは口に手を当てながらくすくす笑い、口許を隠したまま、ひんやりとした目だけをわたしに向けた。
「……本当のところ、どうなさるつもりだったんです?」
声から、ふざけた調子が消えた。わたしはそれには気づかない顔で、首を傾げる素振りをした。
「どう、っていうと?」
「おとぼけを。本当に、あの場で大神官を手にかけるおつもりがあったんですか? それともご自分の要求を貫くため、最初からずっと、少々大げさすぎるお芝居をしてらしたんですかね? 殺してやる──とまでの明確な意志はなくとも、死んでも構わない、くらいは本気で考えておられたんで?」
「…………」
神獣のようなことを聞くんだな、と苦笑を押し隠して考える。
今日、朝食の前に向かった最奥の間でも、同じことを言われた。
──ねえ、キミ、あの時トウイが声を上げなければ、ホントに大神官を殺していた?
あの子供の形をした生き物の顔と声に比べれば、メルディさんのそれはまだしも毒がない。だから腹も立たないし、自分の中の何も動かない。
「どうでしょうね」
メルディさんは口を噤んで、わたしの顔と、細かい身体の動きをじっと観察しているようだったけれど、そこからは何も見つけ出すことが出来なかったのか、やがて諦めたように小さなため息を漏らした。
「守護さまは手強い方でいらっしゃる」
「そうですか?」
わたしはちっとも手強くなんてないと思うのだけど。
だって神獣にはまるで通用しなかった。今のメルディさんと同じ質問を投げかけられて、同じような顔、同じような声と態度で、さあ、と答えただけだったのに。
神獣は大笑いして、ずばりと真実を衝いた。
ああそうか、キミは本当に、それがわからないんだね。
少なくとも、あの瞬間まで、キミは本気だった。トウイが止めなければ、本当に剣を振り切って、大神官の首を刎ねるつもりだった。キミ自身は、そう思っていた。そうだろう?……でも、今になったら、わからなくなってる。
本当に、自分はそうするつもりだったのか。心のどこかで、冷静に計算し尽くしていたんじゃないのか。終わってみたら、あの時キミが抱いた激しい感情すら、もうよく思い出せない。
あの時の自分が、ホントに「自分」であったのかも、わからなくなってる。
だから、さあ、としか答えられないんだ。
そうだろう?
わたしはその言葉を否定できなかった。ただ、目を逸らして黙っていることしか出来なくて、神獣はそれでますます大笑いしたのだ。
わたしはちっとも、手強くなんてない。神獣の前ではいつも、子供のように、翻弄され、いたぶられ、振り回される。
……自分の中の、あらゆるものをかき乱される。
「王ノ宮には、どこまで報せました?」
メルディさんは、わたしと王ノ宮との連絡役という仕事よりも、神ノ宮内部の密偵という仕事のほうに重きを置いている。というか、連絡役、なんていうのはほとんど口実だ。神官たちから言いつかる用事をこなすという名目で外に出ては、どういう手段を使ってか、王ノ宮にあれこれとここでのことを伝えているはず。
「それはいかな守護さまといえど、お教えできませんねえ」
メルディさんはあざといニコニコ笑いを浮かべて、すっとぼけた。
この分だと、わたしが大神官を脅して強引に言うことを聞かせた、なんて話はもう王ノ宮に届いていると考えたほうがいいようだ。今頃あちらでは、あの守護人は危険分子になる可能性あり、と警戒されているくらいかもしれない。
「じゃあ質問を変えます。王ノ宮では、今回の騒ぎのことをどう考えているようですか」
「そうですね、まあ、さすがに神ノ宮ほどのんびりとはしておりませんね。大体、そんな物騒な虫が、国のあちこちに放たれでもしたらどうします。大恐慌と大混乱ですよ。上のほうでは、目の色変えて情報収集に乗り出しているようです」
神ノ宮よりはまともな対応だ。
「で、何か掴めましたか」
「不穏な連中が動いていたということは、どうやら事実として、確認済みですね」
「どこの誰がどういう目的で、ということも?」
「守護さま、無茶なことを仰るもんじゃありません。昨日の今日ですよ? ようやく街に探索の手が伸びはじめた、というところです」
「無能な……」
「何か仰いました?」
メルディさんの目の端がぴくぴく引き攣っているのを無視して、わたしは口を閉じて考えた。
「……ミニリグという虫は、どこの国に生息しているんですか?」
「モルディムですね」
森の奥の奥、あっという間に動物を死に至らしめる猛毒を体内に潜ませて、ひっそりと生息する、暗殺虫。
その虫がいるのは、五ノ国モルディムだという。森の国だ。
「だからといって、街の中にいたという異国民が──」
「モルディムの民とは限らない。その通りです。ミニリグのことは、そのテのものに詳しい者なら誰でも知っておりますし、卵を得るのも難しくはあるけれど不可能ではない。なにもモルディム国だけに伝わる秘密の生物、というわけでもありませんしね」
ちゃんと本にも載っているというのだから、そうなのだろう。
「──あの虫は、わたしに狙いを定めたものだと、思いますか」
一瞬の躊躇の後、その問いを出したわたしの顔を、メルディさんは笑みを引っ込めた目でちらりと見た。
今度はそこに何かを見つけたかもしれないけれど、面白そうに笑ったりはせずに、首を捻って考えながら言葉を出した。
「この神ノ宮で、狙うとしたら、神獣、あるいは守護人でしょうね。それは確かに間違いありません。だって、大神官を一人や二人殺したところで、また変わり映えのない神官がすぐに成り上がる、というだけの話ですから。ねえ」
嫌味っぽいことを言って、にやっと口の端を吊り上げる。昨日わたしが大神官に言ったことの中身も、この密偵はもうすでに掴んでいるらしい。
「……ただねえ、昨日のあれが、守護さまお一人を狙ったものかどうかというと、かなり怪しいんじゃありませんかね。というのは、ミニリグというのはね、暗殺に使われることはあっても、かなり不確実な手段と言わざるを得ないんですよ。殺傷能力は高いですけど、なにしろ虫ですからね、殺す相手を見分けたり自分で判断したりすることは不可能なわけです。花に仕込んで標的に近づけたところで、ちょうどよくその相手が死ぬかどうかは、多分に時の運に左右される。だから実際に、暗殺に使われることは、そんなにはないんです。虫に頼るよりは、人間の手を使ったほうが、はるかに確実ですからね」
「そう……そうですね」
わたしも同意して、ゆっくりと頷いた。
たとえばあの花が、首尾よくこの部屋に持ち込まれたとしても、実際にわたしが刺されるかどうかは、相当曖昧だ。この神ノ宮での堅苦しさを考えたら、そもそも守護人の近くに花を置けるかどうかも不透明すぎる。
いや……やっぱり、違う。そうじゃない。
この世界の運命は、トウイに死の危険が降りかかるように廻る。
本当は、あの時虫に刺されるのは、サリナさんではなく、わたしでもなく、トウイのはずだった。トウイの近くに、たまたま、わたしがいた。だからハタ目には、サリナさんが「守護人の暗殺」に利用されたように映った。
けれど。
──街にいたという異国民は、実際、そんなことまでは考えていなかったんじゃないだろうか。
運命は人を操らない。人の心と動きが、そちら方面に進むだけ。廻る運命と、そこに関わる人の気持ちは、別のものとして考えなければ。
「彼らはただ、神ノ宮を混乱させたかっただけなのかも……」
わたしがそう呟くと、メルディさんが軽く手を叩いた。
「ええ、私もその意見に同感ですね。なにしろああいう虫ですから、神ノ宮の中に紛れ込ませるだけで、原因不明の死人が何人も出ていたかもしれない。そうなればもう、上を下への大きな騒ぎになっていたことでしょうよ。いえ、あの護衛官たちの働きがなければ、おそらく確実にそうなっていましたね」
それから、ぽつりと付け加えるように言った。
「あの三人は、思っていたよりけっこう優秀でしたねえ」
でしょう、でしょう。そうでしょう。
「……心なしか、自慢げなお顔されてません? 守護さま」
「気のせいでは?」
「…………。まあ、いいですけどね。正直、予想外でした。守護さまに言われて私が街に行ってみた時には、あちらはもういくつかの情報を手に入れていたようでしたから。後れを取ったとはいえ、なかなか侮れない迅速さですよ」
あの三人が密かになんらかの動きをしていると知って、何が起こっているのかメルディさんに調べてもらっていたのだ。でも結局、間に合わなかった。わたしがすべてを把握できたのは、大神官の説明を聞いてからだ。
あの短期間で、あれだけの成果を上げたハリスさんは有能だった。その指示を出したロウガさんもすごい。
……最後の最後で、ちゃんと危険を察知したトウイも。
「私も、異国民のことを耳にして、急いで神ノ宮に戻ったんですけどねえ。その時点で、もう事件は起こっていて、しかもあの三人の手で片付いておりましたよ。少々悔しいですね」
「意外と無能……」
「何か仰いました?! もっと時間があれば、私だってそのくらいは楽勝だったんですけどね?!」
ムキになって言い返してから、体勢を立て直し、こほんと咳払いをした。
「でも、そうです、結果として、この神ノ宮を救ったのはあの三人です。彼らを辞めさせようとするなんて、大神官には目がありません。もしも神ノ宮から追放されていたら、王ノ宮の密偵にしたかったところです。そうそう、あの若いのもね。私の尾行を気づいちゃうし、悪くないですよ」
口を曲げて唸っているが、感心する前に、自分の行動を反省してもらいたい。
「そう思うなら、もうトウイさんたちを尾け廻すのはやめてください。迷惑なので」
「そう言われても、こちらも仕事ですしねえ」
「護衛官さんたちは関係ないでしょう。王ノ宮だって、そんな情報までは欲しがってないんじゃないですか」
「まあ、そちらは半分以上、個人的な好奇心で。守護さまはどうやら、あの三人の護衛官に特別な思い入れがあるらしいので」
メルディさんはまったく悪びれなかった。これからもトウイたちのことまで嗅ぎまわるのを止めるつもりはないようだ。今後メルディさんが周囲をチョコマカするようなら、遠慮なく殴るか蹴るかしてもいい、と三人に言っておこう。
「──それで、守護さまはどうなさるおつもりで?」
話の軌道を戻して、メルディさんが窺うような目つきをした。
「…………」
少し黙ってその視線を受けてから、「どう、っていうと?」とまた同じ返答をすると、ちょっとイヤな顔をされた。
「またまたおとぼけになっちゃって」
「メルディさんほどとぼけてませんけど」
「何かされるおつもりなんじゃありませんか?」
「わたしが?」
きょとんとした顔をしたら、ますますイヤそうな顔になった。
「あまりヘタな行動はされないほうが、御身のためですよ」
「警告ですか?」
「忠告です」
「ご親切にどうも」
「守護さま、冗談ごとじゃありません。本当の話、あの場でもしも大神官を死なせて、守護さまが無罪放免、今まで通りの気楽な立場のままでいられるかというと、それはかなり楽観しすぎです。王ノ宮はそこまで甘くはありませんよ」
そうかもしれない。牢に放り込んだり、死罪にはしなくとも、守護人の自由をなくしてしまうことは出来る。王ノ宮は神ノ宮内のことに積極的に干渉はしないのが建前とはいえ、両者は完全に対等というわけでもない。
「わたしがどこかに軟禁でもされたら、メルディさんは退屈でしょうね」
「まったくです。不本意ながらせっかくこんなナリまでしてるのに。ただ番人をするだけのヒマなお役目なんて御免蒙りますよ」
自分の恰好を見下ろし、しみじみとした口調で言った。親切心から心配をしているわけではなく、メルディさんはどこまでも無責任な傍観者として、自分の仕事を楽しみたいのであるらしい。変わった人だ。
「大神官さんに剣を突きつけるような真似は、もうしません」
「そう願いたいものです」
「もちろんです。だからメルディさんも安心して、自分のお仕事に真面目に勤しんでください。とりあえず、飲み物をお願いします。甘くて冷たいのがいいです」
わたしがそう言うと、メルディさんは驚いたように目を見開いた。
「私がですか?」
「侍女の仕事ですよね? メルディさんによく似合ってます、その衣装」
「…………」
可愛くない……と、メルディさんの形の良い唇が動いた。声には出なくてもよく判る。さすが密偵。
「……承知いたしました、守護さま。苦くて温かい飲み物をお持ちいたしましょう」
意地の悪いことを言って、メルディさんはつんと顎を上げると、くるっと踵を返した。
むっとした顔をしていても美人だけど、やっぱりトウイはちょっと趣味が悪いなあ、と、その後ろ姿を眺めながら思う。
男だし。
***
メルディさんは、本当に苦いホットの飲み物を持ってきた。
あまりの苦さに、思わず口を歪めてしまったわたしを見て、「薬湯ですから、疲れた時にはピッタリですよ」とコロコロ笑う。
「ミーシアさんが昨夜からずっと心配してましたからね。まあ、いろいろと頭を廻すことが出来るだけ元気になったのでしたら、なによりです。くれぐれも、軽率な行動はしないでくださいね」
それだけ言って、また部屋を出て行った。
「…………」
一人になった室内は静かだ。わたしはカップを持った自分の手に、目を落とした。
土汚れはすべて洗い流し、削れた爪はミーシアさんが丁寧に手当てをしてくれた。じんじんとした痛みはもう消えて、先のほうが赤くなっているのが見て取れるくらい。
──せめてこの赤味が、残っているうちに。
なんとか我慢して全部飲みきってから、立ち上がった。身体が中からポカポカするから、薬湯というのはウソではないのだろう。
ドアを開けると、部屋の前に立っていたトウイが、わたしの顔を見てちょっとほっとしたように表情を緩めた。
……朝のわたしは、そんなに血色が悪かったのかな。
「大神官さんの部屋はどこでしょう」
長い付き合いだけど、わたしはそれがどこにあるのか知らない。今まで一度として知りたいとも思わなかったし、それを知る必要もなかったからだ。
わたしの言葉に、トウイはぎょっとした顔になった。
「大神官様のお部屋ですか」
「はい」
「あの……何のために」
ものすごく警戒心を露わにして問いかけてくる。トウイまで、人をイジメっ子のような目で見るのやめてよ。
「なんか、寝込んでいると聞いたので」
「誰のせいだと……」
「何か言いました?」
「いえ何も。でもその、ひょっとして、大神官様のお部屋に行かれるつもりですか、守護さま」
「だから聞いてるんですけど」
「……おやめになったほうが。年寄りだしこれ以上体調が悪化するとちょっと」
「もごもご言ってないで、案内してください」
「……は」
かなり渋々というように、トウイは頭を下げ、「こちらです」と身体の向きを変えた。
大神官はわたしを見て、飛び上がらんばかりに驚いた。というか、本当にがばっと跳ね起きて、勢いよく壁際まで飛び退った。
「なななっ、何をしにいらした、守護さまっ」
寝間着姿のまま、広くてふかふかのベッドの上の、隅っこに寄って縮こまる。枕を抱きしめてぶるぶると震え、あからさまに怯える様子は、さながら小動物のようだった。可愛くはない。
「調子が悪いと聞いたので、お見舞いに」
「誰のせいだと思われる!」
誰もかれも、わたしのせいみたいに。
「思ったより元気そうで安心しました。それだけ大声を出せれば、まだあと百年くらい生きられそうです」
「今度こそ、私にトドメを刺すおつもりか?!」
「楽しい冗談ですね。剣は部屋に置いてきました。ほら」
くるりと一回転して、腰に何も差さってはいないことを見せると、大神官はようやくほんの少しだけ安心したように息を吐いた。それでもまだビクビクとわたしを見て、ベッドの端に寄ったまま、こちらに近づいて来ようという様子はカケラもない。
「昨日のことを謝ろうと思って。ごめんなさい、もうあんなことはしません」
ぺこりと頭を下げる。わたしを見る大神官の目は、猜疑心でいっぱいだ。
「ほ、本当に」
「たぶん」
「たぶん?!」
悲鳴のような叫び声を聞き流して、顔を巡らせ、ぐるりと部屋の中を見回す。
広い室内、豪華な調度品、煌びやかな装飾。はじめて足を踏み入れたけれど、贅沢すぎるくらいの私室だった。部屋の前には警護が二人。これも他の神官にはない、特別待遇だ。神ノ宮の最高責任者だけあって、大神官の地位というものは、一度就いてしまうとそう簡単には降りたくならないものだろう、という想像くらいはつく。
「大神官さん、ちょっとお話ししませんか。今度は、平和的に」
顔を戻し、大神官を正面から向いてそう言うと、彼は少し泣きそうな顔になった。
しばらくしてからその部屋を出ると、トウイが心配そうな顔で待っていた。
「大神官さんは、これからもう少し眠るそうです。誰が来ても起こさないで欲しい、と言ってました」
ドアの前に立つ警護の人に告げると、不得要領の顔つきで、はあ、と返された。事の次第をまったく知らない彼らからすると、守護人がこんなところに何の用事だったのかと、不思議でしょうがないのだろう。
なのに知っているトウイは、その二人よりもさらに疑い深かった。
つつつと近寄ってきて、こそっと潜めた声で念を押す。
「守護さま、まさか早まったことをされてませんよね?」
早まったことってなに。トドメを刺したとでも? 人聞きの悪い。
「ちゃんと生きてますよ。ちょっと疲れた、って言っていただけです」
話が終わると、一気に老けたようにゲッソリしていたからね。もしかしたら、五年くらいは寿命が縮まったかもしれない。
……でも、しっかり言質は取った。
「トウイさん、これから詰所に行って、ロウガさんとハリスさんを呼んできて欲しいんですけど」
「は?」
トウイがぽかんとして問い返す。
「急いでください。わたしも手早く準備します」
「準備?」
意味が判らない、という調子で繰り返すトウイに背中を向けて、わたしはさっさと自分の私室に戻るために足を動かしはじめた。
***
少しして、三人が揃ってわたしの部屋の前に並んだ。
彼らの顔を見渡して、うん、と頷く。トウイ、ロウガさん、ハリスさんは、その場に立ったわたしの姿を見て、唖然としたように目と口を丸くした。
「守護さま……なんですか、そのカバン」
「どうして髪をそんな風に布で巻いておられるんです」
「マントまで羽織って……それじゃあ、まるで」
「さあ行きましょうか」
矢のように降ってくる疑問を頭の上で通過させてそう言うと、三人はますます大きく目を見開いた。
「な……い、行くって、どこに」
「神ノ宮の外へ」
しゃらっと答えると、「はあ?!」という大きな声が、それぞれの口から一斉に飛び出した。
ロウガさんは石になり、ハリスさんは手で顔を押さえ、トウイに至ってはその場に卒倒しそうになっている。
「街へ行きます。あ、そうだ、神ノ宮より一歩外に出たら、その瞬間から、わたしを『守護さま』と呼ぶのは厳禁ですよ」
硬直している三人に向かって、わたしは言った。
「椎名、と呼んでください」