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1.無明の闇



「殺してあげればよかったのに」

 神獣はニコニコしながらそう言った。



 ──あの後、サリナさんの遺体はすぐに神ノ宮の外へと運ばれ、火葬されたらしい。

 通常、ニーヴァでは人が死ぬと土葬され、弔われる。けれど、身体の中に毒を入れて亡くなった人は、特例としてすぐに火葬されると決まっているのだそうだ。そのまま葬って、大地に穢れが移り広まることがあってはいけない、という考えなのだという。

 そして遺体が焼かれても、サリナさんは神ノ宮に戻ることは許されなかった。大神官の命により、その遺骨は故郷の両親が引き取りに来るまで、火葬場の中の小さな堂に置かれることになったのだ。毒に蝕まれて亡くなったサリナさんを、骨になってさえ、神ノ宮は受け入れることを厭い、拒んだ。

 土葬されることが普通のこの国において、火葬場はもっぱら、病気になった家畜などを焼却されるために使用される。そんな場所で焼かれて、粗末な木の箱に収められたサリナさんは、ずっと一人ぼっちで迎えを待たなければならない。報せを聞いて、驚いて駆けつけてくるサリナさんの両親は、どれほどつらく、惨めな気持ちで、娘の遺骨を抱くのだろう。

 サリナさんの死は不浄のものとして口にすることも禁じられ、ミーシアさんをはじめとした侍女の人たちはみんな、火葬場の方向を向いて涙を流し、同僚の哀れな死をそっと悼むことしか出来なかった。

 わたしは、サリナさんの遺体から引き離されると、すぐにお風呂場へと連れて行かれた。そして数人がかりで全身を洗われ、流され、痛いほどにこすられた。着ていた衣服はスニーカー以外、すべて捨てられた。それも、大神官の命令だった。

 いつもは入浴時に侍女の人たちがくっついてくることを断固として拒否していたわたしは、この時はされるがまま、お湯に浸けられ、泡立てられ、磨かれていた。右手を上げてと言われればそうして、目を閉じてと言われればそうした。手から、顔から、身体のあちこちから、サリナさんという存在が削ぎ落されていくのを、空っぽな心のまま、ただ眺めていた。

 何も考えられない。

 何も、考えたくなかった。



 入浴を終えて、新しく用意された衣服に着替えると、すぐに神獣のいる最奥の間へ向かうように言われた。

 一日三回、食事の前に必ず行かなければならないその場所へ急き立てられる。たとえ何があろうと、わたしがどんな状態だろうと、神ノ宮内で人が死のうと、大神官や神官にとっては、神獣の機嫌を損ねることに比べたら、大した問題ではないのだろう。とにかく、守護人は決められた時間に神獣の許へ行く。それが決まりで、それが務めだからと、まるで背中を突き飛ばすような勢いで、わたしは彼らによって最奥の間の中へと追いやられた。

 いつものように真ん丸の椅子に沈むようにして座っていた神獣は、部屋に入ったわたしの顔を見るなり、

「殺してあげればよかったのに」

 と、ニコニコしながら言った。

「神獣の剣で一突き、それだけでよかったのに。そうしていれば、サリナは幸せに死んでいけたじゃないか。キミがサリナを殺す、その邪魔をしたものは、一体なんだったの? 何がキミに、その行動を踏みとどまらせた? 良心? 道徳? 罪悪感? それとも、この手を人の血で汚したくはないという利己主義かな? 可哀想だなあ。サリナはキミをまるで天女のように崇めていたのに、そんなつまらないもののために裏切られてしまった。どれほどの深い絶望を抱いて、彼女は死んでいったんだろうね?」

 神獣はそう言って、虚ろな表情のわたしを見据え、黄金色の瞳を三日月の形にした。

「キミが真実優しさというものをもって、サリナのことを考えてやったのなら、彼女の望みどおり、あの時あの場で、苦しみもがく彼女を殺してあげるべきだった。そうしなきゃいけなかった。それで間違いなく、サリナは救われたんだからね。それなのにキミは、あくまでもキミ自身のほうを優先させて、その望みを振り払った。そんなキミに、サリナの死を悲しむ資格はない。そうは思わないかい?」

「…………」

 わたしは無言で、腰につけた神獣の剣に視線を落とした。


 この剣を振るうのを躊躇したわたしに──その手立てがあったにもかかわらず、救ってあげることが出来なかったわたしに、サリナさんの死を悲しむ資格はない。


「でも、よかったじゃないか」

 明るい声で、神獣が言った。

「サリナは死んだけれど、トウイは死ななかった。キミがあの時トウイの腕を掴んで引き留めなければ、死んでいたのはトウイのほうだったよ。キミはサリナを見捨て、トウイを助けた。サリナという犠牲を払い、トウイの命を救った。それは、ゲームのプレーヤーとして、とても正しい判断だった」

 ニコッと笑い、もう一度繰り返した。

「よかったね」

「…………」

 下唇を強く噛みしめる。視線の先にある、床についた足が、ちいさく震えていた。

「安心しなよ、誰も、キミを責めることなんてしやしないさ。娘を見殺しにされ、家畜と同じ扱いで身体を焼かれ、二度と神ノ宮の敷地内に立ち入ることも許されず、早く引き取ってくれといわんばかりに骨と灰を突っ返されても、サリナの両親はキミに頭を下げるだろう。最期まで看取ってくれてありがとう、とね。それが、胸が悪くなるような偽善だと知っていてもね。せっかく神ノ宮の侍女という職を得た自慢の娘が、キミのせいで、こんな変わり果てた姿になったと判っていてもね」

 誰一人、キミを責めない、と神獣は楽しそうに続けた。

 そして、にっこり笑って言った。


「心優しいボクの守護人、さあ、次は誰を不幸にする?」


「……わたしは」

 喉が詰まって、声が出ない。反論したくても、どう反論すればいいのか判らなかった。

 ああそうだ、と思いついたように、神獣が無邪気にも聞こえる声を上げた。

「いいことを教えてあげる、ボクの守護人。……どうすれば、確実にこのゲームに勝てるか」

 どうすれば、確実にトウイが生き延びることが出来るか。

 弾かれたように顔を上げたわたしに、神獣は今度は、瞳だけでなく唇も三日月形にした。

「トウイを殺すのは、みんな人間だ、と言ったろう? 人の欲、人の気持ち、人の心。人の愚かさ浅ましさ貪欲さが、トウイの死へと通じる道を作り出す。……だったら」

 にい、と笑みを深めた。

 無感情で酷薄な視線が刺さる。

「トウイ以外の人間が、みーんな死んでしまえばいい。この世界に残る人間が、キミとトウイだけになったら、間違いなくゲームはキミの勝ちだ」

 あはははは! と愉快そうに神獣が笑った。

 わたしは無言で踵を返した。真っ白なドアの取っ手に手をかける。背後から追ってくる笑い声から逃げるように、部屋から出た。

 今は神獣の毒をやり過ごせない。足がふらついて、吐きそうだ。

 口許に持っていった自分の手の小ささに、気が遠くなりそうになった。



          ***



 最奥の間から出て、ふらふらと進んだ足を、ぴたりと止めた。

 普段その部屋から出ると、トウイが、ロウガさんが、ハリスさんが、彼らのうちの誰か一人が待っている場所に、違う護衛官が立っている。

 わたしは凍りついた。

「……あの三人は、どうしました」

 自分の口から出てきた声は、低くしゃがれていた。ハリスさんくらいの年齢の、けれど外見はほとんど共通点のない大柄で強面の護衛官が、緊張したようにぴしりと姿勢を正す。

「は、あの、私はただ今、臨時で守護さまの護衛をさせていただいている者です。新しい守護人の護衛官は、正式に決定次第、お伝えいたし」

「新しい護衛官?」

 鋭い反芻の声が、しんと静まり返った白い廊下に響きわたる。見慣れない護衛官と、最奥の間の前に立つ警護の二人が、同時に身じろぎした。

「誰がそんなことを決めたんです」

「だ、大神官様からのご命令で……今までの三人は、守護人の護衛官の任を解かれ、新しく選ぶことになると」

 任を、解かれる?

「三人は、今どこに?」

「は、いえ、その……げ、現在、大神官様に、直接、事の成り行きの説明を」

「すると、説明を聞く前に、まずさっさと護衛官の解任をしたと?」

「あ、あの、守護さまを危険に晒した責任をとるように、と……」

「バカなことを」

 吐き捨てるようなわたしの言葉に、護衛官が思わずというように一歩後ずさった。

 顔を上げて、真っ向から彼と視線を合わせる。

「どこにいるんですか。案内してください」

「い……いえ、でも、それは」

「案内してください! 今すぐ!」

 叩きつけるように言うと、護衛官は慌てて「は……はっ!」と返事をし、頭を深々と下げた。




 その部屋のドアを乱暴に開け、ずかずかと入ってきたわたしを見て、大神官とその後ろに控えていた数人の神官たちが、一斉に驚いたように目を見開いた。

 彼の前には、トウイ、ロウガさん、ハリスさんの三人が跪いている。彼らも、わたしを振り返り、揃ってぎょっとしたような顔をした。

「守護さま……いかがなされました」

「いかがもへったくれもありません。この三人を解任したと?」

 膝をついている三人の前に立ち、大神官と向かい合う。大神官は苦々しい顔をしかけて、それから取り繕うように、顔に白々しい笑みを乗せた。

「無論です。この者たちは、護衛官としての務めを果たせなかったのですから。いいえ、守護さまがお気になさる必要はございません。すぐに新しい護衛官をお付けして」

「何を言っているのか意味がわかりませんね。わたしはこの通り、ピンピンしています。この三人は、ちゃんとわたしを護ってくれました」

「いいえ、神ノ宮の中に、あのような危険な毒を持った虫の侵入を許し、なおかつ守護さまを穢れに近づけさせたということが、そもそも護衛官としての失態だということなのですよ、守護さま。あの場では、護衛官たちは、なんとしてでも真っ先に守護さまをそこからお離しし、あの侍女を毒虫もろとも、さっさと神ノ宮の外に放り出さねばならなかったのです」

「放り出す?」

 信じられない思いで、聞き返した。


 神ノ宮の外に、放り出す?

 あの状態のサリナさんを、すぐに神ノ宮から追いやって捨ててしまうべきだったと、そう言ってるの?

 塵や芥のように?


「その上、聞いてみれば、命令違反も甚だしい。無断の外出、外泊、上官に許可を得ないままの調査活動など、まったく言語道断というもの。直ちにこの神ノ宮から出て行かせるのが──」

「調査活動?」

 眉を寄せるわたしに、憤然とした様子の大神官が、三人から聞き取った内容を大雑把にざっと説明した。

 街で怪しい情報を耳にしてからの、トウイが抱いた不安、ロウガさんが下した決断、ハリスさんがとった行動。

 わたしはそれを黙って聞いてから、改めて口を開いた。

「その場合問題は、護衛官からの報告を聞き流した、上官の人と神官の人にあるとしか思えませんけど。彼らの事なかれ主義に危機感を覚えて動いてくれたこの人たちがいるからこそ、ミニリグの被害が神ノ宮全体に及ばずに済んだんでしょう。特別ボーナスを出すようなお手柄になりこそすれ、罪に問うところがどこにあるっていうんです」

 わたしの言葉に、大神官は子供をあやすようなしたり顔で、首を横に振った。

「それは詭弁というものです、守護さま」

 なにが詭弁だ。わたしはごく当然のことしか言ってない。

「護衛官は、警察ではありません。この神ノ宮をしっかり護るのが仕事です。街に異国民がうろついていようと、その者たちがどんな企みを持っていようと、神ノ宮の外に出てそれを調べる必要などない。大体、きちんと職務を全うしておりさえすれば、このような騒ぎになることもなかったのです。今度のことでは、他の護衛官、警護の者たちにも厳重に注意をせねば。普段の護りを疎かにして、それで事が起これば上官のせい、神官のせいとは、なんたる怠慢な言い草か」

「…………」

 真っ黒で凶暴な何かが、むくりと胸のうちで鎌首をもたげた。

 そうか。頭の固い大神官は、結局やっぱり、この件をまったく理解してはいないのだ。けれど、誰かに責任を被せなければ気が済まない。そしてその対象は、階級の高い上官や神官ではなく、護衛官にしておいたほうが面倒がなくていい、というだけのこと。

 三人の首を切ったら、これで終わったとばかりに、街の異国民たちのことも毒虫のことも、忘れてしまうのだろう。それで神ノ宮の平穏と秩序が守られると本気で思っている。サリナさんのことだって、もう大神官の頭にはほとんど残っていないのかもしれない。

 その程度にしか、考えていない。


 だったら、サリナさんの死は一体なんだったのか。


「それに、あの年少の護衛官に至っては、私の命令に背いたばかりか、神官に剣を向けたのですぞ。なんと無礼極まりない──あの者については、別に処罰する必要があります」

「わたしがそう頼んだからです。それに、鞘からは抜いていない」

「護衛官は、守護さまの命令よりも、この私からの直の命令のほうを、なにより優先して従うものと決められております。その決まりを順守しない人間が、神ノ宮に仕える資格はありません」

「そのくだらない決まりのために、神ノ宮が滅んでもですか」

 わたしの言葉に、大神官が目を剥いた。それから両の眉を吊り上げる。

「いくら守護さまとはいえ、その暴言、聞き流せませんぞ! 神ノ宮はすべてにおいて規律に従うのが定め。それでこそ調和が保たれ、神獣が心健やかにお過ごしいただける場所たり得るというもの。神獣がおられる限り、神ノ宮が滅びるなど、未来永劫あり得ませぬ」

「──くだらない」

 ぼそりと呟くように言うと、大神官の顔色が変わった。

 ずい、と一歩詰め寄ってくる。

「守護さま、この際だから申し上げるが」

「あれで終わりだと信じてるんですか。毒虫は燃やしたから、もう何も起きないだろうと? 侍女が一人死んで、この三人をクビにして、あとは調べもせずに放置して、さあ神ノ宮は安全だとなんの根拠もなく言いきるそのバカみたいなおめでたさは、どこから湧いて出るんですか」

 淡々と言葉を継ぎながら、お腹の中で、さっきの得体の知れない何かが熱を持ち、成長しはじめていくのを感じていた。それでもなぜか、頭のほうはすうっと冷めていく一方だ。

 今の自分は、きっと能面のような無表情を浮かべているのだろう。

 視界がだんだん、白く染まっていく。

 真っ白な最奥の間──あの色は、人の狂気を引き出す色。

 サリナさんの死に顔が浮かぶ。わたしに向けられた、絶望に満ちた瞳を思い出す。すくってください、という悲痛な声が耳に甦る。わたしはあの人を、救えなかった。白い花を差しだし、頬を染めたあの人の信頼を踏みにじり、トウイの命を助けるためにあの人の命を犠牲にした。

 この神ノ宮の中で、ただ一つの月だと言ってくれた、あの人を。

 神獣の声が、がんがんと頭の中で反響している。

 わたしはもしかしたら、あの時本当にそう思ったのかもしれない。死んだのはサリナさん。トウイじゃない。


 ──よかった(・・・・)、と。


 大神官が口を大きく開けて怒鳴っている。何を興奮しているのか。その声が近くなり、遠くなる。映像を見ているみたいで、現実感がない。でも、意識ははっきりしている。そう、これ以上ないほどに。

 勝手に右手が動いた。

「守護さま、いい加減になされよ! わかってらっしゃるのか、あなたはただの異世界よりの客人、この神ノ宮のことにあれこれ口を出される権限などありはしない! 人々に敬われるのは神獣がおられるからで、あなた自身には何の力もないということを自覚なさるがよろしい! 神ノ宮から一歩出れば、あなたなど街の子供よりも役には立たぬのだ、ご自分の立場を弁え、大人しく黙っておられよ!」

「黙るのはあなたです、大神官」

 その言葉を出すと同時に、するりと鞘から剣を抜いた。

 誰にも警戒させる隙を与えない流れるような動きで、一瞬のうちに、大神官の喉元に刃先を突きつけて止める。

「ひっ……!」

 大神官が蒼白になり、その背後にいた神官たちが立ち竦む。わたしの後ろで、トウイたちが息を呑んだのが判った。

「な、なにを、守護」

「わかっていないのも、あなたです。大神官」

 ゆっくりと言って、唇の片端を上げる。大神官の不格好に飛び出した喉仏が上下するのを、まるで他人事のように眺めた。

 皺の目立つ、細い首。剣闘訓練の時にトウイに持たせた木製の鞘よりもずっと容易く、真っ二つに出来そうだ。

 今さら、何とも思わない。人の血も、自分の手が赤く染まることも。

「そうです、わたしは確かにただの異世界人。なんの力もありません。……でもね」

 刃の切っ先で、大神官の首を薄っすらとなぞるように動かす。滝のように噴き出した汗が、大神官の歪んだ顔の上をカーブを描いて滴り落ちていった。

「でも、神獣が認めている以上、わたしはこの世界で唯一の守護人なんです」

 否も応もない。わたしがこの世界において、ただ一人の守護人。それが現実だ。その名の本当の意味を知っている人間が、わたし以外にいなくとも。

「わたしの他に守護人はいない。わたしの代わりはいない。……でも、大神官の代わりは、いくらでも、いるんですよ」

 静かな声でそう言うと、恐怖の表情を浮かべた大神官の全身が、ガタガタととめどなく震えだした。

「ここでわたしがあなたの首を刎ねたら、わたしはどうなりますか? いいえ、どうもなりませんよ、別にね。カイラック王は、わたしを牢に入れたり、ましてや死罪にしたりもしません、決して。だって、守護人は一人しかいないんですから。わたしがいなくなれば困るのはカイラック王、そして王ノ宮、それからこの神ノ宮。だから誰もわたしを捕まえない。神獣も、わたしを咎めたりしない」

 むしろ、手を叩いて大喜びするだろう。

「つまり、今の大神官が死んで、新たに他の神官がその地位に就く、くらいの変化しか起こらないということです。誰が大神官になってもさして変わりはない。あなたがいなくなったって、特に問題はない。……そのこと、今まで気づきもしなかったんですか?」

 どこまでも呑気ですね、と小さな声で言うと、汗みどろの大神官が口を開けたり閉じたりして、必死に何かを言おうとした。

 それを見て、ああ、サリナさんも死ぬ間際、何かを言おうとしていたな、と氷のようになった頭の片隅で考えた。


 死にゆくトウイも、毎回のように、何かを言おうとする。

 でも、その言葉はわたしには届かない。

 恨みの声でも、怒りの声でも、責め苛む声でもいい。なんでもいいから聞きたいのに。

 どうやっても、聞こえない。


「しゅ、守護、さま……」

 目の前にいるのは、ちっぽけな怯える老人。

 最初のトウイを殺した。いつもいつも、邪魔にしかならない。今回また、トウイが生きる道の障壁として、わたしの前に立ち塞がる。

 簡単なこと、どうして今まで思いつかなかった?

 だったら、もっと早く、取り除いて(・・・・・)しまえばよかった。

「気、気が触れられたか……!」

「──そうかもしれないですね」

 冷たく言って、柄を握る手に力を込めた。



 トウイ以外の人間が、みーんな死んでしまえばいい。

 この世界に残る人間が、キミとトウイだけになったら、間違いなくゲームはキミの勝ちだ。



 ……所詮、この世界は、神が退屈をまぎらすための箱庭。




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