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3.距離



 その夜、ロウガさんの部屋に呼ばれた。

「例の件だが」

 相変わらず唐突で短い切り出し方だが、その一言に、まっすぐ立っていた俺はぐっと身を乗り出した。例の件、といえば思い当たることは一つしかない。あれから何か変化があったのか。それとも、ようやく上官や神官も危機意識を持ってくれて、なんらかの指示が出たのか。

「ハリスに、急病になってもらうことにした」

「は?」

 前置きとその言葉との繋がりがまったく判らず、ぽかんとしてしまう。

 ハリスさんがどうしたって? あの人なら、今も食堂で、仲間を相手に女の話に花を咲かせているところだけど。

 ロウガさんは、俺の顔を見て、ごく小さなため息をついた。ちょいちょいと指を動かし「もっと近くに寄れ」という合図をする。ロウガさんがこういう仕草をするのは珍しい。

 すぐ近くに立った俺に顔を寄せて、声の音量を下げた。

「……ハリスに、街に探りに出てもらう」

 耳打ちされた内容に、俺はえっと驚いてロウガさんの顔を見返した。いつもと同じ、睨みつけられたら誰もが震えあがってしまうような強面だが、そこにはほんのちょっとだけ、バツの悪そうな色が乗っている。

 たとえるならそれは、護衛官の誰かが詰所内にいかがわしい本を持ち込んだのを見つけてしまい、本来なら規則違反だから取り上げなければならないのだが、ちょっと眉を顰めたただけでわざとらしく目を逸らして外の景色を眺めるふりをし、こっそり手だけ振って「早く行け」と無言で促す時のような、そんな顔だった。


 ──つまり、規則を頑なに守り通すことを是とするロウガさんが、自分のその信条に一旦蓋をし、やむを得ないという苦渋の決断をもって、別の何かを優先させようとする時の顔だ。


「俺もこの件については、はっきりさせないと落ち着かない」

 ロウガさんも、やっぱり俺と同じで、詳細が知りたいとじりじりした気分でいた、ということか。だよなあ。怪しい情報の断片だけを耳に入れたままそれっきり放置、というのは、ロウガさんの性分からしたって我慢ならないことのはず。

「というと、上官に許可を」

「貰おうと思って何度か掛け合ってはみたが、聞き入れられなかった。普段通り神ノ宮を護っていれば問題など起こりようがない、という考えらしい」

 ロウガさんの顔と声に、その考えに対する不満は見えなかったが、「らしい」というところに隠し切れないものがちらりと覗いていた。あくまでそれは上官の考えで、ロウガさん自身はそれには賛同できない、ということだ。

 要するに上官も、この神ノ宮に異変なんてあるはずがない、と思っているのだろう。護衛官や警護の仕事を実際にしたことがなく、ほとんど現場にも出てこない、階級だけでその地位に就いただけの上官は、根本的に神官たちと何も変わりがない。

「だが、事が起こってからでは遅い。俺はそう思う。かといって、上官の意向を無視して、大っぴらに誰かを調べにやらせることは出来ない」

 大っぴらに、という部分を強調してから、ごほんと咳払いをした。


「……だから上官には秘密裏に、調べることにした」


 ロウガさんは苦々しい表情をしているが、その決断に、俺は、よっしゃ! と力強く拳を握りしめ、目を輝かせた。さすがロウガさん、そうこなくっちゃな。

「俺行きます、俺に行かせてください!」

 張り切って手を挙げて志願し、軽く頭を叩かれる。

「静かにしろ、トウイ。ハリスに行ってもらう、と言っただろう」

 ええー、と唇を突きだす俺に、ロウガさんがやれやれといった様子でため息をついた。

「そもそもこの情報をもたらしてくれたのが、ハリスと懇意の店の主人なんだろう?」

 ものすごい美人で、胸が大きくて、色気もあるけど、かなり怖い女性です、ということも付け加えたほうがいいだろうか。

「だったらもっと詳しく話を聞くためにも、ハリスがいちばんの適任だ。それにその異国民たちは、どこにどんな風に潜んでいるかも判らない。だが、こちらが嗅ぎまわっていることはあちらに知られたくない。ハリスは周囲の空気に馴染むのが上手だから、どんな場所でも神ノ宮の人間だということも容易に隠しおおせるだろう」

「あ、なるほど……」

 目的が目的だけに、「神ノ宮の護衛官、あるいは警護です」という札をぶら下げているような厳つい体格の男たちは、この任務に向いていない。その点でロウガさんは不適格。俺はこの年齢と見かけで護衛官だと思われることはまずないが、飲み屋に一人でいたりしたら逆に浮きすぎて目立ってしまう。

 ハリスさんなら、制服を着ていなければ護衛官には見えないし、堅苦しい雰囲気が一切ないからどこにいても隠密行動をしているようには思われない。仕事を忘れて楽しく遊んでしまう可能性も否定しきれないけど。

「とりあえず、二日だ」

 声を潜め、ロウガさんは指を二本立てた。

「二日の間、ハリスに街に出てもらうことにした。短い時間だが、可能な限り情報を集めてもらう。表向きは、その間、病気で詰所の部屋の中にこもっていることにする」

「ハリスさんと一緒に、俺も……」

「お前とハリスがいなくなったら、守護人の護衛は誰が務めるんだ?」

「……そうですね」

「忘れるな、トウイ。これは極秘事項だ。上官はもちろん、他の護衛官たちにも知られないように動く。ごく一部の人間には事情を話すが、お前も誰かに何かを訊かれたら、知らぬ存ぜぬで押し通せ。もしも露見したら、俺がすべての責を負う」

「…………」

 厳しい視線と、厳しい口調に、俺も表情を引き締めた。ロウガさんは、これが上官や神官に知られて問題となった場合のことも考慮して、俺にこの話をしているのだ。

 上官の命令違反に、独断での調査活動。許可を得ないままの神ノ宮からの外出外泊。どれか一つをとっても、表沙汰になったらロウガさんはすぐさま護衛官としての職を失う。やろうとしているのは、そういうことだ。

 きっと、二日という期間が、なんとか他の人間を誤魔化せそうで、なおかつ、ロウガさんの真面目一徹な良心を抑えつけていられる、ギリギリの線ということなんだろう。

「──承知しました」

 胸に片手を当て、神妙に言った。

「守護人の護衛も俺とお前の二人だけでこなすことになるから、少し厳しいかもしれんが、頑張ってくれ」

「もちろんです。……でも、あの」

 少しだけ言葉を濁すと、ロウガさんがわずかに首を傾げた。

「守護人にも、このことは言わないんです、よね?」

「無論だ。ハリスは体調不良、もし問われても、そう返答しろ。守護人と大神官には、俺のほうから事前にそう説明して、了承をもらっておく」

「はい」

 返事はしたものの、今ひとつスッキリしない。いや大神官は問題ない、そう言えばすぐに納得するだろう。もともと俺たちのことを個別に覚えているかどうかも定かじゃないくらいだから、言われなければ守護人の護衛官が一人減っていると気づくことすらなさそうだ。

 でも──守護人は。

 果たして、その言葉を額面通りに受け取るだろうか。あの少女は態度こそ淡々としているが、決して周囲のすべてに無関心というわけではない。俺の左腕の怪我だって、あっという間に看破したくらいだ。

「あの……ロウガさん」

 迷ってから口を開いた。

「守護人には、本当のところを説明したほうがいいんじゃないでしょうか」

 俺がそう言うと、ロウガさんは驚いたように目を見開いた。そんな提案をされること自体が、信じられないようだった。

「なぜだ?」

「なぜ、って……」

 そう正面切って問い返されても、俺にだって筋の通った理由があるわけじゃない。うろたえて、言葉の接ぎ穂を探す。

 ただ、なんとなく。


 彼女の目から「事実」を覆って隠すという行為が、ひどく後ろめたい気がする──それだけなんだ。


「トウイ」

 ロウガさんが、諌めるような声を出した。口調は強めだが、こちらを見据える瞳には、どこか穏やかな光がある。

「お前の考えていることは判らないでもない。タネルの件では、あの守護人に救われたも同然だからな。それに彼女なら、あるいは、事の次第を知っても理解を示してくれるかもしれない」

 その言葉からは、以前のような警戒心は感じられなかった。

「だったら」

「しかし、忘れるな。あの少女はただの少女ではなく、『神獣の守護人』だ。気安く言葉を交わすことを許されているとはいえ、本来なら俺たちなどは口をきくことも出来ない存在なんだ。そういう相手に、こちらの感情や事情を押しつけるような真似をしてはいけない。まだ詳しいことは何も判っていない情報を守護人の耳に入れて、振り回すようなことをしては駄目だ。守護人に、何の不安も心配もなく心安らかに過ごしてもらうようにするのが、俺たちの仕事なんだから」

「…………」

 きっぱりと言い渡されて、口を噤むしかなかった。

 咄嗟に頭を過ぎったのは、タネルさんの憤怒に染まる顔だ。

 考えなしの浅はかな言動は、のちに取り返しのつかない結果を引き起こすこともある。俺はそれを、学んだんじゃなかったか。

「──わかりました。余計なことを言って、すみません」

 そう言って、頭を下げた。



          ***



「ハリスさんは、どうしましたか」

 案の定、翌日になって顔を合わせた途端、守護人に質問された。

 まごついたところを見せないように、俺は表面上精一杯落ち着き払った態度をとるよう心掛けた。俺だって護衛官の端くれなんだから、それくらいのことは出来る。出来る、はず。たぶん。

「申し訳ありません、急病で」

「それはロウガさんから聞きました」

 落ち着こうと思いながら出した俺の返事よりも、数段落ち着いた声で返された。背中にじっとり冷や汗をかく。ロウガさんに聞いたんだったら、どうして俺にその質問をするんだよ。

「昨日までは元気でしたよね」

「夜になって、いきなり頭が痛いと言いだして」

「ロウガさんは腹痛だと言ってましたが」

「あっ、そうそう、そうでした、腹が痛いと言いだして」

「ウソです。寝込んでいるとしか聞いていません」

「…………」

 ハメられたーー!

 背中だけだった汗が、額にも浮かぶ。絶対、半分以上バレてるよな、これ。きっとロウガさんから話を聞いた時点で不審を覚えて、でもロウガさんを問い詰めても無駄だと踏んで俺を待ち構えていたんだろう。ハリスさんが「何もかもを見通すような目」と評した黒々とした瞳がこちらに向けられ、肝が冷える。

「何か、ありましたか」

「…………」

 ぴんと張りつめた声で問われ、俺は身じろぎできなくなった。


 ──いっそ、本当のことを言ったほうが。


 心が揺れる。喉元まで衝動が突き上げた。

 街に怪しい異国民が複数入り込んでいるという情報を聞いて、上官に報告したが、神官までいったところで話が止まってしまった。だから護衛官の単独の判断で潜入調査を行っている。

 神官や大神官に知られたらただでは済まない、間違いなく大きな罰が下されるその事実を話しても、この守護人は騒ぎ立てたりはしないだろう。むしろロウガさんが言ったように、理解を示してくれるかもしれない。もっとちゃんと調べることが出来るように、大神官に話を通してくれるのかもしれない。根拠はないけど、そう思う。直接言葉を交わしたことはそんなにあるわけじゃないし、何を考えてるのかだって判らないままだけど、今までの彼女をすぐ間近で見てきて、そう思う。

 でも俺は、「実は」という言葉が滑り落ちる寸でのところで、強引に飲み下した。


 ……それは「護衛官として」、やってはいけないことだ。


 強く拳を握った。

「──申し訳ありません」

 それだけ言って、深々と頭を下げる。

 守護人は、何も言わなかった。ただ、じっと、俺の前に立ったまま、身動きもせず、自分に向かって下げられた頭を見ているようだった。

 顔を上げると、彼女の真っ黒な瞳と俺の視線がかち合った。

 ハリスさんが、「何もかもを見通すような」と言った瞳。そして俺が、「何もかもを弾くような」と思った瞳。最初と同じで、そこには何の感情も込められてはいない。

 ただ、まっすぐこちらに向かっているだけだ。その視線に何が含まれているのか、そこにあるのは一体どんな形をしたどんなものなのか、何ひとつとして相手に読み取らせることはない。

 強く、鋭く、決して揺らがず、おそろしいまでに頑なで──そして、妙に、痛々しい。

「……そうですか」

 小さく呟いて、その目がふいっと逸らされる。


 ──瞬間、理由の判らない罪悪感に襲われた。


 今、何か、とてつもなく大きな過ちを犯してしまった、そんな気がする。

 彼女の目がこちらから離れたその時になって、今の自分がひどい失態をしでかしたことを悟った。しかし、間違えた、という気持ちだけははっきりとあるものの、何をどう間違えたのか、その正体がさっぱり掴めない。

 なんだろう。何が悪かったんだろう。俺は本当は、どうするべきだったんだろう。

 無性に今の流れをやり直したい気持ちがして立ち竦んだが、もちろんそんな機会はやって来なかった。こうしている間にも、時間は進んでいく。無情なほどに。

「今日は、部屋で大人しくしています。外に出る時は呼びますから、トウイさんも休んでいてください」

 少女はそう言って背を向けると、私室に戻っていった。

 俺はただ、返事の代わりに頭を下げることしか出来ない。

 遠ざかる足音と、バタンと扉が閉じられる音を聞きながら、ロウガさんの言葉を思い出す。


 守護人に、何の不安も心配もなく心安らかに過ごしてもらうようにするのが、俺たちの仕事なんだから。


 そうなんだろうか。

 何もかもを弾くような目をしてる、と俺が思ったあの少女。でも今、弾いているのは、あちらじゃない。こちらだ。

 俺は確かに、向かってきた「何か」を撥ねつけた。

 ……それは本当に、彼女の不安や心配を取り除くことになるんだろうか。



          ***



 守護人に休んでいてくださいと言われたところで、その言葉通りのうのうと休んでいるわけにもいかないので、主殿の周りを見回ることにした。

 なにしろ建物が大きいから、壁に沿って一周するだけでも時間がかかる。そして静かだ。やっているのは足を動かすことだけなので、異常はないかと警戒しながらも、ともすると思考が散漫になる。昨夜ひっそりと神ノ宮を出たハリスさんは今頃どうしてるだろう。何かを聞けただろうか。ただの考えすぎであれば、それがいちばんいいんだが。

 さっきの守護人の顔がちらつくのを、頭を振って払い落とした。

 ──と。

「あ、トウイ」

 嬉しそうな声が聞こえた。

 前方から、長いスカートを指で摘みながらいそいそとこちらに駆け寄ってくるその人物を目に入れて、俺はため息をつきそうになった。今はあんまり、会いたくなかったなあ。

「今日は守護さまはご一緒ではないの?」

「……あのさ、サリナ」

 頬を紅潮させてそわそわするサリナに、今度は抑えずにため息をついた。

「そうやって守護さま守護さまって口にするのは控えたほうがいい。どこに誰の目や耳があるかも判らないんだし」

「ね、守護さまはどんなものをお好みか、わかった?」

 人の話、聞いてる?

「守護人の嗜好と、護衛官の仕事は関係ないだろ?」

「あら、でも、お近くにいれば、何か気づくことくらいはあるでしょう?」

 何をどうやって気づけっていうんだよ、と八つ当たり気味に内心で呟く。近くにいたって、あの守護人の考えてることなんて、何ひとつとしてわかりゃしない。いや、わかろうと思ったこともない。変わってる、というその一言だけで済むはずだった。なのにどうして、こんなにもモヤモヤしたものがいつまでも胸の中にしこったまま残っているんだ。

「個人的な話をしたことなんてないし」

「それはそうよ、守護さまですもの」

 少しだけむっつりして出した言葉を、サリナはむしろ、何を言っているんだと驚くように、ぱちぱちと目を瞬き、肯定した。

「神獣の守護人が、ただの護衛官や侍女と、そんなお喋りをされるわけがないじゃないの」

「…………」

 当然のように言われて、俺はいささか戸惑った。サリナの言い方がまるで、「神の像が口を開いて人間の言葉を出すわけがない」という感じに聞こえたからだ。

「……サリナは」

 少しためらってから、聞いてみた。

「サリナは、守護人と話をしたことは?」

「だから、助けていただいたお礼を申し上げたわ。でも、『必要ない』と言われてしまったの。守護さまに感謝を示すには、言葉だけでは足りないのね。私が考えなしだったわ」

 サリナがしょんぼりと肩を落とす。守護人がそう言ったのなら、それは普通に、「特に礼を述べてもらう必要はない」という意味で口にしたのではないかと俺は思うのだが、サリナはそうとっていないらしい。

「どうにかして、この気持ちをお伝えするすべはないかしら。何をすれば、ご関心を持っていただけると思う? お傍にいれば、守護さまが何をご覧になって、どんなものに目を止められていらっしゃるか、わかるのではない?」

「……それなら、ミーシアのほうが」

「あら、ミーシアはダメよ」

 俺の言葉を、サリナはさっさと振り捨てるようにして遮った。

「だってミーシアは、守護さまをまるで普通の人のように(・・・・・・・・)言うんですもの。今日は少しお疲れのようだから甘い飲み物をお持ちしたら、とか、ぜんぜんご不満を仰らないのがちょっと寂しい、とか。私、ミーシアは何か勘違いをしているのだと思うわ。神獣の守護人が、お疲れになったり、ご不満を口にしたりするはずがないじゃないの。ましてや寂しいだなんて、思うだけで不遜なことよ。守護さまは、なぜミーシアやメルディのような、信仰心の足りない人間をお傍に置かれるのかしら」

 咎めるようにそう言うサリナの目には、なんの疑いも見えなかった。彼女は心の底からきっぱりと、そう信じ切っているようだった。


 神獣の守護人が、疲れたりすることなんてないと。

 不満も、迷いも、あるはずがないと。

 孤高で清らかで、崇拝されるためだけにある存在なのだからと。


 少し、背筋が冷たくなった。

 俺はそんな風には思えない。守護人は、守護人であると同時に、一人の女の子だ。隠してはいるけど、そしてどういう理由があってそこまで隠そうとしているのか判らないけど、感情もあれば、心の動きもある。意外と口が悪いし、適当なところもあるし、ちょっと乱暴だし、冗談みたいなことを言う時もある。

 そして、疲れることだってある。

 人のいない神ノ宮の隅っこで、何かに耐えるようにじっと立ち止まっていた小さな背中を、俺は知ってる。

「──サリナ、守護人は」

「守護さまは、いつも神ノ宮内をご散策されていらっしゃるのでしょう? やっぱり、美しいものをご覧になるのが、お好きなのかしら。だったら、綺麗な花でも差し上げたら、少しはお気に留めてくださるかしらね?」

 守護人はしょっちゅう神ノ宮内をぐるぐる廻っているが、美しく整えられた景色に見入っていることは、一度もない。むしろ、人の目には届かないようなところ、ほとんど手入れされていないようなところにばかり行きたがる。花はあちこちに咲いているが、それに興味を示したことはなかった。

「でも、この神ノ宮にあるようなありふれた花ではダメね。もう見慣れていらっしゃるもの。とびきり美しくて、珍しい、特別な花を捧げたら、守護さまは受け取ってくださるかしら」

「…………」

 うっとりした顔つきで「天上に咲いているような素晴らしい花」のことを話し続けるサリナに、俺はもう反論するのを諦めた。今は何を言っても、耳に入りそうにない。

 サリナは神獣の守護人に何を見て、何を求めているんだろう。

 さっきの少女の顔をまた思い出し、少し暗い気分になった。




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