5.はじまりの時
それから何度も、わたしは扉を開けた。
そして、気がついたことがある。
──扉の中の世界は、開くごとに、少しずつ違う。
そこにいる人々は、いつも同じだ。性格も、性質も、変わらない。扉を開けた時に目に入る光景が毎回同じであるように、わたしを迎える大神官の台詞も、口調だって、最初からまったく変わりない。
でも、いろんなことが、どこか少しずつ違うのだ。それはまるで間違い探しのように些細なものもあったりして、毎回のようにわたしを戸惑わせた。
たとえば、神ノ宮の内部。
建物の造り、構成、部屋の場所。現れの間から最奥の間に通じる道筋も、同じであるとは限らない。ただでさえ広いその建物内を、なんとか四苦八苦して覚え込んだとしても、次の時にはどこかが違っている。突然やって来るかもしれない襲撃に備えた逃げ道をすでに頭に叩き込んでいたって、その地図は、いざという時にまったく役には立たない可能性がある、ということだ。
それから、世界情勢。
これも毎回のように異なっている。一ノ国ニーヴァに対立しているのは二ノ国ゲルニアと三ノ国カントスであることが多いが、稀にそうでないこともある。前回は敵国であった六ノ国キキリが、今回は友好国だった、ということもあれば、戦争をしていた国同士が、次は、昔から同盟を結んでいる、ということもある。
「二回目」の時はカントスの火山噴火が破滅のきっかけとなったけれど、次の時のその国は、災害の兆候すらもない、平和で穏やかな国だった。
そんな調子で、大きなことから小さなことまで、ニーヴァや神ノ宮を取り巻く周辺の状況は、毎回同じであるとは限らない──というより、必ずどこかが異なっていた。何がどう違っているのかは、扉を開けなければ判らない。差異の内容はさまざまなので、開ける回数が増えていくに従って、わたしの混乱も増していく。場合によっては、前回までの知識は、役立つどころか邪魔になることさえあった。
その中で、何かしら、問題が起こる。
これも、毎回のように、違う。
同じ災厄が降りかかるのなら、避けるのも容易いだろう。しかし起こる問題は、場所も中身も違うのだ。
それは国同士の揉め事であったり、神ノ宮内部の軋轢であったりする。王ノ宮での政争が、こちらに飛び火することもあった。反逆にしろ、革命にしろ、事を起こして上に立とうとする人間は、必ずと言っていいほど、この国の最高位である神獣を狙う。神ノ宮の守りは、一人や二人の賊に対しては有効でも、集団の暴徒や実戦の経験を積んだ兵士たちには、とても太刀打ちできるようなものではなかった。
わたしは何度も、大神官に忠告した。カイラック王にもお願いをした。神ノ宮をもっと堅固なものにすべきだと。不意の襲撃にも対応できるようなものにして欲しいと。
しかし毎回、一笑に付されて終わりだ。
数百年もの間、神を戴く強国として、周辺国を圧してきたニーヴァは、今ではもうその安楽な地位に慣れきってしまっていた。神ノ宮も同じこと。多少突発的な問題が起こったり、いろいろないざこざくらいはあったとしても、おおむね平和に、何事もなく過ぎていく日々が当然のものだと信じ切っている。彼らの頭にあるのは、「現状維持」、それだけなのだった。
予想外の出来事に遭遇したことがないから、はなから、それを想定するということをしない。昨日と同じように今日が、今日と同じように明日が続いていくことを、疑うことすらしなかった。
凪いだ海のように、とろとろとした静けさの中で一日が終わり、また新しい一日が始まってゆくのだろうと。
しょうがない、無理もない、とわたしは思おうとした。時に、居ても立ってもいられないくらい苛立ちと焦燥に頭を支配されそうになると、なんとかそう考えて自分を宥めようとした。
近い将来、自分たちに襲いかかる不幸があることを、彼らは知らないのだから。
けれど、無理もない、と思って、それで放り出してしまうわけにはいかない。大神官や王に期待できないのなら、わたしは自分自身で対抗策を練るしかなかった。もう、「何もしない」まま、目の前で大事な人の命が失われるのは御免だ。
守護人の護衛、という役目が、そもそもよくないのかもしれない。その肩書きがある以上、トウイは守護人を護るべく動き、最前線に出て戦うことも辞さない。結果として、背負う危険度は跳ね上がる。
そう思い、彼を守護人の護衛官から外したこともある。その時ばかりは尊大な守護人になりきって、なんとなく気に入らない、という理由で押し通して任を解かせた。トウイが悔しそうにぐっと唇を引き結ぶところを見て、大いに胸は痛んだけれど、それで彼が助かるのなら、そんなことは問題にもならない。
──でも、結局、駄目だった。
守護人の護衛には就かなくとも、彼が神ノ宮に仕える護衛官であることには変わりはないからだ。神ノ宮が襲われれば、彼は神獣と守護人を護るべく戦う。たとえその守護人が、不条理な理由で自分を外した生意気な小娘でも、危険が迫れば、彼は迷いもせずに、剣を取って敵に立ち向かうことを選んだ。
……そして、命を落とす。
何度も、何度も、繰り返した。剣が彼の心臓を突き通すところも、わたしのすぐ前で血を噴き出すところも目の当たりにした。わたしはそのたび、叫んで、頭を抱えて、うずくまり、むせび泣いた。
自分が死んだほうがずっと楽だと、何度も思った。
「どうして! どうして──どうして!」
真っ暗な闇しかない狭間で、喉から血が出るほどに叫ぶ。
どうして何度やり直しても、何度あの扉を開けても、わたしはトウイを助けられないのか。たった一人の命、たったの100日間、その間だけ生き延びさせればいいという簡単なことが、どうして出来ないのか。
わからない。わからないから、何度も叫び、涙を流し、慟哭し、胸をかきむしり、疑問詞を発し続ける。
どうしてよ!
「今回も失敗しちゃったねえ」
闇の中でほんのりと燐光を発している神獣が、くすくすと可笑しそうに笑いながら言った。
失敗、そうだ、失敗だ。わたしは何度も扉を開け、同じようなことを繰り返しているにもかかわらず、毎回トウイの命を奪われてしまう。暴徒と化した人々に。余所の国の兵士に。同じ国の反逆者たちに。
わたしは何も出来なかった。「何かが起きる」と知っていたのに、それを知っているのはあの世界でわたしだけなのに、それでも止められなかった。トウイが死んでしまう運命を知っているのもわたしだけなのに、それでもなおかつその運命を変えることが出来なかった。
何をどうすればよかったのか。終わってしまえば、その答えはくっきりとわたしの前に明示されていた。あの時ああすればよかった、あの場面でこれを選べばよかったと。
けれどその答えは、次にはなんの役にも立たなくなっている。破滅への道は一本ではなく、扉を開けるたびに違っていては、今回の教訓は次回に活かせない。だからこそ、過ぎてしまった事柄のあれこれが、後悔となって一気に押し寄せる。どうしてわたしは正しい道筋を見つけられなかったのか、どうしてわたしは正しい答えを出せなかったのか。
どうして、どうして!
「言っておくけれど、ボクは人の心にはひとつも干渉しないよ。放っておけば『主人公』は死ぬことになっている。でも、その状況に至るまでには、必ず、自然な流れというものがある。決して、ボクが暴徒や反逆者を操って、彼を殺そうとしているわけじゃない。彼らは彼らで、そう動かざるを得ない理由と事情が、確固として存在しているんだ。『プレーヤー』であるキミは、その流れを見通して、それを断ち切る方向で動かないといけない。神は人に干渉しないけれど、人は人にいくらでも働きかけることが出来るのだから」
神獣はそう言った。
直接の自然災害などではトウイの命は脅かされない。そんなものが相手であったら、わたしにはどうしようもない。災害は起きても、それはひとつの契機。そこから生じる人の怒りや憎悪に、神獣は関与していない、ということだ。
トウイに危害を及ぼすのは、すべて人。人間の欲、人間の気持ち、人間の心。
だから、不可能ではない、止められるはずだと。
止められるのは、わたししかいない。
「どうして、なんて言う前に、もっと頭を働かせたら? こんなにも無能なプレーヤーじゃあ、主人公は毎回、ただの犬死にだよ。あと何回、彼は死ねばいいんだろうね?」
息絶えるトウイの姿が脳裏に甦る。
何度も、何度も、繰り返す死。
……それはすべて、わたしの力のなさのせい。
ぐっ、と喉元まで込み上げるものがある。胃の中から逆流し、外に出てきたものは、血ではなくただの吐瀉物だった。トウイが苦しそうに吐き出した赤い血は、わたしの中からは出てくることはない。死ぬのはいつもトウイ。痛みも、苦悶も、死への恐怖も、何ひとつ、わたしは共有できない。
彼を守れず、助けられず、わたしだけは生きてこの狭間へと落とされる。
真っ暗な闇に包まれた場所。なんて冷たい。なんて寂しい。
わたしはただ、泣き続けるしかない。
次に扉を開けた時、わたしは自分も戦う道を模索しはじめた。
わたしが弱く頼りなく、自分の身を自分で守れないから、トウイはわたしよりも前に出て戦わなくてはいけないのだ。強くならなければ。もっと強く。心も身体も強くなければ、彼を助けることは出来ない。
とはいえ、トウイたちが持つ剣は、わたしには重すぎた。持ち上げることくらいは出来ても、とてもではないが軽々と振り回すことなんて出来ない。どうしたらいいかと考えていたら、神獣が、「神獣の剣、というのがあるよ。とても軽くて切れ味のよい剣で、ニーヴァ国の至宝とされている」とわたしに教えた。
「……どうしてもっと早くそれを言わないの」
「だってキミ、聞かなかったじゃないか」
あははと笑う神獣は、本当に憎たらしかった。神獣の剣はあんたのその細い首も斬れる? と聞いたら、傍にいた大神官は真っ青になったけれど、子供の形をしたその生き物はますます楽しそうに大笑いした。
王ノ宮で大事に保管されている神獣の剣を借り受けるのは、本気で手間がかかった。カイラック王は、のらりくらりと返事を先延ばしにして、わたしにそれを見せるのすら避けようとする。よほどその宝を他人に渡すのが惜しいらしい。
嫌だったけれど、神獣の名前を出してようやく手に取ることが出来た剣は、驚くほどに軽かった。小さな子供の頃、短い箒を振り回して近所の男の子とチャンバラごっこをしたことがあるが、持ち上げた感じはそれに近い。
これなら、わたしにも扱える。
もちろん、使い方なんて知らない。剣を持って振るうことは出来ても、戦い方はそうそうすぐに身につくものではないだろう。誰かに習うか──いいや、それが無理なら、見よう見真似でもいい。あとは自分で努力していくしかない。
鞘から抜いてみると、刃は薄く、鋭く、光を反射してきらきらと輝いていた。今まで幾度も見た、トウイに向かって振り上げられる白刃を思い出し、身体が強張りそうになる。
わたしは、唇を引き結んで、剣の柄をぐっと握りしめた。
けれど──
それでも、やっぱり、トウイは死んでしまう。
扉を開けた回数は、三十回を超えた。
***
「守護どのは、名はなんと申されるか」
カイラック王に謁見すると、毎回、この質問をされる。
最初からずっと返していた、椎名希美です、という答えは、回数を重ねるうち、わたしの口から出なくなった。
どうしても、喉が塞がり、声が詰まる。
「……椎名、です」
出せるのは、それだけ。
のぞみ、という名が、今のわたしの唇から紡がれることはない。
希望の希。願い、とか、望む、とか、そういう意味だよ、と屈託なくトウイに教えた以前のわたしは、もういない。
願いも、望みも、叶わない。叶えることの出来ないわたしに、どうしてその名が名乗れるだろう。
いつしか、窓から外を見て、ぼんやりすることもなくなった。
──帰りたい、と思うことも。
***
四十九回目は、妖獣に襲われて終わりを告げた。
トウイは、妖獣の鉤爪で背後から貫かれて死んだ。
ミーシアさんに頼んだ伝言は、彼の許に届かなかったのか。あるいは届いても、聞く耳持たずで駆けつけてきたのか。無謀で、無鉄砲。トウイはいつも同じだ。
自分の命よりも、他の何かを優先させてしまう。
目線を下げ、自分の身体を見下ろすと、着ている衣服は真っ黒に汚れていた。袖が七分丈くらいのシャツのようなものと、同じく丈の短いカーゴパンツのようなもの。こちらでは男の子が着るその服装は、間違っても、神獣の守護人が身につけるようなものではないと、何度大神官にぶつぶつと言われたか判らない。
彼が今のわたしを見たら、どう言うのだろう。右手には神獣の剣、顔も身体もあちこちが真っ黒で、まるで泥でも被っているみたいだ。これがすべて妖獣の返り血だと知ったら、目を剥くか、あるいは卒倒してしまいそうだなと思った。
あの大神官も、もう生きてはいないのかもしれないけれど。
抜き身のままの神獣の剣を、静かに鞘に収める。通常鳴るはずの、かちん、という音は、狭間の闇の中へと吸い込まれて消えた。
顔を上げれば、前方には、白く輝く扉がある。
わたしがこの扉を開けなければ、あの世界は妖獣に蹂躙されたまま破局を迎えるのだろう。トウイは死んだ。わたしとミーシアさんを逃がしてくれたロウガさんも、おそらく生きてはいまい。ミーシアさんは、どうだろう、助かっただろうか。
……けれどどちらにしろ、ニーヴァという国は滅びるのだから、同じことか。
二ノ国ゲルニアは、一体どんな手段で妖獣を手引きしたのだろう。わたしがもっと早くカイラック王と話をし、きちんと対策が取れていたなら、ゲルニアもこんな思いきった手段を取らず、様子見に変えていただろうか。それともあの王は、わたしの意見なんて、耳を貸しもしなかっただろうか。
間違えたのはどこからだった?
妖獣の異変を聞いたところから?
それとも、もっと前、謁見の間でのやり取りから?
「もう、どうして、とは泣かないんだね」
近くにいる神獣が笑う。
「今のキミは、嘆くよりも先に、考える。何がいけなかったのか、どこを間違えたのか、何をどうすればよかったのか」
金色の目を、にいっと細めた。
「──次は、どうすればいいのか」
わたしは黙って神獣を見返した。何も言い返すつもりはなかった。このけったくそ悪い生き物の言葉にいちいち反応してやれるほど、今のわたしは寛容ではない。それに、そんな人間らしい感情もあまり残っていない。
もう、以前の自分がどうやって笑っていたのかも、よく思い出せないくらいなのだから。
肩越しに振り返ると、はるか後方には、白く光る「狭間の出口」があった。その向こうには、もとの世界。わたしの家、わたしの両親や友達がいる場所がある、はず。
しばらく、そちらに目をやったまま、立っていた。
「…………」
いつもいつも、躊躇なく扉を開くことを選ぶ──なんて。
そんなこと、あるわけない。そこまで、わたしは強くなれなかった。トウイを失い、この狭間に落ちると、必ず迷う。扉を開けるか、帰るか。毎回この選択肢を与えられるのは、神の慈悲などではなく、ただの嫌がらせでしかなかった。
でも……でも。
わたしはのろのろと顔を巡らせ、後ろにある光から目を背ける。同じようにのろりと足を動かし、輝く扉へ向かって一歩を踏み出した。
一歩、一歩と近づいていくにつれ、腰にある神獣の剣がさらさら崩れて姿を消していく。あるべき場所へと戻っていくのだ。また、王ノ宮で再会するだろう。なんの汚れもない無垢な姿で、よそよそしく、わたしの前に現れるのだろう。
神ノ宮の自分の部屋で、毎日のように剣を振った。柄の感触がようやく馴染み、血豆まで出来た掌が、すべすべとした綺麗なものに戻っていく。大分腕についてきた筋肉も、削げ落ちていく。また一からやり直しだ。毎回、王ノ宮で神獣の剣を持ち上げると、軽いはずのその剣が、やけに重く感じられてうんざりする。
妖獣と戦って腕や足に負った傷も同じく、一歩ずつ扉に近づくごとに、塞がり、治り、消えていった。
頬から、身体から、衣服から、黒い妖獣の血が薄れて消える。あまり肌触りのよくないシャツとズボンが、さらりとしたセーラー服へと形を変える。
時間が、巻き戻る。
──違う。
違う、違う。
それは、違う。
だって、身体の時間は戻っても、わたしの記憶はなくならない。
わたしはもう気づいている。
生き返る、わけじゃないんだ。
身体と心に残った記憶、過ごした時間、そして思い出は、彼らに戻ることはない。扉を開けた向こうに、それらははじめから、存在しない。わたしだけ、ただ、わたし一人だけが持ち続ける。
わたしの頭の中にある彼らと、この扉の中にいる彼らとは違う。扉を開けるたび、わたしはその前の彼らを失う。亡くした人は、わたしにとっては、ずっと亡くなったまま。
わたしがしていることは、決して、「やり直し」なんかではなかった。わたしは四十九回時間を遡ってやり直したのではなく、四十九人のトウイを見殺しにした、というだけに過ぎなかった。
積み重なっていく記憶。それと同じだけ積み重なる罪の意識。一人、また一人と、トウイという男の子の命を失って、その分だけの罪と責任が、わたしの上に圧し掛かっている。
トウイが血だらけで倒れていても、そこに駆け寄ることも出来なくなった。助け起こし、自分の手を彼の血に染めることも出来なくなった。
今のわたしには、もう、そんな資格がない。
狭間に落ちた、たくさんの人。彼らはみんな、「二回目」を選ぶことなく帰っていった、と神獣は言った。
きっと、それが正解なのだ。どんなに悲しくつらくとも、もう一度最初から、なんて道を選ぶべきではなかった。それは、神ではない、ただびとが、決して選んではいけない道だった。大事な人の死を受け入れ、その上で、乗り越えていかなければならないものだった。この孤独は、きっと、神の領域に足を踏み入れた罰。
判っている。判っている、けれど、でも。
……置いてきた世界と人々とを踏みにじり、わたしはまた、扉を開けるべく、そちらに向かう。
ぽと、と涙が零れた。
それを拭うこともせず、足を動かし続ける。ぽと、ぽと、と瞳から零れる涙は、そのまま落下して闇の中に消えていった。
──あんたの名前、希望だって、そう言ったろ。最後まで、捨てちゃダメだ。
最初の時のトウイの最期の言葉が、頭の中で反響している。
あれは約束。あれは誓い。あれは呪縛。
わたしはそれを、裏切れない。
無表情のまま涙だけを零しながら、手を上げ、ひんやりとした扉に触れた。
この扉を最初に開けた時、わたしは何も出来ない、非力でちっぽけな女の子だった。
……今も、同じ。
わたしは何も出来ない、非力でちっぽけな女の子だ。
100日、ほんのそれっぽっちの間、一人の人を守ることも出来ない。
もう、願わない。祈らない。神は人を助けず、人が自分の力で成せることには限りがある。ましてや、この小さな小さな手に入るものは、ごくわずかしかないのだから。
あれもこれも求めることはしない。
──望むものは、たったひとつ。
正しい道を見つけて、掴んでみせる、必ず。
何を代償にしても。
掌に力を込め、ぐっと押した。細く眩しい光が差し込む。
これが、最後。
最後の、はじまり。
(第二章・終)