ありがとう。そしてさようなら。
オレは季節の変わり目ごとに手紙を書いている。春
・夏・秋・冬それぞれの季節に良さがあり、どれが一番好きかなんてオレには決められない。
べつに誰かにこの手紙を出すわけではない。
いや、正確には出す相手はいた。
でも彼女はもうこの世にはいない。
オレは彼女にまだ自分の気持ちを伝えていない。
いや、今となっては伝えることは永遠にできない。
彼女は人生のほとんどを病院で過ごした。
そして日本の季節を知ることなくこの世を去った。
そんな彼女のためにオレは手紙を書く。そして彼女が見ることのできなかった四季の素晴らしさを文字にして便箋の中を文字で埋めていく。
この手紙が天国に届きますようにと祈りながら。
その時、カーテンが揺れた。
サラサラとゆっくりだ。
オレはカーテンを見た。
もちろんそこには誰もいない。
でもオレはたしかに感じていた。
彼女の感覚、いやその存在を。
たしかにいる。目には見えないがそこには誰かいる。
「もしかして会いに来てくれたのか?」
オレはつい思ったことを口に出した。
「はい…」
その存在…。いや存在なんかじゃない。今、彼女はたしかにそう言った。
そして間を置かずにこう話を続けた。
「ありがとう。手紙は私の元にしっかり届いています。でももう書かなくても大丈夫です」
彼女は笑顔でそう言った。
「いや、ずっと書くよ。オレはキミに届けたいんだこの世界の素晴らしさを。そして直接伝えることのできなかったこの想いを」
オレは素直に自分の気持ちを言葉で表現した。
ありがとう。でももう大丈夫です。私はもうこの世にはいません。でもあなたはいます。今を大切にしてください。本当にありがとう、そしてさようなら」
「まっ待ってくれ!」
オレは叫んだ。
「う……。まぶしい…」
強い日差しに照らされてオレは目を覚ました。外は明るい。どうやら手紙を書いてる時に寝てしまったらしい…。
昨日のあの体験は夢だったのだろうか。
いや、違う。なぜなら、机に書いてあったのだ。
「ありがとう。そしてさようなら」と…。
窓の外を見ると季節外れの桜が綺麗に咲いていた。
オレはその桜に向かってこう言った。
「こちらこそ、ありがとう。そしてさようなら」と…。