りねんのために
ねんりは流石に無いと思います。
『冬陽子・イデア・エイドス』というのが私の名前だ。
まず言いたい事がある。この名前がひどい。
正直言って自分の名前がこれほどひどい事になるとは思わなかった。汚物をフルスロットルで尻の穴から捻り出したみたいな名前だ。何だって私がこんな『ニンニクアブラマシマシの重篤な中二病を拗らせて、何食べてもすぐ洗面器にI'll be bacKするような体調最悪死の淵直前3mmの死亡診断書火葬埋葬までの最短ルート時に見た悪夢の内容みたいな婆の吐瀉物の爺の吐瀉物盛り』みたいな名前にならなくてはいけないのか?
初めて聞いたときはショックで自殺したくなった。有刺鉄線に絡まりたくなった。あと渋谷のスクランブル交差点の真ん中で周りの奴らが全員一生肉が食べれなくなるようなトラウマを植えつけるような死に方をしたくなった。たとえば私がそこで破裂か炸裂かしてそのあたりのすべての人間の口に私の飛び散った肉の破片が入り込んで、そんで飲んじゃえっ!って思った。飲んでから自分が今何を飲んだのか理解しちゃえっ!って。
名前というのはそいつに一生引っ付くタグだ。
だから、それが他に比べてドイヒーだと世界の、この世の、常世の何もかもを恨み、憎しみたくなる。綺麗なものでも壊したくなる。公園で遊んでいる無邪気な罪の無い見知らぬ子供でも、自分のことを『嘲笑している』と感じてしまい、金槌で殴りつけて気絶させてから轢死させたくなる。
場合がある。
そういう『場合』がある。
この世の中には色々な『場合』がある。
その中には「たかが名前じゃないか?」と考えることができる寛大で寛容で聖母みたいな諦観を持っている奴の『場合』もある。でもそういう奴が一人いれば反対に「たかが名前されど名前、こんな名前を引っ付けた奴の存在を無くしたい。ナタで」っていう奴がいる『場合』もある。
で、私がそれ。
だから例え親だろうと殺したくなるわけ。それに見知らぬ人間を殺すよりかはまだなんぼか理にかなっているように思えるし。
それに、そもそもそういう場合は親とかじゃない。
肉親だろうが、育ててもらった恩があろうが、愛を込めて育ててもらおうが、ドイヒー名前をつけた相手は悪でしかない。
悪だ。
最初っから悪なんす。
私の人生を名前と言うタグによって悪い方にロボトミーした相手ですのよ。
だから悪。
巨悪。
だもんでその悪をナタで殺してやりたくなるのは仕方のないこと。だってニコニコしているときでも、心の中では「黙れ小僧」のあの方が考えていることと同じようなことを考えているんだから。
それに『どんなつもりで区役所に紙書いて提出したんだ?』とかもいつも考えてしまう。
ニヤニヤしながら『これ、おもしれーDQNじゃん!?』と考えながら出したんじゃないのか?
そう考えるともうその途端、私自身の心の中から黒いものが沸く。
『ゴブラゴブラ・・・』っていって昔の風呂沸かし器みたいに沸く。
その黒いものが・・・、
・・・、
いや、『黒』はやめる。
毎回いつの時代でもいつの世界でも『黒』は邪悪の象徴みたいな感じだもの。ニュースとかでもしょっちゅう『心の闇』とか言ってるし。
でも、そんなわけ無くない?
悪い奴はみんな黒みたいなあの感じ酷くない?
『黒さんを馬鹿にするな!』
って思う。
それに心に闇の無い人間がいないわけないし、変な名前付ける時だって『キラキラネーム』とは言いながらもそのセンスには命名者の『心の闇』が出てそうだし、大体その『黒あるいは闇=悪あるいは幼少時代の虐待もしくは教育環境云々の問題』っていう考え方って、深淵を覗くと覗かれるとか言うなんか昔の人の影響じゃないの?とっくに死んだ哲学者かなんかの『とってもありがたいおことば』の影響なんじゃないの?あと心理学的なこととか?カラーコーディネーターがそう言ってたとか?
なら、それを安易に使っちゃ私がまるでそのいつ死んだかも知らん奴等をリスペクトしているみたいじゃない?
私はそんなのをリスペクトしてない。
大体、哲学者が大嫌い。
大昔に死んだ癖にいつまで現代に蔓延っているのかと思うわ。
それに黒のありがたみ、闇のありがたみというものを私はちゃんと知っている。
夜、豆電球ついてたら寝れないし、
太陽が出ているけど少し肌寒い日は黒いものを着るし、
暗闇がなかったらホラーゲームは面白くないし、
だから私は超感謝している。
黒さん超ありがとう。
闇さん結婚してください。
それに大昔に没した奴の言葉を盲信するよりは、どちらかといえば私はゾー●先生の最後の言葉を信じるわ。そっちのほうが私にまだ近いし。まあ、ドラ●●はやったことねえけど。
だから・・・、
・・・えっと、何の話だっけ?
ああ、
だから黒じゃなくて、私は黄色にする。光にする。
明るいから。
無条件に明るいと思われているから。
闇がネガティブで光がポジティブだと思われているから。
光が全部希望だなんて、そんな都合のいいことあるわけないから。
だから自分の名前のなんたらかんたらの事を考えると、途端に私の心の中に黄色い光が沸く。
沸き立つ。
地獄谷みたいに。
・・・、
・・・ただ、
ここで一つの問題がある。
それは矮小にしてとても重大な問題。
超簡単な話、私の親は一体誰なのか?
ということなんすけど・・・。
というのも、私というのは所詮馬鹿な作者の都合のいいように作られた登場人物の一人でしかない訳よね。
それだから私にとってみりゃ親というものの存在がいまいち曖昧なわけ。育ての親はいないし『羊のドリー』みたいに私は生まれたときからすでにこうなんだもの。
しかも・・・、
あ・・・、
ところで、どうして私がこんな夏場のバキュームカーの中身みたいな名前を授かってわざわざ生まれたか?それ知ってるっけ?あ、説明する?
それは簡単なことだよ。超簡単。
私の名前が決まるよりもその事実のほうがはるかに簡単。
それは、
私が、以前ここで生まれたあるゴミと対になる為に生み出されたキャラクターだからよね。
まあ、この話のタイトル読みゃわかるっしょ?
アカシックレコード
精神装甲
差し足
そのタグのついたあれよね。ずいぶんと作者に優遇されてるのか、愛のある、愛の溢れる内容で話を創ってもらってるあのゴミ子。
私はアレの対なの。
だから私はアレの事を超憎んでいる。
だって私はあれの、なんていうのかしら・・・?
色変え?2Pキャラ?バグ?捨てキャラ?モブ?バックアップ?
一文字違うだけで随分な違いじゃない?
まあ、確かに私には『アカシックレコード』ほどのインパクトは無いかもしれないけど。
でも、いや、
だから、それだから私があれの事を超恨むのも仕方のないことでしょう?
いくら世界中の奴らがあの女を慈しみ、羨んで、愛したとしたって、私にとってはあの女はゴミ。
だって私はあいつのBボタン。
だから私だけはあの女を憎む理由がある。
私だけの特権。
あの3175の文字数で作者に愛されたゴミを殺すため、私は生まれたの。
作者の勝手気ままなエゴで生まれた私の事を人はかわいそうだと思うかしら?
でも、作者って言うのはそういうものよ。
フィクションという一枚の壁に守られている大量殺人鬼。それが作者というものだわ。
でもね、
そんな使えない作者にも私は一つ感謝しなくちゃいけないことがあるの。
それは、
ここでは無い別の場所でのあのゴミと屑作者の関係性。
そこであのゴミは屑作者のことを『お母さん』って言っているのよ。
ああ、なんてことかしら・・・、
その風景はとっても気持ち悪かったけど、でもそのおかげで私にはあの作者も殺す理由ができた。
お母さん、私絶対にお母さんのところに行くから、待ってて、絶対に行くから。時間がかかっても絶対に行くから。絶対に忘れないから。もう少し待ってて。お願い。
あのゴミと違って私のこの決意を大きな声で叫ぶわ。例え何に邪魔されても私は私の目的を果たす。
だって私は『理念』なんだから。
同じ文字数にするのに苦労しました。




