約束
その場所からは、彼の声とギターの音色が聞こえてきた。
四月。皆が新生活に心躍らせている時、彼は何も変わらずいつものように、そこで歌を歌っていた。
昔ほどの活気はなく、シャッター街と化しつつある小さな商店街。そこが彼の“ステージ”だった。
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山本一也は、プロのミュージシャンを夢見て、ずっとここで歌っていた。
仕事が終わった後の夜も深まった頃。歌を聞く人はいない。それでも彼は歌い続けた。
そして今日も歌う。この場所で。
「一也、今日も歌ってたんだ」
しばらく歌っていたら、声をかけられた。
「うん」と返事をして歌うのを止めた。声をかけてきたのは怜央奈だ。
「まだ起きてたんだ」
「一也の歌で目が覚めちゃって」
一也が目を見開き「え?マジ?」と聞くと、怜央奈が「冗談に決まってるじゃん」と笑いながら言った。
「なんだ」
と安堵すると、「そういう時、すぐ本気になるよね」と怜央奈がさらに笑いながら言う。
これがよくあるパターンである。
すると、怜央奈が突然「それで?どうなの?」と一也に問いかけた。
「何が?」
「まだ歌うの?」
一也は静かに「うん」と言って頷いた。
この話は小学生の時まで遡る。
一也と怜央奈は、ある約束をした。
「僕、プロの歌手になる」
と一也が言うと、それを聞いていた怜央奈は「えへへ?」と笑いとも驚きとも取れるような奇妙な声を出し、聞き間違ったかのように「一也が?」と笑いながら確認の質問をした。
「な、何がおかしいんだよ」
一也は少しムキになって言った。
「ううん、なんでもない」
と言いながらまだ笑っている。
しかし、「でも…」と急に真顔になり、「その時はサイン一番最初に貰うね」と言った。
「任せとけ!」
一也は大きく頷いた。
これは七歳の時の話で、今から…十九年前の話である。
しかしその時の記憶は、まるで昨日のようにすぐそこにあった。
太宰治先生の走れメロスを読んだ時、友人との約束って熱くていいな、と思い、この作品にたどり着きました。これには私の個人的な、親友との約束、という夢や願望も含まれているような気がします。(笑)
太宰先生の走れメロスの足元にも及ばないような作品ではありますが、少しでも多くの人に読んでいただければ幸いです。