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若葉水跡考

作者: 枯竹四手

 夏は暑い。当たり前だ。暑いから夏なのではなく、夏故に暑いのだ。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 僕は一般的な帰宅部型高校生の常として、夏期休業という名のつかの間極まりない自由を得ていた。若人の「自由」はいつだって短いのだ。仕方ない。それが籠の中の自由なら尚更である。

 それもどうでもいい。何が言いたいのかということだ。

 暑い。


「良く分かりませんね」

 和倉葉若葉(わくらばわかば)は、涼しげに微笑んだ。

「文中に脈絡がありません」

「そりゃそうだよ、今考えたんだから」

 僕はそう答えたが、だいぶぐったりとした声だったと思う。

 何せこの夏真っ盛りのしかも午後十二時四十五分、広場のアスファルトの上には陽炎が揺らめき、可哀想なミミズがその屍を晒しまくっている公園の端っこなのだ。僕は頭にタオルを乗せて直射日光をささやかながら防ぎ、若葉は白い麦わら帽子を被って、その広い鍔の影でいつも通りのささやかな微笑みを浮かべていた。薄手だが長袖のシャツとロングのスカートは、季節感を無視しているのかそうでないのかの判別が難しい。まあ、どんな状況でもブレザーを着ている脅威の体温機能の持ち主なので、どちらかと言えば実に夏っぽいだろう。

 さて、目下の疑問は何故僕達が、こんな時間にこんな所にいるのか、ということである。

 その理由は実に簡単で、他のあらゆる成績は悉く上位なのに何故か社会科の成績だけが不思議と低い若葉が、他のあらゆる成績が軒並み平均なのに社会科の成績だけは良い僕に教授を願った、ということなのだ。

 最初は断ったのだが、僕達と浅からぬ縁のある社会科の女性教師に呼び出され、同じ要請を受けてしまったので、僕は困惑した。

「穿ち過ぎなのよねぇ」

 彼女はそう言ってため息をつき、僕が差し出した烏龍茶のコップを受け取った。ここが人気が無い図書室だからこそ出来る行為である。

「表層以上を掘り下げようとして、深みに嵌っちゃってるというか」

「はあ」

「記憶力は抜群だから、全部分かっているんだとは思うの。ただ、裏側を覗こうとして、答えがねじくれちゃうのね。それで点数にならない」

「……それは、僕に解決可能な問題ですかね」

「成績はいいじゃない?」

 おおよそ教師とは思えない解答だったが、数分の問答の末、結局承諾せざるを得なかった。別にちょっと高価い烏龍茶のボトルに釣られたわけではない。断じて無い。

 何はともあれ、僕は若葉に日時を指定され、こうして公園で待ち合わせた、という事なのだ。ここから近くにあるという若葉行きつけの喫茶店に向かうらしい。

「で、その喫茶店はどの辺にあるんだい」

 僕が尋ねると、彼女は首を傾げて微笑んだ。

「十分くらい歩いたところです」

 十分。

 十分か。……きつい。

「申し訳無いんだけど、ちょっと飲み物買ってきていいかな。歩きながら飲むから」

 僕は親指で後方を指す。確か、あっちの方に自販機があったはずだ。

「どうぞ。私はここで待ってますから」

 若葉の分を買って来るか尋ねようとしたら、彼女は自分の鞄からプラスチックのタンブラーを取り出し、微笑みながら僕に向けて振って見せた。用意周到である。

 そういう事なので、僕はくるりと後ろを向いて、自販機のある方へ歩き出した。じりじりと照りつける陽光、揺れる前方、震える蝉の大合唱。頭が痛くなりそうだ。シャツの胸元を掴んで空気を送り込みながら、とろとろと歩みを進める。角を曲がって、並木道の木陰に添う様に進むが、風がほぼ無いので効果は今ひとつだ。

 想像以上に自販機は遠かった。殆ど公園の入り口まで戻ってしまう始末である。小銭を投入する手間ももどかしく、しかも投入口のステンレスは火傷しそうなほど熱かった。何とか小銭を入れて、すぐにボタンを押す。見慣れた茶色の液体が充填されたペットボトルが出てきて、結露して滑るそれをゆっくり取り上げた。

 キャップを回して開け、一口飲む。他の茶では経験出来ない、鼻を突く苦み。烏龍茶は過小評価されていると思う。いや、まったく。

 のろのろと並木道を戻る。陽光は未だ容赦なく熱を送り続けていて、立ち上る熱気で地面は屈折し、相変わらず蝉は元気だ。ふと、若葉の事を考えた。彼女のやたらと小柄な体躯が、こんな熱射に耐えられるのだろうか。

 ……戻ったら溶けてたりして。

「まさか」

 思わず口をついて出た独り言に苦笑する。いやはやまったく、熱気にやられてしまった気分だ。人間は地球に居る以上、太陽光如きで溶けたりしない。多分。いくら小さくてもだ。

 自分の考えに楽しくなって、鼻歌を歌いながら元の場所に戻る。

 が、若葉が居ない。

 少し視線をあちこちに向けてみたが、いない。

 ちょっと動揺した僕は、目を落とした。彼女の立っていた位置に、何やら黒い染みがある。

 近づいてみると、はっきりした。

 それは、水の跡だった。


 僕は立ち尽くし、アスファルトに広がる水跡(みずあと)を呆然と見た。

 まさか、本当に溶けて無くなってしまうとは思わなかった。事実は小説より奇なり、とは至言だ。

 じゃなくて。

 若葉は、一体どこに消えてしまったのだろう。

 ……なんだろう、考える必要がありそうだ。

 よし。

 まず、足下の水跡を注視する。何の変哲も無い水跡である。太陽光で少し(ふち)が蒸発しているが、綺麗な円形を保っている。……以上。

 ふむ、どうやら、おかしいとこは一見した限り見当たらない。

 まず、この水分が何であるか、という事だが、これは多分彼女の持っていたタンブラーの中身だろう。一応周りを確認してから跪き、顔を近づけてみると、むっとする照り返し熱の中から、覚えのある香ばしい匂いがした。やはりコーヒーだ。

 立ち上がってから、また考える。では、若葉は何故消えたのか。

 一番考えられるのは彼女が手を滑らせてタンブラーを落とし、コーヒーで服か何かを汚してしまったために洗いに行った、という可能性である。しかし、それだと不思議なのは水跡の大きさである。決して大きくはないし、しかも広がり方が均一で円に近い。うっかりタンブラーを落としたのなら、内容量に比例して水跡がもっと広がっているのではないだろうか。蒸発した可能性もあるが、僕がここを離れていたのは二分程度だし、何より不自然だ。

 そう、問題はそれだ。不自然なのだ。この円形の水跡は、どうにも自然的ではない。まるで、直上から丁寧に零したとしか思えない。そして、若葉にコーヒーを零して楽しむ趣味があるとは思えない。いや、思いたくない。

 つまり、彼女は何らかの必要により、意図的にコーヒーを零したのだ。何故か。

 打ち水? 量的にあり得ない。

 火消し? どうも中途半端だ。

 錯乱? あり得ない、と思う。

 では、何なのか。僕の脳裏に、ある考えがよぎる。

 目印。

 しかも、僕にしか分からない(であろう)、秘匿性の高い目印だ。誰もがただの水跡だと思うだろう。だが、ここに和倉葉若葉が立っていた事を知る僕にのみ、彼女が残していった事が理解出来る。ならば、何故彼女はこれを残し、ここから消えたのか。

 緊急に駆られていた事は明白だ。さもないとこんな事をする理由はあるまい。僕を待つ余裕もすぐ近くに居たはずの僕に一言断りを入れる余裕も無く、しかも僕にしか分からないような目印を残すほどの「緊急」である。それは、何か。

 考えられる可能性は少ない。つまり、非常に重要な案件だ。

 人命。


 これで若葉が人命に関わる至急案件を抱え、ここから姿を消したという事が分かった。では、それは何だろう。

 僕は周囲を見渡してみた。このうだる暑さの中でも元気にはしゃぎ回っている子供が数人、彼らの親であろう女性が二人、ベンチに座って缶の飲料を飲みながら休んでいる帽子の老人が一人、何だか落ち着かない様子の若いカップルが一組、木陰でサングラスをかけてストレッチをしている、背の高いトレーニングウェアの男が二人。

 どう見ても怪しいのはカップルとサングラス組である。カップルはそわそわと左右を見回していて落ち着かないし、サングラスの二人組はただ怪しい。陽焼けして図体も大きいので、何となく怖い。勿論ぱっと見で怪しいのと若葉の消失との関連性は現状見いだせない。雰囲気の問題だ。

 だが、怪しいのは事実だ。ひょっとしたら、誰かが若葉の事を見ていたかも知れない。僕は少し考える。

 怪しいカップルとサングラスは当然除外、多分論理的に会話が出来ないであろう子供達も除外、井戸端会議に夢中で周囲など気にかけていなさそうな女性達も除外。よし。

 僕は水跡をまたいで、老人の座るベンチまで広場を横切った。

「あの」

「何だね」

 僕が声をかけると、老人は少し不機嫌そうに顔を上げた。

「そこに、女の子が」

「知らんね」

 ……素っ気ない。

「帽子を被ったちっちゃい女の子なんですが」

「知らんと言ってるだろう」

 彼は苛々と答え、顔中に寄った皺を深くした。

「儂は忙しいんだ。帰れ」

「でも」

「でもも何も無い!」

 彼は激昂し、立ち上がった。顔が紅潮している。

「知らんと言ったら知らんのだ!」

 どうも機嫌を損ねてしまったらしい。僕はそこそこ人当たりは良い方だという自負はあるのだが。

 僕は頭を下げて、踵を返した。二つ向こうのベンチに座っているカップルが、こっちをずっと見ていた。何だか恥ずかしい。

 水跡まで戻ると、また少し小さくなっている気がした。あまり宜しくない兆候だ。これが小さくなるという事は、それだけ時間が経っているという事だ。若葉が何か緊急の事態に関わっているのなら、時間が経過するのはあまり宜しくない事だろう。

 そういえば「人命に関わる緊急の事態」とは何だろう。人命に関わる事なんて大概緊急の事態だが。汗が焦りと一緒になって体表面を伝う。どうしようと考えて、取りあえず水分補給のためさっき買った烏龍茶を呷った。

 ……そう言えば、どうしてコーヒーなのだろう。

 僕は水跡に目を戻した。黒々とした水跡は、かなり小さくなっている。

 そうだ。水跡は無くなってしまう。僕がすぐに戻る想定だっただろうとはいえ、何故「コーヒーを零す」という手段をとったのか。僕だけに何か知らせるなら他にも手段があったはずだ。極端な話、タンブラーをそこにポンと置くだけで済んだだろう。つまり、この「コーヒーを零す」という目印自体に、何らかの意味があるはずだ。

 コーヒー。コーヒーは、黒い。

 さっと目を上げる。黒いものは無いか。先ほどのサングラス二人が黒いと言ったら黒いし、またよく見るとカップルの男性が履いているズボンと、女性の方が持っている大きめのバッグも黒い。しかし、これだけでは何とも言えない。

 水跡。水。水はどうなんだ?

 水跡はどんどん小さくなっている。……蒸発している。

 蒸発。蒸発は、つまり消える事だ。何かが消えている、いや、消えていく?

 ならば、なんだ?

 もう一度最初に戻ろう。……そうだ、最初に戻るのだ。これは「人命に関わる緊急の事態」だったのだ。

 水は蒸発するが、人だって「蒸発」する。

 それで、僕は全てを理解した。

 

「なんだ」

「いえ、別に」

 そう言って僕が腰かけると、彼はまたさっと顔を赤くした。

「あっちに行け!」

「何故です?」

「儂が座っているじゃないか!」

 老人は憤怒をあらわにしているが、僕は動じない。

「ここは公共のベンチです。僕がどこに座ろうと関係ありませんよね?」

「うるさい! 邪魔だと言っとるんだ!」

「では、貴方が動けば宜しいのではないですか」

 僕は彼の目を直視する。彼は口をへの字にして黙った。

「僕がここに座るのが嫌なら、貴方が別なベンチに行けばいいんじゃないですか」

「わ、儂が先に座っていただろう!」

「ですから、公共物に占有もへったくれも無いでしょう」

「ええい! やかましい、とっととどかないと」

「どかないと?」

 老人は汗だくで、今にもぶっ倒れそうだ。いや、正直に言うと僕もぶっ倒れそうなのだが。

「貴方は僕をどかしたがる。でも自分ではどかない。つまり、貴方はここに居たい。それは何故です?」

「ベ、ベンチのどこに座っても」

「問題はありません。僕だってそうです。でも貴方は僕を拒絶する。つまり、貴方はここを動けない理由がある」

 腰を浮かしかけていた老人は、その体勢で硬直して僕を凝視した。腰に悪そうな体勢だ。

「この暑い中、子供を除けば殆どの人が太陽光を避けています。ところが、貴方と向こうのベンチに座っているカップルは直射日光をまともに浴びるベンチから動く気配が無い」

 水跡はどんどん減っていく。が、別にその場を動くわけではない。

 おそらく、最後のヒントだったろう。

「まるで不自然です。ああ、座った方がいいですよ」

 僕が促すと、老人は魔法が解けたかの様にすとん、とベンチに戻った。表情だけが強ばって、僕を見ている。

「つまり、貴方とカップルはベンチに座っていなくてはならない理由があるはずです。諸々を省いて説明すると、それは「命の蒸発」に関わる何かの為」

 ぐう、と老人が唸る。彼の後方のカップルが、不審気にこっちを見ているのを気配で感じ取ったのかも知れない。

「命、蒸発、待機。これで出揃いました。では、それは何か」

 公園のどこかにある時計から、ささやかな鐘の音が響いてきた。午後一時だ。老人はびくり、と肩を震わせた。

「約束の時間なんじゃないですか」

 僕が言うと、老人は「ひっ」と呟いて少し後ずさった。

「貴方の後ろにいる人達は、貴方の事を心待ちにしているんだと思いますが」

 どうやら、これで老人の緊張の糸が途切れてしまったらしい。いや、あるいは極限に達したというべきか。

 とにかく、老人はぐるり、と白目を剥いてベンチからずり落ち、倒れてしまった。僕は冷静にスマートフォンを取り出し、然るべき番号を入力した。

 症状と場所を伝えて電話を切るのと、先ほどのサングラス二人組が全速力でこっちに駆けて来るのが大体同時だった。

「どうかしましたか」

 片方が僕に声をかけ、もう片方は老人を担ぎ上げると、木陰の方へ走っていった。

「熱中症だと思うんですが。今救急車を呼びました」

 サングラスの男は頷き、ちらっとカップルの方を見た。カップルはやはり不安そうにこちらを凝視している。それで確信した。

「で、手錠をかけた方がいいと思うんですが」

「……何だって?」

 サングラスの下からじろり、と僕を見るその眼光は鋭かった。

「おじいさんです。彼が犯人だと思いますよ」

「どういう事かな」

「貴方は刑事、ですよね?」

 サングラスの男は数秒黙っていたが、ふいにその黒眼鏡を取ってため息をついた。割と人好きのする顔だ。

「何でそう思ったのかな」

「あなた方はトレーニング中の振りをして、ずっとカップルの方を見ていた。監視していたんでしょう?」

「それで?」

 ちょっと楽しくなってきたのか、刑事(推定)は白い歯を見せて微笑んだ。

「監視をする理由なんていうのは限られています。でも、今回はまあ、色々あって、あのおじいさんが誘拐を手がけているのがわかったもので」

 そうだ。「人命、蒸発、待機」の答えは、ずばり「誘拐」である。人命が蒸発もとい行方不明になって、その上で待機する理由なんて身代金か何かの受け渡しに決まっているだろう。

「おじいさんは堂々と座っていましたが、カップルの方は落ち着かない風でしたからあっちが被害者でしょう。ならば、おじいさんが犯人であるのは明白です」

「なるほど。だがまあ、惜しいね」

 微笑んだままの刑事(推定)は、ふと思い出した様に尻ポケットに手を入れ、何かを引っ張り出して僕に示した。

「俺は刑事じゃないんだ」

 それは名刺入れで、彼は中から一枚抜き取って僕に渡した。

『吉見探偵事務所 所長 吉見祐一(よしみゆういち)』と書いてあるそれの後ろで、彼はにっこりと微笑んだ。

「君の推理は八割正解だ。あのじいさんが本当に犯人なら、後で話を聞いて、それから警察に連絡して終了さ」

「八割、ですか」

「そういうこった。何せ誘拐は誘拐でも」

 その時、後ろからカップルがベンチを離れて近づいてきた。男性の方が首を伸ばし、僕をちらっと見てから吉見さんに声をかける。

「あの、吉見さん」

「ああ、どうも。どうやらここに座ってた老人が犯人らしいので、後で話を聞きます」

「本当ですか!」

 女性の方が色めき立ち、男性に抱きつく。吉見と名乗った探偵(確定)は、汗を肩で拭いて木陰の方に目をやった。老人はもう一人の方に介抱されていて、サイレンの音も聞こえる。

「ええ、あそこに座って、あなた方が警察に連絡してないか確認するつもりだったんでしょう。まあ、その前にこの彼が」

 彼は僕の肩をぽん、と叩いた。

「それを看破してくれたんですがね」

 カップルは感謝の言葉と共に僕の手を掴んでぶんぶん振り回し、それから吉見さんと事務的な話をして、それから何度も頭を下げて去って行った。

「やれやれ、尾行の手間は省けたから良しとするさ。本当は受け取りにきた奴を尾行する予定だったんだよ」

 彼は肩を回しながらそう言い、公園に乗り入れてきた白と赤の緊急車両を見やった。

「ああ、それで、残りの二割なんだが」

 そう、それが今一番知りたい。

「実はね、あのカップルのところから「誘拐」されたのは」

 緊急車両から降りて来た隊員達が木陰にストレッチャーを運んでいくのを見届け、彼は僕に向けてウィンクした。

「犬でね」

 ……ああ、そう。

「いやあ、しかし助かった。後でお礼がしたいから連絡先を教えてくれるかな」

 ご厚意に甘える予定は無かったが気が変わったので、僕はメールアドレスと電話番号を彼に伝えた。吉見さんはそれを彼の携帯に登録すると、ふと微笑みを消した。

「ところで、なんでじいさんが犯人だって分かったんだい?」

「ああ、いえ、ちょっと」

「ふうん。まあいいさ。じゃあ、詳しく分かったらまた連絡するから」

 彼はまたウィンクして、大股で救急車の方へ向かって行った。僕はベンチを見て、老人の残していった飲料缶に向かってため息をついた。

 それは、缶コーヒーだった。


 救急車の付近に野次馬が出来た頃、若葉が公園の反対方向から駆けてきた。駆けてきた、といっても、彼女は非常に足が遅いので競歩未満である。珍しく少し汗をかいていたが、やはり微笑んでいた。

「すいません、お待たせしてしまって」

「いや、どこに行ってたのさ」

 そうだ。彼女は目印を残し、どこに行っていたのだろう。犯人を追っかけていたわけでもあるまいし、まさか犬探しに行っていたということもあるまい。

「実は、これが」

 彼女はそう言うと、鞄からタンブラーを取り出した。そして、くるりと反転させて底を示す。何故かくしゃくしゃのルーズリーフでくるんであって、少し茶色く染まっていた。

「タンブラーを底から地面に落としてしまって、丁度下に石があったので穴が空いてしまったんです。持ち上げたらコーヒーが零れていたので、止めようとしたんですがダメで。とりあえず中身を捨てに行こうとしたら水道の所で少し熱気にあたってしまったようで、木陰で休んでいました」

「ああ、そう。体調は?」

「大丈夫です。すいません」

 彼女はぺこりと頭を下げる。

「いいっていいって。じゃあ、早く行こう」

「ええ。……ところで、あの騒ぎは何です?」

 彼女は微笑みながら、救急車の方を見た。

「誰か倒れたんじゃない?」

 僕は素っ気なく言って、歩き出す。

 別に、ちょっと恥ずかしかったとかそういうのは無い。断じて、断じてだ。

 ……僕も少し、熱気にやられていたかな。

 そう思いながら、温くなった烏龍茶を啜った。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 短編五作目の投稿となります。


 最近暑いですね、ということでこんなお話を書いてみました。

 何となくタイトル詐欺ですが、ご容赦を。


 今回もまた不合理な感じのオチになりました。これもご容赦を(笑

 熱気にあたったのは、登場人物だけではなかったようですね…


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 ほいほい喜びます。

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