修羅の計略
僕達を囲んでいる生き物は当然ながら人間の姿ではなかった、身の丈は1mくらいの痩せた小柄の風貌で、髪は無く身体の色は茶色い土色をしており、僕達を睨む大きな目は赤い、まるで手長猿のように両手は長く下半身には褌を締めていた。
『どうも友好を期待する雰囲気じゃねぇな‥淳一‥』
『僕達を餌だと思ってるのでしょうか‥‥』
『あいつらは修羅界の鬼達だぜ‥自分らと違う風貌のヤツはあいつらにとっちゃみんな敵なんだ‥』
鬼達はじわりじわりと僕達との間合いを詰めてきていた。
『逃げますか?‥風神様‥‥』
鬼達は小さいとはいえ、軽く見積もっても100匹はいる、まともにやり合っても勝敗は明らかだ‥。
~須弥山阿修羅城~
阿修羅王が門の異変に気が付き天守閣より南方の空を見つめていた。
『親衛隊長!近くにおるか?』
『ここに…』
隣の部屋から親衛隊長が阿修羅王に近づいた、やや顔は硬直し額から汗が流れていた。
『親衛隊長、あの小僧ら門を抜けよったわ‥人間ならばあの文字の謎を解いたとしても、決して自分ではなく他の何かを犠牲にしようとするものだがな‥』
『恐れ多くもあの門をくぐったとあれば、あの小僧‥あなどれません。私が迎え撃ちましょう!』
『いや!まだよい、門の謎は少し知恵のある者ならば解くことはできよう‥だが、次の鬼共では果たしてどうかな‥人間の業を出し、それで自らを苦しめるであろう~』
生暖かい血の香りを運んで風が天守閣通り抜けた。
《万事休す》‥今の僕達にはこれほど当てはまる言葉はなかった。
『淳一!‥門に入っちまったからには、あまりおいらには近づくんじゃねぇぞ~!』
風神様は空手家のような構えで鬼達を威嚇しながら僕に注意を促した。
『解ってますよ!‥風神様!強くてカッコイイ姿、見せて下さいね!!』
僕は風神様の強さを信じて、この窮地の打開策を思案していた、間違いなく話し合いなんてありえないのは解っていた。
(戦いになる!‥風神様!お願いしますよ!)
まるで達人のような凄みをきかせて風神様は身構えていた。
鬼達はジリジリと近づいてくる。
『くるぜ!!淳一‥いつでも準備しておけよ…はぁぁぁ~』
風神様は両手を天に伸ばして気を高めた。
(やる気だ!風神様は!僕は殴り合いはした事ないけど、風神様が居るなら心強い!)
僕は拳に力を入れた!
(いつでも来い!)
僕達を威嚇していた一匹の鬼が奇声をあげた!
『ギギィ---ッ』
『風神様!』
僕は風神様に目をやった!
風神様は両手を天にかざしたまま叫ぶ!
『はい!降参!降参しま~す!』
『!!!!!』
僕の溜まった気合いが一気に蒸発してしまった。
『風神様~‥‥』
僕は泣きそうになりながら風神様を見つめた。
『こんな数!いくらおいらが強くても勝てねぇよ!アンポンタン!!一旦降参して次の勝機を待つ作戦!すなわち《果報は寝て待て》作戦だ!』
『そんな~‥寝るどころか殺されますよ~!』
思いっきり風神様に期待を外されてしまい、僕の頭はパニックになっていた。
焦っている僕達の姿を見ていた鬼達は、好機とばかりについに襲いかかってきた!
『うわっ!来た!!風神様~!どうします~?』
『オニ~‥ノ‥ミナサ-ン‥ワタチハ‥トモダチヨ~‥ナカヨクチテネ~‥』
完全に風神様もパニックになっていた。
『どこの外国人ですか!!うわっ!?‥あっ!!』
ラグビーのスクラムをするかのように鬼達は僕の身体を押しつぶそうと迫ってきた。
『ぐあっっ!く、苦しい!や、やめろ-!』
腕や足にしがみつく者、身体に抱き付く者、首を締めてくる者、その鬼達の赤い目は憎悪に満ちていた。
『ぐっ…あっ!!ふ…風神様~…助けて…』
苦しさで僕は風神様に助けを乞うが、風神様も鬼達におしくらまんじゅうをされていた。
『てやんで、ちくしょうめ!おいら切れたぜ!!こんちくしょ~!』
風神様は一匹の鬼を捕まえて放り投げた。
『ギィッ!!』
まるでゴム鞠のように鬼は弾き飛ばされてしまった。
『おっ♪!淳一~!こいつら弱ぇ~ぞ!!いけそうだぜ♪』
次々と風神様は鬼達を投げ始めていった。
僕も鬼を捕まえて投げてみた、僕の力でも簡単にぬいぐるみを投げるかのように軽く鬼達の攻撃をはね返す事が出来た。
(これなら僕でも‥)
僕は生まれて初めて戦いを経験していく、殴る・蹴る・投げ飛ばす、まるで特撮ヒーローのように悪人を退治する気持ちになっていった。
鬼達を倒していくにつれて、本当は僕は強いのでは?そんな錯覚すらしてきていた。
それが阿修羅王の策略とは知らずに…。
風神様はまるでブルドーザーのように鬼達を蹴散らしていく
『わはははは!淳一!どうでぃ?おいらの強さ!必殺風神パ-ンチ!!』
『風神様、調子のりすぎですよ…』
『果報は寝て待て作戦発動!ついに風神様の眠れる獅子が目覚めたのだ~!おりゃ~!風神スクリューパ-ンチ!!』
(場合によっては、ずっと寝てたでしょ?)
僕は突っ込みをいれそうになったけど、あまりの鬼達の攻勢にそれどころではなかった。
鬼達の力は弱いが倒しても何度もゾンビのように立ち上がり襲いかかってくる。
(はぁ、はぁ、こいつらしつこいな‥まるでダメージが無いみたいだ‥)
殴っても、蹴っても、投げ飛ばしても、しばらくすると鬼達は立ち上がり襲いかかってくる!
これでは僕達の体力が先に無くなってしまいそうだ。
『淳一!何なんだ~こいつら!倒しても倒してもきりがねぇ~…しつこいヤツは女にもてねぇぞ~!!』
風神様も徐々に疲労の色が見え始めていた。
(どうしたら…どうすればいいんだ!…)
戦えば戦うほど頭の中が焦ってくる、焦れば焦るほど余計な体力が減っていく…まさに悪循環だ。
(くそ!…弱いくせに舐めるなよ!!鬼め!人間の強さを見せてやる!!)
僕は一匹の鬼を捕まえ馬乗りになって、顔を何度も殴り続けていた。
『どうだ!どうだ!はぁ、はぁ、チビのクセに舐めるなよ!!チビはチビらしく、岩場に隠れて脅えてろ!!くそっ!くそっ!弱いくせに!……弱いくせに!‥』
(弱いくせに‥?‥弱い‥弱い‥?‥)
僕は鬼を殴るのを止めた。
(そうだ‥僕もそうだ‥イジメで逃げてばかりだった‥そして‥死のうともした‥僕だって‥本当は弱いんだ‥‥弱虫なんだ!)
僕は拳を振り上げたまま殴りつけていた鬼の顔を見つめた、真っ赤な瞳は憎悪むき出しだが、なぜか口元は震えていた。
押さえつけていた腕からも鬼の震えが伝わってくる。
(これって‥僕が鬼イジメをしているのか‥こいつらも僕達を恐れてるから、攻撃してくるのかも‥)
今の僕は《現場健司》と同じ…自分より弱いと思っていい気になって、強がって格好をつけて…そんな事を僕自身がやっている‥一番イジメを憎んでいた僕が…。僕の目から涙が溢れ、その涙が鬼の顔に伝った。
『ギィィッ!!』
鬼は敵意に満ちながら馬乗りになっている僕を弾こうとしている。
『わかったよ……』
僕は風神様に向かって叫んだ。
『風神様!阿修羅王はどこにおられますか?』
戦い真っ只中の風神様が大声で答える。
『おいら達の正面!あの一番高い山、《須弥山》だ~!あそこに居城がある~』
鬼達に囲まれながらも風神様は須弥山を指差した。
『行きましょう!風神様、須弥山へ!』
僕は鬼から手を離した。
『何やってんだ!淳一!戦わねえとやられちまうぜ!!おい!』
風神様が心配そうに僕に声を浴びせた、ただ僕にはどうしても確かめたい気持ちがあった、赤い憎悪の目とは裏腹の震え‥それはよく吠える犬と同じ習性なのではないか‥ならば僕のやる事は1つしかない‥それを実証したかった。
僕の手を離れた鬼はまたも僕に襲いかかってきた。
『ギィィ--!』
立ち上がっている僕の右半身に鬼はしがみついた、僕は怯えるでなく戦うのではなく、鬼に反抗せずに須弥山に向かい歩き始めた。
僕の歩行に鬼がズリズリと引きずられていく、何とか僕の歩みを止めようと更に他の鬼達が足にまとわりついてくる、力では鬼達より僕の方が勝っている、何匹も僕の歩みに引きずられていく、ついにしがみついていた鬼が僕の右肩に噛みついた。
『うぐっ!!‥』
無数の蜂に刺されたような痛みが右肩に走った。
『何やってんだ~!淳一!!喰われちまうぞ--!おいらが助けてやる!!』
風神様が僕の方へ鬼達を蹴散らしながら突進してくる!
『来ちゃダメだ!風神様!…ここは僕に任して下さい!もし、僕の考えが正解なら風神様も同じようにして下さい!…』
『しかしよ…淳一…おめぇ……そんな傷で…』
風神様の足が止まった、右肩に噛みついている鬼は何度も僕が殴った鬼だった。
右肩から胸にかけて止め処もなく血が流れ落ちる、右肩の皮膚が鬼の噛みついた歯で裂けていく、痛くて泣き叫びたい!激痛に涙が出てくる!思いっきりこの鬼を殴り倒したい!そんな気持ちを僕は心の中で押し殺した。
僕は噛みついている鬼に
『ごめんよ…本当は痛かったんだね…この世界では血を流しても、君達は死ねないんだよね…逃げられないんだよね…辛くても戦わないといけないんだよね…僕よりも君達の方がずっと強いよ…』
噛みついていた鬼の口が徐々に開いた。
『ギギッ……』
『さぁ、もっとやり返しなよ…僕は君にそれだけの事をしたんだから…』
しがみついていた鬼が僕から離れた、周りに居た鬼達も少しずつ僕から距離をおいていった。
『淳一!これはどういう事でぃ?おいらにはサッパリ解らねー…くそっ!どけ、鬼共!』
風神様はいまだに戦い真っ只中だった。
『風神様!今すぐ戦いをやめて!そして鬼達に全てを委ねて下さい!!』
『えっ!?おめぇ!そんな事出きるかよ!天下の風神様がよ!!』
『このままじゃ、永久に戦う事になります!この鬼達は僕達の鏡なんです!やられたら同じようにやり返す、彼らは本当は臆病なんですよ!だからこれまで僕達がやった事を、もう一度僕達が彼らから受ければそれ以降は彼らは何もしません!』
『そうか!解ったぜ~!…………て事は………おいらが必殺風神パンチを受けるのかよ!!!』
『耐えて下さい…風神様!…絶対反撃しないで!!』
『やだ---!風神パンチきょわい~~…こんな世界嫌だ~!!』
『………風神様が僕なら…今のでアウト…』
いつしか鬼達は僕から離れ風神様に襲いかかっていた。
どんな世界でも弱肉強食なのだろうか…それが自然の摂理だとしても、ライオンは満腹の時は弱い動物を襲わないようにしているみたいに、僕は強き者は弱い者の事を解らなければ、本当に強くはなれないような気がした。
僕の周りから鬼達は消えた、風神様には申し訳ないけど心身共に衰弱していた僕はその場に座り込んで眠ってしまった。
♪コッ♪コッ♪コッ♪
眠っていた僕の頭に痛みが走り、目を開けると僕を呼ぶ声が聞こえた。
『ぶんびち~!(淳一!)おばっばぼ~!(終わったぞ~!)』
『わっ!!ふ…風神様!!』
そこには顔面フルボッコされ、鼻血を出してる風神様が 僕に石を投げて起こしてくれた。
『よく耐えて下さいました、風神様…本当に凄いですよ』
『ふんっ!!』
かなり風神様はご機嫌が悪かった。
『必ず、今の涙ぐましい風神様の努力は帝釈天様も見られてるはずですよ!!万が一僕が地獄に堕ちたとしても、風神様の働きは誉めていただけますよ!』
『うぼうへ!(嘘つけ!)』
『だってそうでしょ?僕が負けた瞬間に地獄へ堕とすって事は、誰かがどこがで見ているわけでしょ?』
『……ほべもほぶべ(それもそうね)…』
『だから、さっきの風神様の御活躍はきっと知らせが入っていますよ…』
『…ほんぼ?(ほんと?)…』
『はい!きっと!』
『ぶばばばば~♪ほべべ、ぼびば、ひっべ、べびぶべ!(これで、おいら、出世、出きるぜ!)』
そう言って風神様はその場に倒れ込み、大きないびきをかき寝てしまった、僕もまだ疲れがあるのと傷口が少し塞ぐまで休む事にした。