神の宿る力
僕の自殺未遂事件があった翌朝から、家族の僕に対する応対が変わった。
いつも通り登校の準備をしていると母が
『今日は学校休んでもいいんだよ、本当に大丈夫かい?‥母さん気になって‥』
『大丈夫!もうあんな事はしないから、それに少ないけど友達も居るし、心強いから!』
心配している母を横目にさっさと準備を済まして僕は学校に向かった。
今日はどんな感じでクラスメートと会えばいいか、間違いなく昨日の一件は噂になっているはず、あの現場にしてみれば正に海老で鯛を釣ったくらいの嬉しい情報だろう…一瞬、僕の心に不安感がよぎった。
(考えてもしょうがない…もしかしたら昨日、僕が自殺未遂した事で現場も反省しているかも知れない)
そう思いながら、またいつも通りに校門を抜け校舎に入り下駄箱の前に僕は立った。
(今日は…何だろ…)
昨日はいきなりゴミが雪崩のように落ちてきた事もあり、ゆっくりと僕は扉を開けた…
上履きの上に白い封筒が置いてある。
僕は一瞬〈ラブレター〉と思い期待したが、その期待は僕が表を確認する数秒間で崩壊した…
《遺書》
やはり、昨日の事は学校に広がっていた、僕は封筒を開けて文章を確かめた。
《僕は自殺もビビって出来ない弱虫です。お父さん、お母さん、クラスメートのみんな!僕が死んだらウジ虫を見て思い出して下さい!
PS
自殺って線路沿いに寝てたら出来るかな?》
(現場…)
僕は封筒を破りゴミ箱に捨てた。
教室に向かう階段を一歩一歩登るにつれ足が重たくなっていく。
♪ガラガラガラ♪
教室の扉を開けて僕は中に入った、教室内の空気が冷め切っている、僕が登校するまではこの教室内にも笑い声が出ていたはず…今は誰も声を出さない…ただ僕が席に着く過程をみんなは目線で追いかけてくる。
僕が自分の机に目をやった…落書きがされていた。
《死んだら良かったのに!》
《根性無し!》
《生き恥さらすな!》
(ここまで嫌われてるのか…)
僕が机を眺めていると広山がカバンの中からインク落としを取り出し、無表情で僕に渡してくれた。
自分の机に戻る広山の背中には
《ロリコン星人エロメガネ》
と書かれた紙がこっそりと貼られていた。
(広山……)
僕が机の落書きを消していると、現場が教室に入ってきた。
『あれっ!あらっ!俺、霊能者になったのかな!!あそこに幽霊がいるぜ!』
現場が僕に近づく
『なんだ!足あるじゃん!俺てっきり幽霊だと思っちゃった~!生駒君生きたのね~!!』
僕は無心で机を拭いていた
『生駒君!昨日心配で心配で眠れなかったよ~!香典いくらにするか悩んでたら寝れなかった~』
現場のふざけた仕草に教室中に笑い声が広がる。
『いい加減にしろや!現場!てめぇ調子こいてんじゃねぇぞ!』
教室の入り口で加藤が現場に向かって吠えた。
『何だよ、加藤!てめぇこそ調子こいてんじゃねぇぞ!俺を誰だと思ってんだ?えぇっ!』
『ただの粋がってるボンボンだろうがよ!!何なら俺が相手してやんぜ!』
鬼の形相で加藤は現場に歩み寄る。
『ちっ、生駒ちゃん!またピンチの時にはカトチャンマンを呼んで助けてもらえよ!!』
現場が僕の机に唾を吐き教室から出て行った。
加藤は僕に声をかける
『おい!生駒!ちょっと屋上までツラかせや!』
僕は加藤に腕を掴まれ、屋上に連れて行かれた。
屋上に着くなり加藤は僕を投げ飛ばした。
ドサッ!!
背中に痛みが走った!
『痛ぇか?あぁ?生駒!てめぇ何半端な事してんだよ!情けねぇ事してんじゃねぇよ!』
倒れた僕の目線からは加藤が巨人に見えるほどの大きな姿だった。
『いいか!世の中にはまだまだ生きたいと思っていても叶わない人が大勢いるんだぜ!俺の親だってそうだ!』
加藤は強く拳を握り締めている
『僕だって…死にたくなかった…でも、こんな毎日が嫌で、逃げ出したかった…』
バシッ!!!
加藤の拳が僕の左ホホを貫いた。
一瞬頭がふらふらした!
『だからお前は甘ったれなんだよ!あのままお前が死んでいたら、お前は現場に負けたんだよ!!悔しくないのか?』
僕の目から涙がこぼれてくる
『悔しいよ…辛いよ…』
『その気持ちがあるなら、いつだって強くなれるぜ生駒…俺よりもな…』
加藤はそう言って教室に戻ろうとした。
『待って!どうすれば強くなれる?教えてよ!加藤…』
僕は加藤を呼び止めた。
『良い事も悪い事もその人間の考えでどっちにも転ぶ…お前の考え次第さ‥』
そう言い残し、加藤は屋上から姿を消した…。
教室で現場と加藤がやり合った事で、僕に対する露骨なイジメは影を潜めていた。
僕はまだ加藤が言った言葉が理解出来ずにいる。
いよいよ明日…体育祭だ!
明日の結果次第では、また現場が乗り出して来るだろう…もう僕には精一杯走るしかないんだ…。
~体育祭当日~
朝から空は晴天で絶好の体育祭日和だ、僕は登校中、先日の不思議な出来事を思い出していた。
(風神様…か…あれって…やっぱり、夢…だよな…)
時間が経つにつれ、僕はSF映画を観た後で感じる現実と架空の混同した世界を同時に体験したような気分へとなっていた。
(だとしたら…あの風神様も、以前何かの映画で観たシーンの一部だったのかな…でも、リアルな夢だったな‥)
僕は風神様との経緯に釈然としないまま登校した。
教室に着き、僕はカバンを机に置いた。
隣りの席の水川瞳が僕に話しかけてきた。
『生駒君、今日は責任重大だね…だいたいアンカーって陸上部がほとんどでしょ?でも、生駒君がアンカーなんだね、頑張ってね!』
『えっ!?僕が…』
水川瞳が黒板を指差した。
『ほら、あそこに順番が書いてるよっ』
(やられた!…くそっ…現場…)
『まぁ…順位は気にしないで、一生懸命走ってね…あと、ゼッケン取りに職員室に行ってきて!』
登校直後に水川に哀れな目で見られた僕は、またネガティブな心に支配されてきた。
徒競走なんて陸上部の成果を見せつけるだけの競技だし、さらにうちの陸上部はインターハイの常連ばかりなんだから、走る前から結果は確定しているに等しかった。
(とことん僕を全校生徒の前で恥をかかせたいのか…)
僕は下唇を噛み締めた…口の中で鉄の味がしていた…。
職員室に行き、ゼッケンを貰い教室に戻った、僕より先に広山が体操着に着替えていた、僕は広山の背中に目をやる。
『!!広山!背中に〈鈍牛〉って書かれてるぞ!』
『相変わらず子供っぽい事するよね…ま、低俗な人間のする事だよ』
広山は全く気にしていない様子に僕は安心し、自分の体操着をカバンから出した。
(えっ!?…)
僕の体操着の背中には〈鈍亀〉と書かれていた。
『…広山…僕は鈍亀だって…』
(もうこれだけで、全校生徒の笑い者だ…)
もうすぐ開会式だし、家に体操着を取りに帰る事も出来ない…最悪だ!
『生駒…これで僕達鈍亀と鈍牛をアピール出来るから、堂々とリレーは負けれるね!』
『広山…!!!』
僕の身体に電流が流れた!僕はようやく加藤が言いたかった事を理解出来たのだ。
『そうだよな!物事考え次第だよな!広山!精一杯走ろう』
こうして僕と広山は校庭に向かった、開会式の時は僕達の後ろでしきりに笑い声が聞こえたけども、僕達は一向に気にも止めなかった。
僕の学校は昔からの伝統で体育祭は紅組白組と分かれて行われているそうで、僕のクラスは紅組だ。
午後の競技に入ってもお互い得点数のリードを許さず、拮抗していた。
~いよいよ僕達だ~
アナウンスが校庭中に響き渡り、出場者がスタート地点に集合する。
僕は紅の鉢巻きをグッと締めて列の最後尾に座り順番を待った。
僕はあえて一緒に走る連中の顔は見ないようにした、どうせ陸上部のエース級なのは確かなのだから…。
僕は校舎の上に設置されている得点板を見上げた、今のところ紅組が僅かにリードしている、次の走者は広山だ…。
(思いっきり行けよ!広山!)
『鈍牛君~思いっきり転けてね~!!ギャハハ!』
現場のヤジが聞こえたが広山は冷静だ。
《よ~い!…》
♪パン!!♪
がむしゃらに走る広山の後ろ姿を僕は見つめた!いつもは静かで大人しくマイペースな広山が、上位に食らいついている!
(行け!広山!そのままでもいい!得点圏内だ!)
後30m…
広山の鉢巻きが真っ直ぐに後ろに靡いている!
後20m…
(よし!行け!広山~!‥あっ!!!)
ゴール間近で広山のバランスが崩れた…
砂煙は倒れた広山を覆い隠した…
(広山……)
広山はその場から何とか立ち上がり、足を引きずりながら競技終了者の列に戻り、そのまま顔を伏せて座った…たぶん悔しかったのだろう。
『よっ!鈍牛君!期待裏切らないでくれて、ありがとう~!君のせいで逆転されたよ~!責任取れよ~!!』
大笑いしながら現場がヤジを飛ばす。
(現場!!…)
僕のへそ辺りから、今まで感じた事が無かった熱い溶岩が吹き上がってきた!
『次の走者!前に!』
僕はスタートレーンに立った、100m先で座りながら泣いている広山の姿が僕の目に映る…
(あれは現場のヤジで泣いているんじゃない!精一杯の自分に負けたから悔しいから泣いているんだ…広山…強いよ…お前…)
『位置について!』
(ただ、あのテープに向かって…ただ走ればいい!)
『よ~い!』
《いいか!走る前に真言を唱えるんだぜ!忘れんなよ!!》
(風神様!)
『オン イダテイタ モコテイタ ソワカ~!!』
♪パンッ♪♪
さすがに陸上部のエース級はスタートも上手く、僕は出遅れた!
『くっ…これから!』
僕の視界の前に2人が見える!
(あれっ?)
確かに前の2人も全速力で走っているはずなのに、陸上部でもない僕が着いていけてる…
(えっ!?並んだ…)
僕は彼らの横に並んだ!一瞬彼らは見たこともない奴が横で走っているのに驚き、更に力を振り絞った。
(いける!彼らは限界だ!後少し!韋駄天様、広山の無念を晴らさせて下さい!!!)
♪パンッパンッ♪
僕の腹部にゴールテープが巻き付いた!
校庭中がざわついた…鈍亀がインターハイに勝った。
陸上部の部員達は呆然として僕を見つめていた。
いつも冷静沈着な広山が満面の笑顔で喜びながら僕を迎えてくれた。
『凄い!凄い!生駒!やっぱり君はやれば出来るんだよ!…』
僕は少し照れくさそうに
『違う…それは広山が僕に一生懸命になることを教えてくれたからだよ!ありがとう』
『うん、うん…』
広山はずっと頷いていた。
『あと加藤にもお礼を言いたいよ、今日はバイトで来てないけど、あいつにも世話になったから…』
こんな晴れ晴れとした爽快な気分は僕の人生で初めてだった。
いつの間にか現場は姿を消していたが、僕にはそれもどうでもよかった…
閉会式が終わり、生徒は下校していったけど、僕はまだ今日の事が興奮していたのか1人屋上に上がって夕日を見ていた、屋上に吹く風はとても心地よかった。
『よくやったじゃねぇか!淳一!』
(!!!)
『風神様…!』
いつの間にか僕の後ろで風神様が座り込んでいた。
『おいら、気になってよ!おめぇの走る順番までずっと、こっから見てたんでぃ!』
『ありがとうございます!』
『それにしても、おめぇが走り出して遅れた時は冷や汗がでたぜ!‥あれも敵を油断させる作戦か?』
『作戦?‥』
『おうよ!おめぇの背中に鈍亀って書いてるじゃん!それもあれだろ?〈僕は足が遅いです〉って伝えて油断させてたんだろ?憎いね~!こんちきしょ~』
『いえ!これは…その…まぁ…そんなもんです…』
『くぅ~…泣かすじゃねぇか!友の為に颯爽とスタート地点に立つおめぇの姿においら号泣しちゃった!…何百年振りかに泣いた!…神様泣かしたら罰当たるぜ!』
『勝手に泣いてたの風神様でしょ…』
『うっ…おほん…ごほっ…ま、これでおいらも韋駄天様に報告出来るし、これでお別れだな!将来、おめぇが元気で死んで、元気にあの世に来たらまた会おうぜ!』
風神様が立ち上がり帰ろうとした。
『待って下さい!風神様!!』
僕は今まで出した事がない大きな声を出して呼び止めた。
『何?お礼かお土産くれるの?…わりぃな~!気ぃ使ってくれちゃって!…僕…神様として当然の事、しちゃっただけなのに~!どうしてもって言うならお供え物として頂いちゃおうかな~』
照れながら風神様は僕に手を出した。
『風神様……』
『はい♪ごっちゃんです♪』
『僕に神通力を学ばさせて下さい!!』
『はい♪…ありが……えっ!!だ、だめだ!だめだ!だめだ!そんなの出来るわけねぇ!!たかが人間が俺達神様の力を手に入れる事なんざ無理だ!』
『そんな事は解っています!ただ、僕はこの世の中に僕と同じようにイジメに遭ってる人や、不幸な境遇の中に居る人々の力添えをしたいんです!たとえ神様の力の一億分の一でも与えて頂けたらいいんです!お願いします!』
『あのな~…んなもん俺様の独断で決められるわけないだろが!このスットコドッコイ!』
『じゃ!上司の神様に相談して下さいよ!お願いします!』
『あんな…ずっ~と昔に、おめぇみたいに修行したい!ってヤツがいたんだよ…でな、最初は頑張ったんだけどよ…ある場所でついに根を上げちまって…そのまま無間地獄に落ちてしまったんだよ…』
『えっ…』
『おめぇら人間界では究極の選択肢は生きるか死ぬかだろ?こっちの世界では、力を手にするか永久に暗闇を彷徨うかしかないんだ…当然死ぬ事も出来ない…それは死ぬ事よりも苦しいんだぜ…』
『………』
『悪いことは言わねー!おめぇがさっき言った事は忘れちまいな!』
『………』
『じゃな!…淳一…』
風神様が白い大きな袋を掲げた。
『待って!!本当なら僕は風神様とぶつからなければ、死んでいたんだ…風神様に頂いた命…僕は神様のお役に立ちたい!お願いします!風神様!…』
『やれやれ…帝釈天様が言った通りになってきやがったぜ‥…正直、おいらおめぇには普通の人間として生きて欲しかったぜ…これからおめぇが受ける事はイジメ程度なんてもんじゃねぇ!!各界の全ての苦がおめぇに降り注ぐんだぜ…いいのか?』
『覚悟は…出来ています…』
『そうかい……俺とぶつかって少しはおめぇも神通力があるはずだ…それを種として成長させるか、それとも未来永劫暗闇に苦しむか、おめぇ次第だぜ!』
『はい…』
『ふぅ~……ここで待ってな!天部に行って許可が出るか聞いてきてやらぁ!』
強い風が屋上を吹き抜け、風神様は姿を消した。
(大それた事を言ってしまった…各界の苦って何だろ?帝釈天様って何者?)
いつの間にか日は沈み辺りは暗くなっていた。
(暗闇って…こんなのかな…?)
ビューーーー
強い風と共に風神様が帰ってきた。
『風神様!…』
『………』
『風神様?…』
『うん……』
『だめ…だったんですか?』
『ううん…その逆…どうも、おいらには解らねー!こんなひ弱な淳一に修行させるなんて!いきなり無期限泊無期限日の無間地獄ツアーにご出発だぜ!なんでだ…』
『じゃ!僕は修行出来るんですね!』
『ああ……まずおめぇは修羅界に行く事になる…人間界の一つ下の界だ…』
『修羅界…』
『その世界は常に戦闘状態でな…その軍団の長が阿修羅王なんだ…阿修羅王と帝釈天様は何かと因縁があってな‥まぁ帝釈天様の奥方様が阿修羅王の娘って事もあるんだけど…あぁ!んな事言ってる場合じゃねぇ!!いいか?修羅界では弱い者はいつもいたぶられている!強くなくてはならねぇ!!大丈夫か?イジメられっこの淳一様よ!』
『……』
『無理だぜ~!おめぇは…ましてや人間なんだぞ!なっ、今ならキャンセル料払わなくていいから、修行キャンセルしちまおう!なっ…』
『行きます!修羅界に!』
『おいおい…淳一さ~ん!!』
『風神様、心配してくれてありがとう!やはり僕は修行がしたい!』
『…よ~し!わかった!じゃ、この風神様がおめぇを修羅界の門まで送り届けてやらぁ!!明日の午前2時!あの高架橋で待っていろ!!』
『はい!』
修羅界…争いが耐えない世界…阿修羅王が支配する世界…どんな所だろう…