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十三番目の神将  作者: 夕風清涼
第二章 悪夢からの初恋
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剣術修行①・無惨

この世界にやって来て初めて食事にありつけるのだが、僕は明日の修行が気になって食欲が湧かなかった。


食卓テーブルには、まず僕達では口に出来ないような高級中華料理が美しく並べられている。


(海とかこの世界に無かったのに、どうして海鮮食材もあるのかな?)


料理の中には伊勢海老やアワビ、魚の揚げ物なども目に付いた。


『上手い!最高だぜ!こりゃ何だ?とりあえず食っちまお!ガツ、ガツ!う~ん♪ホッペも喜ぶこの食感~♪最高~』


野生動物の食事かと思うほど風神様の食欲は凄まじかった、回転寿司のように次々と皿が積み上げていく。


『あれ?淳一食べないの?なら、前にある餃子をおいらにちゃぶだい♪』


見る見るうちに僕の前から料理が消えていく、ポチも大きな皿に添えられていた鶏肉料理をほぼ完食しようとしていた。


『風神様は食欲ありますね‥明日は大変だと言うのに‥僕は気持ちが一杯で食欲が出ませんよ‥』


とりあえずスープだけを手に取り一口すすった、やや塩分が濃いように思えたが味は絶品だった、もし明日の修行が無かったら僕も風神様のように料理をがっついていただろう。


『ダメだな~!淳一は!腹が減っては戦は出来ねえ!明日は生意気な天夜叉をギッタンギッタンのグッチャングッチャンにして《あぁぁん!風神様お止めになって~!》って言わしてやるぜ!わははは』


一体どこからあの自信が出るのか不思議だった。


『食えよ!淳一!‥明日は明日の風が吹くだ!今から考えてもしょうがねぇ~‥ほれ!これやるから!』


どう見ても酢豚の具材のニンジンとピーマンだけが残った皿を僕に差し出した。


『‥‥風神様‥これって‥元々酢豚では?‥』


大きな中華皿にニンジンが6切れとピーマンが12切れ、わずかに豚肉の揚げ物の油かすがタレの中に浮いていた。


『……いや、ニンジンとピーマンの餡掛け炒め……淳一君はベジタリアンでしょ?…』


顔を横に向けて、いかにも白々しく口笛を吹いて風神様は僕との目線を外していた。


しょうがなく僕はニンジンに箸を付けて口に入れる。


『おぉ!淳一君が食べれた!偉いぞ~!ニンジンは栄養があるからな!…よし、褒美にこれもどうぞ!』


風神様はトマトとパセリしか乗っていない皿まで僕の前に置こうとした。


『はい!トマトとパセリのサラダ♪ゴマだれ付き~♪』


『それって…蒸し鶏にかけてたゴマだれでしょ?……』


本当にどこまで本気で冗談なのか解らないのだが、いつしか風神様とのやり取りをしながら僕の箸は料理に手を伸ばしていた。


『どうです?お口に合いますか?』


次の料理を運んできたお手伝いさんらしき女性が僕達に感想を聞いてきた、僕は先ほどから気になっていた事を質問した。


『すみません、この世界には確か僕の知るところでは湖しか無いはずなんですが、どうして海の物があるのですか?』


お手伝いさんは軽く頷きにこやかに答えてくれる。


『御館様姉妹は淳一様の世界では東南アジアで崇拝されていまして、そのお供え物には海の幸などもあるのですよ』


『そうなんですか‥へぇ~』


『それとお気づきかも知れませんが料理の味付けで少し塩分があるのも、夜叉様の信仰によるものですので、ご了承のほどを‥』


お手伝いさんは僕達に頭を下げると、また厨房に戻って行った。


『それで塩分が多いのかな‥場所柄で色々なお供え物があるんですね‥風神様?』


早速、次に出た蒸したての焼売を口に頬張り満足気な風神様が答える。


『ばぁ!ぶぼぶぼ、ほのみがあぶばらな~(まぁ!色々好みがあるからな~)』


『…飲み込んでから言って下さい!…』


こうして僕達の夜が更けていった。



《翌早朝》


かなり久しぶりに布団での睡眠を満喫した僕は心地よく目覚めた、いよいよ今日から剣術修行の始まりだ!緊張感が全身を硬直させ、何者かに心臓を掴まれているような苦しさで呼吸が乱れる。


(誰だって最初はこんなもんだ!)


何度も自分に言い聞かせながら顔を洗いに廊下を出て洗面所に向かった。


《あっ、淳一様おはようございます!》


厨房の前を通り過ぎようとした時に昨夜のお手伝いさんが僕を見つけて挨拶をしてくれた。


『あっ!おはようございます!昨日はご馳走さまでした』


朝食の仕込み中なのか、ほんのりと焼き魚とスープの香りが廊下まで漂ってきていた。


『今日から剣術修行ですか?頑張って下さいね!今朝は御館様姉妹とご一緒に朝食をとって下さいね』


『‥はい、ありがとうございます‥』


(大丈夫かな?…天夜叉さんと、風神様…食事中にまた喧嘩したら…)


一抹の不安を抱きながらも、僕は洗面所へと向かった。


(やはり広い御屋敷だな…洗面所は確かこの廊下の先だったはず…)


『おはようございます!淳一殿、昨夜はよく眠れましたか?』


ちょうど部屋から地夜叉さんが出てきたところに僕と鉢合わせした。


『えぇ、お陰様で何て言うかずっと野宿だったので本当にゆっくり休む事が出来ました』


『それは何よりです、ではまた朝食の時に…』


地夜叉さんが一礼をし、僕とすれ違う際にふんわりと甘い花の香りがした。


(キレイな人だな…本当に強いのかな?…あの人がポチの相手をするなんて、まだ信じられないや…)


半信半疑のまま僕は洗面を済ませ、いい香りがしてくる食堂へと足を運んだ。


『よお!淳一!腹減ったな~!おめぇが来るのを待ってたぜ!なっ、ポチ?』


いつの間にか風神様とポチは食堂に現れていて、僕がやって来るのを待っていたようだ。


『僕が洗面に行く前はまだ寝てたでしょ?いつの間に起きたんですか?』


僕が席に着くと風神様は箸を持って朝食が運ばれてくる厨房を覗き込んでいる。


『淳一が部屋を出た時にいい匂いがしてな、そしたら目が覚めちゃった~!』


風神様はワクワクしながら朝食を待っている。


『ところで、虚空夜叉さんらはまだですか?』


僕は食堂の入り口に目をやった。


『へん!知らねーよ!天夜叉の面を見ながら飯食っても旨くないやい!』


風神様はドンドンとテーブルを叩いた。


『えっらそうに!タダ飯食らいの緑カボチャ!こっちこそご飯がマズくなるわよ!』


いきなり鎧姿の天夜叉が食堂に入ってくるなり、風神様へ罵声を浴びせた。


『にゃにぃ~!偉そうに安物の鎧を纏いやがって!後で覚えてやがれ!』


今にも2人は一触即発の状態になっていき、すぐにでも外に出て暴れそうだった。


『お止めなさい!2人共!食事前ですよ!』


(えっ!?…わっ!…もしかして虚空夜叉さんと地夜叉さん??)


天夜叉さんの後ろには昨日に見たキレイな着物姿の2人ではなく、立派な鎧を身に纏った虚空夜叉さんと地夜叉さんが凛々しく立っていた。


(つ…強そう…)


『さっ!天も風神殿も席に着いて‥』


2人を諫めた姉妹は静かに席に着いた、それを見計らったように厨房から朝食を持ってお手伝いさんが現れ、僕達に配膳を始めた。


『では、食べながら聞いて下さい!これから修行の場所を指定しますので覚えておいて下さい‥まず、地夜叉と狼は南の山岳、天夜叉と風神殿はこの夜叉界の空域、私と淳一殿は外の平原とします』


一同、虚空夜叉さんの言葉に頷いた。


(いよいよ始まるんだ‥)


『各自、朝食が終わった者から速やかに修行場に移動し始めて下さい!必ず昨日の決め事は遵守するように!』


そう言うと冷静沈着に虚空夜叉さんは食事を始めたが、この冷静さが一際不気味に僕の恐怖心を揺れ動かしていた。


『おっしゃー!ゴッチャンした!おら、天夜叉!この風神様がこれでもか!ってほど空から地面に叩き落としてやるぜ!』


一気に朝食をかきこんだ風神様は闘志剥き出しで天夜叉さんを挑発した。


『糞生意気なドテカボチャ!お前こそ鞠のようにポンポンと地面を弾かせてやるわよ!』


いがみ合いながら2人は早速屋敷の外に出て行った。


(風神様…頑張って…)


『そうそう…淳一殿、この狼の名前は何でしたか?』


食事を済ました地夜叉さんが口を拭きながら聞いた。


『‥ポチです‥』


地夜叉さんはポチを見つめた。


『ポチ?‥そう‥可愛い名前をつけてもらったのね‥魔獣と言われていたのに‥出来れば私があなたを退治したかったわ!銀氷の白狼!』


物凄い殺気が地夜叉さんから放たれ、それを受けたポチが毛を逆立て牙を剥き出した。


(ポチが初めて僕を襲った時と同じ殺気だ!)


地夜叉さんはポチを本気にさせて戦うつもりなのがひしひしと伝わってくる!僕なんか、もう一度本気のポチと戦うなんて考えただけでも逃げたくなるのに、地夜叉さんはあえてポチを本気にさせていった。


『いい殺気だわ!‥こうでなくちゃね!私を食い殺すつもりで来なさい!私もお前に容赦はしない!‥殺す一歩手前まで追い詰めてやるわ!』


地夜叉さんがゆっくりと席を立つとお手伝いさんが用意した長槍を手にし、ポチを引き連れて食堂を後にした。


(……ポチ…)


風神様とポチがこの先どうなるのか、僕は不安を隠せなかった。


『淳一殿…狼と風神殿を心配されるよりも、自分の事を心配したほうが良いですよ…では、食事もお済みのようなので外へ行きましょう…』


虚空夜叉さんは僕を屋敷の外へと連れて行く、裏門を出るとそこはまるでスイスの草原を題材にした物語と同じような風景があった。


(凄いな…草原に…花々…キレイな空気…ここで修行するのか…)


『さぁ!淳一殿!人は死の直前によく花畑を見るといいます、あなたがもし地獄に行く事になれば、この風景があなたにとって最後の美しい風景となるでしょう!覚悟は出来ていますね?』


虚空夜叉は右手で腰の剣を抜き、剣先を僕に向けて構えた。


『えっ!?あっ…えっ‥あれ?‥』


僕はどうしていいのか解らず、自分の右手を見ながら焦っていた。


(確か阿修羅王は念ずれば修羅刀が現れると言っていたはず…よし!出てくれ!修羅刀!)


いきなり右手の拳から赤い炎が2mほど真っ直ぐに伸びると炎の形のままで固まり剣になった。


『ぐっ!あっ…お…重い…』


修羅刀の重量で右肩が抜けそうになる、とても持ち上げて剣術が出来るような余裕すら無い。


『早く構えなさい!剣を地面に付ける事は許しませんよ!それは阿修羅王を地面にひれ伏さす事と同じ!』


(お…重い…腕が…上がらない…剣が嫌がっているのか…)


重さに耐えられず徐々に修羅刀が地面へと下がっていく。


『…未熟者…これほどとは…まだ修羅刀すら持てませんか…今日はこれまでですね!…』


僕が地面に修羅刀を落とす瞬間に、虚空夜叉さんは僕の横を疾風のように通り過ぎた。


『修羅刀を地面に付けるのは許さないと言ったはず!…日付が変わるまで、その痛みに耐えなさい!』


虚空夜叉さんはそう言うと、修羅刀が消えた僕の右腕を投げつけた。


『えっ!…手…ぐっ!ぐぁぁぁ~…!』


以前、ポチに襲われた時と同じ激痛が右腕に走った。


『淳一殿、しばらく修羅刀を使う事は許しません!明日からは身体をまず鍛えていただきます!屋敷に戻り手当てを受けなさい!』


剣を鞘に納めそのまま虚空夜叉さんは去って行った。


僕は激痛に苦しみながらも何も出来なかった自分を恨めしく思い涙が止まらなかった。


(しっかりと剣も持てなかった‥虚空夜叉さんの切りかかる動きも見えなかった‥)


僕はいつしか草原で倒れ込み気を失った。


‥‥‥‥‥‥‥

‥‥痛い‥腕が‥

誰か‥‥

痛みを‥‥


『はっ!?ここは?…』


目が覚めた僕は寝室に運び込まれていた、明日には元に戻る為か斬られた腕は止血だけの処置がされているだけであった。


『いっ!いたたっ!…これが…夜中まで続くのか…ぐっ!…痛っ!…』


激痛の為か腕を切り落とされたせいか、身体中に寒気がする。


(熱が出てるのかな…寒い…)


『よお…淳一…早いな!……』


横で声がする方向に顔を向けると、斬り傷だらけの風神様も寝込んでいた。


『風神様も…やられましたか?……』


『今日の…いたたっ!ところは…天夜叉に…あたたっ…サービスしてやったのよ…いちちっ…明日は…泣かしてやるぜ…へへへ…』


(風神様……)


また僕の意識が薄らいでいった。


(ポチはどうしてるかな……)

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