阿修羅王
男は僕達を先導し城内の奥へと進んでいく、ただ僕の城のイメージとはかなり雰囲気が違っていた、どうしても城と聞くと絢爛豪華な内装と立派な置物が並んでいると思いがちだが、この城は山をくり抜いた要塞の様であり、壁にしてもそのまま土がむき出しだった。
『なんか、喫茶室も待合室もなさそうな雰囲気だな‥薄暗いし寒いしよ~‥』
風神様は周りの異様な雰囲気に警戒しながら僕の後ろをついてくる。
まるで洞窟探検をするかのように奥へ奥へと進むと、目の前に中世時代を舞台にした映画やアニメに出てくる塔の内部にあるような螺旋階段が現れた、男はガシャッ!ガシャッ!と鎧の摩擦音を出しながら何も言わずに階段を登って行く。
『この階段を登るのかよ!おいら最近膝の調子が悪いから、飛びながらついて行くぜ~』
風神様はフワフワと幽霊のように身体を浮かして僕とポチの間に入った、いつもならもっと冗談ぽく言うはずなのに阿修羅王と面会する重圧もあってか、普段よりも無口になっていた。
(風神様もかなり緊張してるようだ…)
しばらく螺旋階段をぐるぐると登る、途中で僕は恐る恐る下を覗いた、たぶんビルの5Fくらいの高さまで来ているだろう、一体どこまで登らなければならないのか全く検討がつかなかった。
五分ほどぐるぐると階段を登ると男は右側に身体を向けて、通用口に入っていった。
(あそこから王の間に行くのか…)
通用口に入り僕達は男の後ろをついて行く、左右の壁には10m間隔で松明が灯され幻想的な雰囲気を醸し出されていた。
刻一刻と阿修羅王との面会が近づいてくる、まだ一度も経験した事はないし、したくもないが裁判の判決を言い渡される囚人ような気持ちに僕はなっていた。
次第に僕達の先に重厚な鉄で出来た扉が視界に入ってきた。
(いよいよだ…)
自然に口の中に唾液が湧いてくる、僕は何度も生唾を飲み込んだ。
ようやく男は扉の前で僕達に声をかけた。
『しばらくここで待っておれ、私が貴殿らを呼んだら中に入り、王の前に立ち一礼してからすぐに方膝をついて頭を下げるのだぞ!』
男は僕達に指示を出すと扉の前で大声を出し、中にいるであろう阿修羅王に挨拶済ませると扉を開けて中に入っていった。
『いよいよだな!淳一!…おいら怖くて6番行きたい…』
風神様は額から汗をながし股間をもじもじさせている。
『ここまできたらトイレは我慢して下さいよ~!』
実は僕もトイレを我慢している状態だった。
♪ギィーーーーッ
ゆっくりと扉が開く音し、男の声が王の間から響く。
『一同!中に入られよ!』
(ゴクリ‥)
生唾をまた飲み僕達はゆっくりと歩き出した、扉を抜けるとさすがに王の間らしくギリシャ神話の神殿のような空間だった。
僕は目線をさげながら玉座に向かって歩く、心臓が激しく鼓動する、足音だけが空間に響き渡る、視界に玉座につながる階段が見えてくる。
この階段の上には阿修羅王が居る、目線を玉座に向けたいが恐怖で目を向けれない、僕達は顔を伏せながら横一列になり玉座に向かって一礼をして片膝をついた。
『……小僧!面を上げ名を述べよ!』
階段の上から声が聞こえた、間違いなく声の主は阿修羅王だ、頭から流れ落ちる汗が首筋に伝った。
『はい!』
僕はゆっくりと下から上に階段を眺めるように顔を上げた、最上階には翡翠色の大理石で作られた玉座に黄金の鎧を纏った阿修羅王が座っていた。
僕はもっと魔神のような形相を想像していたけども、顔付きは僕達人間と変わりなく、どちらかと言うと人気イケメンアイドルの顔だった。
(阿修羅王……天部に戦いを挑んだ神…)
均整のとれた顔だちとは裏腹にどす黒いオーラが僕の肌へと階段から漂ってくる。
『初めてお目にかかります!…僕は生駒淳一と申します…』
僕は必死に恐怖と戦いながらも阿修羅王を見据えた。
阿修羅王は頬杖しながら玉座で足を組み、蔑んだ眼差しで僕に質問をしてくる。
『生駒よ!…貴様は鬼神を連れ、なぜ修羅界に来た!…まさか六道修養をするつもりか?…』
『はい…そうです!』
『ふっ…ふはははははははっ!貴様のような小僧がか?……愚の骨頂だな!』
阿修羅王は呆れ顔で僕から目線をずらした。
『生駒!貴様が須弥山まで来れた事は誉めてやる!…しかし、それは貴様1人だけでの力では無い!…それは貴様も解っておろうな!』
『…はい…僕は弱い人間です…人間の中でも更に情けない貧弱な心の持ち主です…だからこそ…僕は強くなりたいのです…』
僕は阿修羅王に訴えた。
『偉そうな事をほざくな小僧!その為だけに無間地獄に堕ちても良いのだな?』
『はい!覚悟の上です…』
『そうか!!ならばわし自ら無間地獄に叩き堕としてくれよう!小僧!覚悟はよいか?』
阿修羅王はいきなり玉座から立ち上がり、右手の拳を握ったまま前に腕を伸ばすと眩い光と共に炎の形をした太刀が現れた。
『小僧!我が修羅刀の太刀筋を交わせるか?…』
♪ガシャッ…ガシャッ…ガシャッ…
鎧の音を響かせ右手に修羅刀を持ちながらゆっくりと阿修羅王は僕に向かって階段を下りてくる。
『淳一!!逃げろ!』
風神様とポチが臨戦態勢に入ると黒の鎧男が割って入った。
『手出し無用!あの小僧を思うなら後ろに下がられよ!もし、出来ぬ場合は私が貴殿らの相手をいたす!』
男は両手を広げ風神様とポチを後ろの壁際まで押し下げた。
(風神様‥ポチ‥)
片膝をついていた僕は立ち上がった、阿修羅王は一瞬で切りかかってくるだろう、万に一つも勝ち目は無いがどうせ負けるなら僕の人生の勲章として一回でも阿修羅王の攻撃を交わすつもりでいた。
一歩、一歩、阿修羅王は僕を睨みつけながら階段を降りて来る。
(オン・マカキャラヤ・ソワカ)
僕は大暗黒天様の真言を唱え、阿修羅王を見据えた。
(!!!!)
阿修羅王の鼓動、血流、筋肉の動き、感情の状態、全てが平静を装っている。
(これじゃ、動きが読めないしこの先が見えない…)
僕は少し後ずさりをした。
『どうした?生駒…わしが恐ろしいのか?…ふっふっふ…わしには見えるぞ!…身体全体から貴様の恐怖心が湧き出るのがな…』
ライオンがゆっくりと獲物を狙うように阿修羅王は僕の姿から目を離さない、焦りと恐怖心で身体が凝縮し思考能力が低下していく。
『生駒!…わしの動きを読もうとしておるのか?…まったく無意味だ!だが、わしには貴様の行動が読める!』
阿修羅王の言葉には嘘はないはず、必ず僕の動きを瞬時に読み攻撃してくるだろう。
『ぐっ!……』
動く事も出来ない、下がる事も出来ない、どうすればいいんだ…。
『生駒!闘争心もなく闘いすら経験の少ない貴様がわしの太刀筋を見切る事などありえん!…これまでの貴様の思い出と共に地獄に送ってやろう…覚悟はよいな…生駒!』
阿修羅王は右腕を真横に伸ばし修羅刀を構えた。
(本当に何も出来ないのか!ただ斬られるのを待つだけなのか…闘う事も無理なのか…)
『ヘックション!ヘックション!…あ~…この場所ホコリっぽいぜ~…塵がふわふわと浮いてやがる…』
風神様が手をバタバタして塵を払おうとしていた。
(ふわふわと…ふわふわと…)
僕は身体の力を抜くと阿修羅王の攻撃に備えていた構えを解き、何も考えずに立ち尽くした。
『ほう‥無形の構えか‥鬼共や狼に通じたかも知れんが、わしには無意味じゃ!』
ついに阿修羅王は切りかかる体勢になった。
(オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ)
『我が修羅刀の切れ味、地獄で伝えよ!生駒!』
阿修羅王の足の血流が早まった。
(真っ直ぐ飛んでくる!太刀は右から左に流れてくる!)
阿修羅王の姿が消えた瞬間、僕は全ての力を足にためて左に飛び退いた、右腕に疾風のような風がすれ違った。
『なんと…貴様…まさか韋駄天の力を…』
阿修羅王は絶対的自信で僕に切りかかったはず、しかしそれを交わした。
『我が…駿足の剣を…交わしただと…ありえん!ありえんわー!』
更に阿修羅王は僕にめがけ切りかかった。
(今度は正面から連撃‥触れるだけで切り刻まれる!)
僕は左に跳び、すぐさま右へと移動して阿修羅王の攻撃の隙を誘った。
『甘いわ!小僧!』
一瞬にして阿修羅王は太刀を右手から左手に持ち替え僕に斬りつけた。
『ぐわっ!!』
右わき腹に焼けた鉄を付けられたような熱い痛みがはしる!
『生駒!なぜわしに攻撃をしかけない?ここは修羅界ぞ!闘わぬ者はゴミ同然、怒りは力の源、やらねばやられる世界だ!』
わき腹を押さえしゃがみこんだ僕に修羅刀を向け阿修羅王は質問した、今なら確実にとどめを刺す事が出来るはずなのに…。
『はぁ、はぁ…阿修羅王様…僕には闘う理由がありません…はぁ、はぁ…憎しみと怒り…僕だって憎いヤツは居ます!…でも、僕はこの修羅界で怒りと憎しみは、また新しい怒りと憎しみを生むだけだと学びました…』
わき腹から流れる血が床に池のように溜まっていく。
『甘いわ!小僧!なら貴様に聞いてやる!最愛の者を奪われた時、貴様は怒らぬのか?最愛の者を手にかけられた時、貴様は恨まぬのか?』
阿修羅王は僕の喉元に剣を突きつけた。
『怒ります!…恨みます!…でもそれは今の状況での話しではありません…はぁ、はぁ…最愛の人を失った時、怒りと恨みは何も出来なかった僕自身に向けます!…』
阿修羅王はじっと僕の姿を見つめている。
『はぁ、はぁ、はぁ…だから、僕は強くなりたい…自分すらも守れない男のままで居たくない…はぁ、はぁ…』
かなりの出血のせいか意識がだんだん薄らいでいく、風神様の叫び声が聞こえてくるけど、言葉が理解出来なくなってきている。
(早く…とどめを…もうこの痛みに耐えられない…)
『ぬかすわ!この小僧…釈迦を気取りおって…』
阿修羅王は僕のわき腹に左手をかざした。
(あれ?…痛みが消えていく…)
傷口からの出血が止まり僕の意識もハッキリしてきた。
『阿修羅王様…どうして僕を…』
阿修羅王は振り返り、また玉座へと歩き出した。
『生駒!その言葉、この先偽りかどうかわしも見定めてやるわ!但し、この先の世界は情も慈愛も無い世界…闘う事もまた情けだと心得よ!』
阿修羅王は玉座に座り僕を見下ろした、ようやく風神様とポチも僕のもとにやってきた。
『淳一~!おめぇ生きてるぜ!良かった~!ほんとに良かった~!褒美にポチの使用料はチャラにしてやるぜ~』
鼻水を垂らしながら風神様は喜んでくれている、ポチも尻尾が引きちぎれそうになるほどブンブンと振り回していた。
『ありがとう‥風神様、ポチ‥』
『生駒!不本意だが貴様はわしの太刀を交わした!本来ならすぐに次の世界!畜生界に行かすのだが、まだわしは認めておらぬ!』
『ちょいと!阿修羅王‥‥様‥それじゃあ話しが違うじゃねぇか!‥』
風神様が阿修羅王に言い寄る。
『貴様が天部の問題児、風神か!‥なるほど無礼なヤツだ!‥貴様に話してはおらん!下がっておれ!』
阿修羅王は一瞬怒りの形相に変わり風神様に恫喝した。
『生駒!貴様自分も守れないと言ったな、自分を守る為にはそれなりの技量が必要だ!だが貴様にはそれが無い!‥よって貴様はこれから夜叉のところに行くのだ!』
『えっ!?や‥夜叉‥‥』
僕は呆然として阿修羅王に顔を向けた。
『いかにも!貴様は夜叉に会い、これを見せるのだ!』
阿修羅王は修羅刀を僕に投げつけた。
『こ‥これは‥修羅刀‥‥』
『生駒、この修羅刀は貴様が念じた時に現れる!だが、修羅刀には意志があり未熟な貴様では扱い出来んだろう‥夜叉と会え!』
僕は恐る恐る修羅刀を握ると手のひらに吸い込まれるかのように修羅刀は手の中に消えていった。
『ありがとうございます!阿修羅王様‥』
僕は感激のあまり阿修羅王にひれ伏した。
『そのような振る舞いをするからこそ、貴様は甘いのだ!生駒!わしの目を見よ!』
言われた通り顔を上げ、僕は阿修羅王の目を見つめた。
《ノウマク・サンマンダ・ボタナン・ラタン・ラタト・バラン・タン》
また僕の頭の中に真言が入っていく。
『あ…阿修羅王様…この真言は…』
『わしの真言じゃ!夜叉と会うにはそれなりに力がなくてはならぬ!』
『は…はい!』
『行け!夜叉の元に!』
阿修羅王は城の窓から見える暗闇を指差した。