恨怒の湖を抜けて
明らかに僕の見立てだと白狼の大きさはまるで北海道産の馬《道産子》並みにあると思う‥立ち上がると熊のグリズリーも凌ぐはず‥でも名前は《ポチ》‥。
(風神様‥絶対意味解ってないよな‥)
『なぁ!おいらの付けた名前~、気に入ったよな~ポチィ~♪よしよしいい子だぞ~ポチィ~♪』
風神様はポチの首筋に抱き付きながらじゃれているが、僕には馬と戯れているようにしか見えなかった。
『なぁ?淳一~‥こんだけポチがデカいんだから、おめぇ背中に乗れんじゃねぇか~?』
『そうですね‥乗れそうですけど、ポチが嫌がるかも知れませんよ~‥』
僕は巨大なポチの姿を眺めた、確かに風神様の言うとおり僕が背中に乗っても大した負担にはならないだろう‥。
『なぁ~ポチィ~!このパンツゥ~の兄ちゃん乗せてやるよな~?』
風神様がポチに囁きながら首筋をポンポンと叩くとポチは前足を曲げて屈んでくれた。
『ほら見ろ!淳一!ポチ乗せてくれるってよ!一回百円だぞ~!』
(金取るのかよ‥)
僕はポチの背中に飛び乗り首筋をゆっくりと撫でた、サラサラした毛の感触が手のひらに伝わる。
『よろしくな、ポチ!』
ポチは僕を背中に乗せるとすぐさま立ち上がった、まるで二階から外を眺めているような高さだ。
(競馬の騎手もこんな景色を見てるんだ‥)
『はい!一回ね!料金はツケにしといてやるから~♪』
(本気で金取るのかよ!)
『凄く見晴らしがいいですね~!かなり先まで解りますよ!』
僕の目線の先には阿修羅王が住む須弥山が草原と湖の間にそびえ立っているのが眺望できた。
(阿修羅王とは一体‥)
『よ~し!ポチも仲間に加わったし、新しい旅のチーム結成だな!チーム名は《風神様ファンクラブ》でいくからな!』
『まぁ‥好きにして下さい‥』
もう風神様の名前付けにはどうでもいい気がしてきた‥。
『お~し!んじゃ淳一はポチに乗って爆走!おいらはその横を飛ぶ!‥これでとっとと湖とおさらばするぜ~!ビシッ!』
格好よく風神様は須弥山に向けて指差しのポーズを決めているが、褌姿で顔に腰巻きを付けてるせいか僕は必死に笑いをこらえていた。
『ポチ‥頼むよ!僕達を須弥山に連れて行っておくれ‥』
ポチはブルブルッと顔を振り、気合いを入れるかのように天に向かって吠えた。
『ウォォォ~!!』
『おっしゃ~~!風神様ファンクラブ!いざ、出陣でぃ~!』
僕はギュッとポチの首の毛を握りしめた、ポチは体勢を低くし一気に前へと飛び出した!
♪ダダダッ!ダダダッ!ダダダッ!
カーレースのコクピット画面のように次々と周りの風景が一瞬にして後ろに流れていく。
(す…凄い!…なんて速さだ…風圧で目が開けれないほどだ…)
風圧で目から涙が出てくるけど、あまりのポチの速さに涙が耳に流れていく…。
『ヒャッホー♪ヤッパ飛ぶのは気持ちいいぜ~!最高~♪』
楽しそうにポチの速度に合わせて風神様が僕達の横を飛行していた。
『おっ!淳一!だんだん右側の湖が離れていくぜ~!ヒャッホー♪見てみろよ~』
『風圧で見れませ~ん!!』
どうにか悪夢のような湖から僕達は離れる事が出来そうだった、辛くて苦しい出来事の連続だったけど、そんな中でも大暗黒天様と出逢い、生まれて初めて僕が死を覚悟したほど恐怖した白狼が、僕達の仲間になってくれた。
(今は辛くて苦しい状況でも、風神様が言った通り、諦めないで可能性を探せばきっと何とかなるんだ!もうダメだ!と考えるのも自分、まだまだ可能性はある!と考えるのも結局自分の心なんだ‥前に進む少しの勇気があれば、何とかなる‥)
僕は疾走するポチの首筋に身体を密着させた。
どれだけ走っただろうか‥ポチも疲れ始めたのか走る速度が落ちてきた。
『風神様~!ポチも疲れてきてるようなので、そろそろ休憩しましょう~‥』
『あいよ!』
僕は手綱を引くようにポチの首の毛を引いた、ポチはゆっくりと歩き始めた。
『ポチ、ここで休憩するから僕は降りるよ』
そう言うとポチは僕が降りやすい姿勢をとってくれた。
ポチから降りた僕は背伸びしながら草むらに寝そべっている風神様に話しかけた。
『あ~!かなり進みましたね‥風神様!さすがにずっとポチの上に座ってたからお尻が痛いですよ…』
寝そべっていた風神様の上半身がムクッと起き上がった。
『淳一…おめぇには辛い宣告をしなければいけね~時がきちまったな…』
また風神様の顔が真面目になった。
『辛い…宣告…』
だんだん僕の心拍数が上がってくる。
『もう…おめぇはポチには乗れねぇ…またこれから歩きの旅だ…』
『もう…乗れない?…僕…何か大変な事をしましたか!!』
風神様は目を瞑り、溜め息混じりに声を出した。
『あぁ……この先…おめぇにとっちゃ…大変な事態になるだろう…おめぇの事を思って…おいら言ってるんだぜ…』
『……風神様…大変な事態って…』
風神様は立ち上がり天を見つめた。
『淳一……この修羅界には………《痔》の薬が無いんだ…』
『は……はぁぁぁ~?』
『淳一がお尻の痛みに苦しみながらポチに乗る姿や、う○こする時の激痛に叫ぶ姿を‥おいら‥辛くて見てられねー‥』
また風神様の思い込み芝居が始まっていた。
『いや…風神様‥お尻が痛いって‥痔の事じゃないですから‥ねっ!聞いてます?‥風神様‥』
『えっ!?そうなの‥?だって淳一お尻痛いって言ったじゃん~!喋ったじゃん!豆板醤!』
『お尻はお尻でもホッペの辺りですよ!…あ~ビックリした…』
僕達の無意味な漫才を後目にポチは丸くなって眠っていた。
『まったく淳一は人騒がせなんだから~!あぁ~あっ、もっかい寝よ…』
風神様はまた草むらに寝そべるといびきをかいて眠ってしまった。
(どっちが人騒がせですか!!…まったく!)
僕は寝ているポチの横に座り辺りの景色を見渡した、ようやく湖から離れたようで僕は鼻に詰めていた雑草を抜いた、その瞬間に生暖かい風が雑草を揺らし、忘れていた修羅界の血の臭いが漂っていた。
(湖の香りが記憶にあるのか、この血の臭いはやはりキツいな‥)
僕はポチにもたれて仮眠をする事にした、無意識な防衛本能なのだろう‥ポチの嗅覚やケタ違いの力を頼るかのように僕は修羅界に来て初めて安堵の眠りついた。
『ウゥゥゥゥッ~!』
…………………
……なんだろ…
………
ポチの唸り声で次第に僕の意識がはっきりしてくる。
『ウゥゥゥゥッ~!ウゥゥゥゥッ~…』
ポチは須弥山の方向に顔を向け唸り声を出していた。
『どうしたの?ポチ?…』
僕は目を擦りながらポチが睨んでいる方向を見つめたが、何も異変は無いように見えた。
『何も無いみたいだけど…何か居るのかな?…』
気になった僕は風神様を起こした。
『風神様!起きて下さい!…風神様~』
もぞもぞとお尻をかきながら風神様は身体を起こした。
『あ~?どした?』
『ポチがあの先の方で何か感じてるみたいなんです!』
風神様もポチが唸っている方向に目を向けた。
『あ~ん?おいらにゃ何も見えねーけどな‥でもポチが感じてるんなら、何かあるのかもな‥』
風神様はいつもの袋をギュッと握りしめた。
『どうします?‥風神様‥』
『よし!まずおいらが風になってあの先を探るから、淳一らは少し経ってからポチとやって来い!』
『わかりました!』
すぐに風神様は飛び立ち、二分程してから僕はポチに乗り風神様の指定した場所に向かった。
ポチは既に何かを感じ取っているのか獲物を捕らえるように一直線に走った。
しばらくして風神様が袋を何かに向けている姿が見えた、僕達は風神様の元へと急いだ。
『風神様!‥どうしましたか?』
『待ってたぜ!!淳一!さすがにポチだ!大したヤツを見つけてくれたぜ!!』
風神様が向けた袋の先には、黒頭巾を被った忍者のような出で立ちの男が立っていた。
黒頭巾の忍者は隙があればいつでも逃げれるような構えを見せていた。
『おっと!忍者さんよ!動くんじゃねぇぞ~!この袋の吹き出し口を細くするとな、矢のような鋭い風がおめぇを貫くぜ!!』
風神様は袋をショットガンのように見立て、いつでも撃てるような構えをした。
『風神様!…かっこいいです…!』
久しぶりのかっこいい風神様に僕は少し感激した。
『その言葉は聞き飽きたぜ!…ハードなボインはいつだって孤独なのさ…ふっ…』
哀愁タップリに風神様はキメたつもりでいた。
『あの…風神様、ハードなボインじゃなくて…ハードボイルドですけど…』
『………大人しくしねえと撃つぜ!…』
(あっ、僕を無視した…)
黒頭巾の忍者は風神様からポチへと視線を向けた。
《何!…まさか…銀氷の白狼!…》
ポチを見た黒頭巾の忍者はいきなり震えだし後退りする。
『動くんじゃねぇ!と言ってるだろが!忍者さんよ!何ならポチにお相手してもらうか?』
忍者の動きが止まった。
『風神様…この忍者は何者ですか?』
『こいつは修羅王親衛隊直属の斥候部隊よ…』
僕にはあの忍者が風神様の迫力よりも僕の横に居るポチを恐れているように見えた。
『さて、忍者さん!ここで運命の分かれ道だ!ポチと遊んでくれるか、おめぇの衣装をパンツゥ~一丁の兄ちゃんにプレゼントするかどっちか選ばしてやる!』
《…グッ……》
忍者は両手の拳を震えながら握りしめた、ポチへの恐怖とプライドがかなり葛藤しているのだろう…。
『ポォ~チィ~!このオジチャンが遊んで~……』
《解った!解った…衣装を譲ろう…ただ、この頭巾だけは…斥候は顔を見られた時は…》
忍者は頭巾以外の衣装を脱ぎ捨てた。
『武士の情けだ!頭巾はいらねー!さぁ、とっとと上司に報告しに帰りやがれ!』
忍者はポチを警戒しながら素早くその場から消えた。
『やったな~!淳一!これでパンツゥ~一丁から脱出だぜ!!風神様に泣いて感謝しても構わないぞ~!イヒヒヒヒ♪』
『なんか…追い剥ぎみたいな…』
僕は少しあの斥候が可哀想に見えた。
『アンポンタン!斥候のクセに見つかるヤツが悪いのよ~ん!まっ風神様と渡り合おうなんざ、100兆年早い!わはははは♪』
(いや…あの斥候…やはり風神様より…ポチを恐れていた…銀氷の白狼か…)
斥候の言葉を思い出しながら忍者の衣装を僕は身に着けた、ようやくここに来てまともな衣類を纏うことができ、斥候には申し訳ないけど僕は本当に嬉しかった。
『どうですか?僕の忍者衣装は?』
まるでファッションモデルのように僕はポーズを決めて風神様に見せた。
『……何か足りねー…』
『あぁ!刀とか手裏剣ですか?…でもあの斥候…武器持ってませんでしたよ…』
『いや…違う!いつも見てたもんが、見えねーと寂しいもんだな…』
『何を??』
『おめぇのトレードマークの小さいプランプラン~♪』
風神様は人差し指だけを伸ばして指を下に向けると、振り子のように左右へ指を振った。
『そんなのは見せなくていいんです!!さぁ、先を急ぎましょう!』
『へいへい…行きますか~』
~阿修羅王居城~
『はぁ、はぁ、はぁ!陛下~!陛下~!』
親衛隊長が取り乱しながら阿修羅王の元に駆けてきた。
『どうした?慌ておって‥貴様らしくもない!』
円を書くように杯を回しながら阿修羅王は玉座に座っていた。
親衛隊長は阿修羅王の前にひざまずいたまま頭を下げていた、これから報告する内容に躊躇してしまい何も言葉が口から出なかった。
『どうしたか!早よう答えい!!!』
阿修羅王は玉座から立ち上がり、親衛隊長に杯を投げつけた。
王の間に響く杯の転がる音が阿修羅王の怒りの度合いを物語っていた、親衛隊長は額から汗を吹き出しながら重い口を開いた。
『怖れながら‥あの小僧が湖を越えた模様でございます‥』
阿修羅王の表情が少しこわばった。
『何!‥まだ2日ではないか!!たかが人間が‥あり得ん!‥あの風神が力を貸したのか!?‥』
『いえ‥風神ではございませぬ…』
阿修羅王はゆっくりと玉座から親衛隊長に向かい歩き出した。
『どういう事だ?‥答えよ!親衛隊長!』
『斥候からの報告によりますと‥あの小僧に銀氷の白狼が付いていると‥』
阿修羅王は歩みを止めた。
『何だと…あの魔獣か…確かか?…』
『確かでございます…』
親衛隊長から流れる汗が床に落ち水溜まりが出来ていた。
『修羅の鬼共1000人をことごとく食いちぎった魔獣‥なぜ!あの小僧に‥』
阿修羅王はジッと床を見つめて思案していた。
『陛下!‥銀氷の白狼が小僧に付いた以上‥我らも軍を動かさねばなりません‥』
『親衛隊長!‥何の名目を持って軍を動かすつもりか!‥』
『そ‥それは‥‥』
親衛隊長は床に拳を叩きつけて無念な表情を浮かべた。
『そうであろう‥小僧はこの修羅界で誰1人殺生をしておらぬ‥修羅門でも先に仕掛けたのは鬼共だ‥そんな者達を軍を率い討伐すれば、ワシは六道界一の笑い者だ‥』
『陛下‥‥‥』
阿修羅王は振り返りまた玉座に戻った。
『親衛隊長!あの小僧らをワシの前に連れて来い!ワシ自ら小僧を吟味してやるわ!』
『仰せのままに‥』
阿修羅王の御意を聞き、即座に親衛隊長は王の間を後にした。
(帝釈天はこの事を見抜いておったのか‥いや、あんな小僧に‥まさかな‥)