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下級神官の二年間

作者: 浮月重月
掲載日:2026/07/19

大聖女の記録。彼女を知る者達からの証言。

彼女が教国中央大神殿に来たのは、確か当時八歳でした。


何でも極稀に発症する、体内魔素が劇的に増えて生命を脅かされる病に罹り、

一命は取り留めたものの加齢が止まってしまい、神殿預かりになったと。

有することになった膨大な魔素は天啓である、民のために行使すべきだ、と、

神官長のお一人はおっしゃっていましたが、彼女自身は無感動に見えました。

ここに来たのも、何か仕方なく流れに任せたような。そんな様子でした。


美しく艶のある黒髪、印象的な黒い瞳、愛らしいというより美しいかんばせ。

聞いたことのなかった小国の、地方の男爵家の娘さん、と聞きましたが、

大国の姫君と言われたほうが納得できるような絶世の美少女でした。

この無表情、微笑んだらどれほど周囲の空気が清められるのか。

そんな印象を、神殿の誰もが抱いたと思います。


教育係を任されましたわたしも、彼女と似たような貧乏貴族の娘でしたので、

最初のうち、なかなか分かりやすい笑顔は見せてもらえませんでしたけど、

何かにつけて共感するところがあり、日々を重ねていくと打ち解けまして、

教育係と教え子というよりも、年が離れた姉妹のような関係になりました。


とは言え、頭の出来や神聖魔術の腕は恥ずかしながら彼女の方が遥かに高く、

ふた月もすると、もう教えられることもなくなってしまいましたが。

それでも彼女とは、ディアナちゃん、マルモねえさま、と互いに呼びあい、

笑顔こそありませんが、なついてくれていたのを覚えております。


さて、あれは彼女が十歳になるかならないかの時だったと思います。

三年に一度行われていた、中元都市国家同盟の大会議が襲撃されました。

当時わたしも彼女も、神官長のお供として各国神殿を訪問中でしたが、

正に大会議が行われていたその国に滞在中、事件が起こりました。


怪我人はわたしも彼女も見慣れておりましたが、これほどまでに大勢の、

しかも目をそむけたくなるようなご遺体と怪我人は初めてでした。

それもほぼ全員の方が各国の重職にあたられていた方。

一度に失われるにはあまりに大きな犠牲です。


ご存知と思いますが、都市国家同盟の神殿には蘇生術まで収めた方は少数。

他にも重傷者が確か七、八十人ほどで、手の回る状態ではありませんでした。


しかし。

あの場で初めて唱えるはずの蘇生術を、臆することなく彼女は行いました。

たった一人で。しかも二十人近くの損傷が激しいご遺体を、次々と。

わたしや神官長を含めて、対応していた神官達は声もありませんでした。


続けて彼女は、手を出しかねていた重症者達の治癒術をも行っていきました。

我に返ったわたし達も、無論懸命に治癒術に取り組んでいましたが、

わたし達全員分を合わせても彼女一人の回復人数に及びませんでした。


わたしや同僚達はあの時、無邪気に彼女の偉業を喜んでしまいましたが、

あの現場の中級、上級神官の間では、やはり妬む方もおられたようです。

上級貴族の方々が名誉職の一つとして神官に就かれる事も多くあって、

無名の元弱小貴族の令嬢が活躍するのは許せなかったのでしょうね。

大半の方々は怯えるか慌てふためくだけで、非常時に無力でしたから。


わたしや彼女と同行していた神官長は、急遽他の教区の神官長と会合を開き、

彼女へ「大聖女」の称号を与えて神官長と同格扱いとする、と決定しました。

地位を与えることで彼女への反発を抑え、神殿の安定を図ったのでしょう。

蘇生された方々や、その所属国は諸手を挙げてその決定に賛成されました。

都市国家同盟も全面的に賛成。間違いなく同盟の英雄ですものね。


うかつにどこかの国や組織が、彼女を囲い込む事も出来なくなりました。

神殿だけでなく、国内外の信者全てを敵に回してしまいますから。


ですが教国へ帰還し、彼女が大聖女就任の儀を行ってしばらくの後、

わたしは思いもよらず教育係を辞めざるを得なくなりました。


何のことはない、わたしの実家が勝手に縁談を決め、還俗させられたのです。

わたしは顔も知らない、しかし野望と財力のある新興貴族に嫁きました。


彼女との別れの日。

わたしは彼女の笑顔と涙をはじめて見ました。


嫁いでからも、彼女とは月に一度ほど手紙のやり取りをしていました。

夫となった人は、大聖女や神殿との縁を自分の事業にどうにか利用しようと、

何かにつけてわたしに要求しましたが、ある日を境に大人しくなりました。

実家もしつこくわたしに強請っていましたが、それもなくなりました。


どうやら、彼女を通じて神殿から大変厳しい「お話」があったようです。

彼女の手紙の中には、少しだけその事が書いてありました。


手紙のやり取りは四年ほど続きました。

最後に受け取った手紙には、こうありました。


「ねえさま、これが多分お別れの言葉になります。

 あたしは姿を消すことになるでしょう。

 大好きです。今までありがとう」


わたしは夜通し馬車で走り続け、二日かけて教国中央大神殿に着きましたが、

前日に彼女は朝の礼拝時に人々の目前で塵になって消えたと聞きました。

人目も気にせず、わたしは神殿の床にへたり込んで泣き続けました。


今でも彼女の事は思い出します。

大聖女におこがましいですが、彼女は一番の親友で最愛の妹でした。

その後、大聖女はしれっと極秘でコンタクト取ってたりします。ものすごく大聖女は叱られましたが。

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