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異世界恋愛の短編集!

悪役令嬢、断罪イベントを回避したら人生がヌルゲーでした

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/20

 ◆〜第一章:五歳、世界を理解した日〜◆


 私がこの世界の正体に気づいたのは、五歳の誕生日の朝だった。


 絹の天蓋付きベッド。

 過剰なほどに広い寝室。

 窓から差し込む光は柔らかく、空気には高級香木の香りが漂っている。


 ──ああ、そうだった。


 目を覚ました瞬間、脳の奥で何かが“噛み合った”。


(……ここ、知ってる)


 違う──知っているのは、この世界そのものだ。


「アニエス様、お目覚めでございますか?」


 控えめにノックをして入ってきた侍女の顔を見た瞬間、確信が生まれた。

 この配置、この部屋、この名前。


(はは……なるほど)


 私は内心で、乾いた笑いを漏らした。


 ここは、前世で散々プレイした乙女ゲーム【恋するアルカディア】の世界。


 そして、私、アニエス・ド・ラ・パルフェは──。


(よりにもよって、悪役令嬢)


 思い出は一気に溢れ出した。

 卒業パーティー。

 第一王子。

 聖女候補の平民少女。


 そして──断罪。


 婚約破棄。

 国外追放。

 もしくは、処刑。


(……ふうん)


 普通の転生者なら、ここで絶望するのだろう。

 泣き叫び、神を呪い、運命に抗おうとする。


 だが──私は違った。


(ルート、全部知ってるのよね)


 誰が嘘をつくか。

 誰が裏切るか。

 どこで証拠が捏造されるか。

 誰が最終的に笑うか。


 全部──知っている。


「アニエス様? どうかなさいましたか?」


 侍女が心配そうに覗き込む。

 私はゆっくりと、五歳の子どもらしい微笑みを浮かべた。


「いいえ。ただ……夢を見ていただけよ」


 嘘だ──これは夢じゃない。


(これは“攻略本付き二周目”)


 私は小さな手を見下ろした。

 幼く、力もない。

 けれど、時間だけは山ほどある。


(断罪イベントまで、あと十年以上)


 十分すぎる猶予。

 準備期間。

 仕込みの時間。


 悪役令嬢が断罪されるのは、無策で、無知で、感情的だからだ。


(じゃあ逆にすればいい)


 感情を捨て、知識を武器にし、人脈と証拠を積み上げる。


 断罪されない?


 ──いいえ、違う。


(断罪“させて”あげるのよ)


 私はベッドから降り、鏡の前に立った。

 そこに映るのは、銀髪に青い瞳を持つ、愛らしい幼女。


 将来、“傲慢で冷酷な悪役令嬢”と呼ばれる少女。


(結構。悪役、嫌いじゃないわ)


 むしろ──勝つのは、いつだって悪役のほうが面白い。


 五歳の私は、静かに微笑んだ。

 まだ誰も知らない。

 この世界が、すでに私の手のひらの上にあることを──。



 ◆〜第二章:断罪の“お作法“〜◆



「……というわけで、アニエス・ド・ラ・パルフェ。貴様との婚約を破棄する!」


 王立学園の卒業パーティー。

 シャンデリアの光が突き刺さるような静寂の中、第一王子エドワードが宣言した。


(遅いわね。もう少し段取りよく進められないものかしら)


 私は内心でため息をついた。

 断罪イベントは、予定調和だ。


 台本も、役者も、照明の当たり方まで把握している。

 観客がいる以上、主役は派手に踊らせなければならない。


「殿下、理由をお伺いしても?」


 扇子で口元を隠し、完璧な角度で首を傾げる。

 反論ではない。

 “説明を促す”という形で、殿下自身に穴を掘らせるためだ。


「しらばっ切るな! リリアの教科書を破き、ドレスを切り裂き、さらには暗殺者まで差し向けただろう!」


(──ああ、出た。いつ聞いても芸がない)


「証拠は、そちらの書類かしら?」


 差し出された紙束を受け取り、私は一枚ずつ丁寧に確認する。

 焦らない。

 悪役令嬢に必要なのは、声を荒げない余裕だ。


(字が雑。署名も曖昧。提出者の責任所在も不明確……本当に、これで人を断罪するつもりだったの?)


 私はふっと笑った。


「殿下。その書類、筆跡鑑定は?」


「な、何を――」


「それから、提出された日時。学園の登校記録と騎士団の訓練日誌をご覧になった? 私はその時間、騎士団長閣下と模擬戦をしていたわ」


 静かに、だが確実に。

 逃げ道を一つずつ塞いでいく。


「それに……リリア様」


 名を呼ばれただけで、彼女の肩が跳ねた。

 自覚がある証拠だ。


「教科書を破かれたと仰っていたけれど、あれ、質屋に入っていたわよね? 偶然にも、我が家の商会が管理している店舗だったの」


 私は懐から一枚の控えを取り出す。

 わざわざ見せつけるように、ゆっくりと。


「平民が教科書を質に入れる事情には同情するわ。でも、その罪を“公爵令嬢の悪意”にすり替えるのは、感心しないわね」


 会場の空気が変わる。

 今まで私を“断罪される悪役“と見ていた視線が、戸惑いへと変わっていく。


(そう、その顔。自分たちが“誰を相手にしていたのか”に、ようやく気づいた顔)


「冤罪で公爵令嬢を貶める行為は、個人の問題では終わらないわ」


 私は扇子を閉じ、静かに告げた。


「国家間の信用問題になり得る。……お父様?」


 影から現れたのは、パルフェ公爵。

 その背後に、国王陛下の姿を認めた瞬間、エドワード殿下の顔色が変わった。


「エドワード……。我が息子ながら、ここまで愚かとは思わなかった」


 断罪は、完全に裏返った。

 王子は廃嫡。

 リリアは虚偽告訴の罪で修道院送り。


 私はただ、微笑んでいた。

 怒りも悲しみもない。

 あるのは、計画通りに盤面が動いたという満足感だけ。


(──さて。これでようやく、ゲーム本編が終わったわね)


 悪役令嬢は、断罪されてこそ物語が始まる。

 だが私は、その“お約束”すら踏み台にした。



 第三章:公爵令嬢、公爵領経営を“攻略“する



 婚約破棄から三年。

 私は王都を離れ、パルフェ公爵家の離れ領地【サン・クチュアリ】の統治を任されていた。


 名目は“若き当主の勉強“。

 実態は、問題だらけの赤字領地の押し付けだ。


(まあ、想定内)


「お嬢様、今月の商会利益が先月の三倍を記録しました。例の【魔石式冷蔵庫】の普及が止まりません」


 執事のセバスが、嬉しそうに報告してくる。


「当然ね。この世界の魔法体系は非効率すぎる。魔力を直接ぶつけるんじゃなく、触媒を通して循環させる。これ、前世の物理学の基本でしょう?」


 私はテラスで高級茶葉の紅茶を啜りながら、優雅に書類へ判を押した。


 私の人生がヌルゲーになった理由は三つある。


 ◇


 一、圧倒的な資金力

【乙女ゲームの知識を使い、これから流行る特産品──砂糖、香料、美容液を先回りして独占】


 この世界で砂糖は、まだ“贅沢品”ですらなかった。

 高価で、用途も限られ、庶民には縁遠い嗜好品。


 だが私は知っていた。

 数年後、王都で紅茶文化が爆発的に流行することを。


「砂糖畑を拡張? 採算が合いませんぞ、お嬢様」


 領地の古参管理官が渋い顔をした。


「最初は合わないわ。だから“今”なの」


 私は彼に、将来の需要予測と価格推移を書いた紙を渡した。

 理解できなくて当然だ。

 これは“未来の話”なのだから。


 結果、三年後。

 王都で砂糖が不足し、価格が跳ね上がった時──市場に流通していた砂糖の六割は、サン・クチュアリ産だった。


(資本主義は、知っている者が勝つ)


 二、最強の人脈

【攻略対象だった騎士団長や魔術師ギルド長には、断罪前に“恩を売って“おいた。彼らは今、私の私設軍隊のようなもの】


 騎士団長レオンハルトが、まだ“有能だが孤立していた頃”。

 私は彼の遠征資金の不足を、匿名で補填した。


 見返りは求めない。

 名も出さない。


 数ヶ月後、彼は不正を告発し、上官を追い落とした。

 そして、私の前に現れた。


「……あの時の資金援助、あなたでしょう」


 否定しなかった。

 代わりに、こう言った。


「弱者を見捨てる趣味はないだけよ」


 それで十分だった。

 彼はその日から、私の敵にならないと決めた。


 人脈とは、“貸しを自覚させた瞬間に価値を失う”。


 三、魔法の最適化

【現代知識を応用し、魔力の燃費を1/10にする術式を開発】


 魔術師ギルドの研究室は、無駄だらけだった。

 魔力は才能。

 消費量は気合。

 そんな精神論で回っている。


「魔力は燃やすものではないわ」


 そう言って、私は術式を一つ書き換えた。


「循環させるの。熱と同じ。逃がさず、回す」


 最初は嘲笑された。

 次に、沈黙──。

 最後に、狂ったような計算と再現実験。


 結果、平民でも魔法具を扱える術式が完成した。


「……アニエス様。これがあれば、魔法は貴族の特権ではなくなる」


 ギルド長は、震える声で言った。


「ええ。だから独占契約を結ぶの」


 理想論は、金にならない。

 技術は、握ってこそ意味がある。


 ◇


「アニエス様、隣国の王子から、また求婚の薔薇が届いておりますが」

「燃やしておいて。結婚なんて、自由を奪われる縛りプレイでしょ」


 私はふかふかのソファに深く腰掛けた。


 かつての婚約者、エドワード元王子は、今や辺境の鉱山でツルハシを振っているらしい。

 リリア様は修道院の掃除に明け暮れているとか。


 一方の私は、働かなくても金が入る仕組みを完成させ、好きな本を読み、好きな紅茶を飲み、好きな時に世界を動かせる立場にいた。


「……断罪を回避するまでは必死だったけど」


 小さく息を吐く。


「クリア後は、本当にヌルゲーね」



 ◆〜第三章:傲慢な駒、シュリッツ〜◆



 第一王子の廃嫡後、王家では次期後継者を巡る凄惨な争いが勃発していた。

 そんな中、私の屋敷を訪れたのは、これまでゲームのシナリオでも全く目立たなかった第三王子、シュリッツだった。


 彼は玄関先から、すでに“王族の顔”をしていた。

 いや、正確には──王になれると信じて疑わない者の顔だ。


 護衛の数は少ない。

 だが態度だけは一人前。

 周囲が自分に頭を下げるのが当然だと思っている、無自覚な傲慢さ。


(……なるほど。これは“素材”としては悪くないわ)


「おい、アニエス。貴様がこの領地で私腹を肥やしているのは知っている。その資金力、この俺のために使え」


 応接間のソファに踏んぞり返り、許可も取らずに脚を組む。

 視線は私ではなく、天井や調度品へ向けられていた。


 彼は最初から、私を“対等な交渉相手”として見ていない。


 女。

 元婚約破棄された令嬢。

 金はあるが、所詮は貴族。


 だから──命令すれば動くはずだと、本気で思っている。


(救いようがないほど、視野が狭い)


「……静かな余生を楽しみたいの。お引き取りを」


 私は感情を一切込めずに言った。

 拒絶ですらない。

 ただの事実確認。


「断る。俺を王にしろ。さもなくば公爵家を国家反逆の嫌疑で潰してやる」


 その言葉を吐いた瞬間、彼は勝ったと思ったのだろう。

 脅しが“通じる側”にいる人間特有の、安堵した表情を浮かべた。


(ああ……)


 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。


(これよ。この、立場を勘違いしている相手を──)


 私は、冷めた目で彼を見つめた。

 本来なら一蹴するところだが、ふと考え直す。


 王家が混乱し続ければ、いずれ私の商売にも影響が出る。

 ならば、この使い勝手の悪そうな“駒“を磨き上げ、自分の言いなりになる国王に据えるのが、最も効率的なリスク管理だ。


 脅されているはずなのに、私の中にあったのは、恐怖ではなく──高揚だった。


(ええ、ええ……貴方、まさか自分が“選ばれる側”だと思っているの?)


「……いいわ。シュリッツ殿下。貴方を王にしてあげる。ただし条件がある。私の傀儡になること。それで?」


「何だと……? 俺を誰だと思って──」


 喉元に、扇子を突きつける。

 距離は、ほんの数センチ。

 命を握るには、十分すぎるほど近い。


 彼の喉が、ごくりと動いた。

 さっきまでの尊大な態度が、急速に剥がれ落ちていく。


(いい顔ね)


「黙って聞きなさい。貴方には支持基盤も人望もない。私がいなければ、明日には暗殺されている」


 一語一語、丁寧に、逃げ場を潰す。


「用意した原稿を読み、服を着て、舞台で微笑む。それだけでいい」


 言葉を重ねるたび、彼の“王子としての自尊心”が、音を立てて削れていくのが分かる。


 ──その様子が、どうしようもなく美しかった。


 蛇に睨まれた蛙のように、シュリッツは硬直した。


 ──そう、それでいいの。


(王冠は、重いでしょう? でも安心なさい。支えるのは──私だから)



 ◆〜第四章:あざやかな王座奪還〜◆



 そこからの手際は、鮮やかであった。


 彼女はまず、シュリッツを“不遇を耐え忍び、領地改革を影で支えた悲劇の知性派王子“として、自身の所有する新聞や演説を通じて、民衆にプロモーションした。


 人は事実ではなく、物語を信じる。


 シュリッツが何をしてきたかは重要ではない。

 “何をしてきたことにするか”がすべてだ。


 私は王都で影響力のある三つの新聞社を買収し、同じ論調の記事を、微妙に語調を変えて同時に流した。


 ・王家の内紛で冷遇されてきた第三王子

 ・派手な功績こそないが、堅実で誠実

 ・民を見ていたのは、彼だけだった


 根拠は薄い。

 だが、繰り返せば“空気“になる。


 やがて王都の茶会では、こんな声が囁かれ始めた。


「……実は、あの方が一番まともなのでは?」


(ええ、その“実は”を作ったのは、私だけれど)


 同時に、裏では汚職に手を染めていた第二王子派閥の弱みを徹底的に洗い出し、商会の情報網を使って一斉に暴露した。


 暴露は、一度にやってはいけない。

 逃げ場を与えてしまうから。


 私は三段階に分けた。


 最初は、小さな疑惑。

 次に、言い逃れできない証拠。

 最後に、王家の威信を揺るがす決定打。


 第二王子派閥は、そのたびに弁明し、取り繕い、

 その行動すべてが“後ろ暗さ“の証拠として積み上がっていった。


 気づいた時には、彼らは何をしても疑われる存在になっていた。


(綺麗でしょう? 人は、自分で自分の首を絞める)


 王家とのバランスを取るため、国王陛下には“パルフェ公爵家の全面的な財政支援“をカードに、シュリッツの立太子を確約させた。


 国王は、老いていた。

 そして何より、“王家が廃れること”を恐れていた。


「陛下。選択肢は二つです」


 私は淡々と告げた。


「内紛で国力を削り続けるか。それとも、操りやすい王を一人、立てるか」


 言葉は丁寧に──だが、逃げ道は与えない。


 財政資料、軍備の再編案、隣国の動向。

 すべてを机に並べた時、陛下は悟った。


 この若い公爵令嬢は、すでに国家規模で物事を考えているのだと。


 わずか数ヶ月後。


 王都のバルコニーに立ち、民衆の歓声を浴びるのは、見違えるほど気品に溢れた──ように私が教育した──シュリッツだった。


 演説の内容は、私が書いた。

 声の抑揚も、立ち位置も、視線の動かし方も。


「感情を込めすぎないで。王は“共感”ではなく“安心”を与えるものよ」


 何度もやり直させた。

 失敗するたび、彼の自尊心は削れていったが、

 同時に──私への依存が深まっていくのを感じた。


(いい傾向だわ)


「……完璧ね、殿下」


 背後のカーテンの影で、私は満足げに微笑んだ。


「アニエス……。お前の言う通りにした結果だ。だが、俺はまだ納得して……」


 彼は、まだ“自分が主役だ”と思いたかったのだろう。

 私は静かに言葉を重ねた。


「あら、文句は言わせないわよ?」


 視線を合わせ、逃がさない。


「貴方は一生、私の庇護下で王冠を被っていればいい。それが、貴方の仕事です」


 言外に含めた意味は一つ。


 ──逆らえば、ここまで押し上げた私が、同じ手で引きずり下ろす。


 シュリッツは悔しげに唇を噛んだが、もはや彼女の資金力と策謀なしでは、一日も王座を守れないことを理解していた。



 ◆〜終章:これぞ真のハッピーエンド〜◆



 それからの日常は、驚くほど静かで、そして盤石だった。


 国王は私の教え子。

 国政の重要案件は、会議の場に出る前に一度、必ず私の執務机を経由する。


「陛下は“ご自身のご判断”でお決めになった、という体裁でよろしいかしら」

「……はい。アニエス様のお考えの通りに」


 形式は王権、実態は私の設計図。

 そのバランスは、誰にも崩せない。


 午後になると、執事が静かに扉を叩く。


「お嬢様、国王陛下より、新法制定に関するご相談が届いております」

「その山は左に。労働時間の条文は削除。代わりに税制優遇を入れて。あとは適当に整えておいて。今は香水の試作で忙しいの」


 机の上には、国の未来と、試香紙が並んでいる。

 どちらも、私にとっては同じ“管理対象”だった。


 窓の外では、私が整備した街路を人々が行き交い、私が支援した商会が新たな富を生み続けている。


 地位、名誉、財産。

 そして──国そのもの。


 すべてを手に入れた今、もはや私の人生に、攻略すべき壁は存在しない。

 かつて恐れていた断罪も、抗うために張り巡らせた策謀も、今となっては遠い思い出だ。


 私はソファに身を沈め、紅茶を一口含む。


「……本当に、ヌルゲーね」


 悪役令嬢としての断罪を回避した先に待っていたのは、血も涙も流さない、甘く、怠惰で、絶対的な力に守られた──最高のハッピーエンドだった。



              〜〜〜fin〜〜〜





貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


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ブクマ頂けたら……最高です!

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