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乳母に虐められていますが負けません!

作者: とんぼ。

 「何をグズグズしてるんだい!このノロマ!」


 乳母の厳しい声が私の耳に届く。声だけじゃない。次には手が出る。時には鞭もやって来る。

 これは今に始まったことじゃない。引き取られたときからずっとだ。私は妾の子供だから仕方ない。


 でも、それで終わらせるのは嫌だ。そう思って今日も反抗する。今日は乳母が私をぶつ前に、逃げようと思う。


 「あっ!お待ちなさい!」


 屋敷の廊下を急いで走る。乳母は大人で、私は子供。きっとすぐに追いつかれてしまう。だからちょっとしたトラップを仕掛けた。


 「きゃぁっ!?なんですこれは!?」

 叫び声と共に乳母の足音が止まる。仕方のないことだ。何せ、廊下を曲がった先には乳母のご自慢の下着が散らばっているのだから。


 悲惨な叫び声が聞けてよかった。これを聞くためだけに日が昇らないうちからせっせと乳母の部屋へ忍び込んだのだ。


 私は急いで近くの部屋に駆け込む。ここでしばらく息を潜めよう。そう思っていると父の声が聞こえた。


 「なんの騒ぎだ。」

 「ナーシャ様がまた悪戯をなさったのです。」


 乳母は父の前ではナーシャ様、なんて私を呼ぶ。2人きりのときはウスノロだとかノロマだとか言うのに。というか、私はそんなにトロいのだろうか。


 「はぁ。どうでもいいことを騒ぎ立てるな。」

 父はいつもこうだ。私に興味なんてない。引き取ってもらった時は、もしかして私を溺愛してくれるんじゃないかと思ったがそんなことはなかった。

 考えてみれば当然か。愛人が孕んで、その子供がノコノコ自分のもとへやって来たのだ。嫌で仕方ないだろう。


 「………旦那様、失礼を承知で申し上げますがナーシャ様は貴方様の御子なのですよ。」

 「それが何だ。俺は忙しい。粗末なことで呼び止めるな。」


 足音が遠のく。別に、悲しくなんてない。期待なんてしていないから。期待というのはするだけ無駄で自分が傷付くだけだから、しばらくしていない。する意味もない。


 扉の前でうずくまっていると、突然その扉が開く。


 「見つけたわ。さぁ、掃除の続きだよノロマ!」


 扉を開けたのは乳母だった。いつものように、根気強く私に物を教えようとしているようだ。


 「………やだ。どうせ何かしたって覚えられないもん。」

 勉強も、運動も、家事も、何もかも駄目だ。出来ないならわざわざ教えて貰う必要なんてない。


 「甘えるんじゃないよ!そんなくだらないことを言うなら…」


 そう言って乳母は近付く。いつものヤツだ。私はどうにか乳母から逃れようとするが、狭い室内では不可能だった。

 捕まった私は乳母に抑えつけられる。そして、


 「あはっ、あははっ、や、やめて!あは、あははっ!くすぐったい!」

 「やめてほしけりゃ掃除に戻るんだよ!」


 乳母はそう言いながらも私の脇腹に手を出す。そうしてわしゃわしゃと手を動かす。これがどうにもくすぐったくていけない。

 笑いが止まらなくなるのだ。


 「あは、あははっ!あはははっ!」

 「いいかい!次また逃げたら今度は鞭だよ!」

 

 笑いが止まらない私に構わず、乳母はそう宣言した。彼女の言う鞭も中々恐ろしいものだ。

 何せ、鞭で私と乳母を繋いで一日中一緒にいる罰なのだ。子供といっても恥ずかしくてたまらない。


 「よし。この辺にしておくわ。ほら、さっさと行くわよ!」

 乳母は私の手を引く。部屋を出る直前、彼女は普段のように厳しい表情で振り向く。


 「それと、さっきの旦那様の言葉は無視しなさい。」

 とんでもないことを言い始めた。この人はそもそも、父に雇われているのではないか。だというのに雇い主の言葉を無碍にしろと言う。


 「貴方はこれからもっと、出来ることが増えていく。いいえ、増やしていく。だから小さなことでクヨクヨしてる暇はないよ。さっ、掃除が終わったら勉強だ!」

 「………うん!………それと、さっきはごめんなさい。」

 「下着のことかい?なら問題はないよ。あれは私のじゃないからね。」

 「えっ、」

 自室に何故、自分以外の下着があるのか。怖かったので聞くのはやめておいた。


―――――――――――――――――――――――

 ナーシャが来た時は驚いた。彼女が来たことに対してではない。彼女に対する周囲の反応に、だ。


 私は旦那様に仕えてかなり経っている。彼は4人の子宝に恵まれて賑やかな家庭を築いていた。私は乳母として仕事をこなしてきたつもりだ。


 その中で、旦那様はよく子供の様子を聞いてきた。本当に子を愛しているのだと感じたものだ。

 だが、その愛情がナーシャに向けられることはなかった。旦那様はナーシャの名すら呼ばない。アレ、アイツ、だなんて言う。


 愛人の子なのだから屋敷に住まわせているだけ温情なのかもしれない。が、当の子供には罪なんてないのにこれはあんまりだろう。

 

 ナーシャは自分を表現するのが苦手だった。何をするのにも他人の顔ばかり見る。それが痛ましくて、私は彼女に強くなってほしいと願うようになった。


 「……こんなことしても、意味ないよ…。」

 家事や勉強をしている時、ナーシャはふとそんなことを言った。

 

 「馬鹿言うんじゃないよ!何処かに嫁ぐにしても、働きに行くにしても必要なことさ!」

 「………でも、いくらやっても出来ないよ。」

 「なら出来るまでやればいい!それまで、私はくたばらないから覚悟するんだね!」


 そうして色んなことを教えている内に、ナーシャは私に悪戯をしてくるようになった。今まで塞ぎ込んでいた分、ある程度は好きにさせた。勿論、度を越えるようなら罰を与えるが。


 肩入れをし過ぎているのは分かっている。将来のナーシャの為に下着を買ってしまった時は、我ながら気持ちが悪いとも思った。

 それでも、私はナーシャが立派になるまで見届けたいのだ。


 私に負けないぐらい、いや、父にも周囲にも負けないぐらい強くなるように。

 

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