愛知県警のケイドロ 1
愛知県警本部長・赤川昇はまるで祈るように両手を強く組み合わせていた。
ヒタリと汗を浮かべ
「救いの手か。地獄への橋渡しか」
どちらなのか、と揺れ動く心で指先に力を込めていた。
だがもし救い手のならば……今しかない、と愛知県警を変えるための決意を固めてもいたのである。
愛知県警本部の最上階にある県警本部長執務室。
赤川昇は警察庁からの指示を渡しに来た副本部長の山坂順二をチラリと見た。
この山坂順二と事務方の三叉政治が何か暗躍していることは察知している。だがこの愛知県警内部で誰が味方で誰が敵か分からず動くことが出来なかった。
本部長だから強権を振るえば良いと一般的に思われるが下手をすれば自分が消され、それこそこの二人に愛知県警は牛耳られてしまう可能性がある。
そうなれば不正と隠蔽が推奨される県警にまで落ちてしまうのだ。
それだけは。
そう、それだけは。
「何としても俺は、失った命の為にも避けなければならない」
赤川昇は失った大切な部下の笑みを思い浮かべ
「俺はもう泥に塗れても良い。だがお前を犠牲にしてまで突き止めたこの二人を愛知県警から排除するまで俺は倒れるわけにはいかない」
と大きく息を吐き出し
「これは千歳一隅のチャンスかもしれない」
此処で動かなければ、と決断したのである。
赤川昇の懐刀で三叉政治を極秘に調べさせていた部下が不審な事故死をした。
事故死ではない、と直感したがその工作を行っただろう人物を警察庁が副本部長にまで登らせたのだ。
『警察庁も信用が出来ない』と赤川昇は判断し現在まで我慢に我慢を重ねて沈黙を守ってきた。
……この状況を転覆させるチャンスが訪れるようにと……
反対に山坂順二は7月と9月の警察庁、警視庁、そして大阪府警の大々的な人事異動と数名の警察官の更迭騒ぎに些か過敏になっていた。
自分の後ろ盾になっていた人物も含まれていたからである。
偶然だったのかも何があったのかも分かってはいない。
だがその上で今回通常と違う通達が来たのである過敏になっても仕方なかった。
山坂順二は赤川昇に
「これまでこんな林間合宿などありませんでした。そのまま受け入れても良いのでしょうか?」
それは暗に受け入れ拒否をした方が良いと告げたのである。
が、赤川昇は息を吐き出すと
「これは警察庁からの正式な指示だ。下手に拒否すれば我々愛知県警に不審アリとみられるのではないか? 先日、警察庁直下の部署が新人警察官の訓練を行うことについて意見を求められ回答を行ったが……今回の林間合宿の指示はその回答に不審アリと警察庁に見られたと考えた方が良いだろう。我々はお前の意見を受けて自治を求めただけと言えど……『誤解』された可能性はある」
と当たり障りのない返答をした。
「ここは受けなければならんだろう」
……そうしなければお前も俺も、いや、警務課も全ての上の人間が入れ替わる可能性は否めない……
同調と軽い脅迫とを織り交ぜて赤川昇は山坂順二の顔をそれとなく見た。
この男に自分の内心を悟られてはならないのだ。




