プロローグ 1
事の始まりは2年前に遡る。
2年前の6月5日―――午後11時。
この日は風が強く月の前をドス黒い雲が足早に流れていた。
東京江東区にある暁埠頭巨大コンテナ群でも風に流れる雲に合わせて月光と影が交差し、激しく岸壁に打ち付ける波が地鳴りのような低い音を響かせていた。
そのコンテナ群の中央通りを警察の制服を纏った一人の男性が周囲を見回しながら足早に歩いていた。彼は吉永進というこの埠頭を管轄とする暁交番の交番員であった。
彼はある事実を知り人を呼び出していたのである。
ただその人物が来てくれるかどうかは分からなかった。
来てもらいたい。
そう思いながら吉永進は一角に立つ人影に目を向けると笑みを浮かべて駆け寄った。
呼び出しに応じてきてくれたのだ。
吉永進は相手を見つめ
「来ていただけて良かった。貴方がまさかあんなことをしていたとは思いませんでした」
どうか自首をしてください、と言いかけて言葉を止めた。
正面に立って銃を出した人物に息を呑み込んだ。
まさか、である。
その人物は闇の中で驚く吉永進を険しい表情で見つめ
「吉永、何故『今』『お前』が気付いてしまったんだ」
と呟いた。
もう少し後だったら。
お前じゃなければ。
吉永進は顔を歪めると胸に当てられた銃口に覚悟をしつつも
「せんぱ……どうか……」
自首を、と掠れた声で告げた。
しかし、最期の言葉が紡がれる前にパンっと乾いた無機質な音が響き吉永進は仰向けに倒れ落ちた。
男は目を細めたまま吉永進に銃を握らせ更に同じ場所にもう一度引き金を引かせかけたが、近くで聞こえたバイクの音に視線を向けると手前のコンテナにスーと当たった光を避けるように急いで立ち去った。
翌朝、吉永進の遺体がコンテナ群の一角で発見された。
しかしそれで終わりではなかった。