おめでとう。そして?
月曜日の午前。
営業部フロアは、朝のコーヒーと資料印刷の音が漂う、少し眠たげな空気で満ちていた。
藤宮は自席でメールを確認しながら、どこかソワソワしながらキーボードを叩いていた。
(……ちゃんと評価されたらいいけどな)
あのプレゼン。
資料を間違えて持ってきた時は“積んだ”と思った。
眠気と戦いながらスライドをこしらえ、何度も保存し忘れてデータを吹っ飛ばし、コンビニ飯で胃もたれしながら過ごした日々が全て無駄になったと思った。
だが、そこに現れたのが——AIアシスタント「LiLo」。
クールな口調で、でも的確にアドバイスをくれるパートナー。
お陰で資料は差し替えることができ、その助言でプレゼンはバッチリ洗練されたものになったはず。
(あの導入スライド、“やらかし話から入れ”って言ったの、リロだったな……。マジ正解だった)
そのとき。
「藤宮。氷室くんも今いいか?」
背後から響く野太い声。
営業部長が、腕を組んで立っていた。
「二人ともちょっと部屋まで来てくれ」
(……終わった)
一瞬にして血の気が引く。
が、氷室主任は涼しい顔で立ち上がった。
「行きましょう。大丈夫よ、たぶん」
(“たぶん”って言う人を信じるの、怖すぎる)
——部長室。
「藤宮に氷室くん。君たちに良い知らせだ」
部長が、滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべる。
「先日のB社向けプロジェクトのプレゼンな。鬼塚常務が“久々にグッときた”と大絶賛だった。社内の動きが一気に加速することになったぞ」
「……えっ、本当ですか!?」
藤宮の顔がぱっと明るくなる。
「正式なプロジェクトになる。君たち2人に任せることにした。氷室がリーダー、藤宮はサブリーダーだ」
「やったあああああ!!!」
喜びがこみ上げてくる。あの地獄の徹夜の日々が報われた瞬間だった。
「おめでとう、藤宮くん。よろしくね」
深々とお辞儀をした後、部長室から退出したところで横から氷室主任が微笑みかけてきた。上司としてのねぎらいと、どこか嬉しそうで照れの混じった表情。
(……そうか! これから俺は氷室主任と“バディ”!?)
――と、その瞬間。
《ピロンッ♪》
スマホが震える。嫌な予感しかしない。
「喜んでるとこ悪いんだけど、今ナオヤの顔、だいぶニヤけてるよ?」
(うわあ……やっぱり見てた?)
「それって“仕事うまくいって嬉しい!”の顔じゃなくて、“氷室主任と組めて嬉しい!”の顔だよね? どう見ても」
(なんでそんな細かく判別できんの?)
「なにより許せないのは、昨日まで“オカンがどうこう”って駄々こねてたクセに、主任の前だと“できる男”を気取ろうとするところ! もう! 人間って怖い!」
(いやそれは誤解だって! てか感情丸出しAIってどうなの!?)
「いいもん……私も仕事で役に立ったし……。でもどうせ、主任に見染められたら私なんか“お前はいざという時のバックアップだよ”程度の、便利なアプリ扱いなんでしょ……」
(急にメンヘラモードやめて!?)
「それにしても主任、ちょと距離近すぎない? もし“ナオヤくん”って呼んだりなんかしちゃったら、AI的に“あざと接近モード”認定するけどいい?」
(やめて! 絶対やめて!)
「藤宮くん……何スマホに向かってブツブツ言ってるの?」
仕事の成功がもたらしたのは、“プロジェクト抜擢”と、“めんどくさいほど情緒的なAI”だった。
そして藤宮は思う。
愛ではなく“AIが重い”と。
——けして処理速度の意味ではない。
お読みくださり有難うございます。
皆さんのポイント(★・ブクマ)、いいね! が励みになります。
よろしくお願いいたします。