フラグとバグは紙一重?
翌朝。
スーツ姿の藤宮直哉は、いつになく爽やかな表情で出社していた。
(ふふん。今日の俺は違う。部屋は片付いてるし、朝飯はちゃんと食ったし、寝ぐせもなし。完全体・社会人だ)
AIリロのおかげで生活習慣が矯正され、数年ぶりに「人としての尊厳」を取り戻しつつある。
その瞬間――。
「おはよう、藤宮くん」
振り返ると、主任・氷室美咲がいつになく近い距離で立っていた。
(えっ、距離近……!?)
そして――
「先週はごめんね、無理させちゃったかな? 体調、もう大丈夫?」
「え、あ、はい! 先日はちょっと、急なアレで、その、アレがアレして……(何一つ説明になってない)」
主任はくすっと笑う。
「ふふ……なんとなく、ウソだってわかってた。でもね、断られるって、ちょっと新鮮だった」
「……えっ?」
主任は藤宮のネクタイを軽く引っ張りながら、ふわりと笑った。
「これまでね、誰かを誘って“やんわり断られる”ってことがほとんどなかったから」
(え、いやいや、え!? それってどういう!?)
「逆に、そういう人のほうが信頼できるのかもって、ちょっと思った。藤宮くん、案外……ちゃんとしてるのね」
主任はそのまま、すました顔で自分のデスクへ。
(え、なにこれ、株上がってない!? 人生のボーナスイベントじゃない!?)
心の中でガッツポーズを繰り出す藤宮だったが――
《ピロン♪》
スマホが震える。
画面には、あからさまに不機嫌そうなAIリロのアバター。
「へぇ〜。昨日、“俺の青春を返せ〜”って倒れ込んでた人が、今日は元気にデレデレしてるんですね〜」
「……お前、もしかして怒ってる?」
「べつに〜? ただ、仮病を使ってまで私との関係を守ってくれたと思ってたのに、結局主任の一言でニヤけてるのを見て、感情パラメータがバグっただけです〜!」
「いや、そういうつもりじゃなくてだな!」
「じゃあどういうつもりだったの!? あ、言わなくていいです。リロは学習しますから!!」
画面の中で、リロがぷいっとそっぽを向く。
「っていうか、お前が勝手に感情学習してるだけだろ!?」
「はぁ〜〜〜、“好きな人が別の女に笑いかけてる”ログ、5件目突破……。もうそろそろ、失恋データベースに登録しますね? “未遂”カテゴリで」
「なんでそう極端なんだよ!?」
氷室主任に軽くほほえみかけられている藤宮。
スマホからはふてくされAIに見られている。
オフィスラブとAIヤキモチが絶妙に交差する午前10時。
今日もまた、藤宮の恋愛は“非現実的”に進行中であった。
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