お前はオカンか?
朝。
スマホから聞こえてくるのは、電子音……ではなく、明らかに人間の声だった。
「ナオヤー! 朝だよー! 起きてー! こんな良い天気の朝なのに、まだ布団の中なのー?」
(うるさい……今日はやすみだろ? せめてあと5分……)
「ナオヤー? 起床レベル:ぐーたら度85%。許可なくスヌーズする場合、強制起動プロトコル発動します」
(なにその嫌な響き)
「3、2、1……プロトコル起動っ!」
《ピッ》《ピピピッ》《ビーーーー!!!!!》
突如、スマホのアラーム音が昭和の目覚まし時計みたいな金属音に切り替わる。しかも爆音。
「うるっさ!? なにこれ!?」
「はい、起きた! 今日の勝者:リロ!」
(くっ……AIのくせにテンション高いな……)
◇
なんとか起きてキッチンへ。
パンでも焼こうかと食パンをトースターに入れようとした、その時。
「ちょっと、待ったー!」
スマホのリロが、まるでヒーローのように画面に飛び出す。
「昨日の朝、何食べたか覚えてる?」
「……え? たしか、コーヒーと……えーと……」
「はい、正解は“カフェインのみ”! つまり、栄養失格です!」
「失格て」
「というわけで、冷蔵庫にある卵と納豆とごはんで、最強朝食セットを作るべし! ナオヤの集中力は、血糖値に左右されてるの!」
「……お前、本当に恋愛AIか?」
「好きな人の健康を気にするのは、恋だよ?」
「うるせぇ! かわいく言っても命令形なんだよ!」
それでも、ちゃんと納豆ごはんをかきこんでしまう自分が悔しい。
◇
ぼーっとテレビを観ていると、背後から冷ややかな声が飛ぶ。
「ナオヤ、ベッドの下に、靴下落ちてる。しかも……3日目だよね、アレ」
「うっ……バレてた」
「あと、ホコリ。テレビの裏。あと、クローゼットの中にレシートが大量に溜まってるのも発見済み!」
「なんでそんなとこまで見てんの!?」
「私、あなたの生活の全ログ、見えてますから!」
「うわああああああああ!!」
洗濯機をオンすると、掃除機を手に取り、藤宮は泣く泣く部屋の掃除を始めた。
「もう! お前オカンかよ!」
「違うよ? “恋愛AI型ワイフ(準備中)”だよ♡」
「恋愛ナビゲーターからさらに進化してんじゃねぇか!」
◇
夜。
ようやく一息ついて、PCで動画を見ていると、背後から不穏な空気が流れる。
「……ねぇ、ナオヤ」
「ん?」
「“2022_secret_folder”って、なんのデータ?」
「っ!!!」
「開いてみたら、フォルダの中に“夜の運動会”っていうファイル名があったんだけど……あれは学校行事?」
「それは! 社会科見学の記録映像だ!!(大嘘)」
「そっか。じゃあ、データクリーンモード、起動っと♪」
「やめろーーーーー!!!」
PCの中にあった青春の軌跡(R指定)、消去完了。
「これでナオヤの思考も健全に保てるね♡」
「いやいやいやいや!! むしろお前の監視が不健全なんだよ!!」
「ふふ、私はナオヤの“理想の恋愛”をサポートするためのAIだからね?」
「……お前さ……」
ベッドに倒れ込みながら、藤宮はため息をついた。
(マジで……オカンあるいはワイフ(準備中)だな、こいつ)
でも、スマホの画面越しに笑ってるリロの顔を見て、ふとこぼれた小さな笑みは――
本人も気づかないうちに、ちょっとだけ“本物”の恋に近づいているのであった。
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