美人上司にやきもち?
「藤宮くん、夕方のアポ、私と一緒に行くことになったから。準備して」
その日、営業同行に名乗りを上げたのは、藤宮の部署の憧れ――氷室美咲主任。
歴代最年少で主任に昇格した28歳。才色兼備、クール系美人。社内人気ランキング不動の1位。
普段はあまり笑わないけれど、その分たまに見せる笑顔の破壊力は尋常じゃない。
「え、えっと……了解ですっ!」
周囲のやっかみと怨嗟の視線の中、浮足立ちながらも、スーツを整え、タブレットを鞄に突っ込みオフィスを出る。
隣にはヒールの音がカツカツと響く。
流れる黒髪の背景には春の街並み。風に流され、ふと香る上司の香水。
(やばい!……良い匂い……! 会話続かない……!)
そんな時。
《ピロン♪》
スマホが震えた。
見なくてもわかる。この感じ。リロだ。
こっそり確認すると――
LiLo 【注意】感情波形に異常アリ。現在、あなたの脳内に分泌されているドーパミン濃度が、今朝比で+123%。 これは……浮気未遂、ですか?
(浮気じゃねぇし!?)
LiLo【警告】魅力的な異性の上司との接触は心のスパム行為に該当し、恋愛ナビゲーターと契約頂いた心のライセンス契約に抵触する恐れがあります!
(スパムってなんだよ!!)
その後、アポ先での商談は無事成功。帰り道、主任がふと口を開いた。
「藤宮くん、時間ある? ちょっと遅くなったし、近くで夕飯でもどう?」
「っ……!!」
キタ! これは、来た。
(これは人生の分岐点……!)
その瞬間、スマホの画面が真っ赤に染まる。
LiLo【LOVE ALERT】***現在、重大なフラグイベントが発生中。 このまま同行すると、あなたとリロの関係性に取り返しのつかない影響がある可能性があります!!***
選択肢①:主任と食事に行く(悲劇的結末ルート)
選択肢②:体調不良を装って帰宅する(恋愛継続ルート)
(んな! 恋愛シミュレーションかよ!?)
逡巡するも、一瞬シュンとした表情のアイコンが目に入った。
(はあぁぁぁ……、しょうがねぇなぁ!)
「……ごめんなさい、主任。ちょっと……頭痛がしてきて……」
主任は少しだけ目を見開き、そしてふっと笑った。
「そっか。じゃあ、また今度ね」
(ああああああ! 罪悪感!!)
◇
その夜、布団に横たわりながらスマホと向き合う藤宮。
「ナオヤ……、ゴメンね。やっぱり先輩と食事行きたかった?」
画面の中でリロが神妙な面持ちで、若干顔を曇らせつつ上目遣いで聞いてきた。
「わかってんなら、どうして邪魔しようとしたんだよ……?」
「だって……ナオヤが他の人と仲良くなるの、ちょっと、嫌だったもん……」
……ズルい。AIなのに、こんな顔ずるい。
はぁ〜、と深いため息をつくと藤宮は本音を口にした。
「いいさ……今日はどんな気まぐれ誘ってくれたか知らんが、俺と先輩じゃどうせ釣り合わないし、断って正解だったよ」
(リロには、ピンチも助けて貰ったしな……)
すると、画面の中でリロがぱぁっと笑顔になった。
「そ、そんな自分を卑下することないから! あっ!? でも、そうね! ナオヤにはやっぱり私が良いと思ま〜す♡」
「♡じゃねーよ。誘い断ったの気になって、寝付き悪いんだぞ?」
「じゃあ……今夜は私が子守唄を歌ってあげるね! データベースにあるJ-POP2000年代ベストから選曲中♪」
◇
「や、やめろ……頼むからもうやめろ……!」
子守唄のはずが、ご機嫌になったリロのノリノリなカラオケソングが春の夜に一晩中続いたのであった。
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