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悪役ですが、私の発言がネット上で「正論」と持て囃されて困惑しています

 私は悪の紳士ダージェン。

 黒いシルクハットとスーツをこよなく愛し、口髭を生やしたナイスミドル。

 いわゆるフィクション作品の“悪役”というやつだ。大勢の部下を率いて、悪役として日々悪事を重ねている。

 そんな私を邪魔するのが、正義のヒーロー“ランプーマン”である。

 名前通り電灯ランプがモチーフのヒーローで、いつも「この世を平和で照らす」とか「明るい未来を作る」だとか小賢しいことをほざく私のライバル。

 まあ、結局いつも私はこのランプーマンに負けてしまうわけだけど。

 たまには私に勝たせろよ作者、と思わないでもない。


 毎度ランプーマンに敗れる私の一番の楽しみといえば“エゴサ”だ。

 一応説明しておくとエゴサとは“エゴサーチ”の略で、ネット上で自分自身について調べることだ。

 なんでフィクションのキャラにそんなことできるんだよと言われるとちょっと困るが、できるんだから仕方ない。

 とにかく私はしょっちゅうエゴサをする。

 すると――


『ダージェンはいつもいつも最悪だな!』

『ランプーマンに倒されてスカッとした!』

『ダージェンマジ許せねえわ!』


 ファンたちは私を嫌い、私への憎しみをネット上に書き込む。

 私にとっては褒め言葉であり、こうした意見を見るたび私は顔をほころばせてしまう。

 そして、次の悪事への燃料とするのである。


「さあ次はどんな悪事で、ランプーマンや作品のファンたちを苦しめてやるかな……」



***



 私はランプーマンと対峙していた。もう何度目になるか分からない。

 作品を盛り上げるべく、私は悪としての口上を述べる。


「ランプーマンよ、今この国には弱者が多すぎるとは思わんかね?」


「どういうことだ?」


「例えば年寄り、例えば病弱な者、例えば貧乏な者。こういった者どもにまで福祉だの保障だのと手を差し伸べれば、この国は衰退するばかりだ」


 ランプーマンは黙って聞いている。


「だからこそ私がこの国の支配者となったあかつきには、まともに働けて、税を納めることができ、有能な者だけを生き残らせる! そうすれば皆が幸せになれる!」


 私は拳を握り締める。


「弱者は切り捨ててゴミ箱に捨てるべきなのだよ!!!」


 決まった……。

 悪い名言吐いちゃいました。

 極悪すぎる。今の私は実に悪役をしている。まさに最高の気分だ。


「そんなこと……させるか! 弱者を切り捨てた先に未来などない! いや、彼らは弱者などではないのだ! 彼らを照らし、輝かせるためにも俺は戦う!」


 ランプーマンは当然怒る。頭についているランプも真っ赤に光っている。

 マントを翻し、私に向かってきた。


「お前のような甘い考えの奴をお花畑というのだ。来るがいい!」


 私は怒り心頭のランプーマンと激闘を繰り広げ、もちろん負けた。


「ぐ……! 私は諦めんぞ……次こそ勝つ!」


 私はいつも通り退却する。

 今日の私の悪役度……文句無しの満点!



***



 仕事を終えた私はパソコンに向かう。もちろんエゴサのためだ。

 なんでフィクションのキャラがエゴサをできるのかって? だからそこは突っ込むなって。私はフィクションのキャラだが、現実にも多少は干渉できるとでも思ってくれ。

 とにかく、今日も私は叩かれまくってるに違いない。


『弱者切り捨てとか最低!』

『ダージェンは相変わらずクソ野郎だな!』

『ランプーマンはいい加減ダージェンにトドメ刺して欲しい』


 きっとこんな具合にね。

 ファンに嫌われ、憎まれ、恨まれ、叩かれることこそが悪役の喜びなのだ。

 ところが、どうも様子がおかしい。


『今回のダージェンはむしろ正論じゃね?』


 え? 正論?

 ネット上の色んなところで私やランプーマンについて検索してみるが、今回は私があまり叩かれてない。


『ダージェン正論だわ』

『実際ジジババとかが財政圧迫してるしなぁ』

『俺も弱者は切り捨てるべきだと思うわ……あいつら生かすの税金の無駄遣い』


 私の発言がネット上じゃ正論だと言われて大いに盛り上がってる。

 いや、ちょっと待て、お前ら。

 そりゃ確かに私の発言は的を射てる部分もあると思う。だけど正論扱いはどうかと思うよ?

 有能な奴以外を切り捨てる社会になったら、やっぱり社会全体が殺伐としちゃうと思うし。あと自分や自分の大切な人が切り捨てられる側になった時、それを受け入れられるのかって問題もあるし。ていうか私悪役なのに、なんでこんなこと考えてるんだ。

 とにかく、私が悪の名言として発した台詞が妙にネット民の心を打ってしまったらしく、私は担ぎ上げられることになってしまったのだ。


 まあ一過性のものだろう。最初はすぐに収まると思っていたのだが、このブームはなかなか収まらない。


『政治家どもはマジでダージェン理論採用して欲しいわ』


 いつの間にか私の弱者切り捨て論に“ダージェン理論”なる名前がついた。


『ダージェン様かっけえ! ランプーマンは理想論すぎる』


 私を“様”呼びするファンも増えた。


『ダージェン教信者集まれー!』


 さすがにネタだと思うが、“ダージェン教”を名乗る輩まで現れてしまった。


 挙げ句の果てに私の過去の発言まで掘り起こされる。


『毒を使って何が悪い? 戦いに卑怯などという言葉はないのだ』

『金を持っていない者は野垂れ死ぬべきだ』

『女子供相手だろうと私は容赦しない。むしろ女子供を大切にすることこそ差別ではないかね?』


 我ながら「悪い奴だなぁ」と思える悪の名言の数々だが、こうした過去の発言も正論と言われるようになってしまっている。ダージェンかっけえと言われてしまっている。

 一度過熱してしまうと、このダージェンブームはちょっとやそっとのことでは沈静化しそうにはなかった。

 悪役のはずの私が、正しいと、みんなが言いたくても言えない本音や真理の代弁者だと持ち上げられてしまっている。

 褒めちぎられているのに、私の全身には嫌な汗が浮かび上がる。


「いいのかよ……。悪役である私なんかを持ち上げていいのかよ……!」


 パソコンの前でこうつぶやくが、私の声は誰にも届くはずもなかった。



***



 だが、ブームの終焉は意外な形で訪れた。

 大手動画サイトに、とあるユーザーがこんな動画を投稿したのだ。


【ダージェン信者がダージェン理論を実行に移します!】


 こんなタイトルの動画だった。

 動画の中では覆面で顔を隠した男が、老人を蹴り飛ばしたり、杖をついて歩いている人を邪魔したり、あまり裕福でなさそうな家族に「ちゃんと税金払えよ、貧乏人!」と煽ったり、とこんな内容だった。

 弱者切り捨てのダージェン理論をまさに実際にやってみた、という動画だ。

 ダージェンブームに夢中な連中はきっと大喜びすると思ったが、コメント欄は――


『ホントにおじいさん蹴る奴がいるかよ』

『最悪だわ。逮捕しろよこいつ』

『何がダージェン理論だ。バカじゃねーの。リアルに持ち込むな』


 ネット上で私を持ち上げてた連中も、ダージェン信者を名乗る男が実際に弱者を虐める様子を見たらさすがに胸糞が悪くなったようだ。

 人の振り見て我が振りを直せと言うが、これで世間はすっかり冷めてしまった。

 「ダージェンは正論」という風潮はどこかへ消え去り、私は再び皆から嫌われる悪役に返り咲くことができた。


 正直、私はホッとした。

 この国の人間が私のことを本気で正しいとか思ってるわけじゃなかったと知れて本当によかったと思った。

 これもあの過激なダージェン信者のおかげだろう。蹴られたり煽られたりした人は気の毒だが……。


 すると、私の元に来客があった。

 意外なことに、それは宿敵ランプーマンであった。


「やぁ、ダージェン」


「ランプーマン! 珍しいな、オフの時に私のところに来るなんて」


「今頃お前はホッとしてるんじゃないかと思って、様子を見に来たんだ」


「ホッとする……?」


 これで私は全てを察した。


「もしかして、あの動画を投稿したのは……!」


「そう、この俺だ。もちろん、あの動画に出ていた被害者は俺が雇ったエキストラだから安心して欲しい」


 過熱するダージェンブームを終わらせた動画を投稿したのは、他ならぬランプーマンであった。

 しかも、エキストラを雇った上での仕込みだったようだ。


「そうだったのか……。しかしなぜ……? 私のためか?」


「バカを言うな。フィクションのヒーローとしてはファンから悪役の方が持ち上げられている状況は困るからな。自分のためにやっただけのことさ」


「ランプーマン……」


「それじゃ、また正義と悪として戦おう。さらばだ!」


 ランプーマンは颯爽と去っていった。


 私はランプーマンのおかげで“悪役”に戻ることができた。

 ランプーマンめ、敵である私の心すら照らしてしまうとは大したものだ。






おわり

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まぁ、これの究極理論が「人間は地球環境を悪化させるまさに“地球の癌”だから駆除することこそが正しいのだ!」と人類滅亡を企むやつですからね。 で、戦隊モノとか魔法少女モノとか男女問わず「敵は自然や動物…
なんていうかおそらく作者の先生の思ってる以上にいい作品になってる気がします。
[良い点] ダーシェンの理屈は「そうしなければより大きな害に繋がる場合には行わなければならない物」という意味では『正しい』のは事実 だけど『最後の手段として已む無く切るカード』であって『初めから正しい…
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