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ちょっと歪なデート会②

 今朝は雨が降っていたため、街は湿っぽさに満ちていた。

 正午あたりで雨は止んだものの、空は未だに鼠色の雲に占拠されていて、少なくとも「お出かけ日和」とは到底呼べない空模様だった。

 あまりに中途半端な天気なので、会話の話題として採用することができない。天気の話題さえ出せないなんて、絶対絶命だ。

 先ほどから会話と呼べるようなものが、全くできていないのに。


 遠山さんの家から出発し、現在地下鉄で目的地に向かうべく駅から歩いている最中なのだが、俺と彼女の間にはほとんど言葉が交わされていない。

 さっき今日のデート(?)プランを軽く再確認したくらいで、おおよそ高校生の男女のおでかけとは思えない静けさが漂っている。


 なんとなく気まずい空気が、焦燥感を駆り立てる。

 何か、話題を探さないと……。


 隣を歩く遠山さんをちらりと見る。

 横顔しか見えないので定かではないが、どこか強張った表情で、歩く先をぼんやりと眺めているように見える。会った直後は上機嫌に喋っていたが、表面上取り繕っていただけなのかもしれない。


 やはり再会してからの彼女は、何だか様子がおかしい。

 言語化しづらいが……なんと言うか、かつての「勢い」が、ない。

 良くも悪くも周りを巻き込むことを厭わない我の強さ。そして、どんな状況にあっても道を指し示してくれる、その眩しさが。

 「精神の成熟」という一言では片付けられないほど変わってしまった彼女の姿は、小学校を卒業してからの彼女に何か重大な出来事なあったことを如実に物語っている……のだが。

 あいにく俺には、ヒロインの心の傷を癒すヒーローのような能力は備わっていなかった。


 ......そもそも今の俺に、「彼女を救う」なんて大それたことを語る資格なんて、ない。


「どうしたものかな……」

 考えに集中しすぎていたせいで意図せず漏れてしまった言葉に、彼女が顔を向ける。


「......えっ?あっごめん、ボーっとしてた」

 そう言いながら、にへっとした苦笑いを浮かべる。


「あぁ、えっと。昔はどんな会話してたかな、って」

「え、昔?そうやなぁ。えーっと......」


 適当に誤魔化すために発した言葉に対し、彼女は少し逡巡したのち口を開いた。


「……傘でチャンバラごっこ?」

「最初に出てくるのがそれかい」


 そもそも会話ですらない彼女の回答に、思わず冷静にツッコんでしまった。

 ......いやまあ、確かに結構やってたけど。白熱しすぎて傘を折ってしまった時は、母さんにこっぴどく怒られたっけ。


「あとは……しりとり勝負とか、リコーダー勝負とか」

「それも会話ではなくない……?」

 まぁ、それもやってたけども。どっちも強かったなぁ、遠山さん。


「あぁ、思い出した。紺野くん、自分が当てたレアカード?の強さを、私によく熱弁してた」

「あー、昔やってたカードゲームの......」

「そうそう。あれ、何言ってるか全然分かんなかったんやけど、あまりに紺野くんが楽しそうに話すから、こっちは適当に頷くしかなかったんよね」

「......それ、今聞くとめっちゃ恥ずかしいから勘弁してほしいな......」

「あはは」


 厄介オタクみたいだったな、あの時の俺。今思えば半ば黒歴史みたいな思い出だ。


 そんな話をしながら、俺も当時の記憶を探ってみる。

 しかし実際二人で過ごす時は、何かしら勝負をしたり、遊んだりしていた記憶しか残っていなかった。

 当時の俺たちはかなりやんちゃな少年・少女だったので、自然とふざけた感じのノリになることが多かった気がする。


「......俺たち、遊んでばっかりだったな」

「そうだね......」

 お互い、笑みがこぼれる。

 純粋な会話ができないのは今に始まった問題でなかったことが、なんだか可笑しかった。


「あ、でも……」

「何?」

「あの、途中から紺野くん、なんかある時を境に、急に冷たい感じになったような気がしてて……あれ、ずっと気になってたんやけど。私、紺野くんの気分を損ねること、しちゃったのかな?」


 ──あぁ。そんな風に、映ってしまっていたのか。


「それは......違う」

「そうなん?」

「うん......一回あったじゃん、遠山さんがちょっと危ない目にあったこと。歩道の端っこで倒れそうになって、ちょうど車が来て」

「あぁ......小6の春ごろだっけ、あれ」


 少し強張る彼女の表情を見て、この話題は出すべきではなかったかもしれないと、後悔する。


 ──あれは遠山さんの不注意も原因ではあったが、運も悪かった。

 放課後の帰り道、鼻歌を歌いながら歩道の縁石の上を上機嫌で歩いていた遠山さんが、突如バランスを崩して、車道側に倒れそうになった。そして丁度そのタイミングで、自動車が突っ込んできたのだ。


 彼女の絶体絶命を前に、俺の体は衝動的に動いた。気づけば彼女の服の袖を強く引っ張り、抱きとめていた。直後、傍で自動車が勢いよく空を切る音が響き、突き抜けるような風が俺たちの髪を揺らした。

 まるで自分が命の危機に瀕したのかと勘違いするほどに心臓が強く脈打っていたことを、今でも鮮明に覚えている。


 この出来事がきっかけで、俺は傲慢にも『彼女を守らないといけない』なんてことを考えるようになった。危なっかしい行動をとりがちな彼女をたしなめる側へと回るようになったのだった。


「あの時、すごい怖い思いしたからさ。考えるようになったんだよね。俺がちゃんとしなきゃって。監視しないといけないな、って。」

「......そこ、『守る』とかやなくて、『監視する』なんや」

「まあね。よくよく考えたら遠山さん、危なっかしすぎたし」

「えぇ~?そんなに?」

 不満の言葉を口にする彼女だが、その後ふっと表情を緩める。


「私、紺野くんに嫌われるようなことしたかも、って不安やったんやけど。そういうわけではなかったんやね」

 安堵の声を漏らす遠山さんだが、こればっかりは彼女を不安にさせた俺が悪い。


「うん……ごめん」

「......。」


 ……


 ......あれ?


 なぜか遠山さんは、俺の言葉に反応しなかった。

 緩んだばかりの彼女の口元が再び強張ったものへと変わったかと思えば、彼女の瞳が真っ直ぐにこちらを捉える。


 彼女はゆっくりと……口を開けた。


「それなら、なんで......?」

「......え?」

「なんで、あの時......」


 次の言葉を紡ごうとする彼女の唇が、震えながら、開いたり閉じたりを繰り返している。

 そして綺麗な黒い瞳は、時おり揺らいでいる。


 俺は何故か、その表情から目が離せなかった。


 さっきから吹きつけてくる寒風が、やけに痛く感じる。


 ……なぜ?

 なんで遠山さんは、そんな寂しい表情をしているのだろう?


 ……分からない。

 さっきまでは、同じ記憶を共有して、それなりに分かり合える気がしていたのに。


 また俺は、目の前にいる幼馴染のことが分からなくなってしまっている。


 ……。


 短いような長いような、そんな沈黙から俺の意識を引き戻したのは、視界の端に現れた、小さな自転車だった。

 それは猛スピードで、こちらに突っ込んで来る──


「……あぶないっ」

「......えっ!?」

 咄嗟に、彼女の袖を強く引いた。

 バランスを崩してよろめいた彼女の体を、両腕で支える。


 直後、「ジャァッ」と勢いよく音を立てながら、小学生男子たちの駆る自転車の群れが、彼女のすぐ横を通り過ぎて行った。


 冷たい風が、顔に突き刺さる。


 おそらくあの小学生たちは、ブレーキをかけずに下り坂を走っていたのだろう。

 路面も濡れていたし、少しでも反応が遅れていたら大事故になるところだった。


「危なかった......遠山さん、大丈夫──」


 そこまで言いかけたところで、柔らかくも強い香りが、すぐそばから飛び込んで来た。


「……あっ」

 さっきまで隣にいた少女の顔が、目の前にあった。

 厚着の上からとはいえ、かなり大胆に彼女の身体を抱き寄せてしまっていることに今さら気付く。


「……えっ………と」

 こちらから必死で目を逸らそうとするその顔は、みるみるうちに赤みを増していって……


「っごめん!」

 反発する磁石のような勢いで、俺は彼女から飛び退いた。


「あっ、大丈夫、だから。ありがとう、助けてくれて」

 そう言って誤魔化す彼女の顔が耳まで真っ赤なのは、確実に寒さとは別の要因によるものだろう。


「ほんとごめん……色々と。嫌だったら、もうここで解散でいいから」

「大げさやって。ほら、乗る予定の地下鉄間に合わなくなるし、早く行こっ」


 遠山さんは早口でそう言うが、さっきまでのゴタゴタのせいで、当初の予定時刻に間に合わせるのはほぼ不可能である。

 けれどそのことを指摘できるほど、俺の頭は冷静ではなかった。


 彼女に急かされるまま、小走りで地下鉄駅の入り口まで向かう。


 見た目も中身も変わってしまった俺たち。

 過去と同じような関係でいられることはできないのだと、俺は直感的に感じていた。

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