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小説とデジタルな交流②

『それ私も読んだ!感想めっちゃ分かる!』


 遠山さんからのメッセージが来たのに気づいたのは、カフェから出た直後。

 俺は通知が表示されたホーム画面とにらめっこしながら、店から出てすぐの場所で立ち尽くしていた。


(え、なんで返信してきたんだ?いや別に、悪い気はしないんだけど......っていうか、女子からのメッセージなら早く返信しないと失礼かも......!?)


 自分のSNSの投稿に返信が来るのは、今回が初めてだった。

 それに加えて、最近 (少しだけ) 気になっていた人物からのメッセージだなんてまさに寝耳に水の出来事で、自分でも驚くほどに動揺していた。


「どうしようか......」

 さっき「連絡がなくて寂しい」とか考えておきながら、いざメッセージがくるとこんなに慌ててしまうとは......。

 自身の女性との交流経験の少なさに、俺は思わず頭を抱えたくなった。



──ひとまず座って考えようと思い、近くに座れる場所を見つけて腰を下ろした。


 俺が今座っているのは、駅の真正面。

 17時を過ぎ帰宅ラッシュに突入した駅前は先ほどよりも多くの人で溢れかえっていて、その喧騒が、今はやけにうるさく感じられる。


 もしかしたら見間違いかもしれないので、改めて先ほどの通知を確認するが、送り主は間違いなく遠山さんだった。


「……うーん、どう返信したものか」


 俺はまた頭を抱えたくなった......というか、もう既に左手で頭を抱えていた。

 右手に持ったスマホには、そんな自分の姿がうっすらと映されている。


 「既読スルー」という選択肢が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。


 単純にコメントしたかっただけなのか、あるいは何かしらの意図があるのかは定かではないが……。

 くだらない自分の投稿にわざわざコメントを残してくれたのだし、感想にも共感してくれたのだ。無視するのはさすがに薄情だろう。



 とりあえず、返信すること自体は決まった。

 次に問題となるのは、どうメッセージを返すべきか、だ。


 もちろんSNSは他の高校生のように利用しているのだが、俺にはメッセージをやり取りする経験が圧倒的に不足していた。

 高校のクラスラインには入っているが基本的には会話には参加しないし、個人間のやり取りも家族や紫音以外とはほとんどしない。ましてや女子との交流なんて初めてだ。


 よって今の俺には、世の高校生が身に付けているであろうSNSの常識が、全く備わっていない。


 だが返信することが確定した以上、何かしら言葉を考えないといけない。

 せめて妥当な言葉が返せるよう、思考を巡らせた。


『わざわざDMありがとう』?

 ……いちいちメッセージにお礼を言うのは、流石に他人行儀が過ぎるし、多分変だ。


『共感してくれて嬉しい』?

 嘘はついていないが、会話としては少し不自然な気がする。


『やったー!』?

 これは絶対違う。会話が成り立たない。


「……。」

 気付けば10分ほど考え込んでしまっていたが、上手い返し方が全然思いつかなかった。


(そもそも「分かる!」に対して、何を返せばいいんだ……)


 ──この、女子が使いがちな「分かる!」というセリフに関して、俺は前々から疑問を抱いていた。


 普通「分かる!」という言葉を返すだけでは、会話が止まってしまう。

 共感の意を示すだけでは、話が広がらないし、会話が続かないのだから。


 それなのにどうして女子の会話は、「分かる!」の一言で継続するのだろうか?

 彼女たちは「分かる!」の後、どのように話を広げているのだろう?


 さしてコミュニケーション能力が高くない自分にとっては、見当もつかない疑問だった。


 それゆえ今までは「自分に関係ないから知らなくていいか」と考えていたのだが、まさか対峙する時が来ようとは......。



 ──数分後。


「......もう、これでいいや」


 結局気の利いた返事が思いつかなかったので、素直に思ったことを言葉にすることにした。

 返事の内容うんぬんよりも、相手を長時間待たせることの方がまずい、という判断だ。


 俺は入力欄に表示された文章を、もう一度確認する。


『共感してくれる人がいて良かった。遠山さんは今もよく本を読んでいるの?』


 共感に対して喜びを示しつつ、こちらから新しい話題を振る。

 変な返し方ではない……と信じたい。


 震える指で、恐る恐る紙飛行機のマークに触れた。



 彼女はすぐに気づいたらしく、一分もしないうちに既読マークが現れた。


(どんな返事が来るのやら……)


 俺は時折吹いてくる冷たい風に身を縮めながら、食い入るようにスマホを見つめていた。

 陽はすでに落ち切っており、すでに空は深い藍色に染まっていたが、人の往来は未だに落ち着く気配がなかった。



 「......落ち着かない」


 女子とメッセージで会話すること自体、自分にとっては未知の体験すぎるのに、その相手は久しぶりに再会した幼馴染なのだ。

 イブの時のように気まずい雰囲気になるのは、目に見えていた。

 いますぐにでも立ち上がって右往左往したい気分だ。


そんな衝動をなんとか抑えていると、手に持ったままだったスマホが震える。


「......お」

 遠山さんからの返信は、さっきまで散々悩んでいた俺とは対照的に、1、2分ほどで返ってきた。


『うん』

『1ヶ月に4冊くらい?のペースで読んでる!』


 ......返って来たのは、いたって普通の内容だった。......まあ、1ヶ月に4冊本を読むのは、全然普通じゃないけれど。

 ひとまず会話ができそうだと分かり、口から安堵のため息がもれた。


『すごい。小学校の時より早いペースじゃない?』


 次の返信は、割とすぐに浮かんだ。

 遠山さんが大の本好きだったのは、よく覚えていたからだ。


 彼女は、他の生徒とは一線を画す数の本を、図書館で借りていて、それで昔先生から表彰されたこともあった。

 そんな彼女の読書趣味がさらにパワーアップしていたことは、シンプルに驚きだったのだ。


 俺が返信すると、すぐにそれに対する返事が返ってきた。まるで実際に会話しているかのようなテンポ感だ。

『そうかも?』

『最近は電子書籍版を買って通学中とかに読んでるからかな』


 へぇ。

 遠山さんは紙派だと思っていたが、電子書籍も読むのか。ちょっと意外。


『なるほど。電子なら読書しやすいもんね』

『ちなみに、遠山さんは今どこの高校通ってるの?』


 「通学」と聞いて、彼女が今どこの高校に通っているのか気になったのだが......さっきと違い、すぐに返事が来ない。


 その反応から俺は、自分が非常にプライベートな情報を訊いていることに気づく。

 なんとか会話ができていることに安堵して、完全に気が緩んでしまっていた。


『啓徳学園』

『紺野くんは?』


 慌ててどう発言を訂正すべきか考えていたが、結論が出る前に返信が来てしまった。


 本人にとって答えにくい(かもしれない)質問をしてしまったことに罪悪感を抱いたが、俺の意識はすぐさま「啓徳学園」の四文字に引き寄せられる。


 啓徳学園は、県内でもトップクラスに高い偏差値で有名な、お嬢様学校。

 おまけに偏差値だけでなく学費も高いため、財力と学力の双方を備えた者だけがその狭き門をくぐることができる、色々な意味で難関校といえる女子高だ。


 それゆえ普通なら信じがたい話なのだが、裕福な家庭に生まれ、かつ幼い時から文武両道の優れた才能を発揮していた遠山さんであれば、啓徳学園に進学したと言われても納得できる。


 中学受験に受かった後、彼女は自分の想像のできない高みまで至っていたのだ。

 驚き、あるいは畏怖のような感情が、心の中で渦巻く。

 俺は改めて、彼女の存在が近いようで遠いことを実感した。


『エリート女子高だ。すごい』

『自分は神誠高校』


『いやいや、紺野くんこそ進学校やん。すごいよ』

『......話変わるんやけどさ、もし良かったら『その嘘に花束を』っていう小説も読んでほしいな』

『多分、紺野くんが好きなタイプの本だと思う!』


 話題が変わって、今度はおすすめの本を紹介された。

 ......少し唐突な話題転換だったので、もしかしたら本当に話したくない話題だったのかもしれない。

 

 だが一方で、ただ本を自分に勧めたかっただけの可能性も否定しきれない。

 遠山さんが熱心に本のおすすめをしてくるのは、昔よくあったことだからだ。


 小学校の頃の彼女は、本を読むのと同じくらい、本の話を人にするのが好きな少女だった。

 彼女はプレゼン能力にも優れていたので、一緒に図書室に行った時は、毎度本の魅力を熱弁する彼女の話を、わくわくしながら聞いていたものだ。

 時折、本語りに熱中する彼女の声があまりに大きいせいで先生に注意されたこともあったのだが、普段あまり大声で話す性格ではなかったので周囲の生徒から驚かれていた。


 紹介されたタイトルをネットで検索してみると、どうやら大手出版社の新人賞で受賞された、人気急上昇中の小説らしい。

『(画像検索画面のスクリーンショット)』

『これ?』


『それ!』


『青春もの+ミステリーみたいな感じかな?面白そう』

『今度書店で探してみるね』


『そう!そんな感じ!』

『この作品は、それぞれの人物がすごく活き活きしてるんよ。感情描写がすごく丁寧で』

『例えば主人公の女の子は......』



──その後俺は、ヒートアップして長文を送ってくるようになった遠山さんと、かつてのように本談義に花を咲かせた。

 彼女のおすすめや、お互いに今までどんな作品を読んできたのかを語り合ったり、先ほど俺が読んでいた小説の話に戻って、考察や意見を交換したり......。


 俺の方は最近読んでいる作品がライトノベルに偏っていてあまり面白い話はできなかったのだが、彼女は茶化すことなく聞いてくれた。


 ......いつの間にか、返信の言葉に困ることはなくなっていて。

 この会話を、純粋に楽しんでいる自分がいた。


 今まで、相手の表情が見えないデジタルの交流なんて何が楽しいのだろうと思っていたけれど.....

 案外、文字でも気持ちって伝わるものなんだな。



 ──気づけば一時間ほど、ノンストップで会話していた。

 時刻は19時前になっていて、ただでさえ低かった気温がさらに低下している。


 一際強い風が頬に突き刺さり、身体がブルリと震える。

 それと同時に母さんから「晩御飯は外で食べるの?」という旨の連絡がきた。


 ......そろそろ家に戻らないと風邪を引きそうだ。このあたりが潮時かもしれない。


『ごめん。そろそろ家に帰らないといけないから、返信遅くなる』

 そう遠山さんにメッセージを残し、母さんにも「今から帰る」と送ってから、俺は立ち上がる。


 相変わらず人との会話は苦手だし、彼女との関係も既に終わったものだと思っていたけれど......

 たまにこのようにSNS上で交流するだけなら、悪くないかもしれない。



 ──そんなことを考えながら帰り道を歩いている途中、スマホが震えた。

 赤信号で止まったタイミングでスマホを覗くと、通知が届いている。


『え、紺野くん外におったん!?こちらこそごめんね!』

『あのな、落ち着いてから返信してくれたらいいし、ダメでも全然大丈夫なんやけど』

『今度は、直接会ってお話ししない.....?』



 ......どうやら遠山さんの方は、デジタルな交流だけでは満足していないようだった。

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