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彼女の瞳が映すもの

 三宮駅で紫音と別れなんとか自宅に帰還した俺は、倒れ込むように自室のベッドに突っ伏した。


「めっちゃ疲れた……。」

 これから風呂に入らなければならないのに、このまま眠ってしまいたいくらいに疲弊している。


 ちなみに、晩ご飯はファミレスで紫音と食べた。

 席が空くのを待っている間も、ずっと俺と遠山さんのことを聞いてきたので辟易したが、口止め料としてドリンクバー代を奢ることで、なんとか黙らせた。

 ……次会った時には質問攻めを受け流せるよう、言い訳を考えておかなくては。


「……まさか、かつての幼馴染が夢に出てきた挙句、現実でも再会してしまうとはな」

 まるでご都合主義全開なラブコメの導入部分みたいだ。偶然が重なったのか、はたまた俺に予知夢の能力でもあるのか。


 いずれにせよ、無味無臭な生活を送ってきたここ数年で、最も刺激的なクリスマスイブになったことには間違いない。


 何より、遠山さんの方から俺に話しかけてきた、というのが意外だった。

 彼女は小学生の頃、ある日を境に別人格になったかの如くこちらを避けるようになったため、今も俺との関わりを望んでいない、という風に考えるのが自然なのだ。


 けれど彼女は今日、俺と会話することを選んだ。

 眉尻を下げ不安を滲ませたあの表情を見る限り、おそらく勇気を振り絞って。


 「ていうかそもそも、あんな弱々しい雰囲気の遠山さん、初めて見たんだよなぁ……」

 そこが、彼女がかつての「さくら」だと気づけなかった一番の要因であり、困惑した点だ。


 俺は記憶の片隅にある「さくら」の姿に、思いを馳せる───



 ブラックオパール、という宝石について、調べたことがあった。


 石言葉は「自信」「魅力」。

 地色は黒だが、受けた光を反射・屈折させることで虹色の鮮やかな色彩を生み出す、「遊色効果」を持つ宝石。

 当時の俺はこれを初めて知った時、「さくらの瞳みたいだ」なんてバカなことを、本気で思ったものだ。

 ……彼女の豊かな感性は、いつも俺に新しい視点を授けてくれたから。



 「見てこれ!アリの目線だとバッタがこんなに大きく見えるんやって!同じ世界でも、目線が変わるとこんなに違う風に見えるなんて、面白いね!」


 「……この夜景の光一つ一つに人の生活があると思うと、私たちってすごく小さい存在なんだなって思えてくるな……面白い」


 あの子は「面白い」という言葉をよく使う。

 その黒く澄んだ瞳で、どんなものにも「面白い」を見出し、キラキラと輝く。

 それはまるで、光を受けて七色の色彩を放つ、美しいオパールのように。


 そんな美しい瞳を持つ彼女といれば、俺は新しい世界が見られるような気がした。


 好奇心旺盛で、自信に満ち溢れていて。

 気が付けば自分を置いて、遠い場所へ行ってしまいそうなあの子。

 そんな彼女に追いつくために、必死に勉強を頑張った。彼女の隣に立ち続けたいと願った。


 ……結局、彼女と一緒にいることはできなかったのだが。


 ブラックオパールの三つ目の石言葉は「威嚇」。

 今思えば、その唯一無二の輝きと対等になろうだなんて、あまりにも浅ましい考えだった。



 ───そして、「さくら」と別れてから4年が経過した今日。

 久しぶりに再会した遠山さんの瞳は、なんだか輝きを失っているように見えた。


 あくまで直感だが、まるで手入れを怠った宝石のようにその色は濁っているように思えた。

 その直感が正しいのかはともかく、彼女に対して違和感を抱いたのは事実だった。


 「まぁ、お互い変わったってことなのかな」

 小学校を卒業して以降会わなくなったので、俺は彼女の中学生の姿を知らない。

 その間に大きな変化があったとしても、何ら不思議ではない。


 「───今の「遠山さん」に、「さくら」の面影を重ねるのは失礼か」

 一度思考を中断してベッドから降り、床に放置されていたスマホを手に取る。


「……インスタ、どんな写真上げてるんだろう」

 なんとなく現在の遠山さんのことが気になり、インスタのプロフィール画面を開く。

 交換の際は紫音が乱入してしまい、落ち着いてプロフィールが見られなかったが。

 今ならゆっくり情報整理ができるし、なぜ今回俺に接触してきたのかのヒントも、もしかしたら分かるかもしれない。


『sakura_1009』

『SAKURA』


 色鮮やかなフルーツタルトのアイコンとは対照的に、彼女のプロフィールはとても簡素なものだった。

 名前とユーザーネームの前半は、下の名前のローマ字表記だし、「1009」という数字も、彼女の誕生日である10月9日からとったものだろう。


 ……びっくりするほど、そのまんまな設定だ。


 しかもハイライト欄、自己紹介文は空欄。ハイライトはまだしも自己紹介文がないのは珍しい気がする。……インスタ全然使わないから、本当のところは分からないけど。


 ちなみに、フォロー数・フォロワー数はどちらも十数人程度。これに関しては自分も似たりよったりなので何とも言えない。


 続いて「投稿」の部分を確認すると、画像が一つだけ表示されている。

 ……桜の写真、だろうか?

 タップして拡大すると、やはり桜の写真だった。3月下旬の、五分咲きくらいの桜並木が写されている。

 背景に既視感があると思ったら、我が家の近所にある川沿いの道だ。


 そんな写真の下には、「春 芽吹きのとき」という、シンプルなキャプション添えられていた。


「……なんか、あの子らしいな」

そんな感想が口からこぼれた。


 「さくら」はいわゆる「映え」みたいなものより、意図的でない自然に生まれた美しさを好む人物で、この投稿はまさにそのイメージ通り、といった感じだ。

 感性の方は今でも変わっていないようで、少しホッとする。


 ……だがその一方で、彼女がアップした写真はこれ一つだけだし、しかも8ヶ月以上前の投稿だ。

 現在の彼女についての情報はゼロに等しい。


 「真相は闇の中、かぁ」

 予想以上に情報量が少なかったことに小さくため息をつきながら、スマホの電源ボタンを押す。

 画面から桜の画像が消え、代わりに落胆と困惑を滲ませた、情けない自分の顔が映し出された。


 「今の遠山さんにとっての俺って、どういう立ち位置なんだろ……」

 かつては宝石のように思えた彼女の瞳は、今、いったい何を映しているのだろうか。

 彼女の隣にいられなかった俺には、見当もつかなかった。

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