聖夜の再会
こんにちは。ふんまつです。
今回の舞台は神戸の冬の風物詩のアレです。
この作品では2019年以前の12月開催となっておりますが、現在は1月開催ですのでお間違えのないように……。
終業式の日の夜、一度帰宅して私服に着替えた俺と紫音は、クリスマスイブで多くの人がごった返す中、イルミネーションの会場へと足を運んでいた。
「おぉ……!」
目の前に広がる光景に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。
兵庫県神戸市の冬の風物詩である、夜のイルミネーションイベント。LED電球を独特な模様の形に並べて作られた色鮮やかなオブジェが街を彩り、毎年多くの観光客が訪れる。
そして今俺の目の前には、まるでステンドグラスのように複雑な模様の、まさに「光のアート」と呼ぶべき作品がそびえ立っている。
一つ一つは小さな光が巨大な芸術作品を形作るそのさまは、美しさだけでなく荘厳さすら感じさせるものであり、俺はただただその色彩に見入ってしまっていた。
「昼間はあんなに嫌がってたのに、めっちゃ楽しんどるやん」
隣に立つ紫音が、そう冷静にツッコんできた。
「いや、まぁ……こういうのもたまには悪くないな、と」
さっきから夢中で写真を撮りまくっていることを指摘され少し恥ずかしくなった俺は、緩み切っていた表情筋を引き締めて答える。
「いやいや、『悪くない』どころか、『めちゃくちゃ良い!』って顔してたやん」
「……まぁ、否定はしない」
実際、懸念していた人混みすら気にならないほどに、楽しんでいた。
もちろん以前にもこのイルミネーションを見に来た事はあったのだが、夜の闇を明るく照らす鮮やかな色彩は、何度見ても飽きないほどに美しいものだった。
紫音が誘ってくれなかったら今俺はここにいなかったのだと思うと、連れて来てくれた親友に感謝しなければいけない気がしてくる。
「……ありがとな紫音。来てよかった」
素直に感謝の言葉を伝えた。少し頬が熱い。
「そか、良かった」
そう言う紫音だが、さっきまでとは違って少し落ち着いた声色のように感じた。
「…………拓海にはもっと、青春っぽいこと、してほしいしな。クリスマスくらいは楽しんで欲しかったから、今回ちょっと強引に誘ってみた甲斐があったわ」
「ん……青春?」
唐突に現れた、「青春」という単語。
その言葉を出した意図が、俺には分からなかった。
紫音の方に顔を向けると、彼は先ほどのテンションから一転、神妙な顔つきでこちらを見ていた。
「...…あのさ、拓海。せっかくの高校生活なんだからさ、もっと青春っぽいことしようぜ。拓海が今みたいになってしまったのって、俺の責任でもあるし......いくらでも手伝うから」
そこまで話したところで、紫音はばつが悪そうにこちらから目を逸らす。
「……」
「……」
ただでさえ低かった気温が、さらに低くなったような感覚がした。
先ほどまで二人の間に流れていた雰囲気が、少し重たいものとなる。
(今回誘ってくれたのは、自分自身ではなく俺のためだった、ってことか......?)
今まで紫音が俺を遊びに誘う際は、大抵俺が乗り気でない場合すぐに引き下がり、「また行きたいところがあれば言ってな~」とか言って、笑って済ませる。
しかし、今回は乗り気でない俺を何度も何度も誘ってきたため、いつもより強引だなとは感じていた。
まさか、それが俺の事情を気遣ってのことだったとは。
俺は「はぁ」と一つ溜息をつくと、身体ごと紫音の方に向き直る。
「あのな、紫音。俺はあの件、お前が悪いとは1ミリも思っていないし、今のこの高校生活も、自分で選んだものだ。だから、お前が気にすることは一切ない」
「でもさ、もしあの時、オレがもっと上手くやれていたら……」
「あれはもう過ぎたことなんだ。申し訳ないけど、もう掘り返さないでくれ。……お願いだから」
俺は紫音の言葉を遮るように、そうはっきりと口にする。
……気持ちは嬉しいが、今の俺には必要のない配慮だった。
唯一無二の親友に強く当たるのは正直かなり堪えるが、これ以上お互いが傷つかないためには、あえて強い口調で止めるしか方法がなかった。
「......ごめん。…………あ、オレ、向こうで売ってるベビーカステラ買いに行くわ。お前も欲しいよな?」
「え?あ、うん」
「おっけ。んじゃ適当にどこか座って待っといてくれ。買えたら電話するから」
「……おう、頼んだ」
そうして紫音は逃げるように、屋台が並ぶエリアへと小走りで向かっていく。
……優しい紫音のことだ。
恐らく合流した後は、何事もなかったかのように、笑顔で俺に接してくれるのだろう。
(......だけど結局気まずくなりそうなんだよなぁ……どうしたものか)
気遣いを拒絶されて、アイツは俺を軽蔑しているかもしれない。
不安が胸の中に渦巻き、座れる場所を探す気にもなれなかった。
ぼんやりとイルミネーションを見ながら、立ち尽くす。
さっきまで鮮やかに見えていたオブジェが、今は色を失ったかのようにつまらないものに見えてしまっていた。
なんとなく直視することができず、足元へと目線を逸らした。
「……なんか今日、いつになく忙しい一日だったな」
そんな言葉がポツリとこぼれた。
終業式があって。
その後寝言を聞かれて、大恥かいて。
昔の幼馴染を思い出して。
イルミネーションを見て。
また別の、昔のことを思い出して。
親友とちょっと気まずい感じになって。
まだ冬休み初日なのに、休み丸々一個分の感情の波を、一日で味わったような気分だ。俺はただ、誰にも迷惑をかけず、平穏に生きたいのに……。
(お願いだからこれ以上、何も起きないでくれ……)
そう心の中で願った次の瞬間、
「……っ、あの!紺野拓海くん……ですよね?」
目の前に、自分と同い年くらいの少女が立っていた。
「……えーっと?」
紫音との会話が終わって気が緩んでいたタイミングで話しかけられた上に、話しかけてきた人物があまりにも「美少女」と呼ぶに相応しい見た目をしていたため、俺の頭はフリーズしてしまった。
まず驚いたのは、彼女のスタイルの良さ。
白系のロングコートに黒スキニーを組み合わせたコーデは、厚着であっても彼女のスリムなボディーラインを際立たせているし、それに顔の大きさも、一目で分かるくらいに小さい。
そして大きめの目が特徴的な顔は、どちらかというと「美人」というよりは「かわいい」に寄ったのものであり、それが先述したスタイルの良さとのギャップを生み出していて、とても愛嬌がある。
(……すごく、綺麗な子だ)
眩い光の中に浮かび上がる彼女の姿は、ただただ魅力的だった。
俺の顔とフルネームを知っているので知り合いかと思ったが、あいにく俺にこんな美少女の知り合いはいない。
……本当に誰だ、この子。
「そうですが……えーと、どなたですか?」
ようやく正常に戻った頭でそう返すと、彼女は元々大きめだった目を、さらに大きく見開いた。
「えぇ!?忘れてしもうたん?………さくらだよ、遠山さくら。......君の幼馴染の」
「……え、マジで?」
今度は俺の方が目を見開く番だった。
イルミネーションの逆光で見えづらいが、彼女の右目の下には、確かにチャームポイントの泣きぼくろがある。
それに、言われてみれば小学生当時の面影もわりと残っていて……って、いやいやいや。
(……綺麗になりすぎでは?)
小学生の時から目鼻立ちが整っていて、同級生からも非常にモテていた彼女だが、まさか4年でここまでパワーアップしているとは思わなかった。
あまりの衝撃にしばらく呆気に取られてしまったが、慌てて会話に戻る。
「……ご、ごめん!だいぶ印象変わってて気づかなかった。……久しぶりだね」
「うん、久しぶり。たっ……紺野くん、も、印象変わったよね。身長とか......私の方が高かったのに」
「それは、まあ……一時的に女子の方が身長高くなるのは、小学生あるあるだし。それに、さく……遠山さんの今の身長も、低いとは思わないし……」
「そう?ありがと……」
「……。」
「……。」
……先ほどの衝撃と勢いはどこへやら。
社交辞令みたいな会話が終わると、話すことがなくなってお互い黙り込んでしまった。
おまけに呼び方もかつての名前・あだ名呼びから、苗字呼びに逆戻り。
……非常に気まずいが、まあこうなるだろうとは思っていた。
そもそもあんな形で関係が終了したのに、今普通に会話できている方がおかしいのだ。
あの時は自分から俺を遠ざけたのに、なぜ今になって話しかけてきたのだろうか。その意図が分からず、こちらから言葉をかける勇気が出てこない。
少し強引に別れの言葉を言おうか……と考え始めたその時、さっきまで視線を彷徨わせていた彼女の瞳が、意を決したようにまっすぐ俺を捉えた。
彼女の目を見て、またしても「綺麗」という言葉が、頭に浮かんだ。
「……あっ、あの!」
「今度はなに!?」
彼女の声がさっきまでより大きくて、変な返し方になってしまった。
「えと……ここで会ったも何かの縁やし、インスタだけでも交換せえへん!?」
「へ……?」
呆気に取られた。
過去のことについて聞かれるのではないかと、一瞬身構えたのだが......彼女が求めてきたのは、ただのSNS交換だった。
しかもインスタ。
「え、ラインではなく……?」
「えと、インスタでもメッセージはできるし、それにインスタならラインと違って、『連絡しなきゃ』みたいな義務感ないから、こっちの方がいいかなって思ったんやけど……」
ワタワタしながら、そう早口で話すさくら……じゃなくて、遠山さん。
なんだか、珍しいなと思った。かつては結構、堂々としていて頼もしい感じの子だったのだが……それはともかく。
なるほど、今までラインじゃなくてインスタ交換を提案してくるクラスメイトが多かったのは、そういう理由があったのか。ずっと感じていたモヤモヤが晴れて、ちょっとスッキリ。
……相変わらず彼女の言動の意図は読めないが、普段あまり使わないインスタくらいなら、まあ交換しても大丈夫か。
そう思った俺は、ポケットからスマホを取り出す。
「分かった、ならインスタにしよう。自分はほぼ見る専だけど……ほい。鍵アカだから、リクエストしてくれたら承認する」
そう言って、QRコードの画面を見せた。
「ありがとう。私も鍵かかってるから、リクエスト押してな」
こうしてお互いのアカウントのフォローが完了すると、遠山さんは少し恥じらいを含んだ顔で微笑んだ。
「えと……改めて、よろしくな、紺野くん」
ホッとした様子で、彼女は目を細める。
その表情は、混じり気のない喜びを含んでいるように見えた。
突然、鼓動が速くなる。
先ほどまでとはまた違った魅力を纏うその微笑みから、俺は目を離すことができなかった。
「……紺野くん?」
「……あぁ、うん!こちらこそ」
彼女の表情が不安げなものに戻り、慌てて意識を取り戻す。
だが、心臓の音はうるさいままだった。
彼女の姿を見て鼓動が速くなっている自分自身に、俺は戸惑っていたのだ。小学生の頃はこんな感覚、なかったのに。
(これは……そうだ。いっときの気の迷い)
聖夜の魔法的な何かが、彼女を魅力的に見せているに違いない───
「あれ、拓海?電話しようと思ったらまだここにおったんや……って、ん?」
硬直仕掛けた頭に、馴染みのある声が飛び込んでくる。
……最悪のタイミングで、紫音が帰ってきた。
彼の視線が遠山さんに向けられると、彼女はビクッ!と身体を震わせ……
「……!?そ、それじゃ私はこれで!」
「え、ちょっと!?」
呼び止める暇もなく、全速力でその場を去っていった。
何度も人にぶつかりそうになりながらも、やがて俺の視界から消えていく。
残されたのは、スマホ片手に唖然とする俺と、ベビーカステラの袋を抱えたまま立ち尽くす紫音だけだ。
「……俺、また何かやっちゃいました?」
「お前なぁ……」
───偶然にも再会した幼馴染のおかげで、俺と紫音の間に流れていた気まずい空気は、すっかり吹き飛んでしまった。
……その代わり、帰り道では俺がナンパしていたと勘違いする紫音の誤解を解く羽目になったため、家に着く頃には、体力的にも精神的にもぐったりしてしまうのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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