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追憶の秋桜

初めまして、のすけと申します。

一度仲違い(?)してしまった幼馴染の二人が、もう一度馴染むまでの物語となっております。神戸が舞台です。

お楽しみいただけますと幸いです。

 気づけば、俺は広大な花畑の真ん中に立っていた。


 赤、白、ピンク。

 色とりどりのコスモスの花が視界を鮮やかに彩り、頭上には雲一つない青空が広がっている。

 ここが天国だと言われても信じてしまいそうなほど、美しい空間だ。


 普通なら違和感を覚えるほど現実離れした光景なのに、俺はなぜか、この景色にじんわりとした懐かしさを覚えていた。

 ……幼い頃「あの子」と見た、コスモスの花畑。その景色に、少しだけ似ている気がして。


「もう、5年前になるのか」


 透き通るような青空を見上げながら、朧げになりつつある記憶に思いを馳せる。

 小学生5年生の秋。母に連れられてやって来た花畑で、俺と「あの子」はある約束をした。

 幼少期のなんでもない思い出だけれど、今思えば俺の人生を変えたといっても過言ではない記憶だ。色褪せることはあれど、忘れることは絶対にありえない。


「……たっくん?」


 ここがどこなのかという疑問すら忘れたまま感傷に浸っていると、背後から女の子の声が耳に届く。その透き通った声は、赤の他人とは思えないほど、やけに聞き馴染みのあるものだった。


(ん?この声って……)


 まさかと思って振り返ってみると、そこには可愛らしいワンピースに身を包んだ、小さな少女が佇んでいた。

 雪のように白い肌。艶やかに輝く黒い瞳。そして、右目の下にちょこんとある泣きぼくろ。

 間違いない。彼女はかつて仲が良かった「あの子」だ。


「………え」


 突然現れた幼馴染の姿に、思わず目を見開いた。


 なぜ、この場所に彼女がいるのか。

 なぜ、今現れたのか。

 なぜ、当時と同じ姿なのか。


 溢れ出る疑問で頭がパンクしてしまい、言葉がうまくでてこない。

 そんな、ただ口をパクパクさせる事しかできない俺のことを、彼女は感情の読めない表情でジッと見つめていた。その無感情ぶりはまるでサイボーグか何かのように見えて、俺は強烈な違和感を覚えた。


「たっくん」

 長い沈黙にしびれを切らしたのかは分からないが、彼女は無表情のまま口を開いた。

「……うん」

 今になって、一体何を話すのだろう。そう思いながら、辛うじて返事をした直後......


「──どうして約束、守ってくれなかったの?」

「……!!」


 思いがけない彼女の問いかけに、悪寒が全身を駆け巡った。

 頭が真っ白になり、口は麻痺したように震え始め、言葉を返すことができない。


 ……そうだ。

 俺は、君との約束を守れなかった。

 君の隣に立つことはできなかったんだ。


 今まで心の奥底に抑え込んでいた後悔が、一気に湧き上がる。

 余計に、どう答えを返せばいいのか分からない。

 俺はただ、声を発することすらできず、立ち尽くすことしかできなかった。


 やがて少女は、満足する答えが得られないことが分かったのか、こちらにそっぽを向いて、どこかへと走り去っていく。


「……ッ、行かないでくれ!」

 やっと動くようになった口を動かして声を上げるも、もう彼女には届かない。


 対等になることは叶わないかもしれない……けれど。

 俺には、君と話したいことがたくさんあるんだ──


「……さくら!」


 姿が見えなくなる直前、俺は彼女の名前をはっきりと口にした。



「……んぁ?」

 急に視界が明るくなったと思ったら、目の前にはいつもの教室の様子があった。

 ズシリと頭が重いことから、自分は今まで寝ていたのだと直感的に理解する。


 なにか、すごく大事な夢を見たような気がする。

 確信は持てないが、まるでアニメの回想シーンのような、重要な場面が映し出されていた気がするのだが……。記憶にもやがかかってしまい、思い出せない。


(まあ、しょせんはただの夢か)

 夢なんて、自分の脳が生み出した、適当な幻に過ぎないか。

 そう結論づけた俺は、顔を上げて周囲の様子を確認することにした。


 ──すると、教室の様子がおかしいことに気づく。

 なぜか、クラスメイト全員がこちらに顔を向けているのだ。


 にやけ顔、呆れ顔、緊張した様子の顔……などなど様々な表情が向けられており、自分がどういう理由で注目を浴びているのか分からない。


 ……って、あれ?

 そもそも今って、何の時間だったっけ?


 そんなこんなで十数秒ほど硬直していると、教壇に立つ担任の松野先生が沈黙を破る。

 コホン!とわざとらしく咳をすると、その音で我に返ったらしい生徒たちは、慌てて教壇の方に向き直った。


「……えー、早くも『桜』の季節を心待ちにしている人もいるようですが……無事進級して春を迎えられるよう、冬季休暇中も勉強は怠らないように。…...ね、紺野クン?」


 俺に突き刺さる先生の冷たい視線。

 わざわざ「桜」の単語を強調した先生の言葉。

 クラスメイトからの視線。


 これらの要素から導き出せる結論は、一つしかない。

 どうやら俺は話の途中で寝てしまい、あろうことかデカい寝言も言ってしまった、ということだ.....。


 途端に恥ずかしさで顔が熱くなった。「顔から火が出る」という表現は、まさに今この状態を指す言葉なのだろう。


「………スミマセン」


 羞恥に悶えながらも何とか絞り出した謝罪の言葉、そしてクラスメイトたちの呆れ笑いと共に、我らが神誠高校の冬休みは幕を開けたのだった。



 二学期が終わり解放された生徒たちは、外の寒々しい曇り空とは対照的に、活気に満ち溢れている。

 ほとんどのクラスメイトは嬉々として教室を出ていき、教室に残る生徒たちも、高校生最初の冬休みをどう過ごすのか、という話題で盛り上がっている。


 そんな中、俺は机に顔を突っ伏したまま、まるで死体かのごとく脱力していた。

 先ほどの寝言事件の精神的ショックから立ち直れず、席を立つ気力すら湧いてこないのだ。


「まさかクラス全員に聞こえるほどの寝言を言ってしまうなんて……。一生の不覚だ」


 俺は決して真面目キャラではないし、授業中に寝てしまうことは今まで何度もあった。

 しかし、寝言を人に聞かれてしまうことは今回が初めてだし、しかもそれがこんなにも恥ずかしいものだとは思っていなかった。


 一斉に自分に向けられた視線、そして笑い声。

 思い出すだけでも、羞恥で頭がおかしくなってしまいそうだ。


「あああぁぁぁ……」

 行き場のない感情を発散させるため、俺は情けない声を上げながら両脚をバタバタさせる。


「今まで授業で寝てたバチが当たったか……」

 神様だか仏様だか知らないが、今回ばかりは許してくれなかったらしい。今後は寝落ちせずに授業をやり過ごせるよう、対策を考えねば。


 ……このまま教室で項垂れていても仕方ないので、俺はひとまず顔を上げた。

 すると、俺の席に近づく人物がひとり。


「お、ようやく起きたか。おはようさん!」

 そう言うや否や、いきなり俺の背中をバシン!と叩いてきた。完全に油断していたので、衝撃で上半身が前に押され、あばら骨と机の端が思い切りぶつかる。


「いってぇ!」

「いや~、2学期最後の日まで居眠りなんて、さすがはウチの『眠り王子』やな!」


 俺の抗議の声を無視してニヤリと笑みを浮かべるのは、クラスメイトの宮本紫音。中学の頃から付き合いのある、数少ない俺の友人の一人だ。


 合唱部所属とは思えないほどがっしりした体格を持つ彼だが、部活のトレーニングに筋トレが組み込まれているのに加えて本人も自主的に筋トレに励んでいるため、その肉体には運動部にも引けを取らないパワーが秘められている。


 まあ理由はどうであれ、その有り余るパワーは俺にとっては危険なものなので、力加減は調節してほしかったのだけれど……。


「……なんだよ、その変なあだ名」

 親友に謝る気がないことを察した俺は、諦めて会話に戻る。

「知らへんの?お前、けっこう学年でも噂になっとるんやで」

 白い歯を見せながら、そんなことを口にする。

「マジで?俺もついに有名人?」


 自分はこれまでなるべく目立たないように地味キャラを務めてきたつもりだし、噂になる要素などないはずなのだが。

 自分でも気付かない魅力が見出されたのだろうか?


「おう。『1年1組には、どんなにおっかない先生の授業でも居眠りできる、眠り王子がいる』って噂になっとる」


「……」


 びっくりするほど不名誉なあだ名かつただの悪目立ちだったので、思わず絶句してしまった。

 「王子」なんて言うから、一瞬「ついに俺にもモテ期というやつが来たか~」とか思ってしまったのだが、そんなことは全くなかった。むしろただの皮肉。


 まぁ冷静に考えてみると、俺の普段の様子を見て好意を抱く人なんて、いるわけがないのは明らかだった。毎日8割くらいの確率で授業を寝て過ごす問題児に惚れるなんて、よほどの物好きでない限りありえない。


「春はまだ遠かったか……」

 席を立つ気力を再び奪われ、わざとらしく机に突っ伏すと、隣で紫音がやれやれ、といった感じでため息をつく音が聞こえた。


「おーい、落ち込ませたのは謝るから起きてくれ〜。今日の夜の合流場所とか決めへんとアカンやろ?」

そう言いながらこちらの肩を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶってくる。仕方なく俺は顔だけを紫音の方に向けた。


 確かに彼の言う通り、今夜は「とある予定」があるので、今のうちに合流場所などを決めておかなければならない。

 正直、あまり乗り気ではないけど……。


「なぁ、マジで行くの?人で溢れかえっているクリスマスイブに、しかも男二人で、期間限定のイルミネーションに行くとか。正気の沙汰とは思えないんだが」


 そう。今日は12月24日、クリスマスイブの日である。

 キリスト教圏では家族で過ごすことが多い日だと聞いたことがあるが、少なくとも我々日本人にとってのクリスマスイブは、恋人たちが夜遅くまでイチャイチャする口実を得られる日でしかない。


 そんな日に、何が悲しくて男二人でイルミに行かなければならないのか。


 それに加えて俺は人混みが苦手なので、カップルでごった返している会場を想像するだけでも、なんだかげんなりとしてしまう。


「いや~、開催期間の中でオレの予定が合うのが今日しかなくてなぁ……」

 くせっ毛の頭をポリポリと搔きながら、紫音は申し訳なさそうに言う。


 紫音が所属する神誠高校合唱部は、昔から全国レベルの強豪として有名だ。練習量も、うちの数ある部活の中でも特に多い。そしてそれは長期休暇中も例外ではないようで、ほぼ毎日のように練習があるらしい。

 そのため、今日しか都合の合う日がないのだ。


 ……ちなみに、進学校であるわが校の授業は予習・復習が前提のスピードで進むため、部活と勉強を両立できている合唱部員たちはエリート中のエリート……というのはよく聞く話である。

 実際に紫音は入学以降学年トップクラスの成績を維持しており、自分とは生きている世界が違うのだなと痛感させられる。


「まあ、今日遊ぶことに関しては全然問題ないんだけど……。イルミ以外の選択肢はないのね」

「おう!そりゃそうやろ!だって、一年に一回の、神戸の一大イベントなんやで!?」

 俺の机に手をつき、前のめりになりながら目を輝かせる紫音。

 その姿は、まるで「散歩に行こう」と飼い主を急かす大型犬のようだ。彼はイベントごとが大好きで俺もよく付き合わされるが、今回はいつにも増して楽しみにしていたことが伝わってくる。


 ……そんな目をされたら、断ることなんてできるわけがない。


「イルミネーションの何がそんなにお前を惹きつけるのかは分からないが……まあいいや。付き合ってあげよう」

 やれやれ、と肩をすくめながら、俺はそう返した。

 紫音は普段忙しい日々を過ごしているのだし、今日くらいは思いっきり息抜きしてほしい。

 人混みに関しては……頑張って耐えよう。


「よっしゃ!流石は俺のMy best friend!」

「ちょっ……お前は小さな子供か」

 無駄に発音のいい英語とともに抱きつこうとするので、慌てて両手で制止する。

 彼の無邪気な笑顔を見ていると、まぁ男二人のイブも悪くはないのかな、と思えてきた。



「………あ、ごめん。今日の予定と全然関係ない話、してもいい?」

 俺の参加が決まり、これから集合場所などの話をするのかと思いきや。

 何かを思い出したらしい紫音の表情が、急に笑顔から「?」マークを浮かべたものへと変わる。

 こいつ、本当に表情がコロコロ変わるな。


「別にいいよ、なんの話?」

「よっしゃ。……あのさあのさぁ、さっきお前が寝言で言ってた『さくら』ってぇ、誰のことなん!?」

「うげ」

 よりにもよって、そのことを聞いてくるとは。

 これから面倒くさいイジり方をされる予感がした俺は、分かりやすく苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 対して紫音の方は、「ワクワク」という擬音が聞こえてきそうなくらいの、期待に満ちた顔でこちらを見ていた。


 ……この感じ、やはり恋愛話を期待しているのだろうな。


「誰って言われましても。『桜』だよ、花の一種の桜」

「いや、それは嘘やな!イントネーションが完全に、女性の名前の『さくら』だった!!」

 やけに高いテンションでズビシ!と俺を指差しながら、痛いところをついてきた。


「……ぅぐ、そこ指摘されるともう言い訳できないじゃん。……はぁ」

 早々に誤魔化せるビジョンが見えなくなってしまい、俺は諦めてため息をついた。


 一瞬、「新幹線の『さくら』だよ」とか言い訳しようと思ったが、それはそれで俺が「新幹線の名前をデカい寝言で言う狂人」になってしまう。それなら正直に話した方がまだマシだ。


「……幼馴染の名前だよ。もう何年も会ってないけどな」

 俺は正直に白状する。


「ほーん?けれど、お前はまだその子を、夢で見るほどに愛してるってこ──」

「ちゃうわ!解釈が都合良すぎるやろ!」


 案の定、コイツは恋愛方面の話を期待をしていた。

 普段の俺は関西弁を使わないのだが、今回ばかりは食い気味で、関西スタイルのツッコミをしてしまった。

 ……ちなみに俺が普段標準語なのは、両親が関西出身ではないからなのだが……って、そんな話は今どうでもいい。


 ──遠山さくら。

 それが、件の幼馴染の名前だ。

 透き通るように艶やかな黒い瞳と、右目の下にある泣きぼくろが特徴的な、まさに美少女と言っても差し支えない見た目の持ち主。

 その上勉強においても毎度のようにテストで100点をとり、さらには中学受験にも合格するなど、聡明さも兼ね備える少女だった。


 母親同士がママ友だったため、俺と彼女の間には幼稚園の頃から交流があり、物心ついたときにはすでに友達になっていた。小学生の時は二人で遊んだり、一緒に勉強したり、多くの時間を彼女と過ごしていた...…の、だが。


「……おーい拓海?……あー、すまん。もしかして話しにくいことやったか?」

 そこまで考えたところで、思考が紫音の声で現実に引き戻される。


 見ると、彼は少し申し訳なさそうにこちらの様子を伺っていた。考え込んでいる俺を見て、俺にとって話しにくい話題を振ってしまったのだと勘違いしているらしい。

 こういう時にすぐに謝れる素直さと優しさは、間違いなく彼の美徳のうちの一つだろう。そう思いながら、俺は手を横に振って否定する。


「あぁいや、ごめん。ちょっと思い出してただけ。あの子とは別々の中学に進学して以来疎遠になったから、恋愛感情とか特にないし、もし仮に今再会しても、何話せばいいか分からなくなっちゃうかな」


 嘘はついていない。しかし、100%真実を話したわけでもなかった。


 当時の俺は、恋愛感情のような、ただの憧れのような、嫉妬のような……そんな複雑な感情を、彼女に対して抱いていた。

 しかし今となっては、あの感情はとてもくだらないものだったと言い切ることができる。

 

 お互い、収まるべきところに収まった。ただそれだけだ。


 俺と彼女は、本来一緒にいるべきではなかったのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

ヒロインの登場はもう少しだけ後になりますが、次回以降もお楽しみいただけますと幸いです。


もしよろしければ、ブックマーク等もよろしくお願いします。

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