最年少 竜王編
リ~~ン……ゴ~~ン……リ~~ン……ゴ~~ン…厳かな鐘の音がはるか遠くにまで響き渡っていた。その鐘の音の中、地下の大聖堂に向かってアシャは一段一段ゆっくりと階段を下りていった。
ここはドラグーン王国最南端に位置するヴェラリオン家の主城である。
アシャの目の前には、何人もの神官たちが大きな棺を担いで、同じように地下の大聖堂へと向かっていた。
ドラグーン王国建国以来……この大聖堂には何十人ものヴェラリオン家の当主たちが静かに眠っている。全員が自らが仕えた主君に、何らかの名誉を添えた偉大な騎士たちだ。
そして今…………その大聖堂に、新たにもう一人加わることになるのだ。そう………デニス・ヴェラリオンという一人の英傑が。
アシャと神官たちがしばらく螺旋状になっている階段を下りていくと、一際大きな門がその姿を現してきた。そして、まるでデニスを待ち望んでいたかのように、その扉はアシャたちの歩みを止めることなく、ゆっくりと内側に開いていった。
そこは地下とは思えないほど広い空間だった。白い大理石の通路が棺台に向かって真っ直ぐに伸びている。その棺台をまるで守護するかのように、歴代のヴェラリオン家当主の石像たちが剣を天に突き出す格好のまま、ずらりと一列に並んでいた。
今、デニス・ヴェラリオンの石像も急ぎ造らせている。アシャが父の死を知ってから最初に命じたのは、父をよく知る石細工師を捜させることだった
アシャは神官たちが担いでいる棺に目をやった。デニスは純白の花が敷き詰められた棺の中で、まるで眠っているかのように静かに横たわっているはずだ。
一本の通廊の左右には領主や騎士の弔問者がずらりと並んでおり、デニスの棺とアシャたちが目の前に差し掛かると、次々に跪き頭をたれた。
ヴェラリオン家に忠誠を誓ってくれている領主全員が参列していることが分かった。デニスが若い頃から五十余りの戦で共に戦った騎士、傭兵たちもだ。
彼ら以外にも多くの者たちが参列していた……ドラグーン王国国王であるセシル・ドラグーンを初めとして、ドラグーン王国の文官のトップであるクレイトン宰相、軍のトップに君臨するガウエン元帥、副将のエドリック、王室直轄特務調査室長官のライサ、副長官のバルアミーなどが。
しかし、この場にはデニスと同じ三大名家・ウェンデル家の当主であるタイウィン・ウェンデルの姿はなかった。さらに、ウェンデル家に連なる諸侯たちもだ。
ヴェラリオン家の筆頭領主であるアーノルドなどは、顔を赤黒くしてウェンデル家の無礼に打ち震え、呪詛を吐き出していたが、アシャは特に何も感じなかった。いや、正確にはそこまでの余裕がなかったのかもしれない。
そして皆が見守る中、一段高い大理石の棺台上に、デニス・ヴェラリオンの遺体が安置された。
デニス・ヴェラリオンの亡骸には、これから最後の戦いに望むかのような最高の騎士装束を身に着けられていた。かつて、両足の自由を失う前………ドラグーン王国最強の剣士と謳われた勇ましい姿そのものだった。
篭手をはめられた両手は、その愛剣の柄を握る形で胸の上で組み合わさっている。
(死してなお…………父は気高い)
アシャはそんな自分の父の亡骸を見ながら、冷静にそんな事を考えていた。
神官がデニスの棺の前に一歩前に進み出て、デニス・ヴェラリオンの功績などを称え始めた。僅か十四の若さでドラグーン王国最強の剣士へと上り詰めた青年は、自らの見聞を高めると共に、さらなる剣術の向上を目指し放浪の旅に出る。
そして、さらなる成長を果たし帰還したその剣士は、ドラグーン王国三大名家・ヴェラリオン家の次期当主として神聖帝国との戦に明け暮れた。
しかし、25年前の『軍神』率いる神聖帝国の大侵攻を見事防ぎきるも、戦場でその両足を負傷し、剣士としての道を閉ざされてしまう。
その後にヴェラリオン家を継いだ剣士は、先代ドラグーン王国・国王・エダード・ドラグーンの右腕として神聖帝国との和平交渉に力を入れる。
「………」
こうしてデニス・ヴェラリオンの生き抜いてきた人生を改めて聞くと、本当に吟遊詩人が語る物語のようだとアシャは思った。
神官の言葉を黙って聞いていた何人もの屈強な男たちが、恥も外聞もなく大粒の涙を流し、嗚咽を漏らし始めた。それは、デニス・ヴェラリオンという男の器の大きさをそのまま表わしているいるようだった。
大聖堂が悲しみに包まれる中、粛々とデニス・ヴェラリオンの葬儀が執り行われていった。
しかし、アシャには………ただただ、それらすべてが他人事のようにしか思えなかった。
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アシャがヴェラリオン家の主城に設えられている客間に入ると、そこには筆頭領主であるアーノルドを始めとして、ヴェラリオン家に忠誠を誓う二十人を超える領主たちが待っていた。
彼らは古くはファルーゼ・ヴェラリオンが生きていた時代から……または、デニスの魅力に引き込まれ、ヴェラリオン家に絶対の忠誠を誓ってくれている領主たちだ。
「お待ちしておりました……アシャ様」
アシャの入室にいち早く気づいたアーノルドが膝をつくのを合図に、他の領主たちもまた次々に膝をつき頭を垂れる。
そんなアーノルドを始めとした領主たちの態度を見たアシャは、静かに頭を横に振った。
「……やめてくれ。私には……貴方方に頭を下げられるような資格はないんだ」
しかし、そんなアシャの言葉を聞いても、誰一人その姿勢を崩そうとする者はいなかった。アシャはさらにため息と共に続ける。
「……聞き及んでいる方々もいるだろう。私はすでに、ヴェラリオン家の継承権を放棄している………だから、私がヴェラリオン家を継ぐことはできないんだ」
「アシャ様……それは違います」
しかし、そんなアシャの言葉をアーノルドが強めに否定した。そして、床をじっと見つめたままアーノルドは言う。
「デニス殿は、アシャ様の継承権放棄を断じて認めておりませんでした。デニス殿がアシャ様の継承権を否定していたのならまだしも、当主であるデニス殿が認めていない以上、依然として次期当主は貴方様なのです。それに、デニス殿は私どもに常々申しておりました……貴方様以外にヴェラリオン家を託すつもりはないと………」
「………」
それを聞いたアシャは俯いてしまった。アーノルドはここで初めて下げていた頭を上げ、アシャを見上げるような姿勢のまま懇願した。
「そして……これはヴェラリオン家に忠誠を誓った我らの総意でもあるのです!アシャ様……何卒、お願いいたします!」
そして、そんなアーノルドの言葉に呼応するかのように、他の領主たちも次々に懇願を口にした。
「アシャ様!どうか!」「貴方様以外には考えられません!」「何卒……何卒!」
アシャはしばらくの間、じっとアーノルドたちの言葉に黙って耳を傾けていたが、ポツポツと小さな声で呟くようにこう言った。
「私は………父と比べて……まだまだ未熟なところばかりだ」
「何を………決してそのような事はありません。アシャ様は長年あのガウエン元帥の元で副将として戦い、さらに先の王位継承権争いにおいては、『ケープラス山地の奇跡』と呼ばれるような大戦果を上げられたではありませんか。今や、『神将』アシャ・ヴェラリオンの名を知らぬ者は、このドラグーン王国にはおりません。どうして未熟などということがありましょうか」
アーノルドが必死に褒め称えたが、アシャは断固としてそれを認めなかった。
「………断じてそのような事はない。父は本当に偉大な人だった……私などが足元にも及ばないくらいに。それはずっと父を支えてきてくれた、貴方たちが一番よく分かっているはずだ。私はガウエン元帥の副将として、まだまだ学ばなければならない事が沢山ある。武人としても……軍人としても……そして、人としても私はヴェラリオン家の当主として相応しくない。だから…………今すぐには継げない」
アシャの最後の言葉を聞いた領主たちの間にざわめきが起こった。そして、アーノルドがみなを代表して確認するように尋ねる。
「今すぐには……という事は、ヴェラリオン家を継ぐ意志はおありなのですね?」
「………私は、ヴェラリオンという名を心の底から誇りに思っている。けれど、私自身がまだヴェラリオンの名を背負える人間じゃないんだ。だから……本当の意味でヴェラリオン家を継げる時が来たら、私にヴェラリオン家を継がせて欲しい。こんな私を、みなが認めてくれるなら………」
「アシャ様……この場にいる者で、貴方様を認めていない者など一人もおりません。本当にご立派になられました……このアーノルド、いつまでもお待ちしております。アシャ様がヴェラリオン家の当主となられるその日まで……」
アーノルドがアシャに向かって頭を垂れた。アーノルド以外の領主たちも、異存はないとばかりに同じく頭を垂れる。
こんな自分に忠誠を誓ってくれている領主たちに、嬉しさと……申し訳なさを同時に感じながらアシャは言う。
「アーノルド候、生前……父も貴方には絶大の信頼を置いていた。だから、私はあなたをこのヴェラリオン家の主城の城代に命じる。私がガウエン元帥の元にいる間は、貴方にヴェラリオン家に関するすべての事を一任しようと思う」
「……は!もったいなきお言葉……謹んで承ります!」
アーノルドはそこで背負っている大剣を抜き、柄と切っ先を両手でささえるようにしてアシャに差し出す。さらに、アーノルドを真似するように他の領主たちも自らの得物を両手で支えるようにした。
そして、アーノルドたちは声を合わせて宣誓する。
「「「我らヴェラリオン家に忠誠を誓いし領主一同、身も心も常に貴方様の御傍にいることをお許しいただきたい!!」」」
「………許す」
アシャは少しの間逡巡していたが、彼らの思いを無価にもできず、しっかりとそれに応えていた。
こうして………公式的にはヴェラリオン家の当主は不在という事となってはいるが、この時をもってドラグーン王国建国以来………最年少のヴェラリオン家当主が誕生したのであった。