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王たちの宴  作者: スギ花粉
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馬鹿 竜王編

===========ドラグーン王国西部・ラニスポート城  ================



土砂降りの雨の中、傘もささずにラニスポート城の中庭を歩いていく者がいた。その者は一種の迷路のようになっている道を、一瞬の迷いもなく進んでいく。


その者は薄い紫の髪をし、そして左目を黒い革の眼帯で覆い隠している年端もいかない少年だった。常にタイウィン・ウェンデルに付き従っているパトリックである。


そして、中庭を奥へ奥へと進んでいったその先には……………パトリックの主であるタイウィン・ウェンデルが土砂降りの中同じように傘もささずに、そのどす黒い空を見上げながら仁王立ちしていた。


そのタイウィンの足元には一枚の紙をクシャクシャに丸めたような物が転がっていた。しかし、すでにこの大雨のせいで、もう読むことが不可能なほどにドロドロに溶けてしまっている。


タイウィンは自らの得物である青龍偃月刀を地面に突き立てていた。一見無防備のようにも見えるが、何かあった時にはすぐに手が届く絶妙の位置に突き立てているのだ。


「…………親方様」


パトリックがそう呼びかけると、タイウィンはちらりと一瞬だけ視線をパトリックの方に向けた。


しかし、それだけだった。また、自らに降り注ぐ雨粒のすべてを顔で受け止めようとしているかのように、雨空を黙って見上げている。


パトリックはタイウィンの後方に控え、片膝をついて主が喋り始めるのをひたすら待ち続けた。すると…………


「…………デニスが死んだ」


タイウィンはパトリックに話しかけた。いや……話しかけたというよりは、呟きに近かったかもしれなかった。その呟きにパトリックは答えない。


こんな時………タイウィンが自分に語りかけることで、頭の中を整理するという事を知っていたからだ。


それを証明するかのように、タイウィンはパトリックの沈黙を意に介さなかった。


「いや、死んだという表現は正しくない………殺されたのだ」


その瞬間辺りに白い光が満ち、またすぐに薄暗さが戻っていく。そして少し時間がたってから、遠くの方で雷鳴が轟いた。


タイウィンはそれが鳴り止むのが待ってから、また呟き始める。


「下手人は………分からぬ。ヴェラリオン家の主城に易々と侵入したばかりか、デニス程の者を簡単に暗殺できる剛の者……か。ふん……そんな者がこの国のどこかに潜んでいるなど考えたくもない。だが……その裏にいる者なら簡単に想像がつく」


タイウィンは雨空を見上げる目をさらに細め、淡々と独白を続けていった。


「魔国に鳩派の急先鋒であるデニスを殺す利はない………むしろ、戦を回避したがっているとも聞く。何より………デニスが心酔するような者が王であるならば、そのような事はありえぬと断言してよかろう。まぁ、臣下の者が勝手に行動したとも考えられるがな。次に………スタットック王国。ふん!!魔国とドラグーン王国を敵対させ、漁夫の利を得る。ありそうな話ではあるが………私はそれが違うと断言できる。とすると………魔国でもなく、スタットック王国でもなく……デニスを亡き者にすることによって最も得をするであろう人物。例えば………私やセシル・ドラグーンなどだ。そしてもちろん、私は何もしていない」


そこで、タイウィンは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「…………」


パトリックは、その名前を聞いても何の反応も示さなかった。しかし、頭では『御前会議』の時に一度だけ会ったセシル・ドラグーンの姿を思い浮かべていた。


確かに上辺だけなら、きれいな女性だと思った。だが、パトリックはセシル・ドラグーンのあの業とらしい笑みを見た瞬間から生理的に嫌いになっていた。


タイウィンは見る者すべてが凍りつくような冷笑を浮かべる。


「やってくれたな………小娘。先代国王・エダード・ドラグーン……三大名家のヴァンディッシュ家……そして、デニスか。ふん!……次は私の番という訳か。だが、私はデニスやヴァンディッシュ家のように甘くはないぞ」


そこで初めてタイウィンはパトリックの方に向き直る。そして、片膝をつき控えるパトリックを見下ろすようにして確認した。


「パトリック……今、『計画』の準備はどれほど進んでいる?」


「はい……三割といったところです」


それを聞き、タイウィンは少しばかり顔を顰めた。そして、少し強めにパトリックに命じる。


「急がせろ……もうあまり時間はない。恐らく………敵はすぐに行動を開始するだろうからな。それと、至急ランスをこのラニスポート城に呼び寄せておけ」


「御意」


「後は、デニスを殺した謎の暗殺者………か。ふん……だから私は忠告してやったというのに、相変わらず馬鹿な男だ…………ドラグーン王国最強の剣士と謳われた男の最後にしては、あまりに情けない話ではないか。失笑を禁じ得ぬな………くくくくく、ハハハハハ!!」


タイウィンは降りしきる雨のなか額に手を当て高笑いをした。もちろん、パトリックは笑わなかった。


「………ラニスポート城の警備を2倍に増やしましょう」


パトリックはタイウィンの高笑いがおさまるのと同時に話しかけた。しかし、それを聞いたタイウィンは静かにパトリックを叱りつけた。


「戯け者………5倍にしておけ。もちろん、出自の明らかな者……信頼のできる者のみで固めよ。その人選はお前に任せる。だが、それだけではまだ不安が残る。パトリック……今宵よりお前は片時も私の傍を離れるな」


「かしこまりました」


「良し。まぁ、今やらねばならぬ事などそれぐらいだろう。パトリック……………私は今日は酒を呑む。準備をしておけ」


「御意に」


パトリックはその場で立ち上がると、タイウィンに一礼をして来たばかりの道を戻っていった。


本当なら今この瞬間もタイウィンの傍を離れたくはなかったが、それをタイウィンが望んでいないという事を、パトリックは何となくではあるが理解していた。


パトリックは一度だけ振り返った。遠くに見えるタイウィンは、先程までと同じように……土砂降りの雨の中天を見上げていた。


「…………」


パトリックはタイウィンと同じように雨空を仰ぎ見た。すると、少しばかり雨粒が眼帯をしていない右の瞳に入ってしまった。


今日は本当によく冷える夜だった。タイウィンが城に戻ってくる頃には、体は心から冷えてしまっていることだろう。


パトリックは温かいワインを沢山用意しておこうと思った。





===============    =================





パトリックが去っていったのは気配で感じ取っていた。これでまた、この中庭にはタイウィン以外誰もいなくなった。


滝のような雨だ。中庭の中央に造った噴水からは水が溢れてしまっていた。冷たく……凍えるような雨だった。


徐に地面に突き立てていた青龍偃月刀を手にとり、自らの頭上で高速回転させた。凄まじい唸りをあげながら、青龍偃月刀は降りしきる雨を吹き飛ばした。


上段から偃月刀を力の限り振り下ろし、さらにそのまま下段から突き上げる。薙ぎ払い、跳躍し、その身を低く屈める。まるで、ある特定の人物を想定しているかのような動きだった。


そして、最後にもう一度自らの頭上で高速回転させると、その回転の勢いを殺さずに振り下ろした。ビュっと風切り音がしただけだった。そして、また……冷たい雨が体を濡らし始める。


「……………」


タイウィンは静かに青龍偃月刀をまた地面へと突き立てた。そして、また天を見上げてしまう。


今日は浴びるほど酒が飲みたかった。冷えた体を温める……熱いワインが。パトリックにはそこまでは命じなかったが、あの者ならそれぐらいの事は言わなくとも察するだろう


すでに報告を受けてから四時間あまり………ずっとここに立ち尽くしている。我ながら何をしているのだろうとは思う………愚かしいことだとも。


だが、自分の足は自然とここへと向かってしまった。そう………アーシェの一部が眠るこの墓標の前に。そして情けなくも語りかけてしまった。


「アーシェ………あなたが愛した男が死んだそうだ。だが、デニスならあなたがいるであろう天国にいくだろう。すぐに会える………そんな世界があれば、だが」


人は死ねば唯の土塊と化す。死後にも新たな世界が広がっているなど、それこそ生者の妄想だろう。


(だが、もしそのような世界があったとしても………私が天に召される事などないだろう。召されるとしたら、地獄と呼ばれる世界だ)


自らの野望のために多くの者の人生を狂わせてきた。自分を心の底から恨んでいる者などそれこそ星の数程いるだろう。


それだけの事をしてきたという自覚はある。だが、後悔はしていなかった。そもそも………自責など自分への言い訳に過ぎぬ。


(恨みも……怨念も……そのすべてを真っ正面から笑い飛ばして見せる。私が憎いか?亡者どもよ……ふん!愚かな……我が野望への障害となった、己の生き様をこそ後悔するがいい)


だから………自分にはセシル・ドラグーンのした事を責める資格がないし、デニスの敵討ちをしようとなどという気持ちは毛頭ない。ただ………


(そう、ただ……貴様が我が野望の邪魔となるから、排除するのみだ。セシル・ドラグーン!!)


タイウィンはその冷徹な鉄仮面のような顔に冷笑を浮かべ、はるか彼方を睨みつけていた。それはドラグーン王国の王都・アセリーナがある南東の空であった。


しかし、突然タイウィンはふっと悲しげな表情を浮かべ、そして辛そうに目を閉じた。


「すまぬな……アーシェ。私なりに力を尽くしたつもりだ……しかし、約束は守れぬかもしれぬ。許してくれ………だが、これだけは譲れぬのだ。私は、タイウィンである前に…………ウェンデルなのだから」


そう呟いてから一時間あまり、タイウィンはまるで彫刻のようにその場から動かなかった。そして、寒さのために青白くなった唇を一時間ぶりに動かし、擦れた声でこう呟いた。


「ふん…………鬱陶しい雨だ」


タイウィンは天を尊大に見上げながら、降りしきる雨の中……忌々しげにさらにこう呟いた。



「……………………………馬鹿……者めが」


その小さな呟きは、降りしきる雨にかき消されてしまった。そしてタイウィンの頬を流れるように、いつまでも…いつまでも…雫が滴り落ち続けていった。

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