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王たちの宴  作者: スギ花粉
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めでたい 竜王編

============ ドラグーン王国・王城 ================


ライサは朝早くから自らの執務室で政務に励んでいた。


バルアミーがどこかからか不正の確固たる証拠を探し出してくれるので、最近は摘発などもうまくいっており、その分仕事が忙しくなっているのだ。嬉しい悲鳴でもあった。


そんな時、控えめなノックとともにバルアミーが部屋に入ってきた。それ自体は何の不思議もない。バルアミーもここで共に仕事をしているのだから。


しかし、部屋に入ってきたバルアミーを見るなり、ライサは驚愕の声をあげてしまった。なぜなら、バルアミーの両目が泣き腫らしたように赤く腫れあがっていたからだ。


「バ、バルアミーさん!!ど、どうしたんですか!!」


「いえ……お気になさらないで下さい」


しかし、バルアミーの方はというと、その腫れた目を除けばいつもとまったく変わらないようにライサに接してきた。


「そ、そんな……気にするに決まっているじゃないですか!!な、何か辛いことでもあったのですか?」


そんな心配そうに話しかけてくれるライサにバルアミーは愛想のよい笑みを浮かべた。


「ライサ様はお優しいですね。辛いこと………まぁ、確かに辛いことはありましたな」


バルアミーの独白を聞き、思い当たる節があったのか……ライサは自らを責めるような口調になる。


「私が、仕事で無理をさせてしまったのなら………」


バルアミーが齎してくれる情報は本当に価値があるものだった。しかし、それはライサがどんなに頑張っても探し出すことができなかったものばかりだったのだ。


そんな情報を集めるためには、危険な橋も多く渡っているに違いない。そんな状況がバルアミーを極限にまで追い詰めてしまったんではないかと考えたのだった。


しかし、そんなライサの心配に対してバルアミ―は首を横に振る。


「いえいえ……決してそのような訳ではありませんよ。はぁ~……この歳になりますと、色々と考えてしまうものなのですよ。例えば……無常などといったものにね」


「無常………ですか?」


「はい。どんなに素晴らしい国も……いつしか滅びます。気高い理想も………何十年もたてば、ただの空虚な言葉になり下がる。そして、どんなに生きたいと強く願う者でも、時が満ちれば死に誘われてしまう。どんな英傑も……悪人も……貴族も、平民も、死というものの前ではすべて平等なのです。それを考えると………悲しくて堪らなくなるのですよ」


「……………」


ライサにはよく分からない話だった。そんなライサの思いをその表情から察してか、バルアミーは愛想のいい微笑みを浮かべながら言った。


「あぁ……いえいえ、そんな深刻そうな顔をしないで下さい。少しばかり歳を重ね、感傷的になってしまったつまらない男の戯言ですよ」


そういうとバルアミーは何事もなかったかのように、仕事に勤しみ始めた。ライサがそんなバルアミーに何かしてやれることはないだろうかと思っていると………


ドンドン!!……とライサがいる部屋の扉がかなり強い力で叩かれた。そして、ライサが何も言っていないにも関わらず扉を勢いよく開け、ある人物が部屋に突入してきた。


オレンジの髪に、白い鎧を纏った眉目秀麗な女性騎士だった。もちろん……アシャ・ヴェラリオンである。


「ライサ!!アーサーはどこだ!?今、どこに居る!?」


アシャはライサを見つけるなり、怒りを露わにしながらそう叫んだ。そして、ライサの肩を掴んでユサユサ揺らす。


「い、いえ……アーサー様は…今はどこかに出かけていていないんです」


ライサはアシャの鬼気迫る剣幕にたじろぎ、首をカクカクさせながら応える。それを聞いた瞬間、アシャの瞳は驚愕と絶望にこれでもかという程見開かれた。


「な、何だと…………く!!では、この怒りを誰にぶつければいいんだ!!今の私は並みの武人では、手加減などできずに殺してしまうぞ!!」


アシャは今にも抜剣しそうなほど激昂している。ライサはこんなに荒れているアシャを初めて見た。


「ア、アシャさん……少し落ち着いてください。バルアミーさん……申し訳ないんですけど、お茶をお願いしてもいいですか?」


「はい。かしこまりました」


バルアミーは優雅に一礼するとお茶を入れるために部屋を出て行った。その際、アシャにも礼儀正しく一礼していった。





==================     =====================






「それで……何があったんですか?」


ライサは何とかアシャを座らせることに成功し話しかけたが、アシャはむすっとして口を結んだままだった。そんなアシャの態度にライサは苦笑するしかなかった。


そんな時、バルアミ―が二人に紅茶を運んできた。アシャはその紅茶の匂いを嗅いだ瞬間、何か懐かしい気持ちになった。そして、なぜそんな気持ちになったのか……すぐに思い至った。


「これは、南部の…………」


「はい。これは、ドラグーン王国南部の茶葉でございます。アシャ将軍にとっては、懐かしく感じるやもしれませんね。実は……最近所用でドラグーン王国南部へと赴くことがございまして、その時についでに買ってきていたのですよ」


アシャはバルアミ―が持ってきた紅茶に口をつけた。すると、アシャは心なしか先程よりも落ちついてきたようにライサには感じられた。


(バルアミーさん………素晴らしいです)


ライサはバルアミーに賛美の視線を送った。それにバルアミーはしっかりと気づき、にっこりと微笑んだ。そして、ライサの少し後ろに控えるように立った。


「アシャさん……それで何があったんですか?」


アシャのそんな様子を見計らい、ライサは改めて尋ねた。すると、アシャは苦虫を噛み潰したような顔をしながらポツポツとその怒りの理由を話し始めた。


「く………私の…………………縁談が決まった」


「は、はい?」「ほう……」


そんなアシャの呟きを聞いたライサは呆けたような声を出してしまい、バルアミーは何やら意外そうな声を出した。


ライサはしばらくアシャが言った事について考えてから………こう言った。


「それは…………おめでとうございます」


「めでたい事があるか―――――!!」


しかし、そんなライサに対してアシャは絶叫とともに立ちあがった。ライサには訳がわからなかったが、アシャがここまで荒れているのはその縁談が原因のようだった。


「お、落ち着いてください……その……アシャさんはその縁談を受けたくないのですか?」


「当たり前だ!!私は結婚する気など毛頭ない!!それも、私の知らない間に勝手に決められていたんだぞ!!しかも……しかも……その相手ときたら……く!!」


アシャは怒りのあまり先の言葉が出てこないようだった。


「………勝手に決められたというのは、御父君に……ということでございますか?」


バルアミーが何かを確認するようにアシャに尋ねた。それに対してアシャは黙って頷いた。


アシャとバルアミーは初対面という訳ではなかった。一度アシャが特務調査室に来たときに、軽く自己紹介をしたからだ。


「…………昨日、父からの手紙が届いた。今はドラグーン王国南部のヴェラリオン家の主城に戻ってきているらしい」


「戻っているというと……アシャさんの御父君はどこかに出かけていたのですか?」


ライサがそう尋ねると、アシャは肯定するように頷くとともに説明した。


「父はスタットック王国の『北の王』と…………ま、魔国の『魔王』に謁見するためにドラグーン王国を一時離れていたんだ」


なぜか、アシャは魔国という言葉を吐き出すのに凄まじい神経をつかっているようだった。


「そうだったんですか。それにしても………アシャさんが縁談」


ライサはそう呟くと、改めてアシャに注目してみる。


短く切りそろえたオレンジの髪は、女であるライサが羨ましく思うほどサラサラで、自分のように枝毛や癖っ毛など微塵も見当たらなかった。


背も女性にしてはスラッとした印象をうけ、チンチクリンな自分とは対照的。軍人ということもあり無駄な脂肪は一切なく、羨ましいほど引き締まった体つきをしているが、さらに女性としての魅力を感じさせる部分にも恵まれている。


大変な器量良しでもあるし、ライサは前から笑った時のアシャは見惚れるほど綺麗だと思っていた。


「…………」


ライサは一人で勝手に打ちひしがれ、辛そうにため息を吐いた。そんなライサにアシャは怪訝そうにする。


「???……ライサ、どうした?」


「いえ……神様って意地悪だなって思ってただけです。私にも、ほんの少しくらい情けをかけてくれても罰は当たらないじゃないですか」


ライサが神に向かって呪詛を吐くなか、バルアミーが微笑みながらいう。


「いやはや……その縁談の相手の方というのは、本当に幸せ者ですな。こんなに器量良しのアシャ将軍との見合いの席を設けてもらえるなど、羨ましい限りです。しかも………あのデニス・ヴェラリオン様の御眼鏡に適う御方ということは、相手もかなりの傑物でありましょうからな」


しかし、そんなバルアミーにアシャは殺気に籠った視線を向けた。それをうけ、バルアミーは緊張で顔を強張らせてしまっていた。とりあえず…………アシャとライサにはそのように見えた。


「く………何が傑物だ!!父はいったい何を血迷ったというんだ!!私に………私に……あの……あの魔族の王である『魔王』との縁談を持ちかけてくるなんて!!」


「ま、魔王!!」「…………」


ライサはその名を聞いた瞬間、あまりの事に絶叫してしまった。『魔王』という存在は噂には聞いていた。


近年、大陸の東方に魔族たちが新たに国を立ち上げたという話だ。それが………新興国家『魔国』。そして、あの凶暴な魔族たちを統べるほどの絶大な力をもった存在が………『魔王』と呼ばれているのだ。


しかし、魔国や魔族に対してはあまりいい噂は聞かなかった。残虐であるとも聞くし……『ルードンの森』のエルフ族の凶暴化も魔王の仕業といわれているのである。


そんなライサの絶叫を聞き、アシャは皮肉ったような笑い声をあげた。


「ハハハハハハ…そうだ、私はあの魔族の頂点にたつ『魔王』様と縁談をするという訳だ。ハハハハハハ………これは笑わずにはいられないだろう?その『魔王』とやらは、どんな輩なんだろうな~……私が聞いた噂では、気に入らない事があると化け物を召喚して家来をその餌にするらしい。いや……自ら丸呑みにするんだったかな?どちらにしても………私が縁談の席で激昂して、『魔王』を咄嗟に斬り捨ててしまうかもしれん。外交問題どころの騒ぎじゃないな…………全面戦争になるかもしれん。アハハハハハハ」


アシャは自虐的に…そして狂ったように笑っている。ライサもさすがにそれは不味いと思ったのか、アシャを落ち着かせようとした。しかしそんな中、バルアミーが二人に思いがけない事をいった。


「…………………『魔王』様は、決してそのような事はなさいませんよ」


二人は一斉にバルアミーの方を見る。それはまるで『魔王』を知っているような口ぶりだったからだ。


「バ、バルアミーさんは、『魔王』という存在を知っているのですか?」


ライサが驚きながら尋ねると、バルアミーは首を縦に振った。そして、何やら思いだすように語っていた。


「……………私は元は神聖帝国で働いておりました。ああ……アシャ将軍はご存じでないかもしれませんが、そうなのですよ。ともかく……私は幸運にも王宮で、『魔王』様をみることができました。といっても、その頃は『魔王』という存在ではなく……『闇の勇者』様と呼ばれておりましたが」


「「闇の勇者?」」


ライサとアシャが初めて聞く言葉に首を傾げると、バルアミーはにっこり笑いながら説明してくれた。


「神聖帝国は長年魔族と闘って参りましたが………初代魔王・ギルバート・ジェーミソンという魔人族の男が、『魔王』として魔国を建国してからは本当に厄介な存在となってしまったのです。ですから、法王様は異世界より勇者を招き、魔王を倒してもらおうと考えました。そこに召喚されたのが、『光の勇者』と『闇の勇者』様なのです」


「ちょっと待ってくれ…………魔王を倒してもらうために召喚された『闇の勇者』が、なぜ『魔王』になっているんだ?」


アシャが当然の疑問を差し挟んだ。しかし、それに対してはバルアミーは首を横に振って答えた。


「さぁ……私のような者にはそこまでは。ただ………私は一目見た瞬間から、『闇の勇者』様に何か惹きつけられるような魅力を感じましたな。その後、神聖帝国を出奔した『闇の勇者』様は、どういった経緯かは分かりませんが、『魔王』になったという訳です。今ドラグーン王国では、‘なぜか’………『魔王』や魔国が目の敵にされているようですが、デニス・ヴェラリオン様の御眼鏡に適うであろう事は容易に想像できます」


「「…………」」


アシャとライサは何と答えればいいのか分からなかった。バルアミーはそんなアシャをしっかりと見つめながらさらに諭すように続ける。


「アシャ将軍。まだ、御若いあなた様には分からないかもしれませんが、親というものは常に子供の幸せを思っているものなのですよ。もし……もし、デニス・ヴェラリオン様が貴方様にその縁談を勧めてきているのだとしたら、それは本当に貴方様のためを思ってのことなのですよ。素晴らしい御父君ではありませんか………不満や伝えたい思いがあるのなら、‘今から’でも遅くはありません。デニス・ヴェラリオン様に直接ぶつけてみてはいかがですかな?………これは偉そうな事を申し上げてしまいましたな、お許しください」


バルアミーはそう締めくくると申し訳なさそうに頭を下げた。しばらく、アシャは黙って何かを考えていたようだが………すっとソファーから立ちあがった。


「いや……私は貴方に礼を言わねばならないようだ。私は今からヴェラリオン家の主城に向かおうと思う。そして、正面から父に自分の考えをぶつけてみようと思う」


それを聞いたバルアミーは、本当に嬉しそうににっこりとほほ笑んだ。


「それはようございますね。それで………結局『魔王』様との縁談はお受けになるのですかな?」


「いや、それは絶対にないと断言できる。結婚や恋愛にまったく興味はな…………」


しかし、そんなアシャの言葉は荒々しく開かれた扉の音によって完全に遮られることになった。部屋のいる全員がそちらに注意を向けると、アシャと同じ白い鎧を纏った兵士が息も絶え絶えに部屋に入ってきていた。


「ア、アシャ将軍!!よかった……ここにいらっしゃいましたか」


「どうした?そんなに慌てて……」


アシャは怪訝な表情を見せながら、自らの部下である兵士に問う。ライサも何事かと思い、その兵士を注視する。


そんな中その兵士は息を整えると、一言一言ゆっくりとアシャに伝えていった。


「アシャ将軍……はぁ……先ほど、ガウエン元帥から早馬が来まして…はぁ……一刻も早く貴方様にお伝えするようにと……」


「いったい何があったというんだ?」


アシャは多少の苛立ちを覚えながら、その兵士を急かした。その兵士は一度深呼吸し、呼吸を落ち着けるとしっかりとアシャを見つめながらこう言った。




「アシャ将軍……落ち着いて聞いてください。はぁ……貴方の御父君であるデニス・ヴェラリオン様が、昨日ヴェラリオン家の主城において、何者かに………………殺されました」


この一報は瞬く間にドラグーン王国中に知れ渡り、数多くの者たちに衝撃を与える事となった………一部の者たちを除いて。

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