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王たちの宴  作者: スギ花粉
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秘湯

「ほう………これは」


「…………秘湯のようだな」


カイ、カエデ、レンの三人は目的地である『ルードンの森』を目指し、スタットック王国の国境付近にまで来ていた。


後いくつかの山々を越えれば、エルフ族の強襲に備えて展開されているスタットック王国軍が見えてくるはずだ。


そこで正式にエルフ族の調査隊の依頼受けて、『ルードンの森』へと入ることになるだろう。


そんな木々に囲まれた人里離れた山奥を三人が通りかかったとき、霞が視界を遮るようになり、温泉独特の硫黄の匂いが当たりに満ちてきた。


それに気づいた三人が辺りを探索してみると、難なく岩山から溢れ出る温泉を見つけ出すことができた。それは本当に自然に湧いた温泉らしく、人の手が加えられた形跡は微塵もなかった。


カエデはその温泉の淵にしゃがみ込むと片手を湯につけた。


「うん……いい湯加減だ。これぐらいの温度なら入っても問題ないだろう。こんな山奥で温泉に入れるなんて、私たちはついているな」


そう少しばかり弾んだ声を出すカエデに対して、レンは少し躊躇うようにいう。


「…………だが……その……山奥とはいえ、誰かに見られる心配はないだろうか?」


それを聞いたカエデはまるで世界の終りについて考えるかのように真剣な表情になった。そして、重々しい声でそれに答えた。


「確かに………もし、見知らぬ奴にでも覗かれたら不愉快だ……というより絶対に許せそうにない。まぁ………当然そいつの両目は潰すとしても、そのショックから立ち直れないかも知れないからな」


うんうん……と当然ように頷くカエデに対して、最低でも両目は潰すのか……と思ったカイであったが、とばっちりを恐れて黙っていた。


「……………両目だけか?………生ぬるいな」


そんな中……レンが誰にも聞き取れないような小声で酷く恐ろしいことを呟いていたような気がしたが、カイは聞かなかった事にした。


そして黙っているカイにはお構いなしでどんどん話は先に進んでいく。


「しかし、このところ野宿ばかりだったし、久しぶりにサッパリしたい気持ちもある………そうだ!私とレンは交互に入る事にしようじゃないか。どちらかが入っている間は、片方が周囲を全身全霊をかけて見張る事にしよう」


「……………それしかないか」


レンもカエデの案に賛成のようだった。つまり、今日はこの辺りに野宿するという事になるのだろうとカイは思った。


先ほどからずっと黙っている……というかさすがに会話に入りづらかったカイは、二人の会話からそう判断したのだった。


そのまま三人は温泉がある山の頂上から少し下山し、野宿しやすそうな平地を見つけた。自然とそこが本日の寝床として選ばれる。


三人はまず協力して簡易の寝床としてテントを二つ張った。さすがにこれだけ大陸の北側に来ると雪が降っていない日の方が珍しく、テントなしでは凍死する可能性があるからだった。


それが終わりカエデとレンが入浴の準備をしている中、カイはいつものように夕飯の支度を黙々とこなしていた。まず女性陣が先に入り、その後にカイが入るという事は暗黙の内に決まっているようだった。


「よし……では、温泉に行こうじゃないか」


「……………そうだな」


カエデとレンは二人仲良く着替えやら何やらを持って温泉へと赴こうとしていた。


もちろん……カエデの腰には水月家の名刀が、レンの右手には深紅の槍が握られている。特にレンの穂先には鞘がはめ込まれておらず、キラリと鋼が輝いていた。


あのキラリと光る鋼を見て、二人の入浴を覗きに行こうなどという者がいるとしたら、それは勇気ではなくただの蛮勇だ。もしくはただの自殺志願者だろう。


(けど、温泉か~~…楽しみだな~)


カイは心の底からしみじみとそう思った。実はカイは寒いのが大の苦手なのであった……夜は本当に芋虫のように毛布に包まらないと眠れない程に。


そんなカイにとって温泉で体の芯から温まれる事は天の恵みに近かった。


カイがそんな事を考えて少しウキウキとしていた時………カエデがふと何かを思い出したように振り返ると、カイに低い声で警告してきた。


「カイ……もちろん分かっているとは思うが……………覗くなよ?」


「の、覗くか――――!!」


カイは鍋をかき混ぜていた手を止め、即座にカエデの不穏な発言に向かって全身全霊をもって否定する。


(こ、こいつは俺の事をいったい何だと思ってるんだ?)


しかし、そんなカイの絶叫を聞いたカエデは何やら少しむっとした表情で執拗に問いただしてきた。


「ほう?では、お前は覗こうなどとはまったく思わないんだな?」


「当然だ!」


「………微塵も?」


「微塵もだ!幼馴染としてもう十何年も一緒に居るんだぞ?これだけ一緒に居たら、カエデとはもう家族みたいなもんだ!家族を覗こうなんて考える奴がいる訳ないだろ?というより、そんな風に疑われていること事態信じられない!それとも、俺が今まで疑われるような素振りをした事があるっていうのか!?」


カイは心外だと言わんばかりに憤慨している。それを聞いたカエデはなぜか少し不機嫌になった。


「………そうだな、カイとはもう十五年来の付き合いだ。もちろん、互いの家に何度も寝泊まりした事もある。しかし、私の知る限り……お前がそんな素振りを見せた事は本~~当に今の今まで一度たりともないからな!」


「な、何でそんな責めるような口調なんだ!!」


「う、うるさい!」


カイとカエデはギャンギャンと言い争いをし始めてしまった。すると………


「…………カイが覗きなんて真似する訳ないんじゃないか?」


黙って二人のやり取りを聞いていたレンが、カイに助け舟を出すように言った。


「レン……」


その言葉からある種の信頼を感じ取ったカイは、じ~んと胸が熱くなるのを感じた。


しかし、まさにカイがレンの言葉に感動しお礼を言おうとした次の瞬間………カエデがとんでもないことを言い出した。


「いやいや……分からないぞ?こう見えてもカイも年頃の男だからな。そういう事に興味津津に決まっているんだ。事実……この前部屋に遊びにいった時、勝手に家探しをしてみたところ………本棚の奥の張りぼてに隠された小さな隙間に、い、厭らしい本とDVDが隠してあったからな」


「カエデ、お前本当何言ってんの!?」


カイは有らん限りの大声で腹の底から絶叫した。しかし、そんなカイにカエデは少し冷たい目をしながら淡々と言う。


「ふん……事実だろう?何だ?それとも何か反論があるのか?」


「う!そ、それは………あれは翡翠から借りてただけで、俺のじゃ」


「仮にお前の物じゃなかったとしても、後生大事に隠していたのは事実だろうが」


「ぐ……」


必死に言い訳しようとしたカイだったが、無慈悲にも即カエデに一刀両断されてしまう。


(た、確かに事実だけれども………レ、レンの前でそういう事をいうんじゃない!!)


幼馴染に自分が隠していた本やDVDを没収されていたと知ったカイは羞恥で真っ赤になっている。そんなカイにカエデは冷ややかな視線を尚も向けながら言い放つ。


「安心しろ。あんな破廉恥は物はない方がお前のためだ。だから………私が責任をもって全て灰にしておいたからな」


「か、勝手に燃やすな―――!!」


咄嗟に叫んでしまったカイであったが、そこでハッとある事に気付いた。レンがジト~ッとした目で自分を見ているような気がしたのだ。


「い、いやいやいやいや……ち、違うんだよ?レン。こ、これには深~~い訳が」


カイは酷く狼狽し、しどろもどろになりながらも何とか誤解を解こうとした。しかし、そんなカイにレンはゆっくりと近づいていくとポンっと肩に右手を乗せる。


そして少し俯きがちながらだが、小さな声で念をおすようにカイにいった。


「…………の、覗かないでくれ……な?」


それを聞いた瞬間、ガツンと頭を金槌で思いっきり殴られたような衝撃がカイに走った。そして、そんなカイを尻目にカエデとレンは山の頂上にある秘湯を目指し歩き始めている。


「さぁ、レン……どっちが先に入ろうか」


「………俺は別にどちらでもいい」


そう楽しそうに温泉に向かう二人とは対照的に、カイはそこでしばし呆然とそこに立ち尽くすしかなかった。






============   ====================





「グビ……グビ……グビ……プハ~…ヒック」


カイは豪快に手に持った瓶をラッパ飲みしていた。その手に握られているのはカイがいつも料理の時に少量だけ加えている料理酒である。


本当にただの料理酒であるため特に美味しいという訳ではないのだが、カイにとってはもう酔えれば何でもいいという感じであった。


(ヒック……カエデめ~俺に何の恨みがあるっていうんだ!よりにもよって……レンの前でああいう事言うんじゃないよ!!)


レンとカエデが温泉に向かったすぐ後に、カイはやり切れない思いからお酒に溺れていた。しかし、すでに夕食の準備だけは終わらせていた。


こんなやさぐれた状態でも、三人分の夕食だけはしっかりと用意してしまうのがカイのカイ足る所以だった。


「グビ…グビ……ヒック……もう寝ちゃおうかな~」


まだ温泉に入っていないカイであったが、正直もうどうでも良くなっていた。


(はぁ~……レンに嫌われちゃったかな~……避けられたらどうしよう)


また深いため息を吐いたカイは、いっその事すべてを忘れてしまおうとグイっとまた料理酒を瓶ごと呷った。


しかし、そこでピタッと料理酒をラッパ飲みする手を止めるカイ。そして、うす暗い森の目を凝らしながらスッと立ち上がった。


先ほどまでの酔っ払いの顔はすでになく、いつの間にか自然と戦い武芸者の顔になっている。


(…………何か……来る)


酔っ払っていてもそういった感覚だけは鈍らせてはいなかったのだ。カイはすぐ様近くに積もっている雪を手に取り、顔に擦り付けるようにして意識をはっきりさせた。


魔獣かもしれないが、いまいち気配がはっきりしない。しかし、強大な‘何か’が凄まじいスピードで近づいてくるのだけは感じ取っていた。


「はぁ~~……ふ~~」


カイは大きく息を吐きながら鉄鋼のついた手袋を嵌めると、体の前で両手をクロスさせる了山流の体術の型をとった。闇の魔力が込められた両手が、漆黒のオーラを纏う。


さらに、カイは目を閉じ……静かなる闘志を体中に漲らせ、心の中でタイミングを計った。


(来る……三………二………一!)


そして、カイがカッと目を見開いた次の瞬間……………暗い森の中から‘何か’が凄まじい勢いのまま飛び出してきた。

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