クレイトン宰相 竜王編
え~スギ花粉です。竜王編の時系列の確認だけしたいと思います。現在は盗賊王編も終わり、本編に追いついてきています。ほぼ同時進行といってもいいと思いますが、正確には魔王編から少し遅れていると考えてください。分かりにくいとは思いますが、もうしばらくご辛抱ください。では、楽しんでいただけたら幸いです。
======== ドラグーン王国・王都・アセリーナ ============
ライサは廊下を忙しなく駆けまわっている給仕の者と何度もすれ違った。そうかと思えば、今度は警備兵の一団が駆け足で通り過ぎて行く。
今ドラグーン王国の王都・アセリ―ナの城は、凄まじい喧騒に満ちていた。それもそのはずである。今日は、この城で『御前会議』が開かれる事になっているのだから。
『御前会議』とは、ドラグーン王国の重要な案件などを決定するために開かれるものだ。陛下はもちろんのこと……宰相や各省のトップに、軍のトップである元帥や、ドラグーン王国に多大な影響力を持つ三大名家の当主たちも一堂に介するのだ。
もし……この会議に参加する方々に何か粗相があれば、一兵卒や給仕の首など簡単に刎ねられることになるだろう。皆が皆、神経質な程に準備に勤しむのも無理なからぬことなのだ。
ライサはそんな中、王城の目の前に位置する広場に腰掛けてぼんやりしていた。特務長官としての役職についているライサであったが、『御前会議』にはバルアミーが代わりに出ることになったのだった。
本来ならライサが出るべきなのだろうが、自らセシルに欠席を願い出たのだった。今回の『御前会議』には、‘ある人物’が出席すると聞いたからだ。
さすがに自分の性格くらいしっかり理解しているライサである。セシルにもその旨を伝えたところ、欠席を心よく許してくれたのだった。
「おぉ!!……そこに居るのは、ライサではないか?」
「クレイトン宰相!!」
ライサが声が聞こえた方を振り返ると、そこにいたのはドラグーン王国の宰相・クレイトンだった。
ライサは、クレイトン宰相の事をよく知っていた。ライサの実家であるマーティン家が没落した折りに、色々と世話を焼いてくれたのがこのクレイトンなのだ。
そして、ライサをセシル・ドラグーンに特務長官として推薦した人物でもあった。
「お元気そうで何よりです。クレイトン宰相」
ライサはさっと立ち上がると、明るく話しかけた。クレイトンは杖をつきながら、よちよちとライサの方へと近づいていった。そして、その皺だらけの顔に柔和な笑みを浮かべる。
「はぁ~~儂はもう歳じゃ。いつ天の迎えが来てもおかしくない老いぼれじゃてな」
そんなクレイトン宰相の言葉を聞いたライサは、くすくすと面白そうに笑った。
「そんな冗談が言えるのなら、まだまだ現役で活躍できますよ」
「………そう願いたいものじゃがの~」
クレイトンはそういうと、先ほどまでライサが座っていた所に腰掛けた。自然とライサとクレイトンは並んで腰かける形となった。
「ライサ……お前さんの活躍は耳にしておるよ。推薦した儂としても、鼻が高いわい」
「いえ……そんな。私だけの成果ではありません……それに、これくらいで満足する気はありませんから」
「羨ましいの~~……儂には、その若さが眩しくすらある」
そこでクレイトンは一度言葉を区切り、目の前に聳え立つ王城を見上げた。そして、小さく息を吐いた。
「儂はあと数カ月で80になろうとしておる。いやはや……まさか、こんなに長生きするとは思わなんだ。王家三代にわたって宰相を務めたものなど、長いドラグーン王国の歴史の中でも儂しかおらぬ。さすがに、そろそろ潮時かもしれぬの~……」
「そんな…………クレイトン宰相は、この国に絶対に必要なお方なのですから、そんな弱気なことをおっしゃらないで下さい」
「ライサよ……人はいずれ死ぬ。そのための準備を整えておくことも、老人の務めでもあるのじゃよ。特に宰相という重職がなかなか決まらないなどといった事態は避けるべきなのじゃ」
そう言われるとライサとしては、何も言い返せなかった。クレイトン宰相は、30代という若さでドラグーン王国の文官のトップになった才人である。それから、ずっとドラグーン王国のために尽くしてきたといっていい。
クレイトン宰相は貴族ではあるが、それほど高貴な血筋という訳ではなかった。どの派閥にも属さず、自らの才覚のみで宰相にのぼりつめたのだ。
「ほっほっほ……そう悲しそうな顔をするでない。儂もそう簡単に死ぬ気はないぞ?ふ~む……思えば、儂も宰相として様々な者たちをこの目で見てきたし、ドラグーン王国に降りかかる多くの危機も経験した。最近では『ルードンの森』のエルフ族が凶暴化し、隣国のスタットック王国に甚大な被害が出ておるそうじゃ。それもいつドラグーン王国に波及するか分らぬ………頭の痛い問題じゃ。じゃが、25年前の危機に比べればまだまだ大した事はなかろうな………25年前の『軍神』率いる神聖帝国軍との戦は未だに夢に見るからの~。今では、そのすべてが懐かしく思える」
「???………『軍神』……とは?」
ライサは聞きなれない言葉に疑問を覚えた。そんなライサを見てクレイトンは可笑しそうに笑った。
「そうか、そうか………今の若い者たちは『軍神』を知らぬか。いや、知らなくて当然じゃな……何せ25年も前の事であるしの~……それに、あれ以来『軍神』が前線に出てきたことはないはずじゃからな………『軍神』とは、神聖帝国の将軍の異名じゃよ。その名をジョルン・ツインズ………長い神聖帝国との戦いの中で、唯一ダガルム城を陥落させた将軍じゃ」
「ダ、ダガルム城を?」
ライサは驚愕を隠しきれなかった。ダガルム城はドラグーン王国の防衛線の要だ。それが奪われることの重大性は、武官でないライサにもすぐに理解することができたからだ。
クレイトンは神妙そうに頷きながら話続けていた。
「そう……『軍神』が神聖帝国軍の総指揮をとるようになってから、ドラグーン王国は領土を奪われ続けた。多くの将軍が敗れ、じりじりと後退せざるをえなかったのじゃ。そして……敵がダガルム城に兵を進めた際には、ガウエン元帥を総帥として敵の三倍近い兵力を投入した。ダガルム城が陥落することは、この国の滅亡を意味していると誰もが分かっておったからじゃ」
クレイトンは、その当時に思いをはせるように遠い目をしていた。
「あの戦には、ドラグーン王国の命運がかかっておった。だからこそ、ドラグーン王国の『鉄壁の将』とまで謳われたガウエン元帥や、当時の三大名家の当主たちも自ら一族を連れて戦に赴いたのじゃ。そこには、当時ドラグーン王国最強の剣士と噂されていたデニス・ヴェラリオン殿や、若くしてウェンデル家を継いだ当主もまた参戦していた」
「!!!」
ライサは顔を自然と強張らせてしまった。名前を出さなくとも、それが誰であるかはライサにはすぐに分かったからだった。
クレイトン宰相は少しばかりライサを気遣うような表情を見せたが、そのまま話し続けた。
「我ら文官も、死に物狂いで働いた。何万という軍を動かす軍費を捻出し、何年でも籠城が可能なように大量の兵糧や武器も準備した。当時のドラグーン王国、最強の布陣であった。誰もが思った……この陣容で負けるはずがないと。むしろ……この機会に長年の脅威であった『軍神』を討つことができるのではないか……とも噂された程じゃった。しかし………我らは負けた。ガウエン元帥率いるドラグーン王国軍は三倍の兵力を擁しながらも、『軍神』に大敗北を喫したのじゃ」
「そ、そんな!!」
ライサは驚愕し………そして、クレイトン宰相は宰相は深くため息をした。
「だが、事実なのじゃ。儂はダガルム城が『軍神』に陥落させられたという話を、この王城にて伝令の報告で知った。アセリーナ中がまさに蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。先々代の陛下は、ガウエン元帥にどんな犠牲を払おうともダガルム城を奪還せよとの勅令と、すぐに援軍を向かわせるようにとの指示を出した。じゃが、すでに主だった兵士たちは全員前線に送ってしまった後じゃった……残っているのは最低限の守備兵や老兵や負傷兵のみ。新たな援軍を送る余裕はなかった……頼みの綱はガウエン元帥たちであったが………すでに神聖帝国から十万を超える軍勢が派遣されたとの報告も入っていた。ドラグーン王国滅亡が………現実味をおび始めておった」
「けれど……ガウエン元帥たちはダガルム城の奪還に成功したのですよね?ダガルム城は未だ防衛線の要として存在してますし、ドラグーン王国は滅亡していませんし………」
ライサがそう問うとクレイトンは力なく首を横に振った。
「いいや……ガウエン元帥たちは、ダガルム城の奪還に成功してはおらぬ。正しくは……『軍神』が自ら陥落させたダガルム城を我らに明け渡し、そのまま神聖帝国に退却していったのじゃ」
「え?は?…ど、どういう事ですか?なぜ、敵が城を明け渡すのですか?」
ライサは訳が分からなかった。ダガルム城を陥落させたのなら、ドラグーン王国を蹂躙することなど簡単だったはずだ。
しかも、神聖帝国からは新たな援軍が派遣されていたという話なのだ。まったく理解できなかった。
「それは、儂にも分からぬ。じゃが、そのおかげでドラグーン王国は滅亡を免れることができたのじゃよ。しかし………あの敗戦と『軍神』に情けをかけられたとしか思えない状況は、ドラグーン王家の威信の失墜につながった。そしてその頃から諸侯や文官、武官に限らずに不正が横行し始めたのじゃよ」
「そう……だったんですか。しかし、最近のドラグーン王国の腐敗ぶりはそれだけが原因とは思えません。…………もっと明確な元凶がいますよ」
クレイトン宰相は、ライサの栗色の瞳を覗き込んだ。そこには強い意志と……憎悪が宿っていた。ライサはクレイトン宰相が不安そうに自分を見ているのに気付き、はっきりとした口調で告げた。
「クレイトン宰相、安心してください。……私情で権限を悪用しようなどとは思っていませんから。私を推薦してくださったクレイトン宰相と、陛下の期待にはこたえて見せます。私は正々堂々……法に基づいて裁いてやります。それが、父上への最大限の………」
しかし、そのライサの言葉を突然遮ったものがあった。
「………クレイトン宰相」
その声は、ライサが今まで聞いた中でもっとも冷たい響きのこもった声音だった。その声を聞いた瞬間、クレイトン宰相はその皺だらけの顔にほんの少しばかりの憂慮を浮かべながら視線を向けた。
ライサも自然とクレイトン宰相の視線を追うようにしてそちらに視線を向け、そして……息を呑んだ。
月代をそらずに茶色い髪を長く伸ばした立て髪。その口元には見るからに頑固そうな線が浮かび、歳は40代後半のはずだが、それを思わせない筋骨隆々な体つきをしている。
見るからに高価そうな黄金の外套を羽織り、一人の眼帯をつけた少年を連れてゆっくりとこちらに向かってくる。
まさに『威風堂々』……その風貌……放たれる気……果てはその歩みにいたるまで、ここまでこの言葉が相応しい者はいないだろう。
見間違えるはずもない………タイウィン・ウェンデル。三大名家のウェンデル家の当主であり、ドラグーン王国の西域で絶大な権力を誇っている男だ。
そして………そして、マーティン家を没落させた張本人こそ、このタイウィン・ウェンデルなのである。
ライサにとっては親の敵ともいえる人物が…………まさに目の前にいた。