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王たちの宴  作者: スギ花粉
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治った?

「………カイ、大丈夫か?顔色が真っ青だぞ。まるで……これから公開処刑に赴く囚人のような表情をしている」


レンはカイの顔色を見ながら心配そうに言った。それを聞いたカイは涙ぐみながら答えていく。


「グス……仕方ないよ。だって、心境的にはまさにそうだもの」


レンに無理やり連行されてきてから、カイはずっと手に謎の道具を巻きつけてジャラジャラと独特の音を響かせていた。きっとそれも異世界の除霊系の道具なんだろうと決め付けたレンは、特に名称を聞くこともせずにカイの好きなようにさせていた。


カイの返答を聞いたレンは、呆れたように小さく嘆息する。


「はぁ~………まだ、そんな事を言っているのか?………も、もう俺は何も言わないからな!」


レンは先ほど拙い大阪弁でツッコミを入れた事が余程恥ずかしかったのか、プイっと顔を反らしてしまった。


「いやいやいや!!だから、俺はふざけてる訳じゃないんだってば!!」


しかし、カイがどんなに一生懸命に訴えてもレンはまったく相手にしなかった。ある意味ではそれが当たり前なのかもしれない。


カイ自身もいきなりそんな事を言われたら一笑に付したことだろう。しかし、これだけは何としてでも信じてもらわなければならない。


心構えを持つのと持たないのでは大きな違いがあるのだ。だから、カイはどうすればレンが信じてくれるだろうかと真剣に考えていたのだが…………


「よし!出来た!」


そんな時だった………少し離れたところで料理をしていたカエデが満足そうな声でそう叫んだのは。


「!!!」「………どうやら完成したようだな」


レンはのんびりと呟いただけだったが、カイは一気に顔を強張らせてしまった。さらにギュッと道具を握りしめる手に力を込めた。


そんな二人の元へ上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、カエデが鍋を持ってやってきた。そして、石を積み上げて作った即席の鍋置きの上にのせる。


「???……カイ、何だそれは?」


カエデがカイの手元を見つめながら不審そうに尋ねた。すると、カイはジャラジャラと独特の音を響かせながら答えていく。


「え?数珠だけど……」


「なぜ、食事時に数珠なんて物を持っているんだ!とにかくそれを捨てろ!縁起でもない!」


カエデはカイの手から数珠を引っ手繰ると、大きく振りかぶって森のはるか彼方へと投げ捨てた。そして、カエデは早速二人に料理を装うために鍋の蓋をとった。


そして、まずカイとレンの目に飛び込んできたのは………『紫』………だった。そこにはどす黒い紫色の液体が鍋一杯に満ちていたのだ。


「「………」」


唖然……というよりあまりの出来栄えに絶句してしまうカイとレン。カエデはそんな二人の様子には気付かずに謎の液体を二人のお椀に装い始めている。


「カ、カエデ?何……これ?」


いち早くショックから立ち直ったカイは恐る恐る尋ねてみた。カエデが何を作ったのかまったく想像できなかったのだ。


すると、それを聞いたカエデは自慢げに胸を張りながらこう言った。


「ふふふふ……カイはさぞかし懐かしいことだろうな。驚くなよ?これは………『味噌汁』だ」


「!!…『味噌汁』!?これが??」


カイは改めてお椀に装られた禍々しい液体に視線を戻す。すると、ボコボコボコ………液体から謎の気泡が出ては弾けるように壊れて消えている。


謎の気泡が出ているのは、液体が沸騰しているからだけでは決してないだろう。それが何か分からないレンは戦慄とともに聞きなおしていた。


「……………ミソシル?」


「ああ。味噌汁というのは私とカイの世界……というより、日本という祖国の伝統料理でな。朝の食卓には絶対に欠かせない、日本人なら誰もが愛する料理なんだ」


「……………これが」


レンはゴクリと生唾を飲み込んだ。普段のポーカーフェイスからは考えられない程、顔が強張っている。恐れ慄いているようだった。


(レン!違うからね!こんな禍々しい物は日本の食卓には並ばないからね!)


カイは即座に心の中でツッコミを入れた。これが祖国の伝統料理だと勘違いされるのは、日本人として我慢ならなかった。


しかも、今気づいたがこの料理………驚くべきことに無臭なのである。味噌汁(仮にこれを味噌汁というカテゴリーに含める事ができるとしたらだが)にもかかわらず無臭。


いや、古今東西ありとあらゆる料理において、未だかつて無臭などという物があっただろうか?……というより、そんな現象がありうるのだろうか。


カエデはお椀の中身をじっと見つめるカイに対して申し訳なさそうに言った。


「まぁ………ちょっと色合いは悪くなってしまったがな」


「ちょっとじゃないだろ!!」


いったい何を入れて煮込んだら、こんな紫色の液体になるのだろうか。カイが絶叫しながら文句を言うと、カエデはいつもの常套句を言い放った。


「カイ……いつも言っているだろう?料理は見た目じゃない。心が込もっていて、美味しければそれでいいんだ」


「「………」」


レンとカイは改めてまたカエデに装ってもらった謎の液体を凝視する。まるで世の怨念をすべて詰め込んだようなおどろおどろしい気を放っている。


やはり思った通りカエデの料理の腕はさらに酷くなっているようだった。唯一の救いは京都の時とは違い、魑魅魍魎が地面から出現する気配がないことくらいだった。


「では……いただきます」


カイが厄除けの儀式をしておいて本当によかったとその一点においてのみ安堵していると、カエデは行儀良く手を合わせ、自分のお椀に装られた味噌汁(紫色の液体)を普通に食べ始めた。


それを見たレンは驚愕しながらじ~~とカエデの様子を窺っていたが、カエデは本当に美味しそうにパクパクと謎の液体を口に運んでいる。


(カ、カイ……カエデは普通に食べているぞ?)


(騙されちゃ駄目だ!!あれは……自分の料理が美味しくない訳がないという思い込みの力によって、無理やり体を騙くらかすという……カエデの自己防衛本能のなせる業なんだ!)


ヒソヒソと密談を交わすカイとレン。その間にもカエデはさらに美味しそうに食べ続けている。


今はカエデが食べることに集中しているため何とか食べずに済んでいるが、それも時間の問題だろう。不審に思ったカエデに食べてみてくれと催促されればそこまでだ。


カイは何とか事態を打開するために頭をフル回転させた。そして何かを決断するように一度軽く頷くと、レンに向かってこう切り出した。


「そいうえばさ………レン、さっきお腹痛いとか言ってたよね?」


「そうなのか、レン?大丈夫か?」


それを聞いたカエデは心配そうにレンに確認する。レンは少し驚いたように目を見開き、キョロキョロとカエデとカイを交互に見た。


もちろん……今のはカイが咄嗟についた嘘である。小さい頃からちょくちょくカエデの手料理をおみまいされてきた自分とは違い、レンは今日初めて『これ』を食べるのである。


レンを待ち構えている考えうる限りで最悪の結末は…………『死』。いや、死なないまでも痺れなどにより今後槍が握れなくなる可能性も否定できない。


カイは瞳だけでレンにすべてを伝えようと念を込めた。


(レン……分かるでしょ?生贄になるのは、一人だけで十分なんだよ。ある程度の耐性ができている俺なら、さすがに死ぬことは………ない……よね?)


自問自答していて一瞬だけ不安になったカイであったが、頭をブンブンとそれを振り払った。カエデは尚も心配そうにレンを気遣っている。


「そう言われてみれば………何やら顔色が真っ青を通り越して、青白くなっているようにも見えるな?無理はしない方がいいぞ?安心してくれ……レンの分はしっかり私とカイで食べるからな」


(そうか………これ全部………食べるんだ)


カイはカエデから齎された新たな情報を聞き自然と天を仰ぎみてしまった。レンは下唇を噛みしめながらじ~~とカエデを見つめていたが、小さくはあるがはっきりと聞き取れる声でこう言った。


「…………さっき……治った」


「レン!?」


カイは思わず声を出して叫んでしまっていた。そんなカイに対して、レンはふっと儚げに笑った。カイはその表情からレンの心の声をしっかりと聞きとる事ができた。


(カイ……俺はさっきカエデが楽しそうに料理している姿を見ている。あんな一生懸命な姿を見せられたら…………食べないなんて事は俺にはできない)


(レン………格好良すぎるよ!!)


カイはレンのその覚悟を決めた姿に確かに男気を垣間見ることができた。


カイとカエデが見守る中、レンはゴクリ………と一度喉を鳴らすとその謎の液体にゆっくりと口をつけた。そして震える手で一気に胃に流し込んだ。


そして次の瞬間………………レンはドサリと横に倒れた。


「レ―――ン!!」


カイは即座にレンに駆け寄るとすぐさま腕をとって脈をとった。弱弱しくはあるが何とか脈拍を確認することができた。


レンは気絶しただけのようだった。一瞬死んでしまったのではないかと恐怖したカイであったが、レンが一命を取り留めたことに安堵する。


「……あまりの美味しさに気絶させてしまったようだな。ふ……私は自分自身の才能が時に恐くなる時がある」


「そんなこと言ってる場合か!ほら、さっさとレンを運ぶのを手伝って!」


うんうん……と一人満足げに頷いているカエデに対して、カイは半ば絶叫に近いツッコミを入れた。結局その後テントに寝かされたレンは、次の日の朝まで意識を取り戻すことはなかった。


因みに…………レンが気絶してしまったために、レンの分も含めカイが多めに食べるはめになった。カイが何度も死にかけたのは言うまでもない。

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