引っ手繰る?
カイは襲いかかる猿の魔物の脇腹に、上段回し蹴りを見事にクリーンヒットさせた。魔物は軽々と宙を舞い、大木に叩きつけられる。起き上がる気配は皆無だった。
「はぁ~~……ふ~~……」
カイは深呼吸をし、一度しっかりと息を落ちつけた。そしてザッと一歩足を前に出し、自らを取り囲んでいる猿たちに対して殺気を放ちながら、了山流の体術の構えをとった。
猿の魔物たちはしばらくは怯えながらもカイの周りをグルグルと動き回っていたが、さらにカイが気を放つと魔物たちはビクっと体を震わせ、堰を切ったように逃げ出していった。
カイはピンと張りつめさせていた気を緩ませ、安堵のため息を吐いた。そして、脇に置いていた水桶を手に取りまた歩き出した。
しばらく街道から外れたスタットック王国の森の中を進んでいくと、少し開かれた場所に出る。そこには二人の人物がいた。
一人目は日本人とは思えない純白の髪を、肩に届くか否かくらいに伸ばしている。その腰元には、異世界に道場ごと召喚された時に持ち合わせていた水月家の名刀をさしていた。カイの幼馴染であり、元神聖帝国の『光の勇者』………水月カエデである。
二人目は深紅の髪を耳元にかからない程度に短く揃え、その手にはその髪と同じ真っ赤な槍を持っている。茶色のなめし革の軽装の上から黒いローブを纏い、その顔の半分をローブと同じ黒いマスクで隠している。伝説とまで言われている傭兵・『赤き狼』………レンである。
二人はカイが夕食の準備のために水汲みに行っている間に、武芸の鍛錬をしていたようだった。互いに向き合って自らの得物である刀と槍を構えあっていた。
しかし、それもちょうど終わりだったようで、カイが森から現れたと同時に二人も構えを解いた。カイに対して背を向けていたカエデは、振り向きざまにカイに問うた。
「カイ……水汲みにしては少し遅かったな。何かあったのか?」
「うん?まぁ、帰り道で魔物に出くわしちゃってね」
それを聞いた瞬間、キラリンとカエデはその瞳を輝かせた。そして、まるで鬼の首でもとったかのように勝ち誇った表情を見せながら、うんうんと何度も頷いていた。
「そうかそうか……帰り道に魔物にな。それは、『災難』だったな~。カイ……やはり私の推理は間違ってはいなかったようだな?」
「………」
カエデは自分がトラブルメーカーだと言われるのが相当心外らしく、事あるごとにカイが原因であるという説を押し通そうとしていた。
こうなったカエデは、余程の事がない限り自分の考えを変えないという事は、幼馴染であるカイは重々承知していたので聞こえなかった振りをした。
レンはいつものように少し離れた所で、木に寄りかかりながら鑢で深紅の槍を磨き始めていた。レンは暇さえあれば槍の手入ればかりしている………まぁ、槍術使いとしては当たり前なのかもしれなかった。
カイはいつものように手慣れた様子で調理器具を袋から取り出すと、手際良く夕食の準備に取り掛かった。
カエデはそんなカイの後ろ姿をじ~~と見つめていた。そして、カエデは不思議そうにカイに話しかけた。
「……………なぁ、カイ。お前はいつも調理担当なのか?」
「うん?まぁ、そうだね……いつ間にか、そういう役割分担になってた感じかな。もちろん……俺が好きでやってるから別にいいんだけどね」
「そうなのか……ふ~~む」
カイのそんな返答を聞いたカエデはしばらく腕を組んで何かを考え込んでいたようだったが、ポンッと何かを閃いたように手を打ちつけた。
そして………さらりと何でもない事のようにこう言った。
「よし!今日ぐらいは、カイに代わって私が作ろうじゃないか!」
ガラガラガシャン…カラカラカラカラ………辺り一帯に凄まじい金属音が響き渡った。カイが準備していた鉄製の鍋やら、皿やらをすべて落としてしまったのだ。
「カ、カイ!お前は何をやっているんだ……まったく」
カエデは文句を言いながら、カイが落とした道具を拾っていった。しかし、カイはもはやそんな物に注意を向けていられなかった。
「カカカカカ…カエデ!?い、今……なななんなん何て言った?」
カイが何かに怯えるような……そんな震える声で確認した。
「うん?だから、今日ぐらいは私に作らせてくれと言ったんだ。毎日ではお前も大変………」
「駄目だ!!」
しかし、カエデが喋れたのはそこまでだった。なぜなら、カイの絶叫が途中で完全に遮ってしまったからだった。
それは森中に響き渡るのではないかと言うほどの大声だった。カイのいきなりの大絶叫にカエデはキョトンとした表情を浮かべ、レンは槍を磨く手を止めた。
そんなカエデの表情を見たカイはハッとした。そして、少し強張った笑みを浮かべながら、カエデが持ってる調理器具をすばやく引っ手繰った。
「ア、アハハハハ……いやいやいや、カエデにそんな面倒な事はさせられないよ。ささ……今日も疲れたでしょう?ゆっくり休んでてくれればいいからさ」
「それはカイも同じじゃないか。むしろ、毎日作っているカイの方が休みが必要だ」
カエデはそういうと、カイに奪い取られた調理器具一式をこれまた引っ手繰る。
「俺に休みが必要だって?ハハハハ……馬鹿を言っちゃいけないよ。俺がこれくらいで根を上げる訳がないじゃないか!まったく~……カエデは心配性だな~」
カイは、これまたすぐにカエデから引っ手繰ろうとした。しかし、今度はカエデがそれを離さず、二人で鍋の左右の取っ手を持ちあって、綱引きのように引っ張り合った。
互いに凄まじい力で引き合ったために、鉄製の鍋に歪みが生じてしまっていた。それでも、カイとカエデは一向に力を緩めない。
「むむむ……カイ、いい加減手を離せ!今日は私が作ると言っているだろうが!」
「ハハハハ!カエデこそ、いい加減諦めた方がいいぞ?俺は絶対に譲る気はないからな!」
「な、なぜ…そこまで頑ななんだ!私にはこんな日のために温めていたレシピが……」
「頑ななのはカエデの方じゃないか!何が何でも俺が作る!いや、作らせて下さい!お願いします!」
カイとカエデがそんな押し問答のようなものをしていると、ずっとそれを何とは無しに聞いていたレンが呟くように言った。
「…………俺もカエデに賛成だ」
「おおう!!」「レ、レン!!」
それを聞いた瞬間、今にも泣き出しそうな表情のままカイはレンを見つめた。まるで、何かを訴えかけるように。
レンはそんなカイの表情を不審に思いながら、さらに続けてこう言った。
「…………俺も、カイにばかり雑用を押し付けるは公平じゃないと思ってたんだ。今日ぐらい………休んでも罰は当たらないだろう?」
レンのフォローを受けたカエデは、嬉しそうににっこりと笑った。そして、一瞬力を抜いてしまったカイから見事調理器具一式を強奪し、こう宣言した。
「よし!多数決で2対1だ………決まりだな!今日は私がカイに代わって、二人に夕食を振る舞おうじゃないか!!」
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カエデが楽しそうに鼻歌を歌いながら夕食を作る様子を、レンは何とは無しに眺めていた。
よくよく考えれば……カイが料理を振る舞うようになったのは、神聖帝国の魔獣退治の依頼を引き受けてくれたお礼としてだったのだ。
だから、本来なら神聖帝国に戻ったあたりから、カイにばかり作らせる道理はなかったのだ。しかし、カイの料理があまりに美味しく、いつの間にか無意識のうちに甘えてしまっていたのかもしれなかった。
そのような考えに思い至ったレンは、カイに改めて礼を言おうとした。しかし、そこである事に気づいた。いつの間にやら、カイがいなくなっているのだ。
レンはキョロキョロと辺りを見回してみたが、やはりカイの姿はどこにもなかった。不審に思ったレンは、カエデに確認をとった。
「………カエデ、後どれくらいで出来る?」
「うん?ああ……もうちょっとで完成だ」
カエデはパラパラと香辛料か何かを加えた後に、鍋をかき回しながら答えた。
「………そうか。それで………カイの姿がどこにも見当たらないんだが………」
それを聞いたカエデは鍋をかき回す手を止め、レンと同じように辺りを見回すと呆れたように嘆息してしまった。
「はぁ~~……まったく、あいつは何をやっているんだ。そういえば………さっき森の方へと入っていくのを見たような気がするな。レン、すまないが呼んできてくれないか?」
「…………分かった」
レンは深紅の槍を手に取り、カエデに言われた方向へとカイを探しに行こうとした。しかしその瞬間……ピカッ!!…と何やら背後から光が放たれた。
咄嗟に槍を構えながら、後ろを振り向くレン。しかし、そこには袋から材料を取り出そうとしているカエデしかいなかった。自然とレンは眉を顰めてしまった。
(………何だ?今の光は?……落雷……か?)
不審に思ったレンは空を見上げたが、そこには雲一つ見受けられなかった。
「…………気のせいか」
レンは狐につままれたような顔をしながらではあるが、カイを探しに森へと入って行った。
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