王室直轄特務調査室 竜王編
ライサは朝早くからセシルに呼び出されたため、急ぎアセリ―ナの王城の廊下を進んでいった。いったい何事かと思いながら。
恐らく王室直轄特務調査室についての事だろうとは思ったが、もう一つライサには嫌な心当たりがあった。
ライサはセシルからドラゴンであるアーサーの弱点のようなものを探り出すようにとの密命を受けているのである。
それがかなりの心労となっていたのだが、実は最近アーサーの姿は王城のどこにも見当たらなかった。セシルにそれとなく確認したところ、アーサーはある用事を済ませにどこかに出かけているらしい。
正直なところ………ほっとしたのが半分、少し寂しいのが半分だった。執務室の窓枠で酒を呑むアーサーがいないと、何か違和感を感じるようにまでなってしまっていたのだった。
ライサはそんな不安な気持ちを抱きながら、ドラグーン王国国王の執務室の扉をノックした。扉の前には近衛騎士の二人が直立していたが、セシルからすでに伝えられているのか特に何も言わなかった。
「陛下……王室直轄特務調査室長官、ライサ・マーティン。只今参上いたしました」
すると、部屋の中からセシルの入りなさいという声が聞こえ、それをうけライサは部屋へと入った。そこにはドラグーン王国の国王であるセシル・ドラグーンと………謎の人物が脇に控えていた。
「貴方様が……ライサ・マーティン様でいらっしゃいますか?」
「は、はい!!そうですが、どちら様でしょうか?」
セシルの横で静かに佇んでいた男の人が、突然話しかけてきた。ライサとしても気になっていたので改めて注目してみる。
歳は30~40ぐらいだろうか……そんなに高齢にも思えないのだが、髪は真っ白であり、そして鼻下には両端にまでチョロッと伸びた髭をたくわえていた。
その人物は人懐っこい笑みを浮かべながら、自分に優雅に一礼してくれた。
「これは申しおくれました。私………バルアミ―と申す者です」
「バルアミー…………さん?」
ライサが聞きなおすと、バルアミーと名乗った男は頷きながらさらに驚愕の事実を語った。
「はい。私、本日からライサ様の元で働かせていただく事になりました。どうぞ、よろしくお願いしたします」
「は、はい??」
ライサは突然の事に混乱してしまった。そんな目を白黒させるライサに対して、セシルは助け舟を出した。
「ライサ……バルアミーには今日から、王室直轄特務調査室副長官としてあなたを補佐してもらおうと思っているわ。後、バルアミー以外にも近日中に特務調査室の人員は大幅に増えることになると思うから、その者たちも自分の手足として自由に使って構わないわ。まぁ……詳しいことはバルアミーと色々と相談して決めてちょうだい。あなたのさらなる働きを期待しているわよ……ライサ?」
セシルは依然よりも少し頬がこけていたが、未だアーサーが言うような狂っている兆候は見られなかった。ライサはそのことに少し安堵しながら、自分の初めての部下となるバルアミーを見た。
バルアミーはそんなライサの不安そうな視線に対して、にっこりと優しそうな笑みを浮かべた。
ライサは多少混乱していたが、バルアミーのやさしそうな笑みを見つめながら、恐そうな人でなくて本当によかった…………と心の底から思った。
=============== ======================
ライサとバルアミーが執務室から共に出ていくのを確認しながら、セシルは昨晩の出来事を思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~
「…………神聖帝国のレイス」
セシルは戦慄と共に呟いた。噂として神聖帝国のレイスという存在は知られているが、実際にその姿を見た者はいない……なぜなら、素生を知った者は必ず消されるからだ。
レイスは神聖帝国内の反乱分子の始末、邪魔になった諸侯……そして他国の要人の暗殺も手掛けるという恐るべき暗殺集団だ。
このドラグーン王国でも、過去に重要人物が不審な死を遂げた8割はレイスによる暗殺と噂されている。しかし、証拠は何一つ残されていないため………すべて憶測の域を出ない。
その恐るべき暗殺集団の筆頭を名乗る人物が今目の前にいるのだ。怯えるなという方が無理な話だろう。
だが、今は自分の傍らにアーサーがいる。仮にどんなに優れた暗殺者でも、ドラゴンであるアーサーの敵ではあるまい。その安心感があるからこそ、セシルは毅然とした態度でバルアミーに相対することができた。
「その………暗殺を生業とする悍ましいレイスの筆頭が私に何の用かしら?」
そう問い詰めるセシルに対して、バルアミーは少し心外そうな笑みを浮かべた。
「ハハハハハ……悍ましいとはあまりに酷い言い方ですね。確かに、我らレイスは暗殺を生業としております。しかし、我らは快楽殺人者ではありません。我らが暗殺をなすのは、それが『国の意思』だからです」
「国の………意思?」
セシルはなぜ自分は暗殺者と会話などをしているのだろうか……と思いながらも聞きなおした。アーサーは隣で今にも闘いたくてウズウズしているようだった。
バルアミーはまるで旧知の仲の人物に話しかけるように楽しそうに微笑んでいる。
「はい。レイスは決して歴史の表舞台には立たず、常に裏の世界を生き抜いてまいりました。私も今まで何百人と殺してきましたが、我らレイスは自らの意思で暗殺をなしてきた訳ではありません。そう……すべては歴代の法王様、又はその時代の権力者の方々の意思なのですよ」
「…………すべては神聖帝国という国の意思だった。だから、自分たちには罪はないとでも言いたいのかしら?」
セシルが馬鹿にしたような口調で言うと、バルアミーはまた優雅に一礼してみせた。
「私たちレイスは、何でもこなします。一兵士として闘えと言われれば、勇敢な戦士となりましょう。文官として尽くせと言われれば、人並み以下となるやもしれませんが……ある程度のお役には立てるでしょう。そして、隠密・諜報などでは人並み以上の力を発揮してみせます。さらには………暗殺すら、厭わずに確実にやり遂げて見せましょう。……………我らレイスが非道な暗殺者となるか……人畜無害な存在となるかは、お仕えする『王』……そして、その『国』によって決まるのですよ」
「……そしてその非道な暗殺者は、誰かに頼まれて私を殺しにきたという訳ね?」
セシルは頭に自分を暗殺しそうな者たちを瞬時に思い浮かべながら、冷酷な笑みを浮かべた。しかし、そんなセシルを見たバルアミーは首を横に振る。
「いえいえ……まぁ、このような状況ではそのように思われても仕方がないとは思いますが、私は暗殺をするためにここに来たのではありません。ドラグーン王国国王……セシル・ドラグーン陛下にお願いがあって参ったのです」
「お願い?」
そう怪訝そうに聞きなおすセシルに対して、バルアミーは床に片膝をつき臣下の礼をとりながらこういった。
「我らレイスを、ドラグーン王国・国王・セシル・ドラグーン様の臣下の列に加えていただきたいのですよ」
「な!!」
予想の斜め上をいくバルアミ―の申し出でに、さすがのセシルも言葉を失ってしまった。バルアミ―はそんなセシルに構わずに話続ける。
「我らレイスは辛く厳しい修行に耐え、さらには暗殺や拷問といったどんな残虐なことも黙々とこなし………そして、名もなく死んでいきます。そんな過酷な状況でもやっていけるのは、我らのやっている事が誰にも理解されないとは言え、影で『国』を支えているという自負があるからなのですよ。私はともかく……多くの部下たちがそれを心の支えとしているのです。スタットック王国……というより神聖帝国の北部の民ですが、彼らは100年前に我らレイスが関わった……第86代・『北の王』・クレイゲン・スタットックの一人息子を誘拐した件を、その燃え盛る憎悪と共に未だ忘れておりません。また、第87代・『北の王・』ソロス・スタットック様は我らレイスの撲滅をすでに明言しております。魔国に至りましては…………神聖帝国の教えとはいえ、我らは少しばかり魔族を多く殺し過ぎました。彼らが我らを許すというのは少しばかり甘い考えに過ぎましょうな」
「………そう、ドラグーン王国は消去法で選ばれたということかしら?」
多少衝撃から立ち直ったセシルはバルアミーを皮肉った。すると、バルアミーは苦笑していた。
「いやはや、そのような言い方をされると困ってしまうのですがね………こう言っては何ですが、我らはかなりお役にたてると思いますよ?それに我らは決して裏切りませんし……」
「そうかしら?前に仕えていた『神聖帝国』が滅びるとみるや、あなたたちレイスは『神聖帝国』を捨てて逃げ出しているように見えるのだけれど?」
「まぁ、そう思われても仕方がないのかもしれませんがね………我らは王族でもなければ、騎士でもありません。確かにその『国』に誠心誠意仕えさせていただきますが、その『国』と心中する気は毛頭ございません。『国』が滅びれば……渡り鳥のように新天地を求め、そこで新たな『国』に仕えるのですよ」
「…………茶番はもう沢山だ」
バルアミーが言い終えるのとほぼ同時に、今まで黙っていたアーサーがジャリン…という音とともに双剣の一本を抜き放った。
セシルはちらりとアーサーに視線をむける。珍しいことに、アーサーは目の前の暗殺者に怒りを覚えているようだった。
「ふん……貴様からは強烈な武の匂いを感じる。それこそ筆舌にしがたい修行に耐え、その域にまで達したのだろうな………それは感嘆に値することだ。だが………こそこそと闇にまぎれながら、秘かに殺そうとするなど………戦士の風上にもおけぬ」
まるで吐き捨てるかのように言うアーサーに対して、バルアミーは今まで通り笑みを浮かべながら反論する。
「ハハハハハ……これは手厳しい。しかし、我らは戦士ではありません……暗殺者です。暗殺者には暗殺者なりの誇りがあります。むしろ、私から見れば戦士たちが正々堂々『決闘』をすること程愚かなことはないですな。正々堂々勝てないのなら、闇にまぎれて殺せばいい……気が緩み、自分が次の瞬間死ぬとも思っていないその時を狙えばいい。そして、我らのような存在がいたからこそ………『神聖帝国』はあれほどまでの繁栄を手にすることができたのですよ」
「…………誇り高き『決闘』をそのように愚弄するとは、貴様楽に死ねると思わんことだ」
「私はむしろあなたを楽に殺して差し上げますよ。自分が死んだことすら気づかない程にね?」
そんな今にも斬り合いをしそうな二人の殺気にあてられながら、何とか意識を保っていたセシルがバルアミーに問う。
「…………あなたが裏切らないという保証は?スタットック王国や魔国と通じ、私を暗殺に来たのではないという証拠はあるのかしら?」
「元々私がこの陛下のお部屋に侵入しましたのは、暗殺するためではなく話を聞いてもらうためでした。それにより自らの実力と………あなたを殺そうと思えば今すぐにでも殺せるにも関わらず、そうしなかったという事実で暗殺の意思がない事を示そうとしたのですが………」
そこでバルアミーは忌々しそうにアーサーを睨め付ける。
「まさか、こんな厄介な護衛がいるとは思いもしませんでしたよ」
「小娘………よく考えろ。すべては此奴が咄嗟についた嘘ということもありうる。大方……本当に暗殺しようとしたところに、我が急に立ちふさがったために、失敗してしまったに違いない。だから、此奴はその薄汚い口八丁でこの場を乗り切ろうとしているのだ」
アーサーは珍しく、理屈を並べてセシルに注意を促した。セシルの身を心配したというよりは、何が何でもこのバルアミーという男を殺したくて仕方がないという感じだったが。
「それで………どうなのだ?小娘?我はこの者と闘ってもいいのか?悪いのか?」
「いやはや……私もまだ死にたくはありませんので、全力で逃げさせていただきましょうか」
ジャリン……という音と共に、アーサーがもう一本の双剣を抜き放ちながらセシルに問う。バルアミ―もそんなアーサーの殺気を感じ取り、どこからともなく短剣を取り出しクルクルクル……と高速回転させながら低く構えた。
今まさにアーサーとバルアミーの命がけの死闘が始まろうかという一触即発の状況のなか………………セシルは決断を下した。
~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ブロンドの髪を指に巻きつけながら、セシルは未だバルアミーとライサが出て行った扉を見続けていた。
(確かに……バルアミーを筆頭とするレイスを自分の傍に置いておくのは危険かもしれない。けれど……かの『神聖帝国』のレイスをこちらに取り込める利は計り知れない。それに私にはもう本当に時間がなくなってきている………この大陸を後1年半あまりで制覇しなければならないとなると、多少の賭けの要素は出てきてしまうものだわ。それに………)
セシルはにっこりと、どんな男も引き付けるような魅惑の笑みを浮かべながら小さく呟いた。
「それに最終的には、アーサー様とレイスをぶつけて…………どちらか一方には確実に消えてもらう事になるのだからね…………」
その呟きはセシル以外誰もいない部屋で、誰に聞かれることもなく消えていった。
================== ================
「バルアミーさんはどこの生まれなんですか?」
ライサはバルアミーと肩を並べて王城の廊下を歩きながらバルアミーに尋ねた。役職上は自分の部下となったわけだが、バルアミーはどう見ても自分よりも年上だった。そんな人物には自然と敬語になってしまうのだった。
「はい……私は大陸の中央部の出身になります」
「中央部……というと」
「はい、お察しの通り……私はドラグーン王国ではなく、神聖帝国の出身でございます。ああ……ご安心ください。確かに神聖帝国の生まれではありますが、アートス教の信者という訳ではございません。私は神や宗教というものに縁遠い生活を送っておりますので」
神聖帝国はアートス教を国教とする宗教国家だ。しかし、もちろん宗教心の薄い人もいるだろうから、ライサは特に不思議にも思わなかった。バルアミーは愛想のいい笑みを浮かべながらさらに続ける。
「私は神聖帝国で、まぁ…情報屋のようなもので生計を立てていたのですがね?御贔屓にして下さっていた神聖帝国が滅びてしまったので、新天地を求めてドラグーン王国に来たところ………セシル様からこんな恐れ多い役職を賜ってしまったしだいでして……」
「そうだったんですか」
「はい……しかし、私もこのような名誉ある役職につけていただいた以上……精一杯働かさせていただきますよ。ライサ様……こんな頼りない私ではありますが、よろしくお願いいたします」
「は、はい!!よろしくお願いします」
ライサとバルアミーは廊下の真ん中で互いに頭を下げあった。そして、二人はこれからの事について軽く話し合いながら、自分たちの執務室の扉を開く。
すると、そこには………アーサーがいつものように窓枠に腰掛けて酒を嗜んでいた。それを見たライサが驚く。
「ア、アーサー様!!戻ってたんですか!!」
「………黙れ、チビ助。我は今、機嫌が悪い」
そんなライサの叫びに対して、アーサーは本当に機嫌が悪そうに吐き捨てた。そして、チラリとライサの後ろにいる人物に目をやると、さらに険しそうに顔を歪めた。
「ふん……バルアミー、貴様がなぜこのようなところにいる?」
「いやはや……それはこちらの台詞ですな。あなたがなぜ、王室直轄特務調査長官であるライサ様の執務室にいらっしゃるのですかな?」
ライサがバルアミーに対して、アーサーの事を紹介しようとしたが……すでに二人は何やら互いに火花を散らし、牽制四あっていた。
「???……お二人は知り合いなのですか?」
そう怪訝そうに聞くライサに対して、二人はそれぞれ答える。
「まぁ、面識程度ではありますが……」 「………ふん」
しかし、二人はそれ以上詳しい話をする気はないようで………ライサには二人がどんな関係なのかまったく分からなかった。
感想・ご意見お待ちしています。励みになりますので。