筆頭 竜王編
ドラグーン王国・王都・アセリーナ………ドラグーン王国の中央部に位置し、建国1200年の長きにわたって都として栄えている。
しかし、注意深く街並みに目を向けてみると所々に惨劇の傷跡が色濃く残っていた。
先代国王・エダード・ドラグーンの死去に端を発した継承権争いにおいて、この王都に立て篭もっていたイライザ王妃とヴァンディッシュ家の軍勢に対し、ウェンデル家の当主であるタイウィン・ウェンデルがものの見事にだまし討ちを成功させた時の傷跡である。
完全に味方だと油断をしていたヴァンディッシュ家の兵たちは大混乱に陥り、またランス・ターリーという若き将軍とタイウィン・ウェンデルが見事な市街戦を展開したこともあり………半日もしないうちに王城以外のすべての王都を制圧してしまったのだ。
そして、王城に立て篭もっていたイライザ王妃とビリオン王子は自害し、王都は完全にタイウィン・ウェンデルが陥落させたのだった。
報告を受けた元帥軍やヴェラリオン家の軍勢……そして、セシル・ドラグーンが王都へと帰還した時には、タイウィン・ウェンデルはすでに自らの領地である西方へと帰ってしまっていたのだった。
そんな惨劇があったこともあり、未だに市街地のあちらこちらに血が滲んだ赤が残っていた。そんな凄惨な市街地の屋根の上を、音もなく疾駆する一つの影があった。
闇夜と同じく漆黒のローブを纏い、闇に溶け込むようにして目的地に向かって音もなくひた走っていた。
そんなローブを着た何者かの視線の先には、高く頑丈な城壁に囲まれた…………王都アセリーナの中央に位置する王城が聳え立っていた。
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長い長い王城の薄暗い廊下を、隊列を組んだ兵士たちが辺り一帯に警戒の目を向けながら哨戒していた。
そんな一団が何事もなく通り過ぎていき、静けさが戻った廊下の天井からスッと音も立てずにローブを着た何者かは飛び降りる。
警備兵の目を天井に張り付く事で逃れていたようだった。
「…………」
その謎の人物は瞳を閉じてもう一度心気を落ちつけていった。すると、その人物の姿が闇に溶け込むように消えていく。
そしてまた、音もたてずに王城の奥へ奥へと一瞬の迷いもなく進んでいった。途中何度も警備兵の一団とすれ違ったが、誰もローブの人物に気づくことができなかった。
謎のローブの人物は、王城の中央部へと確実に距離を縮めていった。そして、一際大きな部屋の近くまで来て、初めてその歩みをとめた。そのまま廊下の角から様子を窺う。
すると、二人の近衛騎士が扉の前で直立不動の姿勢を保っていた。それをローブの人物はしっかりと確認し、ほくそ笑んだ。
「いやはや…………お粗末な護衛ですな」
ローブの人物はスッと懐から何か粉のようなものを取り出すと、それに炎の魔力で小さな火花を散らし、火をつけた。それと同時に大きく息を吸い込むと、ピタリと息を止めた。
徐徐にその粉から目には見えない煙が揺らめき、ローブの人物はそれを手で仰ぐようにして近衛騎士がいる方へと煙を流していく。
そのまま一分……二分……五分……と時間が過ぎていき、何かがドサリドサリと倒れるような音が聞こえてきた。
スッとローブの人物は廊下の角から姿を現し、倒れている近衛騎士の方へと近づいていき、しゃがみ込んだ。
そして、気絶している近衛騎士の瞼を無理やり開けるようにして、自らの人差し指に揺らめく小さな炎を灯らせる。そして、刷り込むように耳元で囁いていった
「あなたは何も見えていないし……何も覚えていません……その扉が閉まると同時に意識を取り戻しますが、朝方まで夢をみているようにまどろみ続けます。そして、またいつもの日常に戻っていく。そう……何の変哲もない日常にね?」
ローブの人物は何度か同じような事を呟き………そして、指を鳴らした。すると近衛騎士の男は焦点の定まらない瞳のまま立ち上がると、目の前にいる謎の人物がいないかのようにまた扉の横に直立した。
そんな近衛騎士の様子をみて、ローブの人物はにっこりとほほ笑むと………倒れているもう一人の近衛騎士にも同じようにした。
ローブの人物は近衛騎士二人が扉をしっかりと守護している中、扉の鍵穴に針金のようなものを差し込むと、しばらくカチャカチャとかき回していった。
すると………カチっという音とともにその頑丈そうな扉がゆっくりと内側に開いた。
さっとローブの人物は中へと入り、ゆっくりと……ゆっくりと扉を閉めていった。扉が閉まった後に、しばらくその場に留まり外の様子を窺うがってみたが、近衛騎士が騒ぎ出す様子など微塵もなく……深夜の静けさがそこには満ちていた。
ローブの人物はまた満足そうにほほ笑むと、部屋の中央に位置している天蓋つきのベットへと静かに近づいて行った。
そのベットにはブロンドの長髪をした一人の若い女性が眠っているようだった。もちろん……ドラグーン王国・現国王………セシル・ドラグーンである。
かなり苦しそうに呻いている………悪い夢でも見ているのかもしれなかった。
「…………」
ローブの人物はセシルの枕元に立つと、ゆっくりセシルへと手を伸ばしていった。しかし………その瞬間、何者かの呟きが聞こえてきた。
「……………素晴らしい」
「!!!」
バッと頭からローブを被った人物は、一気に壁まで飛んだ。そして、声が聞こえた暗闇へとじっと目を凝らす。すると、少しづつその姿が浮き彫りになっていった。
壁によりかかりながら、長身の男が腕を組んでいる。金の長髪を後ろでしばり、全身を金色の鎧を身に纏っている。腰には見事な双剣を携えていた。
「…………」
ローブを着た人物は短剣を構えたまま、左右を確認した。入口近くには鎧の男がいる………それを確認し、一瞬の迷いもなく部屋の窓を突き破り逃げようとした。しかし………
「!!!」
バチバチバチ……窓を壊すために体当たりしたが、見えない何かに弾かれてしまった。その瞬間、緑色の火花が辺り一帯に散った。
ローブの人物は床を静かに転がり……さっとすぐさま短剣を構えたまま片膝をつく。その一瞬の動きだけでも、ローブの人物が相当の手練である事が窺い知れた。
アーサーの顔に自然と笑みが浮かぶ。
「カカカカカカ……無駄よ。その窓には『風の結界』を張らせてもらった………ふ~~む、これはなかなか便利なのものだな。さぁ……どうする?」
ローブの人物は肩を押さえながらじっと窓の方を見つめていたが、スッと短剣を構えたままアーサーに向き直った。
そんな自らに殺気を放ちながら戦闘の構えをとるローブの人物を見て、アーサーは歓喜に打ち震えたような笑みを浮かべた。
「いいぞ……いいぞ!貴様は中々の手練のようだ。カカカカカ………血沸き肉躍る!!だが……う~~む」
アーサーは何か考え込むような仕草をしたのち、しっかりとした足取りでベッドへと近づいて行った。ローブの男はその隙に入口から逃げようとしたが、入口でも同じように見えない何かに手を弾かれてしまった。
ローブの男がそうこうしている内に、アーサーはベッドで寝ているセシルの顔をその双剣の鞘ごと思いっきり叩いた。
「ぐ!!………な、何?……ア、アーサー様?」
セシルはいきなりの事に混乱する。当たり前だった……『ルードンの森』へと出向いているはずのアーサーがいきなり自分の寝室に現れ、あろうことか鞘越しにではあるが剣で頭を強打されたのだから。
しかし、アーサーはそんなセシルの混乱にもお構いなしだった。
「ふん!急ぎ『ルードンの森』から戻って見れば、このあり様だ……呆れて物も言えぬわ。我が少し傍を離れた隙に、ここまで無防備を曝すとはな。まぁ、それはもう良いわ………小娘、恐らく違うとは思うが一応確認しておこう。後から、アシャ・ヴェラリオンの時のように闘うなといわれては興ざめだからな。あれは………お前の知り合いか何かか?」
セシルは起きたばかりの混乱した頭で、アーサーが顎で示す方を窺い見る。そして、部屋の隅で短剣を握りしめる男をみてぎょっと目を見開いた。眠気も一気に吹っ飛んだようだった。
「あ、あなたは……何者です!!」
そして、セシルは咄嗟に大声を張り上げてしまった。しかし、そんな悲鳴染みた大声が聞こえているはずなのにも関わらず、セシルを守護する役目を負っているはずの近衛騎士が部屋に突入してくる気配はまったくなかった。
ローブの人物はセシルを見て……次にアーサーに視線を移し……『風の結界』が張られた窓と扉をみて、諦めたかのように肩をすくめた。
「………いやいや、参りましたな。こんなはずではなかったのですが……仕方ありませんね」
その人物はゆっくりとローブを頭から脱ぎ、セシルとアーサーに素顔をさらした。歳は30~40程だろうか……それほどの歳には思えないのだが、頭を覆う髪は真っ白だった。そして、その鼻下には口の両端にまでチョロっと伸びた口髭がたくわえられていた。
その人物は、まるで旧知の友に久しぶりに会ったかのような柔和な笑顔を浮かべた。物怖じしている様子もなければ……焦っている様子もまったく感じられなかった。
そして一度身支度を簡単に整えると、礼儀正しい口調でこう言った。
「お初にお目にかかります……ドラグーン王国・国王・セシル・ドラグーン様。先に自己紹介をさせていただきましょう。私は元…………神聖帝国・暗殺・諜報部隊………『レイス』筆頭……バルアミ―と申します。以後お見知りおきを」
戸惑うセシルに対して、バルアミ―はゆっくりと、そして優雅に一礼して見せた。
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