恐怖という重石
============== ガックスウェアの宿 =============
「…………」
改めてカイの一日を振り返ってみると、かなりの激務をこなしているのではないだろうか。自分など、常に鍛錬場で槍を振り回しているだけなのにだ。
「ど、どうかな?」
黙っているレンに対して、カエデは少しばかり急かすように尋ねた。レンは閉じていた瞳をあけ、それに答えていった。
「……………生活態度も特に問題ない………と思う。むしろ………模範になるくらいしっかりしているんじゃないか?」
「そ、そうか………」
しかし、そう言ったカエデの視線は四方を動いているし、さらには異様に咳払いが多くなっていた。明らかに挙動不審である。
「それを聞いて私は安心したぞ、うん。……それで……コ、コホン!……一応というより、あくまで幼馴染として興味があるだけなんだが。カイは……その……い、異性とはうまく付き合えているのかな?」
「…………」
それを聞きレンがジ―――とカエデを見つめると、カエデはさらに慌て始めた。
「い、いや!違う……違うぞ!?か、勘違いしてもらっては困るんだが、別に気になるとかではなくてだな………その~~~~……そう!カイはその事について、悩んでいたようだからな。カイの保護者的な立場から、どうなのかな?っと思っただけなんだ………ハ、ハハハハハハハ」
カエデは急な沈黙を気まずく思ったのか、業とらしく笑っている。
しかし、その一連の様子でカエデが何を聞きたがっているのかをしっかりと理解できてしまった。
「…………」
レンは改めてカイの魔国での様子を思い返す。カエデが聞きたがっている事に焦点を絞りながら。
カイから聞いた話では、早朝は日が昇る前にリサが直接起こしに来てくれるらしい。その後は自然と朝食になり、午前中はずっと二人で事務的な作業をこなしている。
(もちろん………リサはカイの事を嫌っていなどいまい。そんな事はリサの仕草を見ていれば一目瞭然だ)
午後は特に決まってはいないようだが、『親衛隊』や『闇の軍』の調練に精を出しているらしい。
(闇の軍の隊長格三人も、カイの事を慕っているはずだ。コーリンは兎も角……マリアとはリサを出し抜くためによく一緒に悪巧みをしているらしいし、シルヴィアもそれに加わって三人でいるところをよく見る。親衛隊の隊長であるサンサ……という娘についてはよくは知らないが、仲が悪いという事を聞いたことはない)
そして、時にはメリルと共にアゴラスへと遊びに繰り出している。この前も魔王城の中庭で、メリルとリサに挟まれたカイが縮こまっているのを見かけたばかりだ。
カイはメリルに何かを強請られると、何でも買って上げてしまうらしい。もちろん……それが経費で落ちる訳もなく、すべてカイの自腹である
それを聞いたリサが、あまり甘やかすなとカイに進言したのが喧嘩の原因だったらしい。
(メリルについては…………確認するまでもないだろう)
「……………」
こうして考えてみると、カイを嫌っている異性などいないのではないだろうか?というより、カイの周りには異常に女性の影が多い。今数えただけでも、五人もいるではないか。
「レ、レン?その……どうかしたのか?」
「………何がだ?」
突然カエデに訳の分からないことを尋ねられたので、レンは不審に思って聞き返した。すると……カエデは少し言い難そうに告げる。
「い、いや……今何か殺気にも似た不穏なオーラがメラメラと出ていたんだが」
それを聞いたレンはほんの少し瞳を見開きしばらくカエデを見つめていたが、スッと視線を逸らすとこう呟いた。
「……………き、気のせいだろう。そんな事よりも………だ。そっちに関しても特に問題はないと思うぞ……カイは凄く慕われているからな。男にも……女にも……な」
レンは最後の部分を少しだけ強調していった。しかし、カエデにとってはそれだけで十分だったようで、頭をガツンと何かで殴られたかのような表情を一瞬だけみせた。
しかし、次の瞬間カエデは焦燥感に顔を歪めてしまった。
「く!何という事だ………恐れていた事態だ。京香さんという恐怖の重石がなくなった途端にこれだ。やはり、父さんの言う通り了山家の血は争えないとでもいうのか」
カエデは、何やらレンには聞こえないような小さな声でぶつぶつと呟いていた。そんなカエデにレンはずっと気になっていたある疑問をぶつけてみた。
「……………なぁ、カエデ……俺からも、一つ確認しておきたい事があるんだ。カイの事についてだ」
「カイの事?」
そう聞き直すカエデに対して、レンは頷きながらさらに続けた。
「………そうだ。実はな………以前にカイ自身から異世界の様子について聞いた事があるんだが……本当なのか?カイが急に嫌われだすというのは?」
しかし、そんなレンの問いを聞いたカエデは苦笑してしまった。
「いや……まぁ、嫌われだす訳ではないが………避けられ始めるのは事実だろうな」
「…………俺には、その理由がよく分からない。僅か数カ月あまり一緒にいただけだが、カイに何か原因があるようには思えない。一体……どういう事なんだ?」
「………」
カエデはしばらく真剣な表情で何やら考えているようだったが、意を決したように話はじめた。
「まぁ……その……何と説明すればいいのだろうな。う~~む………実はカイには姉がいてな。京香さんという人なんだが。その……カイの両親は、カイが小さい時に亡くなってしまったから、京香さんがカイの母親代わりとしてずっと面倒を見ていたんだ」
「…………そうか」
カイに姉がいるという話は、すでに知っていたので特に驚かなかった。というより、カイの悩みの話だったのに、なぜ、カエデはカイの家族の話をしているのだろうと疑問には思った。
そんなレンの疑問をよそに、カエデはさらに話し続けていく。
「京香さんは、本当に凄い人でな。勉学に優れ、さらには了山家の武術も当主であるカイに匹敵するくらいに極めているんだ。それに、百人の男がいれば、百人全員が振り向くような絶世の美女といっていい程きれいな人でな。カイも本当に自慢に思っている人なんだ。まさに………才能やら何やら、すべてを兼ね備えた完璧超人といっても過言ではないと思う。そして……その……京香さんは、弟であるカイの事を本当に好いているんだ。その……何といっていいか……異常なくらいに」
「…………」
そんな言いにくそうに話すカエデから何かを察したのか、レンは何やら考え込むように不自然に黙り込んだ。
そんな中、カエデの話は核心に迫っていく。
「あ~~…つまりだな。京香さんは、その……実の弟であるカイを……その……好きなんだ。弟としての感情だけではなくてだな……その………一人の異性として。それでこう言ってはなんだが、京香さんはカイのこととなると少し……というより大分出鱈目な行動をとってしまうんだ。例えば………カイに近づくような娘に忠告、という名の脅迫をしたり……突然、夜道で般若のお面に襲われたという話もある。証拠は何もないんだが……恐らくは京香さんだろう。カイに近づく女の子は、全員が全員一生のトラウマになるような体験をすることになるんだ。普通の生活しか送っていない者では耐えられまい。まぁ……その恐怖のあまり、みんなカイを避けるようになってしまう訳なんだ。私も………よくあれに耐え抜く事ができたと、しみじみ思う時がある」
ふっ…とカエデは遠いものをみるような目をしながら、乾いた笑みを浮かべていた。今まで経験した恐怖体験に思いを馳せているのだろう。
そんな中、レンは未だに真剣な表情で黙り込んでいた。カエデはブンブンと首を振り、そんなトラウマの数々を心の奥底へと追いやると、またいつもの調子に戻り話始めた。
「と……いう訳でな。カイが時に女の子から避けられたりするのは、まぁ……ほぼ十割、京香さんが原因とみて間違いないだろう。もちろん……カイは京香さんが自分の事をそんな風に思っているなんて、微塵も気づいていない。本当ならカイに言ってやるべきなんだが…………恥ずかしい話、私もまだまだ死にたくないんだ。というより、今も京香さんがこっちの世界にいつ現れてもおかしくないと思っている。カイのためなら、異世界の壁など簡単にぶち壊してしまいそうな気さえするからな」
カエデがそんな恐ろしい想像に自ら怯えていた時、レンがぼそりと呟くように言葉を発した。
「……………それは病だ。そうだ………そうに違いない」
「レ、レン?」
カエデは何やら急に凄みの増したレンに違和感を覚えた。レンは珍しく感情を表に出して、興奮したように喋り続けた。
「血の繋がった肉親に恋慕の情を抱くなど、どう考えてもおかしいじゃないか。それは病に違いないんだ……うん。そうじゃなければ、悪魔か悪霊にでもとり憑かれているに違いない。なぁ?カエデもそう思うだろ?なぁ?なぁ?なぁ?」
何やら鬼気迫るものを感じさせながら、レンはカエデの両肩をガシリと掴んだ。心なしかレンの目が血走っているように感じられた。
カエデはそんなレンの急変ともいえる態度の変化に若干怯えながらも、レンの言った事を否定していく。
「い、いや……確かに普通ではないが、病というものではないと思うぞ?そういう思考を持った人も、少数ではあるがいるという話だ。だから………」
「…………つまり、特効薬もなければ、祈祷師にもそれを治すことはできない……という訳か?」
「まぁ、そういう事になるかな。要は価値観の問題だからな……その人自身が変わらない限りは、無理やり誰かが変えることなんて事はできないだろうな」
「………そう……か」
それを聞いた瞬間………レンは掴んでいたカエデの肩を放し、ベットに腰かけ直すと疲れたように項垂れてしまった。
「どうしたんだ、レン?具合でも悪いのか?」
「…………いや、気にするな。少し………旅の疲れが出ただけさ。それより………話も終わった事だし、カイを呼んできてくれないか。市の方にいるとは言っていたからな」
「そ、それは構わないが……本当に大丈夫か?」
「………………ああ」
レンはそんな覇気のない声を出した。カエデは少し心配であったが、本人が何でもないというのならこれ以上自分にできる事はないと判断した。
むしろ体の事に関しては、了山家の医術を会得しているカイの方が頼りになる。できるだけすぐに呼んでこようと思った。
「そうか。じゃあ……少し待っていてくれ、すぐにカイを呼んでくるからな」
カエデはレンにそう告げると、水月家の刀を手に取り部屋を出て行った。
「…………はぁ~~」
カエデがいなくなり、一人きりになった途端………レンは心の底から疲れたようなため息をついた。そして………掠れたような小さな声でこう呟き続けた。
「………ありえない………絶対におかしい………理解………できるはずがないだろ」
そしてレンは途方に暮れたように、頭を抱えてしまうのだった。
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え~報告なのですが、一応魔王編が一段落しましたので、次は竜王編を投稿しようと思います。しかし、一日だけ猶予を頂きたいと思います。もう一度誤字脱字などを確認したいと思いますので。ですので、竜王編は明後日から投稿したいと思います。勝手ながら、よろしくお願いします。