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王たちの宴  作者: スギ花粉
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夜のアゴラスへ

「お!魔王さんや……お~い、魔王さ~ん!!」


カイが気絶したマークを背負って魔王城へと戻ってみると、『闇の軍』の三隊長の一人である人狼族のマリアが手を振ってきた。


その横には同じく隊長格のヴァンパイア族のシルヴィアも居た。二人はカイに近寄っていき、気絶しているマークを受け取った。


「………これで陛下を追っていった部隊も全滅ですね」


「まぁ……相手が魔王さんやからな~~」


シルヴィアはケヴァンの様子を確認し、マリアはカラカラと楽しそうに笑っている。


「う~~ん……気絶しているだけだから、すぐに目が覚めると思うよ。それで………残りの二つの部隊はどんな感じ?」


カイが少し心配そうに尋ねると、二人は顔を見合わせて苦笑してしまっていた。そして、シルヴィアがその全貌を説明してくれた。


「え~~まずは南地区にいるレン様を追っていた部隊なのですが………先ほど全員が担架で運び込まれました。その………まさしくボコボコのボロボロといった状態でして、まともに話ができる状態の者は一人もおりませんでした」


「そ、そうなんだ」


コーリンは今回の最終試験にあたり、カイ以外にも二人ほど囮をしてくれるように頼みこんでいた。


一人目は伝説の傭兵・『赤き狼』の異名を持つレンである。コーリンから、これからの任務に支障をきたさない程度なら、ボコボコにしてくれても構わないと言われてはいたが…………本当に全員フルボッコにするとはさすがはレンだった。


というより、彼らが心的外傷を負っていないか非常に不安だ。克服できる程のものならいいが。


カイがそんな懸念を感じている間にも、シルヴィアはさらに詳しい状況について説明してくれた。


「はい……何とか話ができる者たちの証言を集めますと、レン様は南地区の広場のど真ん中で槍を片手に佇んでいたそうです。訓練通りに十人で取り囲み、一斉に襲いかかったところまでは覚えているようなのですが……………そこから先の記憶が、皆吹き飛んでいるようでして詳細は不明です。まぁ、全員が見事に返り討ちにあったというところでしょう」


さすがはレンだ。一人一人返り討ちにするのが面倒だったので、業とそんな見つかりやすい場所にいたのだろう…………一応レイスが潜入したという設定なのだが。


「ま、まぁ……レンが相手じゃ仕方がないね。それで………メリルを追っていた部隊は?」


そう。コーリンが囮をしてくれるように頼みこんだもう一人の人物は、自称魔国を盗んだ『盗賊王』…メリル・ストレイユである。


カイはレンを追っていた部隊も心配だったが、それと同じくらいメリルの方も心配だったのだ。それに対しては今度はマリアが苦笑しながら説明してくれた。


「あ~~メリルの姉さんの方は………もう完敗やね」


「完敗?」


そう聞き直すカイに対して、マリアはなぜか声を潜めて話はじめた。


「そうやで~~……文句のつけようがないほどの完敗や。何せ全員、メリルの姉さんの姿すら確認できんうちに全員気絶させられてしもうたんやから」


マリアの話を纏めるとこうだ。メリルを追うはずの部隊は、メリルがいるはずの西地区へと無事にたどり着いたらしい。


そこからメリル扮するレイスを探索し始めた訳だが…………そんな不審な輩など、どこを探しても見つからなかったそうだ。


さらに探索を続けた十人であったが、ふと誰かがある異変に気付く…………殿をつとめていたはずの仲間が消え、いつの間にか九人になっていたのだ。


いきなりの事に慌てふためいた九人だったが、何とか冷静さを取り戻し…………訓練通りに九人用の隊列を組み直し……さらに注意深く探索を続けたらしい。


しかし………しばらくすると、また一人消えている事に気づく。そして、また一人消え……二人消え……最終的に十人いた部隊は二人にまで減らされてしまっていた。


だからといって任務を放棄する訳にもいかず。その二人は見えない敵に怯えながら、互いに背中合わせで哨戒を続けた。二人で互いを励まし、鼓舞しながら。


しかし、ふと…………後ろにいるはずの仲間から、突然返事が返ってこなくなったらしい。


恐る恐る後ろを振り向いてみると、先ほどまでそこにいたはずの仲間の姿はすでになかった。


最後の一人は半狂乱になりながら、短剣を振り回して威嚇し始めた。目に見えぬ何かに対して怯えるように。


そんな時………真夜中の街に奇妙な笑い声が響き渡り始めたらしい。


キキキキキ………キキキキキキ…………キキキキキキ……キキキキキキキ………っと。


最後に残った者は、恐怖に怯えながらこう叫んだそうだ。正体を現せ……と……出てこい……と……仲間を返せ……と。しかし、もちろん聞こえてくるのは楽しげな笑い声のみ。


そして………そんな笑い声を聞きながら、最後に残った者も意識を奪われていったそうだ。


最後の最後まで敵の姿を確認することもできずに。


「…………メリルの姉さんに気絶させられた奴は、み~んなうわ言のように呟いてるんや。笑い声が聞こえる……笑い声が聞こえる……って」


マリアはそう言って話を締めくくった。


「……………こ、恐え~~~」


カイは顔を引き攣らせながら、マリアの話を聞き終えると同時にそう洩らしてしまっていた。


『闇の軍』の入隊試験のはずなのに、なぜこんなホラーのような話になってしまったのだろうか。だがこの場合、メリルは何も間違った事はしていないのだから叱る訳にもいくまい。


「それで?二人は今どこにいるか分かる?」


「あ、はい。お二人は先ほど鍛錬場にいるのを見ましたから、今も恐らくはそこにいると思います」


「そっか……じゃあ、俺も鍛錬場に行こうかな。後の事は二人に任せるから、よろしくね~」


「はい」「了解やで~」


カイはシルヴィアとマリアのしっかりとした返事を聞き満足そうに頷くと、レンとメリルがいるであろう鍛錬場へと向かっていった。





===============    ====================





カイが鍛錬場にたどり着くと、目的の二人をすぐに見つけることができた。


一人目は深紅の髪を耳元にかからない程度に短く揃え、その手にはその髪と同じ真っ赤な槍を持っている。茶色のなめし革の軽装の上から黒いローブを纏い、その顔の半分をローブと同じ黒いマスクで隠している。伝説とまで言われている傭兵・『赤き狼』………レンである。


もう一人は褐色の肌に、珍しい黒髪を後ろで縛りポニーテールのようにし、真っ白なローブにバンダナを頭に巻いており、その腰には半月刀がぶら下がっている。魔国第二代魔王であるカイ・リョウザンの盗賊としての師匠であり、自称・魔国を盗んだ『盗賊王』……メリル・ストレイユである。


二人は楽しげに話しこんで………いや、正確にはメリルが楽しげに話しかけ、レンがそれに相槌をうっているという感じだった。


そして、近づいてくるカイにいち早く気づいたのはメリルだった。メリルはバッとすぐに立ち上がると、いつものようにカイに突っ込もうとした。


「キキキキ……カ~~イ~~」


「何の!!」


しかし、カイもすでにこのメリルの突撃には慣れたもので、闘牛士のように華麗にそれを避けた。メリルは手加減というものを知らないので、抱きつかれるのも命がけだった。


二人は中腰になりながら、互いにジリジリと相手を牽制し合っている。


「む~~~……カイ!何で俺っちから逃げるんだ!」


「だ~か~ら~……俺が死んじゃうんだってば!!」


カイが避けた事に対して、メリルは頬をプ~~と膨らませて憤慨する。カイはそんなメリルに対して無駄だとは思いながらも注意をした。


すると、メリルはむ~~と唸りながら何やら真剣に考え始めた。そして、しばらくすると、今度はゆっくりとカイに近づいていき、カイの右手に絡みつくように抱きついた。


「キキキキ……じゃあ、これならいいんだな?」


「ま、まぁ……そうなるかな?で、でもね…メリル?」


「む~~何だよ~……まだ、文句があるのか?俺っちは少し我慢してやったんだから、今度はカイが我慢する番なんだ!分ったか?」


「わ、分り……ました」


カイは右腕に当たっているメリルの胸の感触にかなり照れながらも、極力意識しないように心がけた。そして、二人はその状態のままレンの傍まで歩いていった。


そんな二人をレンはじっと見つめながら、いつものように短い言葉でカイに確認する。


「…………終わったのか?」


「うん……今さっき終わって戻ってきたところ。それにしても………二人とも本当に早かったね~」


カイは素直な感想を述べた。もともと、この二人が捕まることも……負けることもないとは思っていたが、予想以上に簡単に壊滅させられてしまった。


一応、『闇の軍』のトップとしては苦笑するしかなかった。それを聞いたメリルは、本当に楽しそうに笑いながらこう言った。


「キキキキ………何だか子供の頃やったかくれんぼみたいで、凄~~~く楽しかったぞ!またやる時は、絶対に言ってくれよな!」


(………メリルにとっては闇の軍の演習も、かくれんぼと同じレベルなのか)


カイはもう少し闇の軍の調練のレベルを上げるべきかと真剣に考えたが、メリルに合わせるのも酷だと思ったのでそこで考えるのをやめた。


そんな上機嫌のメリルとは対照的に、レンは少しばかり不満そうだった。


「………………俺は少し物足りないな。夜の鍛錬の代わりになると聞いたから承諾したんだが………正直、あまり張り合いもなく終わってしまった」


レンはマスク越しからでも分かるほどの大きなため息をついていた。そして、ギラギラとした光を宿した瞳でカイを見上げいう。


「……………カイ、メリルには断られてしまったんだが………今からでもいいから俺と実践形式の鍛錬をしよう。もちろん………どちらかが倒れるまでだ」


何やら今夜のレンはかなり機嫌が悪そうだった。瞳のギラつき方が餓えた猛獣のようだ。カイはすぐさまレンには聞こえないような小声でメリルに確認する。


(メ、メリル?な、何だか…レンが凄~く怒っているように見えるんだけど……)


(む~~……俺っちだって知らないぞ。さっきまではここまでレンも怒ってなかったぞ?む~~~ん…………きっとカイのせいだな)


(な、何で…俺のせいなの!?)


即座にメリルにツッコミを入れたカイであったが、確かにレンが満足出来なかったのには、闇の軍の将軍として責任がない訳ではない。かなり無茶な理屈のような気もするが。


ただ、今のレンと実践型の鍛錬など絶対に避けたかった。先ほど担架で運ばれた者たちの二の舞になるだけだろう。


カイは瞬時にそこまで考えると、不自然なほど急に話題を変えた。


「そ、それよりもさ!二人とも……お腹空いてない?い、いや~~……演習に協力してくれたお礼に俺が何でも奢っちゃおうかな~~」


「本当か!キキキキ……俺っち、一度でいいから入ってみたい店があったんだ!よ~~し、今からアゴラスの街に行こうじゃね~か!」


それを聞いたメリルは、御馳走だ…飲み放題だと飛び跳ねて歓喜した。


「………いや、俺は鍛錬の方が」


しかし、そんな不服そうにいうレンを、メリルとカイが見事に遮り……両脇をがっしりと固める形で引きずっていく。


「まぁ…まぁ…いいじゃない、今日くらいは」


「そうだ!たまには、思いっきり遊ばないと駄目なんだ!レンも一緒に飲もうぜ~」


「……………俺は下戸だから酒は飲まん」


そんな事を言いあいながら、三人はそのまま夜のアゴラスの街へと消えて行った。




因みに……メリルが超高級店の高額な料理ばかりを注文したため、カイの懐がかなり寂しくなったのは言うまでもない。

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