生活態度?
「コ、コホン……そ、それでだな……レン。その………もう一つだけ、聞きたい事があるんだが」
「???………何だ?」
カエデは何やら今までとは違い、かなり歯切れの悪そうに聞いてきた。レンはそれに少しばかり違和感を覚えた。
カエデはさらに何度か咳払いをしながらも、平静を装いつつレンに問いかけた。
「その………カイの魔国での様子はどうだ?」
「………カイの………様子?」
レンが怪訝そうに聞き直すと、カエデはコクコクと勢いよく頷いていた。
「そうだ。その……カイがしっかりとやっているかどうかを知りたいんだ」
「………それなりには、しっかりやっていると思うが」
魔王の賓客扱いではあるが、一応これまではずっとアゴラスの魔王城に居たのである。大体の事は知っているつもりだった。
リサの監視の元ではあるが、しっかりとやっている。時に逃げ出す事もあるようだが、ギルの頃と比べれば、その期間・頻度と共に桁が違う。真面目に政務をこなしているといっていいだろう。
レンがその事をカエデに伝えると、さらに詳しく聞きたがった。
「そ、そうか……できれば、もっと詳しく知りたいな。特に……そうだな、生活態度などを」
「…………生活態度」
レンは……なぜ、カエデはそのような事に拘るのだろうと思いながらも……改めて、カイの魔国での様子について思い浮かべてみた。
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アゴラスの魔王城は、まだまだ日の出前のうす暗さに包まれている。日中は賑やかな喧騒につつまれている魔族の都も、今はその鳴りを潜めていた。
そんな魔王城の廊下を、無骨な鎧を纏い、見事な銀の長髪を靡かせて歩んでいく者がいた。その名をリサ・ジェーミソン……魔国第一将軍であり、初代魔王・ギルバート・ジェーミソンの妹である。
リサは大量の書類の束を持ちながら、ある部屋を目指していった。そして、しばらくすると………一際豪華な扉の前にたどり着いた。
リサはその扉の前でもう一度しっかりと身嗜みを整えると、意を決したように扉を手の甲で叩いた。
「陛下……おはようございます。リサです……お目覚めでしょうか?」
しかし、リサの呼びかけに部屋からの返答はなかった。しばらくその場で待っていたリサであったが、そのまま手慣れた様子で片手のみで懐から鍵を取り出すと、鍵を開けて部屋へとはいって行った。
リサはその大きな部屋を横切り、窓にかけられているカーテンを思いっきり引っ張った。残念なことにまだ太陽が出ていないため、ほんの少し部屋が明るくなっただけだった。
そしてリサは窓を開け、清々しい空気を部屋へと入れるとともに、踵を返して部屋の中央に設えてある一際大きなベットへと向かった。
そこでは未だに毛布に包まって、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息をたてながら、熟睡しているカイがいた。
リサは少し遠慮しがちにカイを揺すり始めた。毎朝同じようにカイを起こしているリサであったが、こればかりは何度やっても慣れる気がしなかった。やはり……緊張するものなのである。
「へ、陛下……その……朝です、起きてください」
「う~~ん……」
そんな弱弱しくではあるがリサに体を揺すられ続けたカイは、薄らとではあるが重い瞼を開いた。そして焦点の定まっていない瞳でリサを見上げた。
リサは大量の用紙の束を抱えながら、器用に臣下の礼をしてみせた。
「陛下、おはようございます。その……か、勝手ではありますが、また寝室に入らせていただきました。しかし、もう朝の執務のお時間ですので………」
「…………おかしいよ。まだ、朝じゃないよ……だって太陽が出ていないもの、日の光が感じられないもの」
しかし、そんなキビキビとした動きのリサとは対照的にカイは多少愚図りながらまた毛布に包まってしまった。リサは毎回の事で慣れているのか、根気強く説得する。
「陛下……その……お気持ちは大変よく分かるのですが、しかし、この時間帯から始めませんと昼までに雑務を終わらせることができません。時間帯をずらす事ならできますが………そうしますと、夜まで拘束されることになりますので、陛下が自由にできる時間がなくなってしまいますよ?」
それを聞いた瞬間、バッと跳ね起きるカイ。覚醒していない頭でも、カイはその言葉の危険性をいち早く察知することができた。
「う~~ん………大丈夫、もう起きたからさ。はぁ~~……おはよう、リサ」
「はい。おはようございます、陛下」
カイは寝ぐせのついたままのボサボサ頭のまま、眠い目を擦りながらリサと朝の挨拶をかわした。こうして、魔王の長い一日が太陽が昇っていない早朝から幕を開けるのだった。
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「お、終わった~~~」
カイはそのまま執務机に突っ伏した。早朝からリサと共に執務室に閉じこもって政務をやり続けた結果、何とか昼までに最低限のノルマを達成することができたのだった。
「はい。本日の分はこれにて終了となります」
リサもちょうど執務が一段落したようで紙束を整えていた。カイよりも量自体は少ないが、リサがこなしているのはカイよりも難しい案件ばかりだった。
カイは机に突っ伏したままの姿勢で首だけを動かし、リサに向かって言った。
「はぁ~~もう昼だね。どうする?このまま、ここで昼食にしちゃう?」
「は、はい。陛下がそう望まれるのでした………」
リサはその申し出を快く受けようとした。しかし、まさにその時を見計らったかのようなタイミングの良さで執務室がノックされた。
「どうぞ~~」
カイが執務室の中から気の良い返事をすると、闇の軍の隊長である人間族のコーリンが入ってきた。
闇の軍はカイが魔国の将軍時代に創設した特殊な軍であるが、魔王の親衛隊と同様にカイがこの軍のトップだった。
本来ならコーリン、マリア、シルヴィアの三隊長の誰かが将軍に格上げされるべきなのだが、三人ともそれを自ら辞退してしまっているために未だにカイがそれを兼任しているのだった。
「陛下……少々お時間よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。ちょうど仕事も終わったところだしね………もしかして、例の試験の話?」
「はい。新たに闇の軍に加えようかと考えている者たちの最終試験を、今夜行おうと思っています。それにつきまして……その~……陛下に許可をいただこうと思いまして」
コーリンはなぜか少しばかり困ったような、何とも言えない表情を見せた。それにカイはいち早く気付き尋ねる。
「う~~ん?試験の日程や内容も含めて、隊長たちである三人に一任したはずだよ。だから、俺の許可なんかとる必要ないのに……」
カイが不思議そうに指摘すると、コーリンは微かな憂いを浮かべながら続ける。
「いえ……今回の試験もいつものように部隊を三つに分け、それぞれに我々隊長を捕獲するという形式にしようと思っていたのですが………最近、新米の奢りが目立つようになってきております。神聖帝国のレイスが姿を消してから、どうも弛んでいるようでして………」
「………そうなんだ」
神聖帝国のレイスは、どこかに姿を晦ましてしまっていた。スタットック王国と協力して、スタットック王国内や魔国に潜んでいるあろうレイスを徹底的に追っているが、なかなか尻尾をつかむことができなかった。
元々、レイスは顔も名前も分からない暗殺集団だ。見つけるのは至難の業だろう。コーリンはカイに頷きながら、さらに深刻そうに続けていく。
「はい……由々しき事態です。そこで今回はその弛んだ気を引き締めるとともに、レイスの本当の恐ろしさを再認識させようと思っておりまして……」
「成程……いいんじゃない?油断している時が一番危ないしね。それで、それを態々俺に言いに来るって事はつまり…………そういう事なんでしょ?」
面白そうにニヤリと笑うカイに対して、コーリンも心なしか意地悪そうな笑みを浮かべた。
「お察しの通りでございます。つきましては…………『あの方々』にも協力してもらおうと思っておりまして………」
コーリンはさらに自らの考えをカイに述べていった。
因みに……………夜の試験に向けて、カイはいろいろと準備をしなければいけなくなったため、リサとの昼食はご破算という事になった。
言うまでもなく…………リサの機嫌が少し悪くなったのは言うまでもない。
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
マークは焦っていた。十人いた仲間も、すでに自分を含めて三人にまで減らされてしまったのだ。しかも…………たった一人に。
今日は念願だった闇の軍へ正式に入隊できるかの最終試験だった。闇の軍は二代目『魔王』・カイ・リョウザン様が将軍時代に創設した特殊な軍だ。
毎日毎日……厳しく辛い調練を受けた。それでも、自分たちはそれに耐え……やっと念願だった『闇の軍』に入隊できるかどうかのところにまでこぎ付けたのだ。
最終試験の内容は、三隊長であるマリア様、コーリン様、シルヴィア様のいずれかを発見、捕縛するというもののはずだった。
正直一対一では決して敵わないが、こちらは一部隊を率いて臨めるのである。できない事はないと思っていた。
しかし………そんな試験がいざ始まろうとしていた時に、思いもかけないことが起きたのだった。
「がぁ!」「ぐぅ!」
アゴラスの路地裏で、自分以外のうめき声が聞こえた。一般人なら聞き取れないような小さな声だったが、闇の軍としてずっと訓練を受けてきたマークにはしっかりと聞き取ることができた。
「はぁ……はぁ……クソ!」
マークは短い剣を構えながら悪態をついた。今のは間違いなく、自分以外の仲間二人が殺された時に出たものだろう。
甘く見ていた………まさかレイスがここまで恐ろしい奴等だったとは。
神聖帝国のレイスの噂は知っていた。恐ろしき武闘派集団であり、神聖帝国の教えの名の下に我ら魔族の同胞たちを影で消してきた奴らだ。
そんなレイスを殲滅するために、自分は『闇の軍』を志願したのだった。
だから、レイスがアゴラスに現れたという報告が入り、急遽討伐部隊として派遣された時も特に不満も緊張も感じなかった。むしろ、本物のレイスを始末すれば入隊は確実だろうと思っただけだった。
そして自分たちの部隊十人は、アゴラスの北地区に潜伏しているであろうレイスを始末するために、血気盛んに出向いて行ったのだった。
不審な輩はすぐに見つけることができた。こんな真夜中に頭からローブを纏った奴が、屋根の上を飛び回っていたのだから当然だった。
自分たちは訓練通りに袋小路に追い詰め、後はそこで始末すればいいだけのはずだった。けれど………
「はぁ……はぁ……ふ~~」
マークは大きく息を吐き、どんどん速くなる鼓動を落ち着かせようとした。しかし、まったく効果がなかった。
建物の陰からスッと覗き見る。件のレイスは道の真ん中で堂々と佇んでいた………余裕のつもりなのか夜空なんぞを見上げている。
マークはサッと物陰に隠れ、心気を落ち着かせた。ここまで自分の死を、明確に意識したのは初めてかもしれなかった。
「…………よし」
逃げるなどという選択肢などもとからなかった。魔国という自分の祖国のために、命を捧げる覚悟くらいすでに決めている。
マークは剣の柄をもう一度しっかりと握りしめると、レイスの姿を確認しようともう一度盗み見た。しかし………レイスの姿はそこから消えていた。
ほんの一瞬目を離した隙に、レイスの姿はすでにそこにはなかったのである。
マークは焦る気持ちを抑えながら、感覚を研ぎ澄まし……消えたレイスの気配を追った。まだ、遠くには行っていないはずだ。
しかし、次の瞬間……ゾクっとした背筋が凍るような感覚をマークは感じた……………そう、自分の背後から。
嫌な汗が頬を伝った………短剣を持つ自分の右手が恐怖で震える。いる……いつの間に背後をとられたのかは分からないが、自分の後ろに確実にいる。
マークはその恐怖を自ら断ち切るかのように、振り向きざまレイスを斬りつけようとした。
そして次の瞬間……………腹に凄まじい衝撃を受け、マークの意識は闇に落ちて行った。
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前のめりに倒れるマークを、ローブを着た者はそのまま受け止めた。
「ふ~~……これで全員かな」
そんな気の抜けた声を出しながら、頭をスッポリと覆っていたローブをとっていった。こちらの世界では珍しい黒い髪に、黒い瞳………その両手には鉄鋼のついた手袋を嵌めている。
もちろん………魔国第二代『魔王』のカイ・リョウザンである。
コーリンがカイに持ちかけたのは、新米の気の緩みと奢りを吹き飛ばすために、完膚無きまでに叩き潰して欲しいというものだった。
カイ自身もコーリンの考えに賛同し、自ら囮となることを承諾したのだった。
「まぁ……実力的には申し分ないから、合格って事でいいんじゃないかな。今夜の事で一層気を引き締めるだろうしね」
カイはマークを背負い直しながら、アゴラスの路地裏を静かに歩いて行く。残りの気絶している九人もすぐに回収される手筈になっている。
カイは歩きながら、心配そうにこんな独り言を口にしていた。
「それにしても…………心配なのは残り二つの部隊だよ。何せ『あの二人』が相手だからね…………本当に死んでなきゃいいけど」
そんなカイのため息交じりの独白は、誰に聞かれる事もなくアゴラスの闇に消えていった。
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