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王たちの宴  作者: スギ花粉
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英雄と亡霊

「…………魔王を知っているか?」


そんなカエデの問いを聞いた瞬間、ピクっと自分の体が咄嗟に反応してしまったのが分かった。もちろん………魔王というのが、カイの事を指していないことぐらいはすぐに分かった。


俺は止めていた手をまた動かし始めた。部屋には、シャーシャーシャー……と槍の穂先を磨く音のみが響き渡った。


そして、俺は手を休めることなくカエデの問いに答えていった。


「………ああ、よく知っている。……………ギルは………俺にとってかけがえのない友だった」


俺は一度目を瞑って、ギルとの出会いや闘いの日々に……焚火を挟んで語り合った夜に思いを馳せた。思い出しているのではない………忘れたことなど一度もないのだから。


「そうか………」


しばらくの間、部屋に沈黙の帳がおりた。聞こえるのは鋼が磨かれる音のみだ。


「…………恨んで……いるだろうな」


そんな中、カエデがポツリと呟くように言った。それを聞き、ピタリとまた手を止めてカエデの方に視線を向けた。


「…………なぜ、そう思う?」


そう尋ねると、カエデは一度神妙そうに息を吐いた。そして、意を決したように話し始めた。


「私は、神聖帝国の『光の勇者』として魔王と闘った」


「………」


カエデはレンが黙ってじっと見つめる中、語りかけるように話し続けた。


「魔国との戦において、私は魔王と相対したんだ。………途轍もなく強かったな、魔王は。信じてもらえるかどうか分からないが……あの戦の折、私は正々堂々の勝負に敗れ、魔王に殺されかけた。今も生き長らえているのは、ただ運が良かっただけだろう」


「………なぁ、カエデ。………ギルとは真剣に闘ったんだな?………互いの命を懸けて」


レンはカエデに確認するように尋ねた。それにカエデは首肯しながら返す。


「そうだ。私と魔王は互いに相手を殺す気で闘った………魔王も殺気を放っていたし、太刀筋に手加減など感じられなかった、と思う」


「…………そうか。あのギルが本気で剣を振るったのか………」


それを聞いたレンは、溜息とともに静かに目を閉じた。


(ギルの本気……か。結局、一度たりとも………俺とはまともに闘ってくれなかったな。あいつは)


初めて出会った時から、何度もギルに勝負を持ちかけた。最初の頃などは、無理やり槍を投げつけながら、追いかけまわしたりもしていたのだ。


しかし、ギルは強いくせに……いつも一目散に逃げたし、勝負の申し入れも笑いながら流してしまっていた。


その理由については、ギルが己の夢を語ってくれた時から何となく分かっていた。そして、カエデの話を聞いてその考えは確信にいたった。


やはり……ギルが本気で闘うのは、己の覇道に立ち塞がる者たちとだけなのだろう。それなら………自分がギルと決着をつける事など一生叶わぬ幻想だったのだろう。なぜなら………


(そう……なぜなら、俺がそこに立ち塞がることは…………決して許されないのだから)


レンがそんな事を考えている間も、カエデはさらに話続けている。


「私は自分が神聖帝国側に立ち、闘った事について後悔はしていない。実際に魔族に襲われた村を助けたとき、私は自分で自分の進むべき道を決めたのだから。…………けれど、カイは魔王と主従の契約を結んだ」


カエデはほんの少しだけ寂しそうな……そんな表情を一瞬だけ見せた。しかし、それは本当に一瞬で…すぐに消えてしまった。


そして、カエデはある種の確信とともにレンに尋ねた。


「カイが心の底から認めるような男だ………魔王は、ただ強いだけというような者では決してなかったのだろう?」


「……………そうだな、ギルは確かに強かったが………それはあいつの魅力のほんの一部に過ぎなかった。ギルは……まさに威厳のある『王』という言葉を具現化したような奴だった……それと同時に、誰からも愛されるような子供のようなところも持ち合わせていた」


ギルと親しくなる切っ掛けとなった……まんまと騙されて巨人族の集落にともに赴いた時、ギルは巨人族の多く者たちと心を通わし、また『魔王』として神聖帝国に怯え、弱気になった者たちを鼓舞することさえしていた。


言霊に力が宿るというのは、ああいう事をいうのだと肌で感じたものだった。そして、ギルは巨人族の協力を取り付け、あの難攻不落の要塞である『壁』を創り上げたのだ。


「………そうか。やはり、あの『魔王』は多くの者たちから慕われるような存在だったのだな」


「…………その通りだ。ギルを嫌っているものなど………恐らく魔国にはいないだろう。少なくとも、俺の知る限りではそうだ」


「そんな多くの者から慕われている『魔王』と私は闘い………結果、『魔王』は死んだ。病だったようだが………私との闘いが寿命を縮めたという事実は変わらない。恐らく………私を殺したい程憎んでいる者も多いだろう」


「………」


レンは黙ったまま己の得物である深紅の槍の穂先を何とはなしに見つめた。鑢により磨かれ、鋭く尖った鋼がキラりと光沢を放っている。


また、二人の間に沈黙の帳が下りた。そして、それを破ったのは………レンの方だった。


「……………別に恨んでなどいないさ」


カエデは伏せていて床を見つめていた視線を上げ、レンの方を見た。レンはその深紅の槍を傍らに置き、顔の下半分を覆っているマスクを外した。


レンは、正面からカエデの黒い瞳を覗き込みようにして見つめ返した。そして言葉を発していった……マスクを外した分、よりはっきりと聞き取ることができるようになっていた。


「…………ギルは本当に多くの者に好かれていたからな。魔国には………神聖帝国の『光の勇者』をギルの敵として決して許さない者もいるだろう。…………だが、俺の考えは少し違う」


「違う?」


少し意外そうに聞きなおすカエデに対して、レンは静かに頷いた。そして、レンはさらに話つづけた。


「………神聖帝国という国があった。俺は………大陸の北部の生まれだ。だから、神聖帝国についてはある程度は知っているつもりだ。神聖帝国を………ある視点から見れば、非常に素晴らしい国とも言える。税は驚くほど軽く、街には活気が溢れているし、特に犯罪や汚職は隣国の『ドラグーン王国』と比べると格段に少ない。それは宗教国家ならではだ。アートス教を信仰する者たちにとっては、まさに理想の国家といっていい」


「………しかし」


カエデが言い難そうに何かを言いかけると、レンは頷きながら引き継いでいった。


「…………そうだ。だがそれは、魔族や闇の魔力を持った者たちのように、アートス教の教義に反して迫害を受けている者たち以外からの考えだ。しかし……残酷なことに、闇の魔力を持つ者など…全体の一分にも満たないのが現状だ………それ以外の者たちには何の不利益もない。そして、魔族については……今でも人間族の集落を襲うような者たちがいるのもまた事実だ」


カエデはレンの話を真剣に聞いていた。レンは普段からは考えられないほど饒舌に自らの思いを語っていく。


「…………迫害を受ける魔族を擁する魔国には、確かにある種の正義があった。そして、魔族に長年苦しめられてきた神聖帝国にも、同じようにある種の正義があった。どちらがより正義に値するのか………それは各々の立場から、答えが変わってくるだろう。…………しかし、どちらが正しいにしろ……俺にはそれを論じる資格がない」


「資格が……ない?」


「…………そうだ」


カエデが眉を顰めて怪訝そうに聞き直すと、レンは静かに首を縦に振った。


(そう……俺にはその資格がない。なぜなら……俺は自らの大いなる責務を投げ出した、最低の恥知らずなのだから)


神聖帝国の北部総督を任される諸侯の長女として、自分はこの世に生を授かった。それと同時に、古から続く大国……『スタットック王国』の王族としての血も受け継いでいた。


神聖帝国を正そうと思えば、スタットック家の当主として……神聖帝国の北部総督として……それができるだけの立場にあった。いや、少なくともあるはずだった。


北部の民は、かつての祖国であるスタットック王国の復国を心の底から願っていることも分かっていた。


歴代の86人の『北の王』たちが、まさしく生涯をかけて守ってきた国を、スタットック王家の血を受け継ぐ者として、蘇らせる義務と責任があるはずだった。


けれど、自らの『武』の頂に立つという夢のために……その自分勝手な欲望のために………俺はそれらすべての義務と責任から逃げた。無責任にも、弟であるソロスにすべてを押しつけてしまった。


だから、傭兵『赤き狼』は何があろうと………国同士の揉め事には関わらないと誓った。


例え、どんなに愚かな王だろうと……どんなに残虐な王だろうと……彼らは玉座に座り、最低限自らの義務と責任に立ち向かっている。


それに背を向け逃げ出した俺が、『彼ら』を責め……非難することなど、絶対に許されないのだ。


「………ギルは、神聖帝国に迫害された魔族を助けるために『魔王』になったんじゃない。ギルは己の夢である覇道を突き進むための過程として、『魔王』になったに過ぎない。しかし、それと同時に、魔国の『王』たる者の義務として、魔国の民を守り…導く責任があることをしっかりと胸に刻んでいたんだ」


初めてギルが己の夢を語ってくれた時…………眩しさと同時に、激しい自責の念に駆られたのを覚えている。


ギルは己の描いた夢のために、本当の意味で何もない状態から……『国』を立ち上げ……『民』を導き……そして、本当に『王』となった。


片や、俺はすべてを投げ出し………ひたすら『武』を磨き続けた。ただただ……己の自己満足のためにだ。


あの夜………焚火越しに向かい合っていたのは、決して対等な関係の二人ではなかった。


ひたすら『王』という義務と向かい合っていた、ギルバート・ジェーミソンという英雄と………『王』の義務に背を向けて逃げ出した、シーレン・スタットックという過去の亡霊だったのだから。


「………ギルの夢は大陸の『覇王』になることだった。しかし、つまりそれは………かつての『神聖帝国』と、西の大国である『ドラグーン王国』を滅ぼすという事を意味していた。ギルが民間人をむやみやたらに惨殺するような奴じゃないのは分かっている………けれど……それでも……多くの兵士が死に、多くの混乱を招くことになっただろう。ギルはそれを誰よりも分かっていた………それでもなお、覇道を突き進むと己の心に決めていたんだ」


ギルならば………誰も成し遂げた事のない大陸の『覇王』に、誇張ではなく確実になれただろう。ギルには誰も敵わない程の剣の才能があった……『王』としての威厳もあった……そして、誰でも虜にしてしまう不思議な魅力もあった。


ギルの妹であるリサが……ミノタウロス族の老将・バリスタンが……元『闇の勇者』であるカイが……それ以外にも多くの者たちが将軍として控えている。


魔国第一軍から魔国第十軍までの精鋭部隊に、魔国全土に散らばる地方軍。さらに、ギルの直属軍としての親衛隊に……特殊な任務をこなす闇の軍まで。軍事力は他国にも決して後れをとるまい。


ギルにはすべてが揃っていた………………ただ一つ、時間だけを除いて。


「…………ギルはすべての戦場に自ら立った。その国の最高権力者である『王』が戦に出るなど、軍学からいえば明らかに間違っている。もし、『王』が死ぬような事になれば……それこそ『国』の大事となってしまうからだ。…………けれど、ギルは戦場から決して離れようとしなかった。それは……己の覇道を自らの力で歩むとともに、己の覇道の犠牲として失われていくもののすべてを背負うためでもある」


祖国を滅ぼされた者たちからも………戦で死ぬであろう兵士を大切に思っている者たちからも………ギルは怨嗟の声を聞くことになっただろう。


けれど………ギルはすべてを承知の上で、『覇王』という夢を追いかけていた。それだけギルは、自らの……大陸の『覇王』になるという己の夢に真剣だったのだ。


だから、ギルは当然覚悟していたはずだ………失われていく命と同じように、自らの命が散る事もあると分かっていたはずなのだ。


「………悲しくない訳じゃないさ。ギルとは短い間だったかもしれないが、心を通わせる事ができた数少ない友だったのだから。しかし、これはギル自身が選び、覚悟して自ら歩んだ道だ。ただただ………忘れない。ギルバート・ジェーミソンという英雄がいた事を、決して忘れない…………俺は、それでいいと思ってる。だから………俺は恨んでなどいないんだよ、カエデ」


そう言うと、レンは少し寂しそうにほほ笑んだ。それは本当に儚げで、あっという間に消えてしまったが………胸を締め付けられるような悲しい微笑だった。


ずっと黙って聞いていたカエデは、絞り出すように言葉を発した。


「……………ありがとう、レン」


カエデの言葉を聞いたレンは、もう一度だけ悲しげにほほ笑みながら………ゆっくりとそして、深く頷いた。

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