白と赤
今…………俺は、ある種の絶体絶命の窮地に立たされている。
先ほどまでは、奴隷商人に囚われていた人々をこの街の警備兵に保護してもらうために屯所へと赴いていたのだった。
光の勇者が成敗した奴隷商人らしき人間族の老人は、神聖帝国時代からずっと奴隷商売を生業として暗躍していた男で……かなりの大物らしかった。
また、その用心棒として雇われていたオ―ガ族の男も色々と曰くつきの輩だった。盗賊団『鷹の団』の元副団長であり、魔国でも指名手配されている男だったのだ。
『鷹の団』のカメ―ンといえば、カイが記憶を失っていた時に、ギガンの聖地とされているチャングル山を攻めた盗賊たちの中心にいた人物のはずだ。
盗賊共のほとんどがリサやバリスタン率いる魔国の精鋭部隊に蹴散らされるか、捕えられたはずだが、うまくスタットック王国に逃げ込んでいたようだった。
これだけの………ある意味で『有名人たち』が、一気に自分たちの暮らす街の近くの森で死んだということに関して、街の警備兵の隊長も俺から詳しい話を聞きたがった。
しかし、詳しい事情を聞かれるためだけに、何日も屯所に拘束されるのだけは御免被りたいところだった。
だから、あまり使用したくなかったのだが、いざという時のために……としてソロスから預かっている『北の王』の王印が捺された紙っぺらを見せた。
最初はそれを怪訝そうにしながらも、俺の手から引っ手繰った警備兵の隊長であったが………その視線が紙っぺらの後半に行くにしたがってみるみる顔面が蒼白になっていった。
そして、その紙っぺらの効果はてき面だったらしく……隊長は急に言葉づかいが丁寧になったばかりか、何度も何度も土下座をして非礼を詫び始めた。俺が、何度も気にしていないからと言っても効果はなかった。
さらには……屯所であるにもかかわらず目の前に高級料理が並び始め、果てはこの街の最高責任者まで挨拶に出てくる始末だった。
俺はうんざりしながら、待ち人がいるからという理由で解放してもらった。
その折……屯所の前に警備兵やらが一列に並び、盛大に見送られてしまった。ぜひ『北の王』によろしくお伝えくださいという類の事を言われ続けていたが、面倒なので聞かなかったことにした。
そんな事情で俺は屯所を後にしたが、すぐに宿には向かわなかった。
今、カイは光の勇者と二人きりになっているはずだった。二人は幼馴染だと聞いていたし、積もる話もあるだろうと思い、自分なりに気を利かせてみたのだ。
そんな事情があったために、少しばかり街をぶらついて時間を潰すことにした。
どのみち……これより北の『ルードンの森』へと赴くのなら、それ相応の準備が必要となる。ついでとばかりに、食料品や衣類などを買いためることにした。
しばらくは、そんな感じで時間を潰していたのだが………さすがにそろそろ戻ってもいい頃だろうかと判断し、宿へと向かった。
すると……ちょうど宿屋の前で、なぜか光の勇者と一緒にいるはずのカイにばったりと出くわした。
「あ!!レン……ちょうど良かった。帰りが遅かったから、屯所に直接迎えに行こうかと思ってたところだったんだよ……大丈夫だった?」
カイはほんの少し心配そうに聞いてきた。そんなカイの心遣いを、ほんの少し……ほんの少しではあるが嬉しく思った。
俺はマスク越しだから気づかれることはないだろうとは思ったが、口元が一瞬緩んだ事を勘付かれないように咳払いをした。
「…………そうか、いや……特に問題はなかった。すぐに解放してもらえたしな……ついでに買い物を済ませてきたんだ」
俺は両手いっぱいに抱えた荷物をカイに見せた。それを聞いたカイは安堵したようだった。
「そうだったんだ~。いや、行き違いにならなくて本当に良かったよ。それでね………レンに確認をとらなくちゃいけない事があるんだけどさ」
「???………何だ?」
何やら遠慮しがちなカイの態度に不審を覚え、俺は軽く眉をひそめた。すると、カイは歯切れが悪そうにではあるが、俺に向かってこう言った。
「その……カエデが、レンと二人っきりで話したい事があるっていうんだけど………いい?」
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そして今、俺は少しばかり広めの部屋で………光の勇者と向かい合って二人っきりとなっているのであった。
どうしてこんな状況に陥ってしまったんだ……と俺が軽く絶望しかけていると、光の勇者の方から話しかけてきた。
「こんにちは………『赤き狼』さん。会うこと自体は初めてではないが、こうして面と向かって話すのは初めてみたいなものかな?」
「…………ああ。いや……初対面の時は、その………少々、失礼な態度をとってしまった。すまなかった」
俺は光の勇者にむかって深深と頭を下げた。これは自分自身の心の中にずっと蟠っていたことだったのだ
光の勇者と初めて会ったのは、神聖帝国の帝都でだった。それまでに会ったことはなかったが、すでに俺は光の勇者の事を知っていた。
魔獣退治の道中……カイからその武勇伝の数々を散々聞かされていたからだった。
カイ自体がすでに武の達人の域に達しているのである。そのカイが、自分では決して敵わないだの……レンと本気で戦ったら、どっちが勝つかわからないな~~……などと言い続けていた。
カイは光の勇者を大絶賛しながらも、少しばかり俺の事を挑発しているようでもあった。なぜ、そんな事をしているのだろうかと不思議に思いながら……自分としても、カイを上回る武人と戦う事ができると思うと胸が躍ったものだ。
それと同時に、カイがその自分の幼馴染の事を本当に大切に思っている事もまたよく分かった。
異世界の召喚に巻き込まれて、恨んでいるなどとは言っていたが………それが本気で言っていないという事は一目瞭然だったのだ。
そして、実際にカイと共に『神聖帝国』の帝都に戻り………光の勇者に会った。しかし、そこでちょっとした驚きというか……予想もしていなかった光景を目の当たりにした。
カイの幼馴染である光の勇者は…………男ではなく、女だったのだ。
いや、別に女であるから武人としてどうという訳ではない。それを言うなら自分だって女だ。
ただ………光の勇者は自分とは違い、本当にきれいな女性だった。カイと同じ歳の異世界人のはずだが……カイの黒髪とは似ても似つかない神秘的な純白の髪をしていた。
二人は互いに久しぶりの再会を喜び合っていた。それは傍から見ていても、本当に仲が睦まじそうだった。
それから、カイに光の勇者を紹介された訳だが………なぜか俺はそっけない態度をとってしまったのだった。
(まぁ……戦闘の後だった訳だし……さらには腹も減っていた訳だ。それらが重なって不機嫌になっていたんだろう……うん。俺もまだまだ忍耐が足りないな……うん)
と俺が自分なりにあの時の反省をしながら頭を下げていると、光の勇者は笑いながら手を振った。
「ふふふ……いや、私は特に気にしていないさ。まぁ……何というか、その……ある意味慣れているという感じかな」
「???………どういう意味だ?」
俺が怪訝そうに聞きなおすと、光の勇者は慌てて言いなおした。
「あ、いや……本当に何でもないから、気にしないでくれ」
「???………それで?俺に何か話があるんだろう?」
俺は多少引っかかりを覚えたが、何でもないというのならそうなのだろうと思い、さっそく話の核心に迫った。というより、気まずい沈黙が流れるのを阻止したいという思いが主だったのだが。
そう俺に言われた光の勇者は、小さく咳払いをするとこう切り出した。
「実はな……エルフ族の調査に私も加えて欲しいという事なんだが………いいかな?」
光の勇者は遠慮がちにそういうと、緊張した面持ちでこちらの返答を待っているようだった。俺は少しの間考えて………こう言った。
「……………何だ、そんな事か」
「いいのか?」
俺が何でもない事のように答えると、光の勇者は恐る恐るというように自分に確認してきた。俺はそんな光の勇者を見ながら肩をすくめる。
「…………何を心配しているのかは知らないが、問題ない。光の勇者程の実力なら問題ないだろうし……こちらとしても戦力が増えるのは望ましい。しいてあげるなら………報酬の手取りが減るくらいだが、俺は元々そんなに金に困っている訳でもないしな」
「そう………か」
光の勇者は安堵したような、しかし何か落ち着かないようなそんな態度をとっていた。しかし、俺はここである一つの名案を思いつき、光の勇者に話しかけた。
「……………ただし、二つ条件がある」
「条件?」
光の勇者は怪訝そうに聞き返してきた。それに俺は神妙そうに頷きながら、一つ目の条件を持ちかけた。
「一つ目は……………いつか俺と本気の『勝負』をしてもらいたい」
「本気の………勝負?」
光の勇者は少し戸惑いを見せながら、また同じように聞きなおしてきた。俺はしっかりと自分の意図を説明する。
「そうだ……ああ、あまり難しく考えてくれなくてもいい。全身全霊をかけた腕試しといったところだ。俺はカイから光の勇者の武勇伝の数々を聞いた…………カイを超える武芸者という存在に非常に興味がある。俺は『武』の頂に立つことを……誰よりも強くなることを夢見ている。だから、一対一での真剣勝負をうけてもらいたい」
普段無口な自分からは考えられないほど、スラスラと言葉が出てくる。それだけ自分の気持ちが本気だという事なのだが。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、光の勇者は心よく了承してくれた。
「成程……分かった。それは私にとっても願ったりの条件だ。ぜひ、いつか手合わせを願おう……それで、もう一つは?」
俺は多少気恥ずかしい思いをしながら光の勇者にこう言った。
「その…………『赤き狼』さん……というのをやめてくれないか?あの時の事は忘れて………レンと呼んでくれ」
「いいのか?」
「………ああ。むしろ………『赤き狼』さんと言われるのは、かなり恥ずかしい」
確かに自分の通り名ではあるのだが、多少の警戒心とともに浸透するならまだしも、『赤き狼』さんなどと仄々と呼ばれるのには抵抗があった。
「そうか……では、私の事も『光の勇者』などと呼ばずにカエデと呼んでくれ。これで公平だろ?……レン?」
「……………そうだな………カエデ」
俺とカエデは互いの名前を呼び合った。カエデはほんの少しだけ顔を綻ばせた………それは同性である自分も見惚れるような笑顔だった。
カエデはそれから一度大きく息を吐き、また気を引き締めたように真剣な顔になった。
「なぁ………私から、もう一つだけ聞いておきたい事があるんだが」
「…………何だ?」
カエデがそんな風に話しかけてきたのは、俺は話が終わったと感じ、もう一つのベットに腰掛けて槍の手入れでもしようとしていた時だった。
そして…………カエデは意を決するようにその重たい口を開き、はっきりとこう言った。
「…………………魔王を知っているか?」
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