再会
今、カイはスタットック王国の『ガックスウェア』という小さな宿屋で、ある人物と向かい合っていた。
こちらの世界では珍しいカイと同じ黒い瞳、そして、日本人らしからぬ純白の髪を肩にかかるか否かくらいにまで伸ばしている。最後に会った時よりも、少しばかり髪が長くなっていた。
いつも腰元にさしてある水月家に伝わる名刀は、今はその人物が手を伸ばせばすぐに届くところに立てかけられている。
そう……目の前のベットに腰かけているのは、共に異世界に召喚された光の勇者であり、カイの幼馴染でもある水月楓である。
カイとレンがスタットック王国の外れにある『ルードンの森』に向かう途中、偶然にも奴隷商人に囚われていた人を助け出していたカエデに出会したのだった。
三人はとりあえずその森から一番近い街に向かうことになり………今に至るのである。因みに今この場にいるのはカイとカエデのみであり、レンの姿は見当たらなかった。
レンは奴隷商人に囚われていた人々を街の警備兵に保護してもらいにいっているのだ。カイたちも同行を申し出たのだが………
「…………いや、俺一人で問題ない。先に二人で、宿でも確保しておいてくれ」
と言われた。少しばかり気を遣わせてしまったのかもしれなかった。カイはそんなレンの気遣いをありがたく思いながら、カエデに話しかけた。
「カエデはあの後、どうしてたんだ?」
あの後とはもちろん……魔国と神聖帝国の戦が終わった後に、カイとカエデが魔国の野営地で朝方人知れず闘い、カエデが旅立っていった後のことである。
あれからすでに数カ月がたっていた。因みにカイは記憶を失い、メリルとともに盗賊に勤しんでいる頃である。
「私は、特に目的地も決めずに放浪していたよ。そうだな……まずは、神聖帝国をずっと西に向かっていったんだ。そうしたら、ドラグーン王国という国に行きついてな。そこでは、詳しい経緯はわからないが、内乱が起きていてな………徴兵によって男手が少なくなった小さな村などでは、それに乗じた盗賊が蔓延っていたんだ。だから、私はそこで用心棒をしたりして過ごしていた」
「ドラグーン王国の内乱………」
それについては、カイはデニス・ヴェラリオンから詳しい話を聞いていたのでよく知っていた。ドラグーン王国国王・エダード・ドラグーンの死去に端を発した継承権争いだったはずだ。
先代王妃の娘である第一王女のセシル・ドラグーン派と、イライザ王妃派に分かれての戦いだったはずだ。しかし、それもすでにセシル・ドラグーンが率いる王女派の勝利という形で終結している。
「ああ。しかし、まぁそれも比較的早期に終結したようだ。何と言ったかな……そうだ!!なんでも『無敗の神将』と呼ばれる将軍が、まさしく奇跡とも呼べるような戦果をあげたそうだ」
「………『無敗の神将』……か」
カイはその人物については比較的よく知っていた。デニス・ヴェラリオンの娘であり、次期ヴェラリオン家の当主となる女性騎士だ。
その名を…………アシャ・ヴェラリオン。何を隠そう、魔王であるカイの縁談相手でもあるのだ。バリスタンの薦めと、デニスさんの熱意にまけて承諾したカイであったが、正直なところ絶対にうまくいかないだろうと確信していた。
(………まぁ、デニスさんは俺の事を買いかぶり過ぎているところがあるしね。それにアシャさんにしてみれば………相手が俺だなんて………もはや罰ゲームじゃないか)
カイから少しばかりどす黒いオーラが漏れる。カエデはそれを敏感に感じ取って、眉をひそめた。
「???……カイ、どうしたんだ?何やら変な気が感じられるぞ?」
「ふ……何でもないよ」
そう心配そうに尋ねるカエデに対して、カイは虚ろな目で自分を皮肉るように自虐的に笑っていた。
「そ、そうか……まぁ、その後はまた放浪を再開してな。少し大きな街で依頼を受けたり、魔獣退治をしたりして、路銀を稼ぎながら過ごしていたんだ」
「ふ~~ん……じゃあ、あの森にいたのも魔獣退治か何かの依頼でいたって事?」
「いや、今回はそういう訳じゃないんだ。実はな……放浪中に、最近になって突然『ルードンの森』のエルフ族が凶暴化しているという話を聞いたんだ。スタットック王国では、罪もない村人が襲われたり、家屋が焼き払われているという話だったんでな。私でも何かできることがあるかもしれないと思って、『ルードンの森』を目指している途中だったんだ」
それを聞いたカイは納得するように何度も頷いていた。
「成程ね~~……カエデがあそこに居たのは、そういう訳だったんだ。いや、俺たちもその『ルードンの森』に向かうところなんだよ」
「うん?しかし、『ルードンの森』はスタットック王国とドラグーン王国の領土に跨っているのだろう?まぁ、関係ないという態度もいただけないが……魔王であるカイが直々に出向く理由があるのか?」
「いや、実はね…………」
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カイはカエデに、『ルードンの森』の事についてデニスから聞いた話をすべて説明した。
ドラグーン王国国内では、今のエルフ族の凶暴化が魔王である自分が関わっていると噂されているということ。
そしてその世論をうけて、ドラグーン王国内では魔国との開戦を支持する気運が高まっているということ。
ドラグーン王国のデニス・ヴェラリオンという人が必死にそれを未然に防ごうと尽力していること……などを。
そして、スタットック王国からレンが調査の依頼を受けたところまでを、要点だけを掻い摘んで説明した。それを聞いたカエデは、納得したように頷いている。
「………成程な。それで、お前自ら調査に赴いているという訳か」
「まぁ……正式に調査の依頼が来たのは、レンなんだけどね。俺は、そのおまけとして連れて行ってもらうって感じかな」
「………そうか」
カエデはカイの話を聞いた後、しばらくの間何やら考え込んでいるようだった。そして、意を決したようにこう切り出した。
「なぁ………カイ。私もそのエルフ族の調査に協力させてくれないか?」
「エルフ族の調査に?」
「ああ。元々、スタットック王国でも小さな村や街の用心棒という形で力になろうと思っていたんだ。しかし、やはり原因を突き止めて根本から問題を解決しないと仕方がないと思ってな。もし、よければ私にも協力させてくれないか?」
しばらく……そのカエデの提案についてカイなりに考えていたようだったが、うんっと頷いた。
「カエデらしいな~……うん。カエデなら実力的にも問題ないだろうし、レンが屯所から戻ってきたら二人で話してみようよ」
「……そう……だな」
そう笑いながらいうカイに対して、カエデはほんの少しだけ言葉を濁した。
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カイとカエデは真剣な話を終えると、自然といつものような感じで会話が始っていた。
「ふ~~……数か月ぶりか。ふふふふ……そんなに長い期間でもないのに、何だかひどく懐かしい感じだな」
「そうだね~~。俺が神聖帝国の魔獣退治を終えて、帝都に戻って久しぶりにカエデに会った時も同じように感じたな」
「ふふふふ………あの時は、私も随分とお前の身を心配したんだぞ?」
カエデはうんうん……と頷きながらカイに言った。しかし、それを聞いたカイは即ツッコミをいれた。
「嘘つけ。道草くってただの、いきなり文句つけてきたじゃないか」
しかし、そんなカイの文句に対してカエデは惚けた感じで受け流した。
「そうだったか?すまないが、私の記憶にはないな」
「お、お前って奴は………」
はぁ~~とカイは小さく嘆息してしまった。しかし、カイは幼馴染であるカエデとのこの感じが嫌いではなかった。
何だかんだ言っても、物心ついた頃からずっと一緒だったのだ。お互いに相手の事は知り尽くしているし、そういった気心が知れた間柄だと沈黙すら苦にならないのだ。
カイは懐かしい安心感を感じていた。そんな時、カエデが少し神妙そうに切り出した。
「………なぁ、カイ……一つだけ頼みがあるんだが」
「うん?何?俺にできることなら、何でもするけど……」
カイは何やら改まって喋るカエデに少し違和感を覚えた。そしてカエデは、少しだけ首を傾げるカイに対してこう言い切った。
「…………………傭兵の『赤き狼』とは………二人きりで話をさせて欲しいんだ」