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王たちの宴  作者: スギ花粉
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時間 竜王編

タイウィンは舞踏会が行なわれているホールを通り、纏わりついてくる貴族や名士たちを適当にあしらいながら自分の部屋へと向かった。


長い長い螺旋状の階段を一段一段しっかりとした足取りで登っていく。タイウィンの部屋は主城の中でも最も高い塔の一番上に設えてあるためだ。


「…………」


タイウィンがその長い階段を登り切り、精巧な造りの扉をゆっくりと開ける。その部屋は質素という言葉とはもっともかけ離れた部屋だった。すべてにおいて最高クラスの家具が揃えられており、毎日給仕の者によって徹底的に清掃がなされているため……埃一つ、塵一つ見受けられない。


そしてそんな部屋の中央に設置されている賓客のための長椅子に、ある人物がタイウィンに背を向けて座っていた。


タイウィンが部屋に入ってきたのにしっかりと気づき、その人物は椅子から立ちあがる。黒を基調とした儀礼服を纏った70を超えるだろう男。髪はすべてが白く染まり、見事な顎鬚をたくわえている。そして、一番目を引くのはその顔に刻み込まれた太刀傷だ。額から顔の中央にかけて、かなり深くまで斬られたようだ。


「タイウィン公……お久しぶりでございます」


ガウエン元帥はタイウィンに深く一礼をする。しかし、タイウィンはそれを見て冷酷そうに口元を吊り上げた。


「………ガウエン元帥。それは何の冗談ですかな?あなたが、私に敬語を使うなど」


「昔のままという訳にも参りますまい。何もかもが変わってしまいました………私の元で僅かとはいえ軍学を学んでいた二人の青年はもう居ません。目の前にいるのは三大名家…ウェンデル家の当主であるタイウィン・ウェンデル殿なのですから………」


「…………やめて下さい。あの憎たらしい奴の事を思い出してしまう」


タイウィンはそのまま部屋を横切り、棚から二つのグラスとワインを手にとりガウエン元帥の正面に座りなおした。タイウィンが座るまでまち、ガウエン元帥も座る。


そして、この城の主であるタイウィン自らグラスにワインを注いだ。そして乾杯をする事もなく、タイウィンは一気に自分の分を飲みほした。ガウエン元帥はグラスに手をつけてすらいなかった。


空になったグラスにさらにワインを注ぎながら、タイウィンは険悪な雰囲気を隠しもせずにいきなりきり出した。


「ガウエン元帥……単刀直入にお聞きしましょう。なぜ、デニスの娘がまだ将軍をしているのですかな?」


タイウィンは歯ぎしりでも聞こえてきそうな程、苦々しげな表情を浮かべていた。


「いえ……やはりこういった事は本人の意思が何よりも大切だと…」


「………本人の……意思?」


タイウィンはガウエン元帥の言を聞きながらワインをまわし、ぐっと飲み干した。


そして空のグラスを思いっきり壁に投げつけ、こなごなに叩き割った。そして、ガウエン元帥をその冷徹な瞳で睨みつける。


「ふざけた事を云わないでいただきたい。私がなぜ、元帥軍に多額の金を施していると思っているのですか?すべては……そう、すべてはあの者を将軍の座から引きずり下ろすためです」


そんなタイウィンの放つ殺気にも似た怒気に晒されながらも、ガウエン元帥は困ったように腕を組んだだけだった。


「しかし、アシャには将軍を解任するような失敗がありませんし、すでに‘無敗の神将’としての噂がドラグーン王国全土に広がってしまいました。もし、ここでアシャを理不尽にやめさせれば、それこそ民衆の怒りをかう事になるでしょう」


「はん!!民衆は愚かだ。金貨があれば、その表側しか見ようとはしない。その裏側にある真実に気付く事は決してないでしょう。理由がないなら、見つければいい。それでも見つけらなければ……………冤罪でも何でもいい、罪をでっち上げればいい」


「タイウィン公………あなたはアシャを犯罪者にせよとおっしゃるのですか?」


「正しくない……そう、その言葉は正しくはないですな…ガウエン元帥。誰でもいいが、あの者をその創り上げられた罪で告発する。当然、冤罪だと無罪を主張する事でしょう………ウェンデル家の総力をあげ、軍事法廷の判事を買収します。さすれば、万が一にでもあの者が有罪になる危険はない。証拠はない事ですしね?しかし、晴れて無罪となっても疑心は人の心に深い闇を落とす。あなたはそれを理由にやめさせればいい。あの者の経歴にも傷をつけずに将軍という地位から追い落とし、元帥軍の中での居場所をなくしてしまうだけでよいのですよ。どうです?簡単な話ではないですか」


「それは………」


タイウィンは世間話でもするかのような口調で淡々と陰謀の話を聞かせている。


ガウエン元帥はじっとタウィンの顔を凝視した。そこから何かを探りだすかのように………しかし、その冷徹な仮面からは何も感じ取る事ができなかった。


タイウィンは苛立ちながら、ガウエン元帥を責め立てる。


「なにを、迷う事があるのですか?以前から申し上げている通り、たった一人をやめさせるだけで今までとは比べものにならない程の軍資金と、新兵一万を加える事ができるのですよ?ガウエン元帥……あなたは迷わず、あの者をデニスの元にでも送り返すべきだ。奴の事は虫唾が走る程憎たらしいと思っているが、この件に関しては正しい。女が戦場になど出るべきではないのだ」


「………」


正直な話……どんな事をした所で、アシャ直属の兵士たちがアシャを見限る事など考えられないだろう。いや、彼らだけではない。元帥軍の者なら皆そうだ………いつも喧嘩しているエドリックもいざとなれば文句をいいながらも助け舟を出す事だろう。


「タイウィン公。あなたは、なぜそこまでアシャにこだわるのですか?」


そう。これはタイウィンが、自分にアシャを将軍からやめさせるように圧力をかけてきた時からずっと考え続けてきた事だ。


女性でありながら戦場に出ている者など……それこそ、アシャ以外にも大勢いる。魔力は男性よりも女性の方が恵まれる事が多いからだ。しかし、タイウィンはアシャ以外の者までやめさせろとは言わない。


一度は、ヴェラリオン家の者が将軍についている事を嫌っているのではないかと思った。しかし、タイウィンはやめさせろというばかりで、ウェンデル家の者を代わりに推薦しようともしてこない。


しかし、元帥軍が困窮した時にはいち早くそれを察知し、すぐに資金を提供してくれている。末端の兵士や部隊長、ましてや将軍などにひもじい思いなどさせていないだろうな…という遠まわしな脅迫文まで添えられて。


初めはデニスへの個人的な当てつけかとも思った。デニスとタイウィンの二人は、自分の元で共に学んでいた頃から本当に仲が悪かった。しかし、この件に関してだけは足並みをそろえたように同じような事をいってくる。それでいて、二人が協力している様子はないのだ。まったくもって謎だった。


それを聞いたタイウィンは見るからに不機嫌になった。


「…………そんな事はあなたには関係ない。丁度いいではないですか。神聖帝国も滅び、復国したスタットック王国とは交戦中という訳ではない。ガウエン元帥……あなたが今まで仰ってきた戦時中という理由ももう通りませんよ?」


「し、しかし……アシャは優れた人材ですのでな。中々代わりの者が見つからないのですよ………」


ガウエン元帥は困ったように言い訳がましい事をいう。しかし、それを聞いたタイウィンは嘲笑の笑みを浮かべた。


「ふん…………そんな事は百も承知ですよ。デニスの娘が、今のあなた……いや、最盛期のあなたですらすでに超えているという事はね?」


「………」


ガウエン元帥はそこで目を伏せ、初めて目の前に注がれているグラスを手に取った。タイウィンに侮辱されたにも関わらず、ガウエンは何の反応も示さなかった。ただただ、沈黙を貫こうとしているようにもみえる。


そんな口に頑迷な線を浮かべるガウエン元帥をみて、タイウィンは自らの考えが正しかった事を確信しつつさらに続けた。


「成程………あなたは、その事にすでに気づいている。何と言いましたかな、もう一人の副将は?………エドリック……そう、エドリック・スターフォールでしたか。くくくく……この者も目立ってはおりませんが、かなり優秀であると聞いていますよ?そんな若き才能を集め、磨き、常に自分の側に控えさせている。それは国境を守るためだけでは決してないはずだ」


ガウエン元帥はグラスのワインに初めて口をつけた。飲んだ瞬間にブドウの甘さが口いっぱいに広がり、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。上等なワインだ………今まで飲んだどんなワインよりも。


ここでタイウィンは椅子から立ち上がり、喋りながら部屋を横切っていった。


「ガウエン元帥………あなたは先ほど、何もかもが変わってしまったと言っていましたね?それは間違いだ。あなたの時は、25年前のあの戦からずっと止まったままなのだ」


そして、壁に飾られている自分の身の丈ほどもある青龍偃月刀をタイウィンはしっかりと握りしめた。


「くだらない………あなたは何とくだらない人間か!!」


タイウィンはその心の底からの叫びとともに、青龍偃月刀を構え直しながら、その場から勢いよく踏み込み……飛んだ。


そしてガウエン元帥との間合いを一気につめ、青龍偃月刀を勢いよく振り下ろした。


ガウエン元帥が手にもっていたグラスを見事真っ二つにし、ガウエン元帥の喉元すれすれの位置で止めた。グラスに入っていたワインが流れ落ち、床や服に大きな染みをつくる。


しかし、ガウエン元帥はその場から微動だにしなかった。タイウィンはかつての恩師を見下ろしながら、軽蔑を露わにした。


「そんなに自らの汚名を注ぎたいのですか?……かの‘軍神’は神聖帝国では冷遇され、新兵訓練ばかりやらされているという話だった。だから、あなたと闘う機会など絶対にありえないと分かっていたはずだ!!それにも関わらず、あなたはあのダガルム城から決して動こうとはしなかった。なぜか?……そう……あなたはその叶いもしない微かな望みにすべてをかけているのだ。もう一度‘軍神’と闘い、そして勝利するという事を!!しかし………あなたはもう分かってしまっているのですよ。自分が‘軍神’には決して敵わないという事を……劣っているという事を心のどこかで認めてしまっているのだ!!」


「………」


ガウエン元帥はゆっくりと目を瞑った。タイウィンが怒鳴っている事、そして今から言おうとしている事は幾度となく考え続けてきた事だ。しかし……それは半分正しく、半分間違っていた。


(汚名を注ごうなどと思った事はない。あの敗北は………決して許されるものではないのだから。何万もの兵の命と国で暮らす何十万もの無辜の民の命を預かる将軍として、儂が一生悔み、背負っていかなくてはならないものじゃ。ただ……ただ儂は‘証明’したいだけなのじゃ。じゃが、儂はそのために…)


タイウィンは握っている青龍偃月刀をさらにきつく握りしめ、目の前に座るガウエン元帥へ向かって殺気を放つ。


「あなたは何と恥知らずな人間か!!デニスの娘も……そのエドリック・スターフォールとかいう平民出の男も!!自分の副将として抜擢しているのは……ドラグーン王国を守るためではないのだ!!そう……すべては……………己が汚名を注ぐためだけに、利用しているに過ぎぬのだからな!!」


タイウィンの怒号が部屋に響き渡った。



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