お断りします 竜王編
今回は、アシャサイドの話になります。よろしくお願いします。
「お断りします」
アシャは即座に……そして、きっぱりとした口調で断った。ここはドラグーン王国・王都・アセリ―ナから少し離れた所に設置されている軍営の本営であった。
ケープラス山地での闘いの後、アシャはガウエン元帥とともにアセリ―ナに留まっていた。主な理由は、粛清されたヴァンディッシュ家に与した諸侯の兵士の取りまとめを行う事だった。ほとんどが鍛錬不足で元帥軍に加われるような者はいなかったが、それでも少しばかりだが有能な兵士を見つける事ができた。
アセリ―ナの王城には元帥専用の執務室もあるのだが、ガウエン元帥はそこに入ろうとはなされなかった。何かあればすぐに駆けつけられるような位置に軍営を築き、そこでも国境と同じように過酷な訓練を繰り返していた。
そして今、アシャはガウエン元帥の前で直立したまま仏頂面を崩していなかった。ガウエン元帥はそんな態度のアシャに苦笑しながら、無駄だろうとは思いながらも説得を開始した。
「アシャよ………一応、儂の話を最後まで聞いてくれんか?お主にとっても悪い話ではないと思うのじゃがな」
そういいながら、一枚の用紙を差し出してくる。そこには細かい字がびっちりと書きこまれていた。アシャはそれに一瞥くれただけで、詳しく読もうとも思わなかった。どうせ結論は変わらないのだから。
「ガウエン元帥……また、私の父の差し金ですね?」
「う、うむ……それは」
そのガウエン元帥の困ったような仕草ですべてを理解した。アシャは自分が怒りで自然と強く拳を握りしめている事に気付いた。
「ガウエン元帥……もうこのような無意味な事はお止め下さい。私の意思が揺るぐ事はありません………縁談など絶対に受けません!!」
騎馬隊の調錬中に急に呼び出され、何事かと思い駆けつけてみればこの始末である。久しぶりに本気で頭に血がのぼった。
自分の父であるデニス・ヴェラリオンは、何が何でも自分を戦場から引き離す気らしい。最近はこのように自分の直接の上官であるガウエン元帥を味方に引き込んでまで勧めてくる。
そんなアシャの鬼気迫る勢いに圧されたのか、ガウエン元帥は少したじろいだようだった。
「ふ、ふむ………そこまで言うのであれば、儂からはもう何も言うまい。しかしな……アシャ、これだけは理解して欲しいのじゃが、デニス殿の行為はお主のためを思っての事なのじゃ。そう邪険にする事もあるまいて」
「いいえ。父はヴェラリオン家の血筋を絶やさないように必死になっているだけです」
アシャはそんなガウエン元帥のフォローを一蹴にふした。ガウエン元帥はそんな頑迷なアシャの表情を見つめながらため息を吐いた。
「はぁ~~親の心子知らずとはよく言ったものじゃな。……………まぁ、儂としてはありがたい所じゃがな」
「は?」
ガウエン元帥は小声で何かを言ったようだが、あまりに小さかったために聞きとる事ができなかった。
「いや……何でもない。……ではこのマーテル家の若者との見合いの話はここまでにしておこうか。さて……実はな、調錬から呼び戻したのにはもう一つ理由があるのじゃ。…………アシャよ、軍を維持するには金がかかる。それは分かっておるであろう?」
「もちろんです」
アシャはそんなガウエン元帥の問いに即答した。軍に金がかかる事など百も承知だった。兵士には給金を払わねばならないし、何万もの軍では食事代や武器だって馬鹿にならない。人間の分だけでなく、それと同じくらいの馬の飼い葉だって用意しなければならないのだ。
しかし、そんな事は将軍である者なら当然知っている。そんな事を改めて確認するガウエン元帥を不審に思うとともに、アシャは何か嫌な予感を感じ始めていた。
ガウエン元帥はうむ…と満足そうに頷き、その立派な顎鬚を撫でながらさらに続ける。
「しかし………じゃな。先代国王であられるエダード・ドラグーン様は神聖帝国との和平に力を注いでおられての。軍費などもかなり削られてしもうた………まぁ、それでも十分な資金を用意していただいたはずなのじゃが、我ら国境は特に兵や物資の消費が激しくてな………情けない話じゃが、常に懐が寂しい状態なのじゃ」
それはアシャも実感していた。そもそも、元帥軍は国境付近で神聖帝国と常に闘い続けているのだ。それにも関わらず、他の軍と軍費を均等に分ける事自体に問題があるのだ。
しかし、いざという時に軍資金が不足したという事はなかった。アシャも、同じ副将であるエドリックも不審に思って調べてみたが、そういった時には必ず正体不明の寄付金が齎されていた。エドリックなどは嫌みたっぷりにこう言っていたものだ。
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「さすが三大名家は違う……娘のためにこんな大金は気前よく出してくれるとは。貴様は本当に恵まれた所に生まれたな~~………ヴェラリオン?」
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とヴェラリオン家が寄付した決めつけていた。実を言うとアシャ自身も父が影で資金提供をしているのだろうと思っていた。
しかし……だからと言ってそれを理由に、父がガウエン元帥に何かをさせようとしているのだとしたら我慢の限界だった。縁談を秘かに勧めるのとは次元が違う。一生父を軽蔑するかもしれない。
アシャは自然と刺のある感じでガウエン元帥に詰め寄ってしまった。
「はい……存じております。ときおり謎の軍資金が齎されている事も………ガウエン元帥、それはもしや私の父が関係しているのですか?そして………父はそれを出しにして何か要求してきているのですか?もし、そんな卑劣な事をしているとしたら私は!!」
しかし、ガウエン元帥は困ったような表情をしながら首を横に振る。
「まぁ~まぁ~落ちつくのじゃ……アシャ。ふむ……確かにデニス殿にも軍費に関しては世話になっておる。しかし、それに関して何かを言われた事は一度もない」
「………そうですか」
アシャはひとまず一安心して胸を撫で下ろした。しかし、だとしたらガウエン元帥はいったい何を言おうとしているのだろうか。
そんなアシャの疑念を知ってか知らずか、ガウエン元帥は少しづつ話を核心へと近づけていく。
「しかし、軍費に関して世話になっているのはヴェラリオン家だけではないのじゃ。実は………ウェンデル家からも融資をうけていてな」
「ウ、ウェンデル家!?」
これはまったくもって予想の斜め上をいった。確かにウェンデル家はドラグーン王国の諸侯の中で最も裕福な家であると云われている。実際、ドラグーン王国のいくつかの諸侯はウェンデル家にある程度の借財があるという話だ。噂ではドラグーン王家でさえ、長年に渡ってウェンデル家からかなりの額を借りているらしい。
そして、タイウィン公がウェンデル家の当主となってから、その取り立ては激しさを増したという話だ。金がなければ……それに見合うだけの何かを必ず徴収していくという。それは時に土地であったり……地位であったり……誰かの弱みであったり……信じられない話だが、無理やり婚約相手を決めさせ、相手の貴族から仲介料をせしめたという話まであるのだ。
そんなウェンデル家から軍資金を融資されているなど、危険極まりない。絶対何か裏があるに違いない。
「今までの謎の軍資金のすべてに、ウェンデル家が絡んでいたというのですか!!」
「そうなのじゃ。儂ら………というより元帥軍は、ウェンデル家の当主であるタイウィン公には多額の借財がある状況なのじゃ。当然、今すぐそのすべてを返す事などできぬ」
そんなガウエン元帥の渋い表情を見て、アシャはすべてを理解した。
「…………ウェンデル家が何か理不尽な要求をしてきたと言う訳ですね?何て卑劣な!!」
アシャは怒りを露わにする。どんな卑劣な要求をされたのだろうか……あのウェンデル家ならどんな事でも考えられる。
「それで、いったいウェンデル家はどのような要求を突き付けてきたのですか!?」
この機会に元帥軍という強力な軍事力をウェンデル家に取り込もうと考えているのか。それとも、ガウエン元帥を元帥の座から追い落とし、ウェンデル家の息のかかった者を据えようとしているのだろうか。
だが、我ら元帥軍の結束を甘くみてもらっては困る。エドリックも絶対に納得しないだろう……いざとなればセシルに直訴するという方法もある。
焦燥感を漂わせながら迫るアシャに対して、ガウエン元帥はしばらく言い難そうに黙っていたが、意を決したようにその要求を明かした。
「……………タイウィン公の甥であるジェイム・ウェンデル殿が、この度23回目の誕生日を迎える事とあいなってな。タイウィン公の弟であり、ジェイム殿の父親であるカエサル・ウェンデル殿主催の舞踏会が西部のラニスポート城で開かれるらしいのじゃ。それに伴い、タイウィン公、直々の招待状が儂の元へ届けられてな………絶対に出席して欲しいとの事なのじゃ」
「………………………は?」
アシャはパチクリと瞬きをし、素っ頓狂な声を出してしまった。
(……舞踏会?………舞踏会というのはあれだろうか?くだらない世間話をしたり、疲れるまで馬鹿みたいに躍り続けるという)
かなりの偏見まみれの見解ではあるが、アシャにとって貴族の舞踏会などそんなイメージしかなかった。もともと貴族の社交場が苦手なアシャにとっては、一生関係のない場所だと思い定めているのだから仕方がない。
しかし、ウェンデル家から言われた事が舞踏会に出席して欲しいという事なら別にどうという事もない。もちろん護衛をつけるなどの必要はあるだろうが、そんな公式の場で暗殺を考える程ウェンデル家も馬鹿ではあるまい。しかも、自分から招いているのである。
そう考えると、最悪の状況を想定していたアシャとしては、何だか拍子抜けしてしまった。
「……舞踏会……ですか?………恐れながら、何が目的なのかまったく読めませんね。もちろん、ガウエン元帥に直接何かしらの話がある事は考えられますが………」
アシャが真剣に頭を働かせている様子を、ガウエン元帥は苦笑しながら見つめていた。以前から、戦の事となるとアシャは類まれなる勘の良さを発揮したりするのだが、一旦戦場から離れた事柄となると一気にその能力が落ちてしまうような錯覚に陥る…………はっきり言うと鈍くなるのだ。
「…………アシャよ。儂が出席するだけなら、態々騎馬隊の調錬を中断させてまで呼び出したりせんよ」
「???どういう事でしょうか?」
「タイウィン公は、儂と……………アシャ、お主にも出席して欲しいとの事じゃ。もちろん……儂の護衛という事ではなく、賓客の一人として招待したいそうじゃぞ。お主も、普段調練ばかりで生き抜きもしておらぬようじゃし………どうじゃ?年頃の娘らしくドレスを身に纏い、舞踏会にでも?」
「………」
一瞬、アシャはガウエン元帥が冗談でも言ったのかと思った。しかし、そんな素振りはまったくない。つまり今聞いた事は、冗談抜きの真面目な話なのだろう。
アシャは黙ったまま、じっとガウエン元帥を言われた事を考え続けた。そして………大きく息を吸い込み、軍営中に響く様な大声でこう言った。
「…………断!固!お断りします!!」
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